表現の自由

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法学憲法日本国憲法>人権 (日本国憲法)精神的自由権表現の自由

意義[編集]

憲法21条1項は「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」と規定する。この、「言論、出版その他一切の表現の自由」を指して、一般に「表現の自由」と呼ぶ。

表現の自由が憲法上保障される背景には2つの価値がある。第1に個人の人格形成上表現活動が重要であるから、自由な言論が保障されるべきだとする「自己実現の価値」であり、第2に主権者たる国民の政治的意思決定を支えるため、民主政治の重要な一プロセスとして自由な言論が保障されるべきだとする「自己統治の価値」である。

表現の自由に対する規制[編集]

表現の自由は、重要な人権ではあるが、無制約ではない。そこで表現の自由が規制された場合に、その合憲性を審査することが必要になる。

表現内容規制と表現内容中立規制[編集]

表現の自由に対する規制は、規制の態様が表現内容そのものに対する規制であるか、内容に対しては中立的な規制であるかによって要求される審査の厳格度が異なる。より強度の規制に対してはより厳格な審査が妥当する。

表現内容規制[編集]

表現内容規制とは、ある表現を規制するに際し、その表現が伝えようとするメッセージそのものを理由として禁止するものをいう。内容に着目した規制は、あらゆるチャネルにおいてそのメッセージの伝達を禁ずることになるから、きわめて強度の規制であり、それゆえ最も厳格な基準の審査が妥当する。

主題規制
特定の主題を表現することを一般的に禁止する。個々の表現者に対する規制の態様としてはやや弱い。
見解規制
ある特定の見解のみを規制するもの。規制された特定の表現者に対しては非常に強い規制である。

表現内容中立規制[編集]

表現内容中立規制とは、特定の時・場所・手段における表現を一般的に規制することをいう。たとえば、屋外の公告物を、危険の防止や美観の維持を目的として規制するとすれば、それは内容中立規制である。内容中立規制においては、あるチャネル(時・場所・手段)における表現が規制されたとしても他のチャネルが確保されている限り表現は可能であるので、規制態様としては弱い規制である。

営利的言論と政治的言論[編集]

営利的言論とは広告をはじめとする、経済活動の一環としてなされる言論をいう。営利的言論の規制は政治的言論の規制に比べて緩やかな基準で審査することが許される。政治的言論が民主主義プロセスを支える重要な表現であるのに対し、営利的言論はもともと経済活動の一環であり、その意味では経済的自由権と同程度の保障で足りると考えられるからである。

純粋言論と行動を伴う言論[編集]

行動を伴う言論(speech plus)とは、単なる言語活動にとどまらず具体的なデモンストレーションを伴う表現をいう。たとえば日本の戦争責任を追及する集会において日の丸を焼き捨てるなどの象徴的行為がこれにあたる。行動を伴う言論は、そうでない言論(純粋言論)に比べて社会に現実の危険を発生させる可能性があるため、より強度の規制も許容されると考えられている。

パブリック・フォーラムの法理[編集]

パブリック・フォーラムの法理とはアメリカの憲法訴訟において発展した法理である。公園や公民館などの公の空間(パブリック・フォーラム)はその性質上、あらかじめ公共の言論に供することを予定されているから、パブリック・フォーラムにおける言論の規制はより厳格に審査する必要があるとする。日本の最高裁判決に直接取り入れられた例はまだないが、吉祥寺駅ビラ配り事件(最判昭和59年12月18日刑集38-12-3026)における伊藤正己裁判官の補足意見のなかで、駅構内がパブリック・フォーラムに属するとの言及がある。

違憲審査基準[編集]

審査基準の選択にあたっては規制の対象および内容を総合的に考慮する必要があるが、一般的に、内容規制は厳格な基準を必要とし、内容中立規制は中間基準で足りるとされることが多い。平等権の違憲立法審査と同じく、便宜上基準の厳格さに従って三段階の区分が用いられる。

厳格な基準[編集]

  • 立法目的が必要不可欠であり
  • 達成手段がやむをえない必要最小限度のものであることを要する

とする基準である。最も厳しい基準であり、当該立法には違憲性の推定が働く。

明白かつ現在の危険の基準
違法行為を煽動する集会など、行動の前段階としての言論に対しては「明白かつ現在の危険」の基準が併せて用いられることがある。その表現によって生じる害悪が切迫し、危険性も重大である場合には、これを規制することも許されるとする。

厳格な合理性の基準(中間基準)[編集]

  • 立法目的が重要であり
  • 達成手段が目的との実質的関連性を有していなければならない

とする基準である。

LRAの基準
LRAとはLess Restrictive Alternatives(より制限的でない他の方法)の略である。表現内容中立規制の審査においてしばしば用いられる基準であるが、当該表現を規制するにつき、より緩やかな手段が想定しうるのであれば、緩やかな手段を選択する必要性があるとする。

合理的関連性の基準[編集]

  • 立法目的が正当であり
  • 達成手段が目的との合理的関連性を有していれば足りる

とする基準である。

合理的関連性とは、説明原理としての論理的な関連性という意味であって、立法事実をあげつらう必要はない。原則として合憲性が推定され、立法者の著しい裁量逸脱がみられない限りは合憲であるとされる基準である。表現の自由に対する違憲審査基準としてはきわめて緩やかな基準といえるが、猿払事件最高裁判決(最判昭和49年11月6日刑集28-9-393)において、公務員の政治活動禁止規定の合憲性を審査するにあたりこの基準が採用されている。

事前抑制の禁止[編集]

事前抑制禁止の理論については検閲と事前抑制の禁止を参照。