高等学校化学I/脂肪族化合物/カルボン酸

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アルコールとエーテル アルデヒドとケトン カルボン酸とエステル 油脂とセッケン
脂肪族化合物 官能基 アルコール エーテル アルデヒド ケトン カルボン酸 エステル 油脂 セッケン

カルボキシル基(-COOH)を分子中に含む物質を一般にカルボン酸と呼ぶ。右には主なカルボン酸を示す。

示性式 名称 構造式
HCOOH ギ酸 ギ酸
CH3COOH 酢酸 酢酸

一般的な性質[編集]

アルデヒドの部分で学んだように、アルデヒドを酸化するとカルボン酸が得られる。

分子中の炭素数が少ないカルボン酸を低級カルボン酸、炭素の多いカルボン酸を高級カルボン酸という。低級カルボン酸はカルボキシル基の性質が強く現れ、水に溶けて酸性を示す。この酸性の強さは、硫酸や硝酸・塩酸などの強酸よりは弱く、二酸化炭素の水溶液である炭酸より強い。一方、高級カルボン酸は炭化水素としての性質が強く現れ、水に溶けにくい油状の固体である。

またカルボン酸の分類には、低級・高級という炭素数による分類のほか、分子中のカルボキシル基の個数による分類もある。ギ酸や酢酸のように分子中にカルボキシル基を1つ持つカルボン酸を一価カルボン酸といい、カルボキシル基を2つ持つカルボン酸を二価カルボン酸という。二価カルボン酸には、例えばシュウ酸 (COOH)2、マロン酸HOOC-CH2-COOHなどがある。

ギ酸[編集]

ギ酸

ギ酸(HCOOH)はもっとも単純な構造のカルボン酸である。常温常圧では刺激臭のある無色の液体で、水溶液は酸性を示す。

ギ酸はカルボン酸であるが、分子構造をよく見ると、下図のようにカルボキシル基だけでなくアルデヒド基の部分もあると見ることができる。そのため、ギ酸はカルボン酸でありながらアルデヒドの性質も併せ持つ。すなわちギ酸には還元性があり、酸化剤と反応させるとギ酸自身は酸化されて二酸化炭素となる。

ギ酸の分子構造

酢酸[編集]

氷酢酸

酢酸(CH3COOH)は炭素を分子中に2つ含むカルボン酸である。常温常圧では刺激臭のある無色の液体で、水溶液は酸性を示す。

酢酸は酸であり、亜鉛などの金属と反応して水素を発生する。

Zn + 2CH3COOH → (CH3COO)2Zn + H2

また、酢酸は弱酸だが炭酸よりは強い酸であるため、炭酸塩と反応して二酸化炭素を生じる。

CH3COOH + NaHCO3 → CH3COONa + H2O + CO2

また、酢酸は融点が17℃であり、純度の高い酢酸は冬場になると氷結してしまう。そのような酢酸を氷酢酸と呼ぶ。

マレイン酸・フマル酸[編集]

マレイン酸フマル酸(COOHCH=CHCOOH)はどちらも二価の不飽和カルボン酸であり、互いにシス・トランス異性体の関係にある。マレイン酸はシス型、フマル酸はトランス型である。

マレイン酸 フマル酸
 マレイン酸   フマル酸 

マレイン酸とフマル酸の化学的性質は大きく異なる。

マレイン酸は160℃に加熱することにより脱水反応を起こし無水マレイン酸となる。これは、2つのカルボキシル基の位置関係の違いによるものである。カルボキシル基がシスの位置にあるマレイン酸では、2つの-OHが互いに近い位置にあるため、加熱により水分子がはずれやすい。

マレイン酸の脱水

一方、フマル酸は加熱しても脱水反応が起きない。(※ 備考: フマル酸を加熱しても200℃あたりで昇華するだけである。) フマル酸はカルボキシル基がトランスの位置にあり2つの-OHが遠いため、加熱しても水分子が外れないのである。

(※ 備考:) なお、マレイン酸は水に溶けやすいが、フマル酸は水に溶けにくい。この溶解性の差は、極性の違いだろうと考えられている。(※ 参考文献: 三省堂『化学I・IIの新研究』、卜部吉庸 著、)

その他のカルボン酸[編集]

カルボン酸は果物に多く含まれている。たとえばブドウに含まれる酒石酸や、柑橘類に含まれるクエン酸、リンゴに含まれるリンゴ酸はいずれもカルボン酸である。

また、乳酸のように、分子中にCOOH基とOH基をもつカルボン酸をヒドロキシ酸(Hydroxy acid)という。 乳酸は、糖類の発酵によって生じる。

光学異性体[編集]

乳酸の光学異性体

乳酸(にゅうさん、lactic acid)は、ヨーグルトなどの乳製品に含まれているヒドロキシ酸であるが、この乳酸は炭素原子に結合している4つの原子や原子団が、4つとも異なる。このように、4本のうでにそれぞれ異なる置換基が結合した炭素原子を、不斉炭素原子(ふせい たんそげんし,asymmetric carbon atom)という。たとえば、乳酸(CH3CH(OH)COOH)には不斉炭素原子が1個存在する。

乳酸の不斉炭素原子

上図を見ると分かるように、*印をつけた炭素原子の周りに、それぞれ色分けされた4つの異なる置換基が結合しているのが分かる。この*印がついた炭素原子が不斉炭素原子である。

ここで上の構造式は平面上に書かれているが、現実にはこの分子は立体として存在する。不斉炭素原子を中心とした正四面体の各頂点に、結合軸が配置しているのである。すると、構造式が上のように同一であっても、立体的にはどう動かしても重ね合わせることのできないものが存在する。これらは、たがいに鏡に写した関係にある。

このように、構造式が同一であるにもかかわらず立体的には重ね合わせることのできない異性体を光学異性体(こうがく いせいたい、optical isomer)といったり、あるいは鏡像異性体(きょうぞう いせいたい、enantiomer)とよぶ。

光学異性体の一方をL体といい、もう一方をD体という。

L体とD体との関係のたとえとして、よく、右手と左手との関係にたとえられる(検定教科書でも、そういう例えが多い)。

光学異性体は、L体とD体とで、融点や密度などほとんどの物理的性質は同じだし、化学反応に対する化学的性質も同じである。しかし、偏光に対する性質や、また、味や におい などの生理作用が異なる。 偏光については、L体とD体とで、偏光をする向きが逆方向である。

乳酸のほかにも、アミノ酸の一種であるアラニンにも不斉炭素原子が存在し、よって光学異性体が存在する。

なお、乳酸は、近年では、生分解性樹脂(せいぶんかいせい じゅし)の原料としても、活用されている。

不斉合成(ふせい ごうせい)[編集]

(※ メントールはカルボン酸ではない。)

  • ラセミ体

香料などに使われるメントールはアルコールの一種であるが、メントールにはl体とd体とがあり、このうち香料としての作用があるのはl体のみである。光学異性体をもつ化合物を、通常の方法で化学合成して作ろうとすると、l体とd体との等量混合物(「ラセミ体」という)ができてしまう。


しかし近年、特別な触媒を用いた合成によって、さまざまな光学異性体の化合物のl体とd体とを区別して、そのうちの一方だけを選択的に合成できる手法が確立された(不斉合成、「ふせい ごうせい」)。


ミルセンをもとにした、メントールの不斉合成

そのような不斉合成の例として、l-メントールの不斉合成がある。

メントールには図のように、環状部分があり、そのため、表裏があり、そのため、無計画な合成反応ではl体とd体とが生じてしまう。(キシレンやベンゼンなど、最初から環の形をした化合物に置換基を足していく方法だと、l体だけを合成することはできない。)

日本の野依良治(のより りょうじ)は、l-メントールをめざす(不斉)合成のさい、ミルセンという非環状アルケン化合物をもとに、メントルの非環状部分に近い構造を先に合成しておき、あとから別の反応で、このメントールの環状部分に相当する部分に閉じる方法をもちいることにより、高収率でl-メントールを不斉合成する方法を発見した。野依はそのほかにも不斉合成に関する業績を多く持ち、その業績によりノーベル化学賞を2001年に受賞した。


BINAP触媒

また、このl-メントールなどの不斉合成の際に用いる触媒であるBINAP(バイナップ)触媒は、野依が開発した。

BINAP触媒の立体構造
BINAP触媒のビナフチル骨格は、図のようにねじれた構造になっており、そのねじれが時計まわり、または反時計まわりのいずれかになっている。時計回りと反時計まわりとの間の相互変換は、かさ高い-P(C6H5)2(ジフェニルホスフィノ)基と上下のナフチル基で向かい合った(ぺリ位という位置)水素によって妨げられる。すなわち、一定の方向のねじれを有するため、特定の立体構造を選択できる。


なお、ミルセンそのものは、松やハッカや月桂樹などの植物に含まれる化合物でもある。(※ ウィキペディア日本語版『ミルセン』による)工業的には、松などに含まれるビネンなどの熱分解で合成できる。


時計まわりの「ねじれ」と反時計まわりの「ねじれ」 (※ 範囲外)

トイレットペーパーの芯が、らせん状に巻かれているが、この巻き方を仮に時計まわりとしよう。トイレットペーパーの芯を逆さまにひっくりかえしても、まき方は、時計回りのままである。

ロープの巻き方に、「Zより」(ゼットより)と「Sより」(エスより)がある。手前にくるロープがZの字の斜めの部分のように、右上から左下にある場合、つまり「/」のように巻かれている場合、「Sより」という。「Zより」という。Zよりに巻かれたロープを、上下反対に持っても、Zよりのままである。

同様に、「Sより」のロープを上下反対に引っくり返しても、「Sより」のままである。Sの時の真ん中付近の部分のように左上から右下に向かって、「\」のように、巻かれているので、「Sより」という。

あるトイレットペーパーの芯の紙の巻き方は、ロープの巻き方でいう「Zより」。

もし、筒(つつ)に時計まわりの糸を巻きつけた場合、もし、その筒を逆さまに引っくり返しても、糸の巻きは時計まわりのままです。その筒を逆さまにしても、けっして、糸の巻き方向は反時計まわりには、なりません。

同様に、筒に反時計まわりに糸を巻きつけた場合、筒を逆さまにしても、糸の巻きは反時計まわりのままです。

なお、BINAP触媒そのものにも、時計まわりのものと反時計まわりのものがあり、それぞれ鏡像異性体の関係である。(乳酸のような不斉炭素原子による不斉を中心不斉と呼ぶのに対して、BINAPのそれは軸不斉と呼ぶ。大学以上の内容です。)

入試範囲[編集]

二量体[編集]

下記の「二量体」の話題が、検定教科書には無いが、しかし参考書に書かれており、よって大学入試の範囲である。(※ 例外的に東京書籍の検定教科書に、カルボン酸の二量体の話題が書かれている。)

  • 二量体
カルボン酸の二量体

電離してないカルボン酸は、図のように、水素結合によって二量体(にりょうたい)を形成して引き付けあう。

カルボン酸が同程度の分子量のアルコールやアルカンよりも沸点や融点が高いのは(つまりカルボン酸のほうが沸点が高い)、カルボン酸がこのように二量体を形成するからである。

二量体は、電離ではないので、水溶液中だけでなく、酢酸の気体分子でも同様の現象が発生している。このため、酢酸の気体から分子量を測定する実験をすると、実験方法によっては、酢酸の分子量の約60の2倍の値である分子量120ほどの実験値が得られる場合もある。(※ 参考文献: 数研出版『チャート式 新化学II』,平成18年4月 新課程版(当時)、P33)

水溶液中の水素結合[編集]

カルボン酸が比較的に水に溶けやすいものが多いのは、水素結合によると考えられている。

水溶性については、カルボン酸は水と水素結合を形成するため、カルボン酸は水に溶けやすい。(※ 参考文献: 山口良平『ベーシック有機化学』、東京化学同人、2015年2版、P152) また、カルボン酸と同程度の分子量のアルコールよりも、カルボン酸は水溶性が高い。(※ 参考文献: 新井貞夫、『工学のための有機化学』、サイエンス社、2014年新版、P212)

とはいえ、酢酸こそ水に溶けやすいものの、無水酢酸は水に溶けにくい(検定教科書の範囲)のように例外的な事例もある。(※ 教科書で紹介しないのも、このように、それなりの理由があるのだろう。)

※ 範囲外: カルボン酸の電離しやすさの理由[編集]

カルボン酸の電離しやすさの理由 (※ 範囲外)

酢酸はカルボン酸であるが、「酢酸の水素が電離する際に、なんでカルボキシ基の側の水素だけが電離するのか? メチル基の側の水素は電離しないのは、なぜだろう?」という疑問を思う高校生もだろう。

答えのヒントをいうと、カルボン酸の二重結合がヒントである。

もちろん化学は実験にもとづく学問であるから、実験結果は最終的に覚えてもらわないといけないわけで、「酢酸の水素が電離する際に、カルボキシ基の側の水素だけが電離する。けっしてメチル基の側の水素は電離しない。」という事も、覚えてもらう必要がある。

酢酸イオンの共鳴の構造 (※ 高校範囲外なので、覚えなくて良い)

いくつかの理由が考えられているが、有力説のひとつとして、「共鳴」構造という理論がある。

  • 「共鳴」

図のように、電離した結果、二重結合の結合手は1本ぶん余るが、その結合手はけして、どちらか片方の酸素原子Oに局在してるのではなくて、両方の酸素原子に共有されている、と考えられている。


共鳴 (※ 範囲外)

酢酸にかぎらず、二重結合には、このような、いくつかの原子に共有されやすい性質がある。

  • ベンゼン
ベンゼンの構造

(高校生は のちの単元で習う)ベンゼン環などでも、似たような「共鳴」による安定化がある、と考えられている。(まだベンゼンについては未習だろうから、ベンゼンについて未習の学生は、気にしなくて良い。) もっとも、ベンゼンとカルボン酸は性質が大きくことなるので、けっして混同しないように。(違いの一例として、ベンゼンには発ガン性がある。)

ベンゼンの共鳴のイメージ図


  • オゾンO3や二酸化窒素NO2

たとえばオゾンO3や二酸化窒素NO2や(有機化合物の)ニトロ基 -NO2 でも、共鳴が存在している、と考えられる。また、その共鳴が、これらの分子の反応性にも関わっている、と考えられている。このように、炭素化合物でなくとも、共鳴は存在している。

※ このNO2など、炭素化合物以外の共鳴の話題は、専門的にかなり高度な話題になりそうなので、高校生は深入りしなくて良い。これらの分子の反応パターンの理論化には、ここで説明した「共鳴」以外にも、さらに、大学で習うような知識が多く必要になる。
※ オゾンなどの共鳴の図は省略する。 高校の範囲を超えるので。
※ 検定教科書でも、二酸化窒素の構造式(棒線で結合の様子を著した図)は紹介していないのは、たぶん、こういう「共鳴」とも関わってくるから。
※ オゾンはカルボン酸でもないし、オゾンはベンゼン化合物でもないので、(けっして、オゾンがカルボン酸やベンゼンだと)混同しないように。同様に二酸化窒素も、カルボン酸でないし、ベンゼン化合物でもない。


発展: 「脂肪酸」について (化学IIの範囲)[編集]

食用の油などで、「リノール酸」や「リノレン酸」など、聞いたことのある人もいるだろう。

このリノール酸やリノレン酸は、カルボン酸である。

実は、脂肪の成分は、カルボン酸である。

さて、一般に油脂のなかにグリセリンという成分が含まれている。このグリセリンの成分であるパルミチン酸やステアリン酸も、カルボン酸である。

このように、油脂の成分に、高分子のカルボン酸が含まれている。

このため、1価の鎖式のカルボン酸のことを脂肪酸(しぼうさん)ということもある。

つまり、R-COOH のかたち(これが1価の鎖式のカルボン酸の形)の分子が、脂肪酸である。


さて、高校生には奇妙であるが、酢酸やギ酸なども便宜上、「脂肪酸」にまとめる場合もあり、高校の検定教科書も、そういう立場である。(大学の教科書では、この分類に不満を持ってる人も多く、脂肪酸について言及してない場合もある。)

酢酸やギ酸も、1価の鎖式のカルボン酸だからである。

とりあえず高校2年生は、「脂肪の成分にも、カルボン酸がある」とだけ知っていればいい。