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高校受験ガイド/特別支援教育と高校受験

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』

身体障害があっても、一応は普通科高校に進学できる場合もあります。『障害がある子らの公立高進学相談会 来月31日、千葉市で』 , 2025年4月11日 07時33分。具体的にどういう措置があるかは障害の種類などによって異なりますので、詳しくは教員や地域の担当者などにお聞きください。

『「入学しない」確約求める、香川 車いす生徒の高校受験で中学校長』 , 沖縄タイムス , 2025年3月30日 20:26
『「入学しない」確約求める、香川 車いす生徒の高校受験で中学校長 』 , 東京新聞 , 2025年3月30日 20時26分 (共同通信)

高校受験・大学受験で現役の時点でどこの学校に「合格した」という記録は、卒業後もしばらく地域に公的記録として残り、地域のどこかの公的機関にて10年くらいは長く残ります。

このため、学力の高い子が車イスなど身体障害者の場合、中学側の工夫として、たとえ一般高校には通学困難の生徒には、それでも中3時点での学力を公的に証明させるために、合格しても通学できない私立学校や高偏差値公立(入試で学校独自問題を作成している公立高校)などを生徒に受験させる事もあります。特に高校受験はそうです。

たとえ、そこそこの偏差値の高校に合格しても、実際に進学するのは、公立の特別支援学校、またはその特別支援学校と提携している公立高校、みたいな事もあるのです。

ここら辺の話題は、とても配慮が各方面に必要な話題ですので、けっして一般人や子供はこの話題に深入りしてはいけません。専門職である学校教員や教育委員会などの人に、任せましょう。けっして、探究学習などのテーマに、特別支援教育の話題を選んではいけません。

健常者である一般生徒には、なんの責任も無いので、一般生徒は普通に高校受験をすべきであり、一般生徒は高校受験では地元の偏差値の高めの志望校を目指し、その志望校に合格したら普通にその志望校に進学しましょう。


障害児だからと言って、必ずしも「特別支援学校」という専用の学校に通うとは限らず、その特別支援学校と提携している一般の小中高で教育を受ける場合もあります。

小中の場合なら、その一般の小中の校舎の内部に「特別支援教室」(末尾が「学校」ではなく「教室」)という障害児教育の専用の教室がある場合もあります。

ただし、一般の小中学校などの校舎内にある「特別支援教室」に通っている子は、まだ症状が軽い子です。重度の障碍者は、学校教育を受ける際、特別支援学校という専用の学校に送られています。

なのに、たかが「小学校で知恵遅れや身体障害の生徒の世話をした」程度の体験的な経験だけで、けっして障害者の世話を、軽い労働だと勘違いしてはいけません。

介護などを考えれば分かるように、障害者の世話は、大人のすべき重労働です。だから、車イスの生徒などには、補助員などの大人がつく場合もあります。なお、障害生徒の補助の費用や人手を、障害者の家庭が負担する場合もあります。立石美津子 著『わが子の給食に6年間付き添い…知的障害児の進級先に「通常学級」を選ぶ親が知っておくべき「2つのこと」』 , オトナンサー, 2025.03.23

医師・看護師の近くでの観察の必要な種類の慢性な身体障碍者(「病弱者」という)は、普通の学校ではなく特別支援学校に送られるのを原則とする仕組みです(学校教育法施行令 22条)。裏を返すと、もし永久に治らない生まれつきの身体障害でも、医師・看護師の近くでの観察が不要であり近隣の通常の病院の通常営業で対応できる程度の障害なら、生徒児童に知能障害が無い限りは、通常の学校での教育になる場合もあります。


障害者基本法では、可能な限り、一般の学校の一般の学級で健常の生徒とともに学ぶ道を模索することが義務化されていますが(障害者基本法 16条)、あくまで「可能な限り」です。

昭和や平成初期のころ、障害の重すぎる子の場合、特別支援学校の無い地域・足りない地域では、そもそも障害者は学校に通えませんでした。就学猶予免除(しゅうがくゆうよ めんじょ)をされていました。

特別支援学校は、そういう学校教育から排除されていた子に、学校教育を受ける場を提供したのです。

障害の重すぎる子の場合は、残念ながらインクルーシブ教育の理念(「通常学級で学ぶのを原則とする」)どおりには、なっていません。

インクルーシブ教育の原則は、あくまで軽度の障害者の話にすぎません。たとえば、松葉づえで歩くような、少々の不自由があるが(肢体不自由者(したいふじゆうしゃ)という)、しかし目も見えて耳も聞こえるので通常の学校で学べるような障害の子の話です。目が見えない、耳が聞こえない、のような子は、特別支援教室または特別支援学校に通う事になるのが現実です。法律で「原則」と言った場合、例外が存在します。

特別支援の分野については、法的にとても難しい話題なので、最低限、大学で教育学を学んだ人が扱う話題です。教育学の専門書を何冊も読めない人は、障害の当事者でない限りは、けっして深入りをしてはいけません。中学生・高校生は、けっして、中高の探究学習などのテーマにしてはいけません。たかが「ネットで関連サイトをあさる」程度の事しか出来ないなら、近づいてはいけないのです。この注意に従わない生徒がどうなっても、世間は知りません。

他の健常者の生徒にも、小中高の公教育を受ける権利があることを忘れてはいけません。実際に教育行政は、健常者の生徒の権利まで考えており、それゆえに障害のある生徒への対応には事実上の制限もあります。障害者と受け入れ機関の双方に、対話が求められます[1]

日本だけでなく、国際条約『障害者の権利に関する条約』第2条でも、サポートする側に過度な負担を課する事は抑制されています。

外務省『障害者の権利に関する条約』,平成26年1月30日

外務省
障害者の権利に関する条約

第2条 (抜粋)
「合理的配慮」とは、障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。

2020年代の現行の「障害者差別解消法」および「学校教育法」も、上記の国際条約にもとづいた法的内容です。


日本国憲法でも、義務教育についての規定ですが第26条 第1項で、

第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

です。障害生徒だけでなく健常生徒も含めて「すべて国民」です。

学校現場については、文部科学省からの指令でも、過「度」ではなく「過重」な負担について、

『文部科学省所管事業分野における障害を理由とする差別の解消の推進に関する対応指針の策定について』 令和6年1月17日

で定めています。

1 事務・事業への影響の程度(事務・事業の目的・内容・機能を損なうか否か)
2 実現可能性の程度(物理的・技術的制約,人的・体制上の制約) 
3 費用・負担の程度 
4 事務・事業規模 
5 財政・財務状況

の常識的な軽度の負担の範囲内で、障害生徒へのサポートが提供される事になります。「インクルーシブ教育」も、あくまで過度・過重な負担ではない、合理的な配慮のていどの負担を模索する教育および実験校です文部科学省 著『共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告) 概要』

この程度の軽度な配慮どまりですが、ただし代わりに、この程度の「合理的な配慮」もしないと、「差別」として学校は文科省や教育委員会などから指導などをされます。文科省は、けっして「出来もしない持続不可能な理想論」を要求して形骸化させてはおらず、文科省は行政や学校が「やろうと思えば出来る」程度の持続可能であろう要求をしています。

よく教育学者などの言う「お互いを尊重」とか「みんなで手をとりあって」とかのフレーズにも、「合理的な配慮」の文脈があります。

特別支援学校の大人たちが障害者を優遇する事は法的には構わないのですが、しかし他の健常生徒に障害生徒への優遇を行わせるものではないのです。


なので障害者の側も、なんらかの歩み寄りが課せられるのです。表立っては行政機関は特には、障害者に歩み寄りの義務などは宣言してはいないですが、少なくとも学校教育の場では、現実として障害者には何らかの制限があるのが実態です。

教員の労働環境も守れないといけないので、授業は健常生徒に合わせて行うしかありません[2]

移動が困難なだけなら、車イスで運んでしまえばそれで終わりですが、しかし障害は他にもあります。目が見えない、耳が聞こえない・・・、そういう生徒の対応を、一般の生徒は出来ませんし、教員にもそこまでの余裕が無いのが実態です。

なので、一般の学校に通うのが健康的に無理な生徒の場合には、たとえ学力が高くても、とりあえずは特別支援学校に送られます。

小中学校の場合ですが、障害児の就学先について、一般の学校に通わせるのか、それとも特別支援学校に通わせるのか、等の就学先決定は、最終的には教育委員会が判断を行います[3]。障害児本人やその保護者の意向も聴取し尊重しますが(学校教育法施行令 18条2項)、最終的には教育委員会が就学先を決定する仕組みです。なお、けっして小学1年のときの就学先のコースが固定するのではなく、病状などによって柔軟に変更されます。


なお、法的には高等学校にも特別支援学級は設置できますが(学校教育法 81条2項)、しかし実態は、公立・私立にかかわらず高等学校そのものには「特別支援学級」はないのが現実です[4]。(ただし、高校の校舎に特別支援「学校」の分校がある場合はある。障害高校生の在籍は、特別支援学校のほうになる。)

実務的に考えても、重度の障碍者だと、仮に一般の高校に合格しても(なお、受験では別室受験をする事になるだろう)、合格後の高校の授業に対応できません。

たとえば失明している場合、点字を読む必要があります。しかし、一般の公立高校の授業は、点字の生徒には対応していないです。県立トップ高校は、点字のための授業なんて、してくれないです。

税金にも限りがありますので、一般の公立高校では、いくつかの種類の障害者の教育には対応できないです。

障害生徒の学力の問題ではなく、設備や教職員数などの都合により、どうしても一般の学校では教育を受けるのが困難な子もいるのです。

道徳教育などで「障害者には親切にしましょう」みたいな福祉の理念を小中で教えていても、実際には重度の障碍者は、学校教育については、特別支援学校に送られます。

行政による送り先の選び方は、一般的に、障害生徒がとりあえずは出席できる学校へと、支援の必要な生徒を送るのが普通です。仮に、もし特別支援学校でない普通の学校に送って、障害生徒が通学困難などの理由で欠席しがちになるよりも、とりあえずは出席できる特別支援学校(および提携している近隣の公立校)に送るのを、行政は優先するという傾向です。

特別支援学校および提携している普通科高校を組み合わせれば、とりあえずは国数英理社と芸術・体育・家庭科のどれも一応は全科目を平均的には教えられるので。

行政の二枚舌(にまいじた)かもしれませんが、教育行政の大人たちが、そういう汚れ役をしています。

普通の健常者の生徒は、道徳に従って、障害生徒を介護しようとしてしまいます。しかし、介護は大人がすべき労働ですので、行政の大人たちが、重度障碍者と健常者とを、学校ごと切り離すという行政的な仕組みがあります。とはいえ交流断絶ではなく、障害生徒を別組織に在籍を写したうえで、ときどき近隣の学校と学校行事などで交流・共同学習をする、というような仕組みです。

こういう仕組みにすることで、健常生徒と障害生徒の両者の、小中高の公教育を受ける権利を、行政が確保してします。

健常生徒が生涯生徒をサポートしすぎないようにサポートの限度を決めて、生徒間の距離の遠さを調整することも、教員には求められるのです。これがインクルーシブです。「健常生徒にもサポートさせる。しかし、サポートさせすぎない」です。

けっして、サポートしすぎる周囲の健常者の子供が浅はかなのではありません。そういう仕組みを教えていなかった大人の責任です。

そもそも、2016年の障害者差別解消法でも、障害者だけを優遇するものではなく、健常者も含めたあらゆる人々が能力を発揮できる社会をつくることを目的としており、法内容でも優遇ではなく「合理的な配慮」を求めています[5]。なので、もし現状の機関では障害者に対するサポートの負担が重すぎて継続困難な場合には、他の機関を利用してもらう事になるのです。もちろん、事前に負担の重すぎない範囲で、合理的な配慮に基づくサポートをこころみた前提ですが。


行政の「汚れ仕事」と言っても、別に殺人とか、あるいはカネをだまし取るとかしているわけではないので、もし今後の人生でなにか行政のウソに気づいても、決して公表しないで、心のなかに留めてください。


重度な障害のある生徒の対応は、行政的・人権的に、かなり慎重に扱わないといけない話題です。

なので、重度な障害のある中学生の進学では、なるべく、特別支援学校またはそこと提携している一部の高校などを活用する方向性を検討する事になるでしょう。高校との提携では、よく、学校行事などで交流し、これを「交流」または「共同学習」とも言います。障害者基本法 16条で、交流や共同学習を積極的に行わなければいけない事が義務化されています。


障害の重すぎる子の教育については、通常の学校だけでは対応できないので、特別支援学校がセンターとなり[6]、通常の学校のほかの外部機関と連携して、地域の行政のチームワークで対応します。通常学校に通わせる場合でも、特別支援学校は、必要な助言や支援を通常学校などに対して行う事になります[7]。むしろ、特別支援学校が中心になる場合もあります。たとえ一時的に通常の学校に通う事があっても、特別支援学校および教育委員会が中心的な「教育センター」という司令塔となって指示を出すのが通常です。通常の学校側の連絡係では、保健室の先生(養護教諭)などが連絡の仲介になります。


特別支援学校での教育内容も、国数英理社や芸術・保健体育・家庭科などは、なるべく同じ教科書を使います(ただし、弱視者のための点字の教材やICT教材など、多少の差異はある)。既存の教科はなるべく同じ内容にして、その上で、障害者むけの特別科目である「自立活動」という科目で、障害者むけの特別なプラスアルファの教育を補習として行うという仕組みです。

障害者福祉に限らず、孤児・在日外国人・その他の恵まれない子供たちについても、周囲の一般家庭・健常者の子がサポートをしすぎないように、切り離しをする仕組みが社会的・行政的にあります。

なので、小中高の学生の第一の仕事は、あくまで学校の勉強です。たとえ大学進学をしなくても、高卒就職で手に職をつけるにしても、高校は授業をきっちり受けて卒業をする必要があります(まあ、実際には工業高校卒など職業高校だと3年生の10月から就職するが)。高校卒業要件の単位不足を許すわけにはいかないのです。

ここら辺の福祉の話題は、商売目的で評論家が「いい人に見られたい。その方が儲かるから」みたいな発想で税金や人手を無視して群がりがちです。しかしそんな商売目的なんかの言説の影響を政治家が受けて、政策が決まってしまって税金が使われたら大迷惑です。なので、たとえタブーの多い分野であっても、仕方なく苦言をせざるを得ない。

障害者教育のようなタブーの多い分野の学習については、普通に教育学などその分野の専門書を読むのが一番である。なぜなら、語っても平気な話題が、書籍には書いてあるからである。書籍や論文などに基づかない議論は、議論風の単なる娯楽の雑談である。なので中学生・高校生は、これらの分野にけっして深入りすべきではない。大人になってから、必要な人が専門書や実務などで確認するのが一番である

NHK紅白歌合戦みたいな男女の競争ゲームみたいな感覚で、障害者教育の政策が決められてしまっては大迷惑であるし、そのうえ膨大な税金が毎年 投入されてしまっては超迷惑である。

  1. ^ 政府広報オンライン『事業者による障害のある人への「合理的配慮の提供」が義務化』 2024年11月8日
  2. ^ 立石美津子 著『わが子の給食に6年間付き添い…知的障害児の進級先に「通常学級」を選ぶ親が知っておくべき「2つのこと」』 , オトナンサー, 2025.03.23
  3. ^ 『【教員採用試験】教職教養トレーニング動画 就学先決定の仕組みと特別支援学級等の対象者と教育課程【教セミ2022年10月号】』 2022/09/21
  4. ^ 文部科学省『高等学校における「通級による指導」について』平成 28年6月1日 , 2枚目
  5. ^ 滝沢和彦 著 『教育学原論』 , ミネルヴァ書房 , 2022年3月20日 初版 第3刷 発行 , P182
  6. ^ 滝沢和彦 著 『教育学原論』 , ミネルヴァ書房 , 2022年3月20日 初版 第3刷 発行 , P175
  7. ^ 滝沢和彦 著 『教育学原論』 , ミネルヴァ書房 , 2022年3月20日 初版 第3刷 発行 , P175