高等学校古典探究/陶淵明集
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< 高等学校古典探究
高等学校教科『古典探究』は標準単位数が4単位なので、『陶淵明集』は学年を跨いで学習する可能性を踏まえて二部構成に分かれています。
第一部
[編集]桃花源記
[編集]白文 (正字)
[編集]- 晉太元中、武陵人捕魚爲業。緣溪行、忘路之遠近。忽逢桃花林。夾岸數百步、中無雜樹。芳草鮮美、落英繽紛。漁人甚異之。復前行慾窮其林。林盡水源、便得一山。山有小口、髣髴若有光。便捨船從口入。
- 初極狹、纔通人。復行數十步、豁然開朗。土地平曠、屋舍儼然。有良田・美池・桑竹之屬。阡陌交通、鷄犬相聞。其中往來種作男女衣着、悉如外人。黃髮・垂髫、竝怡然自樂。
- 見漁人乃大驚、問所從來、具答之。便要還家、設酒殺鷄作食。村中聞有此人、咸來問訊。自云、「先世避秦時亂、率妻子・邑人、來此絶境、不復出焉。遂與外人間隔。」問、「今是何世。」乃不知有漢、無論魏・晉。此人一一為具言所聞、皆歎惋。餘人各復延至其家、皆出酒食。停數日辭去。此中人語云、「不足爲外人道也。」
- 既出得其船、便扶向路、處處誌之。及郡下、詣太守、說如此。太守即遣人隨其往。尋向所誌、遂迷不復得路。
- 南陽劉子驥高尚士也。聞之欣然規往、未果尋病終。後遂無問津者。
(陶淵明集 巻五)
書き下し (新字)
[編集]晋 の太元 中、武陵 の人魚 を捕らふるを業 と為す。縁 りて渓 に行き、路 の遠近を忘る。忽 ち桃花 の林に逢 ふ。岸を夾 むこと数百歩、中 に雑樹 無し。芳草鮮美 、落英繽紛 たり。漁人 甚 だ之 を異 しむ。復 た前 み行きて、其の林を窮 めんと欲す。林水源に尽きて便 ち一山 を得たり。山に小口 有り、髣髴 として光有るがごとし。便ち船を捨てて口より入 る。初 めは極めて狭く、纔 かに人を通ずるのみ。復た行くこと数十歩、豁然 として開朗 なり。土地平曠 、屋舎 儼然 たり。良田 ・美池 ・桑竹 の属 有り。阡陌 交 〻゛通じ、鶏犬 相 聞こゆ。其の中に往来種作 する男女の衣着 は、悉 く外人のごとし。黄髪 ・垂髫 、並びに怡然 として自 ら楽しめり。- 漁人を見て
乃 ち大いに驚き、従 りて来たる所を問ふ。具 さに之に答 ふ。便ち要 へて家に還り、酒を設け鶏を殺して食を作る。村中此の人有るを聞き、咸 来たりて問訊 す。自ら云ふ、「先世秦時の乱を避け、妻子・邑人 を率ゐて此の絶境 に来たり。復た出でず。遂に外人と間隔せり。」と。問ふ、「今は是れ何の世ぞ。」と。乃ち漢有るを知らず、魏・晋に論無し。此の人一一為 に具さに聞く所を言ふ。皆嘆惋 す。余人各〻復た延 きて其の家に至らしめ、皆酒食を出だす。停 まること数日にして辞去す。此の中の人語 げて云ふ、「外人の為に道 ふに足らざるなり。」と。 - 既に出でて其の船を得、便ち
向 の路に扶 り、処々に之を誌 す。郡下に及び、太守に詣 り、説くこと此 くのごとし。太守即 ち人を遣はして其の往 くに随 はしむ。向に誌しし所を尋ぬるも、遂に迷ひて復た路を得ず。 - 南陽の劉子驥は高尚の士なり。之を聞き
欣然 として往かんことを規 るも、未だ果たさざるに尋 いで病みて終はる。後遂に津 を問ふ者無し。
注釈
[編集]- 晋:古代中国の王朝。三国志を制し、中華を再統一した。265-316年の西晋と317-420年の東晋に分かれる。ここでは東晋。
- 太元:東晋の孝武帝・司馬曜の治世に於ける年号。376-396年。
- 武陵:現在の湘南省常徳市。
- 夾む:物の間に挟む。
- 歩:長さの単位。1歩=1.5米。
- 雑樹:種々の木。雑木。
- 英:ここでは桃の
花瓣 。 - 繽紛:花瓣が舞い散るさま。
- 髣髴:「彷彿」の異表記。ぼんやりとしているさま。
- 豁然:視界がぱっと開けるさま。広々としたさま。
- 開郎:広々として明るいさま。朗らかなさま。
- 平曠:平に開けているさま。
- 屋舎:建物。家。
- 儼然:「厳然」の本来の表記。きちんと整ったさま。
- 阡陌:東西南北に通じる畦道。
- 〻:「々」に同じ。
- 交〻゛:多くのものが入り乱れるさま。
- 種作:耕作。
- 外人:外界の人。
- 黄髪:年を取って白髪が更に変色して黄色になった髪。ここでは老人のこと。
- 垂髫:首筋に長く垂らした髪。ここでは子供のこと。
- 怡然:和やかなさま。
- 要へて:待ち受けて。
- 問訊:問うて訊ねること。
- 秦:周の力が弱まってからの戦国時代を制した王朝。前221-前207年。かの有名な始皇帝の時代である。
- 秦時乱:秦代末期の乱世。作中では500年ほど昔である。始皇帝の強引な政治に対し、項羽や劉邦が反旗を翻した。故事成語「四面楚歌」「臥薪嘗胆」や漢詩「長恨歌」などの背景となった時代。
- 邑:「村」と同義。
- 絶境:人里から遠く隔たった土地。
- 漢:劉邦が興した古代中国の王朝。前202-220年。8-23年の間は王莽が国を乗っ取って国号を「新」に変えていたため、その期間を境に前漢・後漢に分けられる。
- 魏:漢の滅亡後に曹操が興した王朝。220-265年。三国志の三国の一。
- 論無し:言うまでもない。無論。
- 嘆惋:驚愕して、溜息を
吐 く。 - 延きて:招いて。
- 向の:以前の。
- 誌す:目印を付ける。
- 郡下:郡役所のある町。
- 太守:郡の長官。
- 南陽:現在の河南省南陽市。
- 劉子驥:諱は驎子。この時代の有名な隠士。
- 欣然:喜ぶさま。楽しんで事を進めるさま。
- 規る:計画する。
- 津:渡し場。
現代語訳
[編集]- 晋の太元年間、武陵に魚を捕ることを生業とする人がいた。(ある日、船で)谷に沿って進んでいると、どのくらいの道のりを来たか分からなくなってしまった。突然、桃の木からなる林に遭遇した。岸を挟んで数百米もの間続いており、一本も他の種の木が見当たらない。よい香りのする草が鮮やかで美しく、花瓣がひらひらと舞い落ちる。漁人はこの光景を大層不思議に思い、再び進んでその林(がどこまで続いているか)を見極めようと思った。林は川の水源で終わり、すぐに一つの山が聳えていた。山に小さな孔があり、朧気ながら光が差しているようであった。そのまま船を乗り捨て、孔に入った。
- 最初はとんでもなく狭く、人が一人やっと通れるような狭さであった。数十米ほど進むと、ぱっと視界が開けて明るくなった。土地は平らで広々としており、家々はきちんと整っている。よく肥えた田畑や美しい池、桑や竹の類もある。畦道は東西南北に入り乱れており、鶏や犬の声も聞こえる。その中を行き来して農作業をしている男女の衣服は、全て(この村の)外界の人と同じである。老人や子供たちも、皆嬉しそうに自分から(生活を)楽しんでいる。
- (村人は)漁人を見て大いに驚き、どこから来たのか問うた。(漁人は)この問いに詳しく答えた。(村人は)そのまま待ち受けて家に還り、酒を用意して鶏を殺して食事を作った。村中の人がこの漁人が居るのを聞いて、(漁人のいる家に)来て問い訊ねた。(彼らは)自分から言った、「先の世、秦の時代の乱世を避けて妻子や村人を率いてこの人里離れた地にやって来て、再び出ることはなかった。そのまま外界の人とは隔たってしまった。」と。(そして)問う、「今は何という時代ですか?」と。なんとまあ、(村人)は漢があったことを知らず、魏・晋は無論のことである。漁人は一人一人に対して、(秦代の後の歴史について)聞き知っていることを詳しく話すと、皆驚愕して溜息を吐く。他の村人たちもそれぞれまた(漁人を)自分の家に招き、酒や食事でもてなした。数日滞在したのち(漁人は村に)別れを告げることにした。村人は(漁人に)告げて言う、「外界の人に言うには及びません」と。
軈 て外に出て(行きに乗り捨てた自分の)船を見つけ、すぐに来た道を戻り、所々に目印を付けた。郡役所のある町に着いて、長官の所へ行って以上のようなことを話した。長官はすぐに人を遣わせて(漁人の)行く道に従わせる。(漁人は)付けておいた目印を探すも、そのまま迷って(あの村への道を)二度と得ることは無かった。- 南陽の劉子驥は高尚な人だった。この話を聞いて(自分に相応しい地だと)喜んで行こうと計画した。(しかし)まだ実現しないうちに病に
斃 れて死んだ。その後はそのまま、(あの村への)渡し場を尋ねる人はなかった。
第二部
[編集]五柳先生傳
[編集]この節は書きかけです。この節を編集してくれる方を心からお待ちしています。
白文(正字)
[編集]書き下し(新字)
[編集]注釈
[編集]現代語訳
[編集]鑑賞
[編集]『陶淵明集』は全十巻からなる陶淵明の詩集であり、北斉の陽休之が編纂した。
陶淵明は365-427年を生きた東晋の詩人・文章家である。諱は潜、字は淵明、あるいは、諱を淵明、字を元亮とする説もある。
- 桃花源記
題名にある「記」という語は、この話が単なる物語ではなくあたかも実際にあった出来事を記録するかのような体裁をとることで、読者に現実味を与えている。また、作中に登場する「晋」「秦」「漢」「魏」といった実在の王朝や「太元」という年号も、物語の虚構性を覆い隠し、この桃花源が歴史の片隅にひっそりと実在していたかのような錯覚を呼び起こす装置として機能している。村人が「外人の為に道ふに足らざるなり。」と言った真意は、「この村のことは外部の人間に伝えないでください」という願いである。漁人が再び村への道を得なかったのは、漁人が村人の願いを無下にしたからだともいえる。最後に劉子驥が登場するのは、「どれだけ高尚な人物であったとしても、行こうとする気持ちが我欲になった瞬間に村への道が閉ざされる」ことを象徴したいからと考えられる。作中に登場する村は、「桃花源」が転じて後に「桃源郷」と呼ばれるようになった。桃源郷は求めて辿り着く場所では決してなく、無心のうちに偶然訪れるしかない、儚くも美しい世界なのである。
- 五柳先生傳
