「政治学概論」の版間の差分

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==== 市民文化 ====
[[ファイル:putnam2Robert Putnam, lecturing.jpg|thumb|right|150px|ロバート・パットナム(1940年生まれ)はアメリカの政治学者。スワースモア大学やイェール大学などで政治学を修め、ミシガン大学教授での教授を経てハーヴァード大学教授に就任する。イタリアの調査を通じて民主主義の基盤として社会資本が重要であり、またアメリカ社会における共同体の衰退を論じた。著作には『哲学する民主主義』、『孤独なボウリング』などがある。]]
人々が社会の中で政治的な態度や価値観を獲得していく上で、例えばバークは伝統と慣習、マルクスはイデオロギー、ヘルダーは民族精神を強調した。これらはいずれも政治体制を保つことに寄与する一般的な要因であるが、現代の政治学の研究成果としてアーモンドやヴァーバが『市民文化』の中でアメリカ、イギリス、ドイツ、イタリア、メキシコの五つの民主主義国家における政治的態度には相違点があることを報告している。その相違は三つの政治文化の類型によって整理されている。第一の類型は参加型であり、この政治文化は政治に対して市民が参加することに意欲的であるだけでなく効果的になされていることが特徴である。第二の類型は臣民型であり、このような政治文化のもとでは市民は受動的で政府に対しても影響力を行使することがない特性がある。第三の類型は未分化型であり、これは宗教や伝統と政治的役割が分離していないために国民としての帰属意識がほとんど認められない傾向にある。この三つの類型はあくまで理念型であるために実際の事例は混合的な政治文化であるが、アメリカには特に参加型の傾向が強く認められた一方で、イギリスはアメリカほど参加型の傾向を認めることができなかった。また参加型のような市民文化がドイツやイタリア、メキシコの事例ではそれほど顕著に表れないことも報告されている。しかしながら、このような研究に対しては幅広い批判が寄せられている。例えばアーモンドとヴァーバの調査では成熟した民主主義が心理的モデルによって捉えられているが、この点については議論の余地がある。つまり、政府に対する受動性や国民としての帰属意識という心理的要素だけで民主主義を支えている市民文化を完全に捉えることができない可能性が指摘できる。また別の批判の根拠として、その国民の市民文化の性格がその国家の民主主義の性格を左右しているというアーモンドとヴァーバの前提にも疑問が寄せられる。その国民の市民文化はその国家の民主主義の状態を反映しているに過ぎない可能性を二人は潰しきれていないためだ。さらに加えるならば、アーモンドとヴァーバの研究手法はその国民の国民性や文化を市民文化として扱う傾向にあることも批判の対象として指摘されうる。このような研究手法ではその社会の内部における政治的な下位集団の構図を見過ごすことになり、それは階級や人種のような社会的紛争を無視することになる。
 

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