詳解日本史
ここでは、上古から現代に至るまでの日本の歴史を政治史・経済史・産業史・対外関係史・文化史の5つの視点から詳しく解説する。
第Ⅰ章:上古
[編集]上古は旧石器時代から大化の改新以前までを指す。旧石器時代の日本では狩猟採集を中心に生活し、縄文時代には土器の使用と定住生活が広まり、独自の精神文化が発達した。弥生時代に大陸から稲作や金属器が伝わると、農耕社会と身分の分化が進んだ。古墳時代には大和政権が各地を統合し、豪族連合から中央集権国家への道が開かれ、大化の改新直前には律令体制成立の基盤が整った。
旧石器時代
[編集]1949年(昭和24年)に相沢忠洋が現群馬県みどり市(現岩宿遺跡)の関東ローム層から黒曜石の打製石器を発見した。このことよりそれまで否定され続けた日本における旧石器時代の存在が証明された。
旧石器時代の人々はまだ土器を使わず、黒曜石などの石を打ち砕いて作る打製石器が使われていた。打製石器にはナイフに似た形をしているナイフ型石器や先端を鋭く尖らせた尖頭器がある。さらに小型の石器である細石器は旧石器時代後期から縄文時代初期まで使われたと推定される。
↑ナイフ型石器
食糧は狩猟で得ていた。当時の遺跡から、ナウマンゾウをはじめとする大型哺乳類の骨やイノシシ、ニホンシカなどの骨が発見されている。そして、大型哺乳類を解体する作業場も見つかっている。
また、洞窟や岩陰を主な住まいとした。大阪府藤井寺市のはさみ山遺跡からは土を掘り、くぼんだ穴に死者を埋葬する土坑墓が見つかっている。
縄文時代
[編集]縄文時代は旧石器時代に引き続き狩猟採集社会であるが、土器や弓矢の使用、磨製石器の発達などの特徴を挙げることができる。
北海道から九州にかけて、縄文時代の遺跡には穀物や畑跡が確認されている。畑作は主に早期から中期にかけて大陸から伝わった。
初期には縄目模様が特徴的な縄文土器が出現する。なかには縄目模様が施されていないものもある。煮炊きを用途としていた。1877年(明治10年)にアメリカの動物学者であるエドワード・S・モースが大森貝塚から発見した。
前期から晩期にかけ、日本犬の祖先にあたる縄文犬が神奈川県横須賀市の夏島貝塚から出土した。人間と同じ墓の区域から埋葬状態で出土する例が多くあり、イヌを家族として扱い、人間と共に埋葬する習慣があったといえる。
縄文時代前期には、台地上に竪穴建物が造られるようにやる。中期以降には平地にも建物が見られ、堀立柱建物も造られるようになる。