刑法第38条

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条文[編集]

(故意)

第38条
  1. 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
  2. 重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。
  3. 法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。

解説[編集]

本条は、故意過失といった責任の主観的要件について定めた規定である。
近代法の理念として、人はその「意思」により生じた有害な結果に対して非難されうるものであり、従って、有害な結果を生じさせる意思(故意)がない場合には原則として処罰されない(第1項本文)。
しかしながら、そもそも生じさせるべきではない有害な結果について、その発生を回避すべき者が、その発生回避の行動を怠る、すなわち、「注意」という「意思」行動をとらなかったことにより(過失)、有害な結果を生じさせた場合、処罰することが妥当である場合もある。この場合は、例外として法律に特別の規定がおかれ処罰される(第1項但書「法律に特別の規定がある場合」)。ただし、この例外規定は、必ずしも「過失により」など明文によって示されるものではなく、「取締る事柄の本質に鑑み」明文がなくとも過失による場合も処罰できるというのが判例(最高裁決定昭和28年3月5日)である。
さらに、第1項但書「法律に特別の規定がある場合」は、過失すらない行為についても、結果の発生により、責任を認めることも許容している。結果的加重犯最高裁決定昭和26年9月20日、特別な事情が存在する場合について;最高裁決定昭和32年2月26日)および客観的処罰条件がこれに当たるとされる。
犯罪事実を認識していた(故意がある)状況であっても、重い犯罪と軽い犯罪の構成要件に重なり合いのある行為であるときに、軽い犯罪の故意しかなく、重い犯罪となる事実を知らなかった場合は、軽い犯罪の限度で処罰される(第2項)。「事実の錯誤」と言われるものの一局面である。
  • 例:
    郊外に廃屋を所有している者が、人通りも少ない地域で他の家屋などに延焼しないことを確認し処分の意図を持って火をかけ燃やした。しかし、その日、たまたま、中に人がいて、火事に巻き込まれ焼死した。
    この場合、建造物に放火をするという事実に対し認識・認容はあるが、そこに人が現住していることは勿論、そもそも人がいるという認識はない、従って、現住建造物等放火(第108条、法定刑:死刑又は無期若しくは5年以上の懲役)を問うことはできず、自己所有物に対する非現住造物等放火(第109条、法定刑:6月以上7年以下の懲役)で処罰することとなる。
法律に定められていない行為を罰せられることはない(罪刑法定主義)が、法律を知らないことを理由に故意がないとされるものではない(第3項)。理念としては、社会において、ある行為が人々や社会などに損害を与えると認識された時(違法性の存在)、法律により当該行為を犯罪として規定するものであり、法律が当該行為に先行するものではないためである。ただし、法律に従う意思はあっても、その定められる内容について誤解したために、違法となった場合などは(法律の錯誤等)、事情を鑑み、刑が軽減されることもある。

沿革[編集]

旧刑法(ボアソナード刑法)第77条

第1項 罪ヲ犯ス意ナキノ所為ハ其罪ヲ論セス但法律規則ニ於テ別ニ罪ヲ定メタル者ハ此限ニ在ラス
第2項 罪ト為ル可キ事実ヲ知ラスシテ犯シタル者ハ其罪ヲ論セス
第3項 罪本重カル可クシテ犯ス時知ラサル者ハ其重キニ従テ論スルコトヲ得ス
(参考)
  • 其本應重而犯時不知者依凡論(『唐律』-『唐律疏議』より)
  • 其本応重。而犯堕不知者。依凡論。(『養老律』)
第4項 法律規則ヲ知ラサルヲ以テ犯スノ意ナシト為スコトヲ得ス

判例[編集]

  1. 賍物故買(最高裁判決 昭和23年3月16日)刑法256条2項
    賍物故買罪に於ける犯意
    賍物故買罪は賍物であることを知りながらこれを買受けることによつて成立するものであるが、その故意が成立する爲めには必ずしも買受くべき物が賍物であることを確定的に知つて居ることを必要としない或は賍物であるかも知れないと思いながらしかも敢てこれを買受ける意思(いわゆる未必の故意)があれば足りるものと解すべきである。
  2. 有毒飲食物等取締令違反(最高裁判決 昭和23年7月14日)
    「メチルアルコール」が法令にいわゆる「メタノール」であることを知らなかつた場合と法律の不知
    「メチルアルコール」であることを知つて之を飮用に供する目的で所持し又は讓渡した以上は、假令「メチルアルコール」が法律上その所持又は讓渡を禁ぜられている「メタノール」と同一のものであることを知らなかつたとしても、それは單なる法律の不知に過ぎないのであつて、犯罪構成に必要な事實の認識に何等缺くるところがないから犯意があつたものと認むるに妨げない。
  3. 公文書偽造、教唆、偽造公文書行使幇助、収賄(最高裁判決 昭和23年10月23日)刑訴法336条、刑法155条1項、刑法156条刑法61条刑法158条刑法197条
    公文書無形僞造の教唆を共謀した者の一人が結局公文書有形僞造の教唆により目的を達した場合の他の者の責任
    刑法第156条の公文書無形僞造の罪を教唆することを共謀した者の一人が結局公文書有形僞造教唆の手段を選びこれによつて目的を達した場合には、共謀者の他方は事實上公文書有形僞造教唆に直接關與しなかつたとしても、その結果に對する故意の責任を負わなければならない。
  4. 昭和22年政令第165号違反(最高裁判決 昭和25年11月28日)
    犯意の成立と違法の認識
    自然犯たると行政犯たるとを問はず、犯意の成立には、違法の認識を必要としない。
  5. 毀棄並びに窃盗(最高裁決定 昭和26年8月17日)刑法235条刑法261条
    毀棄並びに窃盗罪について犯意を欠く一事例(非刑罰法規の錯誤は犯意を阻却するか)
    被告人が飼犬証票なく且つ飼主分明ならざる犬は無主犬と看做す旨の警察規則を誤解した結果鑑札をつけていない犬は他人の飼犬であつても直ちに無主の犬と看做されるものと誤信し他人所有の犬を撲殺し、その皮を剥いだ場合は器物毀棄並びに窃盗罪の犯意を欠く。
  6. 傷害致死(最高裁判決 昭和26年9月20日)刑法第207条
    傷害致死罪の成立と致死の結果の予見の要否
    傷害致死罪の成立には傷害と死亡、との間の因果関係の存在を必要とするにとどまり、致死の結果についての予見は必要としないのであるから、原判決が所論傷害の結果たる致死の予見について判示しなかつたからといつて、原判決には所論理由不備の違法は存しない。
  7. 酒税法違反、外国人登録令違反(最高裁決定 昭和28年3月5日)
    外国人登録令第13条第10条の法意
    外国人登録令第13条で処罰する同令第10条の規定に違反して登録証明書を携帯しない者とは、故意に右証明書を携帯しない者ばかりでなく、過失によりこれを携帯しない者をも包含する趣旨に解するのが相当である。
    • 所論外国人登録令13条で処罰する同10条の規定に違反して登録証明書を携帯しない者とは、その取締る事柄の本質に鑑み故意に右証明書を携帯しないものばかりでなく、過失によりこれを携帯しないものをも包含する法意と解するのを相当とする。
  8. 傷害致死(最高裁判決 昭和32年2月26日)
    傷害致死罪が成立する一事例
    夫婦喧嘩の末夫が妻を仰向けに引き倒して馬乗りとなり両手でその頸部を圧迫する等の暴行を加え、因つて特異体質である妻をシヨツク死するに至らしめたときは、致死の結果を予見する可能性がなかつたとしても傷害致死罪を構成する。
    • 因果関係の存する以上被告人において致死の結果を予め認識することの可能性ある場合でなくても被告人の判示所為が傷害致死罪を構成するこというまでもない。
  9. 猥褻文書販売チャタレー事件 最高裁判決昭和32年3月13日刑集11巻3号997頁)刑法175条憲法21条憲法76条3項、出版法(明治26年法律15号)27条、刑訴法400条
    刑法第175条に規定する猥褻文書販売罪における犯意。
    刑法第175条に規定する猥褻文書販売罪の犯意がありとするためには、当該記載の存在の認識とこれを頒布、販売することの認識があれば足り、かかる記載のある文書が同条所定の猥褻性を具備するかどうかの認識まで必要とするものではない。
    • 刑法175条の罪における犯意の成立については問題となる記載の存在の認識とこれを頒布販売することの認識があれば足り、かかる記載のある文書が同条所定の猥褻性を具備するかどうかの認識まで必要としているものでない。かりに主観的には刑法175条の猥褻文書にあたらないものと信じてある文書を販売しても、それが客観的に猥褻性を有するならば、法律の錯誤として犯意を阻却しないものといわなければならない。猥褻性に関し完全な認識があつたか、未必の認識があつたのにとどまつていたか、または全く認識がなかつたかは刑法38条3項但書の情状の問題にすぎず、犯意の成立には関係がない。
  10. 爆発物取締罰則違反、往来妨害(最高裁判決 昭和32年10月18日)
    刑法第38条第3項但書の法意
    刑法第38条第3項但書は、自己の行為が刑罰法令により処罰さるべきことを知らず、これがためその行為の違反であることを意識しなかつたにかかわらず、それが故意犯として処罰される場合において、右違法の意識を欠くことにつき斟酌または宥恕すべき事由があるときは、刑の減軽をなし得べきことを認めたものと解するを相当とする。
    • 自己の行為に適用される具体的な刑罰法令の規定ないし法定刑の寛厳の程度を知らなかつたとしても、その行為の違法であることを意識している場合は、故意の成否につき同項本文の規定をまつまでもなく、また事由による科刑上の寛典を考慮する余地はあり得ないのであるから、同項但書により刑の減軽をなし得べきものでない。
  11. 賍物故買、古物営業法違反(最高裁判決 昭和37年5月4日)
    古物営業法第29条、第17条の法意
    古物営業法第29条(現第33条)で処罰する「同法第17条(現第16条)の規定に違反した者」とは故意に所定の記帳をしなかつた者ばかりでなく、過失により記帳しなかつた者をも包含する法意であると解すべきである。
    • 古物営業法(現行法)第16条
      古物商は、売買若しくは交換のため、又は売買若しくは交換の委託により、古物を受け取り、又は引き渡したときは、その都度、次に掲げる事項を、帳簿若しくは国家公安委員会規則で定めるこれに準ずる書類(以下「帳簿等」という。)に記載をし、又は電磁的方法により記録をしておかなければならない。(後略)
  12. 業務上過失致死(最高裁判決 昭和41年6月14日)
    1. 旅客の整理誘導などを取り扱う駅員が酔客を下車させる場合における注意義務の限度
      旅客の整理、誘導などを取り扱う駅員は、酔客を下車させる場合において、同人がその歩行の姿勢、態度その他外部からたやすく観察できる徴表に照らして電車との接触、線路敷への転落などの危険を惹起するものと認められる特段の状況のない限りは、同人の下車後の動向を注視したり、万一の転落の事態に備えて車両の連結部附近などの線路敷まで点検すべき注意義務を負うものではない。
    2. 右駅員が酔客の下車後における安全確認などの注意義務を負わないとされた事例
      本件のように、座席に眠つていて酒の匂いをさせていた乗客が、右職務に従事していた被告人から呼び起こされて目を覚まし、一寸ふらふらしながらもみずからホームに出ていつたという事情の下では、右乗客を下車させた被告人は、前項記載のような注意義務を負うとはいえない。
  13. 業務上過失傷害(最高裁判決 昭和41年12月20日)
    自動車運転者に交通法規を無視して自車の前面を突破しようとする車両のありうることまで予想すべき注意義務がないとされた事例
    交通整理の行なわれていない交差点において、右折の途中に車道中央付近で一時エンジンの停止を起こした自動車が、再び始動して時速約5kmの低速で発車進行しようとする際、自動車運転者としては、特別な事情のないかぎり、右側方からくる他の車両が交通法規を守り自車との衝突を回避するため適切な行動に出ることを信頼して運転すれば足り、あえて交通法規に違反し、自車の前面を突破しようとする車両のありうることまでも予想して右側方に対する安全を確認し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務はないものと解するのが相当である。
  14. 過失致死(彌彦神社事件 最高裁判決 昭和42年5月25日)
    神社の行事に参集した群集の雑踏により多数の死者を生じた事故についてその行事を企画施行した当該神社の職員に右事故の発生を予見しこれを未然に防止するための措置をとるべき注意義務があるとされた事例
    大みそかから元旦にかけて特定の神社(新潟県西蒲原郡a村所在A神社)に参拝することが二年まいりと呼ばれ、これがその地方では神社の著名な行事とされていて、例年多数の参拝者が境内に参集する慣わしになつている場合において、当該神社の職員は、右二年まいりの行事を企画施行し、その行事の一環として、午前零時の花火を合図に拝殿前の広場で餅まきをする等の催しを行なうにあたつては、参拝や餅まきの餅を拾うために多数の群集が右拝殿前の広場、これに通ずる門およびその門前の石段付近に集まり、その雑踏によつて転倒者が続出し、多数の死者を生ずるような事故の発生するおそれのあることを予見し、これを未然に防止するため、あらかじめ相当数の警備員を配置し、参拝者の一方交通を行なう等雑踏整理の手段を講ずるとともに、右餅まきの時刻、場所、方法等を配慮し、その終了後参拝者を安全に分散退出させるべく誘導する等の措置をとるべき注意義務がある。
  15. 業務上過失致死(最高裁判決 昭和42年10月13日)
    右折を初めようとする原動機付自転車の運転者に交通法規に違反して高速度でセンターラインの右側にはみ出してまで自車を追い越そうとする車両のありうることまでも予想すべき注意義務がないとされた事例
    幅員約10mの一直線で見通しがよく、他に往来する車両のない道路のセンターラインの若干左側から、進路の右側にある小路にはいるため、右折の合図をしながら、右折を始めようとする原動機付自転車の運転者としては、後方から来る他の車両の運転者が、交通法規を守り、速度をおとして自車の右折を待つて進行する等、安全な速度と方法で進行するであろうことを信頼して運転すれば足り、本件被害者のようにあえて交通法規に違反して、高速度で、センターラインの右側にはみ出してまで自車を追い越そうとする車両のありうることまでも予想して、右後方に対する安全を確認し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務はないものと解するのが相当である。
  16. 猥褻図画公然陳列被告事件(黒い雪事件 東京高裁判決 昭和44年9月17日)刑法第175条
    わいせつ映画の上映について犯意を欠く一事例
    映画が刑法上のわいせつ図画にあたるものであつても、その映画が映倫の審査を通過したものであり、かつ、映倫制度発足以来約16年にして、多数の同種映画の中からはじめて公訴の提起がなされたものである場合においては、映倫制度発足の趣旨、同制度に対する社会的評価並びに制作者その他の上映関係者の心情等諸般の事情にかんがみ、右上映関係者が上記映画の上映について、それが法律上許容されたものと信ずるにつき相当の理由があり、わいせつ図画公然陳列罪の犯意を欠くものと解するのが相当である。
  17. 業務上過失致死(最高裁決定 昭和45年7月28日)
    いわゆる信頼の原則の適用がないとされた事例
    停留所でバスを下車した被害者(4歳)がバスのすぐ後方から道路を横断しようとして小走りにとび出したため、被告人運転の自動車にはねられ、即死した事案において、被告人が右のようにして道路を横断しようとする者はいないという信頼を有していたとしても、その信頼が、事故現場の具体的交通事情からみて、客観的に相当であるとはいえないときは、信頼の原則を適用すべきではない。
  18. 業務上過失致死(最高裁判決 昭和45年11月17日)
    道路交通法17条3項に違反して道路の中央から右の部分を通行していた自動車運転者にいわゆる信頼の原則が適用された事例
    交差する道路(優先道路を除く。)の幅員より明らかに広い幅員の道路から、交通整理の行なわれていない交差点にはいろうとする自動車運転者としては、その時点において、自己が道路交通法17条3項に違反して道路の中央から右の部分を通行していたとしても、右の交差する道路から交差点にはいろうとする車両等が交差点の入口で徐行し、かつ、自車の進行を妨げないように一時停止するなどの措置に出るであろうことを信頼して交差点にはいれば足り、本件被害者のように、あえて交通法規に違反して、交差点にはいり、自車の前で右折する車両のありうることまでも予想して、減速徐行するなどの注意義務はない。
  19. 強盗殺人未遂、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反(最高裁判決 昭和53年7月28日)
    強盗殺人未遂罪といわゆる打撃の錯誤
    犯人が強盗の手段として人を殺害する意思のもとに銃弾を発射して殺害行為に出た結果、犯人の意図した者に対して右側胸部貫通銃創を負わせたほか、犯人の予期しなかつた者に対しても腹部貫通銃創を負わせたときは、後者に対する関係でも強盗未遂罪が成立する。
    • 被告人が人を殺害する意思のもとに手製装薬銃を発射して殺害行為に出た結果、被告人の意図した巡査Bに右側胸部貫通銃創を負わせたが殺害するに至らなかつたのであるから、同巡査に対する殺人未遂罪が成立し、同時に、被告人の予期しなかつた通行人Aに対し腹部貫通銃創の結果が発生し、かつ、右殺害行為とAの傷害の結果との間に因果関係が認められるから、同人に対する殺人未遂罪もまた成立し(大審院昭和8年(れ)第831号同年8月30日判決・刑集12巻16号1445頁参照)、しかも、被告人の右殺人未遂の所為は同巡査に対する強盗の手段として行われたものであるから、強盗との結合犯として、被告人のBに対する所為についてはもちろんのこと、Aに対する所為についても強盗殺人未遂罪が成立するというべきである。
  20. 麻薬取締法違反、関税法違反(最高裁決定 昭和54年3月27日)
    (事案の概要)
    認定事実
    1. 営利の目的で、麻薬であるジアセチルモルヒネの塩類である粉末を覚せい剤と誤認して、本邦内に持ち込み、もつて右麻薬を輸入した。
    2. 税関長の許可を受けないで、前記麻薬を覚せい剤と誤認して、輸入した。
    第1審判決(第2審も結論維持)
    1. 刑法60条(共同正犯)、麻薬取締法64条2項、1項、12条1項(以上に該当する罪を、本項では「麻薬輸入罪」と表記)に該当。犯情の軽い覚せい剤を輸入する意思で犯したものであることを理由として、刑法38条2項、10条により同法60条、覚せい剤取締法41条2項、1項1号、13条(以上に該当する罪を、本項では「覚せい剤輸入罪」と表記)の罪の刑で処断。
    2. 刑法60条、関税法111条1項に該当。
      • 関税法は、貨物の輸入に際し一般に通関手続の履行を義務づけているのであるが、右義務を履行しないで貨物を輸入した行為のうち、その貨物が関税定率法21条1項所定の「輸入禁制品」である場合には関税法109条1項によつて、その余の一般輸入貨物である場合には同法111条1項によつて処罰することとし、前者の場合には、その貨物が関税法上の輸入禁制品であるところから、特に後者に比し重い刑をもつてのぞんでいる。
        麻薬が輸入禁制品であるのに対し、覚せい剤は「輸入制限物件(関税法118条3項)」であり(現在は「輸入禁制品」である)、1.で「覚せい剤輸入罪」で処断したことに平仄を合わせ、関税法109条1項ではなく同法111条1項を適用した。
    (決定内容)
    1. 営利の目的で麻薬であるジアセチルモルヒネの塩類粉末を覚せい剤と誤認して輸入した場合とその罪責
      営利の目的で、麻薬であるジアセチルモルヒネの塩類粉末を覚せい剤と誤認して輸入した場合には、麻薬輸入罪が成立する。
      • 麻薬と覚せい剤とは、ともにその濫用による保健衛生上の危害を防止する必要上、麻薬取締法及び覚せい剤取締法による取締の対象とされているものであるところ、これらの取締は、実定法上は前記二つの取締法によつて各別に行われているのであるが、両法は、その取締の目的において同一であり、かつ、取締の方式が極めて近似していて、輸入、輸出、製造、譲渡、譲受、所持等同じ態様の行為を犯罪としているうえ、それらが取締の対象とする麻薬と覚せい剤とは、ともに、その濫用によつてこれに対する精神的ないし身体的依存(いわゆる慢性中毒)の状態を形成し、個人及び社会に対し重大な害悪をもたらすおそれのある薬物であつて、外観上も類似したものが多いことなどにかんがみると、麻薬と覚せい剤との間には、実質的には同一の法律による規制に服しているとみうるような類似性があるというべきである。
        本件において、被告人は、営利の目的で、麻薬であるジアセチルモルヒネの塩類である粉末を覚せい剤と誤認して輸入したというのであるから、覚せい剤輸入罪を犯す意思で、麻薬輸入罪にあたる事実を実現したことになるが、両罪は、その目的物が覚せい剤か麻薬かの差異があるだけで、その余の犯罪構成要件要素は同一であり、その法定刑も全く同一であるところ、前記のような麻薬と覚せい剤との類似性にかんがみると、この場合、両罪の構成要件は実質的に全く重なり合つているものとみるのが相当であるから、麻薬を覚せい剤と誤認した錯誤は、生じた結果である麻薬輸入の罪についての故意を阻却するものではないと解すべきである。
        被告人の前記1.の所為については、麻薬輸入罪が成立し、これに対する刑も当然に同罪のそれによるものというべきである。
    2. 税関長の許可を受けないで麻薬を覚せい剤と誤認して輸入した場合とその罪責
      税関長の許可を受けないで、麻薬を覚せい剤と誤認して輸入した場合には、麻薬輸入に関する関税法109条1項ではなく、覚せい剤輸入に関する関税法111条1項の無許可輸入罪が成立する。(本条第2項を適用)
      • 密輸入にかかる貨物が覚せい剤か麻薬かによつて関税法上その罰則の適用を異にするのは、覚せい剤が輸入制限物件であるのに対し麻薬が輸入禁制品とされているというだけの理由によるものに過ぎないことにかんがみると、覚せい剤を無許可で輸入する罪と輸入禁制品である麻薬を輸入する罪とは、ともに通関手続を履行しないでした類似する貨物の密輸入行為を処罰の対象とする限度において、その犯罪構成要件は重なり合つているものと解するのが相当である。本件において、被告人は、覚せい剤を無許可で輸入する罪を犯す意思であつたというのであるから、輸入にかかる貨物が輸入禁制品たる麻薬であるという重い罪となるべき事実の認識がなく、輸入禁制品である麻薬を輸入する罪の故意を欠くものとして同罪の成立は認められないが、両罪の構成要件が重なり合う限度で軽い覚せい剤を無許可で輸入する罪の故意が成立し同罪が成立するものと解すべきである。
  21. 傷害致死、公務執行妨害、恐喝、暴力行為等処罰に関する法律違反、監禁、傷害、風俗営業等取締法違反(最高裁決定 昭和54年4月13日)
    暴行・傷害を共謀した共犯者のうちの一人が殺人罪を犯した場合における他の共犯者の罪責
    暴行・傷害を共謀した共犯者のうちの一人が殺人罪を犯した場合、殺意のなかつた他の共犯者については、傷害致死罪の共同正犯が成立する。
  22. 殺人、兇器準備結集、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反(最高裁決定 昭和56年12月21日)
    現実の殺害行為を一定の事態の発生にかからせていた場合(条件付き故意)と殺人の故意の成立
    謀議された計画の内容においては被害者の殺害を一定の事態の発生にかからせていたとしても、そのような殺害計画を遂行しようとする意思が確定的であつたときは、殺人の故意の成立に欠けるところはない。
  23. 殺人、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反(最高裁判決 昭和59年3月6日)
    謀議の内容において被害者の殺害を一定の事態の発生にかからせていた場合(条件付き故意)といわゆる共謀共同正犯者としての殺人の故意の成立
    謀議の内容において被害者の殺害を一定の事態の発生にかからせており、犯意自体が未必的なものであつたとしても、実行行為の意思が確定的であつたときは、いわゆる共謀共同正犯者としての殺人の故意の成立に欠けるところはない。
  24. 通貨及証券模造取締法違反(最高裁決定 昭和62年7月16日)
    百円紙幣を模造する行為につき違法性の意識の欠如に相当の理由があるとはいえないとされた事例
    甲、乙がそれぞれ百円紙幣に紛らわしい外観を有する飲食店のサービス券を作成した行為につき、甲において、事前に警察署を訪れて警察官に相談した際、通貨模造についての罰則の存在を知らされるとともに、紙幣と紛らわしい外観を有するサービス券とならないよう具体的な助言を受けたのに、右助言を重大視せず、処罰されることはないと楽観してサービス券Aを作成し、次いで、作成したサービス券Aを警察署に持参したのに対し、警察官から格別の注意も警告も受けず、かえつて警察官が同僚らに右サービス券を配布してくれたのでますます安心して更にほぼ同様のサービス券Bを作成し、また、乙において、甲からサービス券Aは百円札に似ているが警察では問題がないと言つていると聞かされるなどしたため、格別の不安を感ずることもなく類似のサービス券Cの作成に及んだことが認められる本件事実関係の下においては、甲、乙が右各行為の違法性の意識を欠いていたとしても、それにつき相当の理由があるとはいえない。
    • 警察官らから通貨及証券模造取締法の条文を示されたうえ、紙幣と紛らわしいものを作ることは同法に違反することを告げられ、サービス券の寸法を真券より大きくしたり、「見本」、「サービス券」などの文字を入れたりして誰が見ても紛らわしくないようにすればよいのではないかなどと助言された。しかし、同被告人としては、その際の警察官らの態度が好意的であり、右助言も必ずそうしなければいけないというような断言的なものとは受け取れなかつたことや、取引銀行の支店長代理に前記サービス券の頒布計画を打ち明け、サービス券に銀行の帯封を巻いてほしい旨を依頼したのに対し、支店長代理が簡単にこれを承諾したということもあつてか、右助言を重大視しなかった。
  25. 業務上過失傷害、業務上過失致死(最高裁決定 平成元年3月14日)
    運転者が認識していない後部荷台の同乗者を被害者とする業務上過失致死罪が成立するとされた事例
    貨物自動車の運転者が制限最高速度の2倍を超える高速度で走行中、ハンドル操作を誤り自車を信号柱に激突させて後部荷台の同乗者を死亡させた場合には、たとえ運転者において同乗の事実を認識していなかつたとしても、業務上過失致死罪が成立する。
    • 被告人において、無謀ともいうべき自動車運転をすれば人の死傷を伴ういかなる事故を惹起するかもしれないことは、当然認識しえたものというべきであるから、たとえ被告人が自車の後部荷台に前記両名が乗車している事実を認識していなかつたとしても、右両名に関する業務上過失致死罪の成立を妨げない
      ※;最高速度が時速30キロメートルに指定されている道路を時速約65キロメートルの高速度で進行
  26. 公衆浴場法違反(最高裁判決 平成元年7月18日)
    公衆浴場法8条1号の無許可営業罪における無許可営業の故意が認められないとされた事例
    会社代表者が、実父の公衆浴場営業を会社において引き継いで営業中、県係官の教示により、当初の営業許可申請者を実父から会社に変更する旨の公衆浴場業営業許可申請事項変更届を県知事宛に提出し、受理された旨の連絡を県議を通じて受けたため、会社に対する営業許可があつたと認識して営業を続けていたときは、公衆浴場法8条1号の無許可営業罪における無許可営業の故意は、認められない。
  27. 覚せい剤取締法違反、関税法違反(最高裁決定 平成2年2月9日)
    覚せい剤輸入罪及び所持罪における覚せい剤であることの認識の程度
    被告人は、本件物件を密輸入して所持した際、覚せい剤を含む身体に有害で違法な薬物類であるとの認識があったというのであるから、覚せい剤かもしれないし、その他の身体に有害で違法な薬物かもしれないとの認識はあったことに帰することになる。そうすると、覚せい剤輸入罪、同所持罪の故意に欠けるところはない。
  28. 業務上過失致死、同傷害(川治プリンスホテル火災事件 最高裁決定 平成2年11月16日)
    ホテルの火災事故においてホテル経営者に業務上過失致死傷罪が成立するとされた事例
    ホテルで火災が発生し、火煙の流入拡大を防止する防火戸・防火区画が設置されていなかったため火煙が短時間に建物内に充満し、従業員による避難誘導が全くなかったことと相まって、相当数の宿泊客等が死傷した火災事故において、ホテルの経営管理業務を統括掌理する最高の権限を有し、ホテルの建物に対する防火防災の管理業務を遂行すべき立場にあった者には、防火戸・防火区画を設置するとともに、消防計画を作成してこれに基づく避難誘導訓練を実施すべき注意義務を怠った過失があり、業務上過失致死傷罪が成立する。
  29. 業務上過失致死傷(千日デパート火災事件 最高裁決定 平成2年11月29日)
    デパートビルの火災事故においてデパートの管理課長並びにビル内のキャバレーの支配人及び代表取締役に業務上過失致死傷罪が成立するとされた事例
    閉店後工事が行われていたデパートビルの3階から火災が発生し、多量の煙が7階で営業中のキャバレーの店内に流入したため、多数の死傷者が生じた火災事故において、デパートの管理課長には、防火管理者として、3階の防火区画シャッター等を可能な範囲で閉鎖し、保安係員等を工事に立ち会わせ、出火に際して直ちにキャバレー側に火災発生を連絡させるなどの体制を採るべき注意義務を怠った過失があり、キャバレーの支配人には、防火管理者として、階下において火災が発生した場合、適切に客等を避難誘導できるように平素から避難誘導訓練を実施しておくべき注意義務を怠った過失があり、キャバレーを経営する会社の代表取締役には、管理権原者として、防火管理者が防火管理業務を適切に実施しているかどうかを具体的に監督すべき注意義務を怠った過失があり、それぞれ業務上過失致死傷罪が成立する。
  30. 業務上過失致死傷被告事件(最高裁判決 平成15年1月24日)
    黄色点滅信号で交差点に進入した際、交差道路を暴走してきた車両と衝突し、業務上過失致死傷罪に問われた自動車運転者について、衝突の回避可能性に疑問があるとして無罪が言い渡された事例
    • 左右の見通しが利かない交差点に進入するに当たり、何ら徐行することなく、時速約30ないし40キロメートルの速度で進行を続けた被告人の行為は、道路交通法42条1号所定の徐行義務を怠ったものといわざるを得ず、また、業務上過失致死傷罪の観点からも危険な走行であったとみられるが、対面信号機が黄色灯火の点滅を表示している際、交差道路から、一時停止も徐行もせず、時速約70キロメートルという高速で進入してくる車両があり得るとは、通常想定し難いものというべきであり、被告人車が本件交差点手前で時速10ないし15キロメートルに減速して交差道路の安全を確認していれば,衝突を回避することが可能であったという事実については,合理的な疑いを容れる余地がある。
  31. 殺人,詐欺被告事件(最高裁決定平成16年3月22日)刑法第45条
    1. 被害者を失神させた上自動車ごと海中に転落させてでき死させようとした場合につき被害者を失神させる行為を開始した時点で殺人罪の実行の着手があるとされた事例
      クロロホルムを吸引させて失神させた被害者を自動車ごと海中に転落させてでき死させようとした場合において,クロロホルムを吸引させて失神させる行為が自動車ごと海中に転落させる行為を確実かつ容易に行うために必要不可欠であり,失神させることに成功すれば,それ以降の殺害計画を遂行する上で障害となるような特段の事情が存しなかったなど判示の事実関係の下では,クロロホルムを吸引させる行為を開始した時点で殺人罪の実行の着手があったと認められる。
    2. いわゆる早過ぎた結果の発生と殺人既遂の成否
      クロロホルムを吸引させて被害者を失神させた上自動車ごと海中に転落させるという一連の殺人行為に着手して,その目的を遂げた場合には,犯人の認識と異なり,海中に転落させる前の時点でクロロホルムを吸引させる行為により被害者が死亡していたとしても,殺人の故意に欠けるところはなく,殺人の既遂となる。
  32. 道路交通法違反、業務上過失傷害被告事件(最高裁決定 平成18年2月27日)
    1. 座席の一部が取り外されて現実に存する席が10人分以下となったが乗車定員の変更につき自動車検査証の記入を受けていない自動車と道路交通法上の大型自動車
      乗車定員が11人以上である大型自動車の座席の一部が取り外されて現実に存する席が10人分以下となった場合においても、乗車定員の変更につき国土交通大臣が行う自動車検査証の記入を受けていないときは、当該自動車はなお道路交通法上の大型自動車に当たる。
    2. 座席の一部が取り外されて現実に存する席が10人分以下となった大型自動車を普通自動車免許で運転することが許されると思い込んで運転した者に無免許運転の故意が認められた事例
      座席の一部が取り外されて現実に存する席が10人分以下となった大型自動車を普通自動車免許で運転することが許されると思い込んで運転した者が、そのような席の状況を認識していたなど判示の事実関係の下においては、運転者に無免許運転の故意が認められる。

前条:
刑法第37条
(緊急避難)
刑法
第1編 総則
第7章 犯罪の不成立及び刑の減免
次条:
刑法第39条
(心神喪失及び心神耗弱)
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