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線型代数学/線型空間

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』

目次

[編集] はじめに

「線型代数学」という教程では、実数体、あるいは複素数体上の行列や線型方程式などの具体的な対象を扱うことが主である。しかし、実は線型代数学という分野はその範囲にとどまるものではなく、一般の体上においてより一般的な議論を行うことが可能である。そしてその一般論は、より抽象的な数学を学ぶ上での基礎の基礎となるものである。

この項目では、そのような一般の体上の線型空間に関する一般論を述べる。

[編集] 線型空間の定義

[編集] 線型空間の公理

以下、特に断りなければKを体とする。一般の体をよく知らない場合には、Kを\mathbb{R},\mathbb{C}などに読み替えても概ね差し支えない。

一般の体K上の線型空間とは、次の公理を満たすような集合のことである。

公理 Kを体、Vを集合とする。Vの元どうしの演算「+」と、Vの元に対するKの元によるスカラー倍「・」が定められていて、次の条件のすべてを満たすとき、VはK線型空間であるという。

  1. \forall x,y,z \in V \ (x+y)+z=x+(y+z)
  2. \forall x,y \in V \ x+y=y+x
  3. \exists 0 \in V \forall x \in V \ x+0=x
  4. \forall x \in V \exists y \in V \ x+y=0
  5. \forall a,b \in K,\forall x,y \in V \ a \cdot (x+y)=a \cdot x+a \cdot y,(ab) \cdot x=a \cdot (bx),(a+b) \cdot x =a \cdot x + b \cdot x
  6.  1 \cdot x = x

これを線型空間の公理という。公理3の「0」をVの零元という。公理4のyは「-x」と書き、これをxの逆元という。以下、特に断りなければこの本の中ではKは体、VはK線型空間であると約束する。

公理から出発するのは抽象的で少しわかりにくいかもしれないが、公理だけから議論をはじめると、この公理を満たすものすべてについて同時に議論することができ、便利である。しかしもちろんこの公理を満たすような具体的な集合にはどのようなものがあるかを知ることも重要である。いくつか例を挙げる。

Knは通常の演算によってK線型空間である。特に、n次元ユークリッド空間\mathbb{R}^n\mathbb{R}線型空間である。

K係数の多項式の集合K[X]は通常の演算によってK線型空間である。

実数上の無限回微分可能な実数値関数全体の集合C^\infty(\mathbb{R})\mathbb{R}線型空間である。

\mathbb{R}\mathbb{Q}線型空間である。より一般に、体の拡大L/Kがあるとき、LはK線型空間である。

上に挙げた例が線型空間の公理を満たすことを確かめよ。

[編集] 基底と次元

少し具体的な線型空間について考察してみる。\mathbb{R}^3において、次の3本のベクトルの組は特別な意味を持っている。

e_1=\begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ 0\\ \end{pmatrix},e_2=\begin{pmatrix} 0 \\ 1 \\ 0\\ \end{pmatrix},e_3=\begin{pmatrix} 0 \\ 0 \\ 1\\ \end{pmatrix}

特別とはどういうことかといえば、\mathbb{R}^3の任意のベクトルxは、みなこのベクトルのスカラー倍によって

x = a1e1 + a2e2 + a3e3

と表すことができ、またこの表し方は一意的ということである。

一般の線型空間においてもこのようなベクトルの組があれば便利である。そのようなものがあるとき、このベクトルの組に特別な名前をつけよう。

定義 x_1,x_2,\dots,x_nをVの元の組とする。Vの任意の元xに対しx=a_1 x_1+a_2 x_2+ \dots + a_n x_nとなるようなKの元の組a_1,a_2,\dots,a_nが唯一つ存在するとき、x_1,x_2,\dots,x_nはVの基底であるという。

注意すべきなのは、基底は一つの線型空間に対し一組とは限らないということである。たとえば、先ほどのe1,e2,e3\mathbb{R}^3の基底であるが、一方

e'_1=\begin{pmatrix} 1 \\ 1 \\ 0\\ \end{pmatrix},e'_2=\begin{pmatrix} 0 \\ 1 \\ 1\\ \end{pmatrix},e'_3=\begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ 1\\ \end{pmatrix}

\mathbb{R}^3の基底である。

しかし、次のことはいえる。

命題 x_1,x_2,\dots,x_ny_1,y_2,\dots,y_{n'}をVの基底とすると、n=n'

つまり、(もし基底が存在すれば)基底の元の数は一定である。言い換えると、基底の元の数は各線形空間に固有の数値である。そこで、この数に名前をつけることにする。

定義 x_1,x_2,\dots,x_nというVの基底が存在するとき、nをVの次元といい、Vはn次元K線型空間であるという。

そのような有限個の元からなる基底が存在しないとき、Vは無限次元であるという。実は、無限次元線型空間には無限個の元からなる「基底」が存在することが知られている。例えば、上で例としてあげた線型空間は最初のKn以外は無限次元の線型空間であるが、K[X]には1,X,X2,X3,...という基底がある。C^\infty(\mathbb{R})の基底や\mathbb{R}\mathbb{Q}上の基底はここまで簡単に書き表すことはできないが、存在することは知られている。

[編集] 部分空間

線型空間の部分集合がまた線型空間になっていることがある。そのようなとき、この部分集合を線型部分空間(あるいは単に部分空間)という。正確に書けば以下のとおりである。

定義 W \subset Vが次の性質を満たすとき、WはVの線型部分空間であるという。

  1. \forall x,y \in W \ x+y \in W
  2. \forall a \in K,\forall x \in W \ ax \in W
  3. 0 \in W

公理3は一見すると公理2から導かれるように見えるが、そうではない。なぜならば、空集合は公理1,2を満たすが、公理3を満たさない。公理3は空集合は部分空間と呼ばないようにするための公理である。

[編集] 線型写像

[編集] 線型写像の定義

近代的な数学は、ある性質を満たす集合と、その集合たちの間の写像とを調べることを基礎として発展してきた。ここでも、線型空間から線型空間への写像について調べてみる。先ほどと同様にして、どのような写像を調べる対象とするか、公理的に与える。

定義 V,WをK線型空間とする。写像f:V \to Wが次の性質を満たすとき、fはK線型写像であるという。

  1. \forall x,y \in V \ f(x+y)=f(x)+f(y)
  2. \forall a \in K \forall x \in V \ f(ax)=af(x)

少し例を見てみよう。

Aをm×n行列とする。f_A:K^n \to K^m ;x \mapsto Axは線型写像である。

f_0:K[X] \to K ; P(X) \mapsto P(0)は線型写像である。

d:C^\infty(\mathbb{R}) \to C^\infty(\mathbb{R}) ; f \mapsto f'(微分)は線型写像である。

これらが線形写像であることを確かめよ。

[編集] kerとim

VからWへの線型写像があるとき、その写像に付随して自然にVの部分空間とWの部分空間が定まる。それがここで挙げるkerとimである。

定義 f:V \to Wを線型写像とする。

\ker f = \{ x \in V | f(x)=0 \}をfの核(kernel)という。これはVの部分空間である。
im f=\{f(x) \in W | x \in V \}をfの像(image)という。これはWの部分空間である。

すぐにわかることとして、まずfが全射であるということは、fの像がWと一致することと同値である。

また、任意の線型写像の核は0を含む。なぜならば、fを線型写像とするとf(0) = f(0 − 0) = f(0) − f(0)であるから、f(0) = 0である。線型写像が単射であることは、核が0のほかに元を持たないことと同値である。

命題 線型写像f:V \to Wが単射\Leftrightarrow \ker f = \{0\}

(証明)
kerfに0でない元yがあると仮定すると、f(0) = 0かつf(y) = 0であり、fは単射でない。
逆に、kerf = {0}と仮定する。f(x) = f(x')とするとf(x) − f(x') = 0であり、fは線型写像なのでf(xx') = 0である。kerf = {0}と仮定したのでxx' = 0、すなわちx = x'である。よってfは単射である。□

[編集] 行列表示

有限次元線型空間の間の線型写像は、基底をとることにより、有限サイズの行列によって表示することができる。つまり、有限次元線型空間の間の線型写像について調べることは、先ほど例として最初にあげたベクトルの行列倍という線型写像を調べることに帰着できる。

まず、線型写像は基底の行き先を決めることによって決まることを示しておく。

命題 V,WをK線型空間とし、x_1,x_1,\dots,x_nをVの基底、y_1,y_2,\dots,y_nをWの元とする。このとき、線型写像f:V \to Wであって、f(x_i)=y_i \ (1 \le \forall i \le n)を満たすものが唯ひとつ存在する。

(証明)
Vの任意の元はa_1,a_2,\dots,a_n \in Kを用いてa_1 x_1+a_2 x_2+\dots+a_n x_nと一意に表せる。ここで写像f:V \to W
f(a_1 x_1+a_2 x_2+\dots+a_n x_n)=a_1 y_1+a_2 y_2+\dots+a_n y_n
で定めれば、確かに条件を満たす線型写像となっている。逆に、f:V \to Wが条件を満たす線型写像であるとすると、線型写像の公理から
f(a_1 x_1+a_2 x_2+\dots+a_n x_n)=a_1 f(x_1)+a_2 f(x_2)+\dots+a_n f(x_n)=a_1 y_1+a_2 y_2+\dots+a_n y_n
となって、先の写像と一致する。□

この命題によって、次のような行列と線型写像とが1対1に対応することがわかる。

定義 V,WをK線型空間とし、x_1,x_2,\dots,x_nをVの基底、y_1,y_1,\dots,y_mをWの基底とする。線型写像f:V \to W

f(x_j)=a_{1j} y_1+a_{2j} y_2+\dots+a_{mj} y_m \ (1 \le \forall i \le n)
を満たすとき、行列A = (aij)をfの行列表示という。

[編集] 双対空間

[編集] 双対空間の定義

線型写像の集合もまた線型空間となる。ここではそのような線型空間を扱うことにする。

定義 VからKへの線型写像の全体V^* = \{ f:V \to K | linear \}をVの双対空間という。

双対空間は自然な加法とスカラー倍により線型空間となる。

双対空間はもとの空間に付随して自然に定まる線型空間である。ゆえに、下で見るようにVの性質をかなり受け継いでいる。

[編集] 双対基底

Vの基底をひとつ定めると、その基底に付随してV*にも自然に基底が定まる。

命題 x_1,\dots,x_nをVの基底とすると、i=1,\dots,nに対して

fi(xj) = δij(クロネッカーのデルタ)

を満たすようなf_i \in V^*が一意的に存在し、f_1,\dots,f_nはV*の基底となる。

このようにして定まるV*の基底をx_1,\dots,x_nの双対基底と呼ぶ。

[編集] 双対写像

VからWへの線型写像があるとき、この写像に付随してW*からV*への線型写像が定まる。(向きが逆になっていることに注意)

命題 f:V \to Wを線型写像とする。写像f^* : W^* \to V^* ; g \mapsto g \circ fは線型写像である。

このようにして定まる写像をfの双対写像と呼ぶ。

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