高等学校情報/社会と情報/情報社会における権利と義務

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

知的財産権[編集]

※ 『中学校技術/情報通信ネットワークと情報モラル』に、知的財産権や著作権や産業財産権などについての説明があります。

人間が書いた文章や、人間がつくった音楽、さらには人間が考えてつくった工業製品、人間がつくったコンピュータソフトウェアなど、人間が考えて公表したアイデアはすべて知的財産(ちてき ざいさん)です。

法律では、その知的財産を考えた人の権利を、知的財産権として守っています。

知的財産権は、発明などにかかわる産業財産権(さんぎょう ざいさんけん)と、小説や音楽や絵画などにかかわる著作権(ちょさくけん)とに分かれます。

著作権と産業財産権[編集]

産業財産権は、特許庁に出願して登録を認められる必要がある。

商標権や意匠権、特許権、実用新案権が、産業財産権である。

  • 商標権(しょうひょうけん) ・・・ ブランド名やロゴマークなどの権利。
  • 意匠権(いしょうけん) ・・・ 工業製品の形や模様などのデザインの権利。
  • 特許権(とっきょけん) ・・・ たとえば液晶に関する発明や、リチウムイオン電池に関する発明など、発明のうち高度なものについて与えられる、独占的な権利。最長で20年間、与えられる。
  • 実用新案権(じつよう しんあんけん) ・・・ 製品の形状や構造などの発明についての権利。


なお、過去の特許や意匠権などをインターネット上で調べたい場合は、独立行政法人工業所有権情報・研修館のwebサイトで調べられる。

  • 関連する法律
特許について日本では、特許法によって、特許権について定められている。
実用新案権については、日本では実用新案法によって定められている。
商標権については、日本では商標法によって定められている。
意匠権については、日本では意匠法(いしょうほう)によって定められている。

著作権[編集]

著作権の対象は、おもに小説、音楽、絵画、映画などであり、書籍や新聞、書籍、音楽や絵画などでの作品などが対象だが、コンピュータのソフトウェアも著作物に含まれる。

※ (範囲外: ) つまり、「1600年 関ヶ原の合戦」などのように単なる事実を記した文章は、著作権の保護対象にならない。「2017年1月5日、天気は晴れ。」のような文章も、単なる出来事を記録したものであり、著作権の保護対象にはならない。著作権で保護されるためには、思想や感情を表現する事が必要である。なので、単なる出来事やデータの記述は、著作権の保護対象にならない。

※ (範囲外: ) かといって、たとえば「の」という1文字に、ある作家が思想や感情をこめて、総文章がたった1文字「の」からなる「文芸作品」を提出しても、著作権法では保護されないでしょう。「の」という1文字を使うだけで、著作権使用料などを請求されては、タマッタもんではない。つまり、文章作品の場合なら、著作権法で保護されるには、ある程度以上の、分量が必要であろう。

たとえ幼児の描いた絵画であっても、あるいはアマチュア作曲家の作曲した曲でも、著作権での保護対象になる。著作権法で要求される芸術性あるいは創作性とは、作家が芸術性や創作を目指したものであれば充分であり、けっして技巧のうまさは要求しない。けっして、その作品の価値が、えらい肩書きをもった芸術家に認められなくても、あるいは美大や音大や芸大の教授に作品価値を認められなくても、誰かが小説や絵画をつくりさえすれば、その作品は著作権の保護対象物である。

つまり、プロかアマチュアかに関係なく、芸術性・創作性のある著作物をつくれば、著作権の保護対象になる。著作者が、大人か子供かにも関係なく、芸術性・創作性のあるのある作品を作りさえすれば、著作権の保護対象になる。

つまり、ある著作物が、著作権法で保護されるためには、その著作物が、思想や感情を(小説や絵画などの)創作的手法で表現したものである事が必要である。だが、その思想や感情そのものの創作性は、いっさい要求されない。つまり、すでに充分に知られた思想であっても、それを(小説や絵画などの)創作的手法で表現さえしていれば、著作権法での保護に値する。


著作権は、その著作物を創作した時点で権利が発生し、その創作者じしんが著作者となり、創作者じしんが著作権者になる。

著作権法により、著作権についての決まりが定められている。

著作権の保護期間は、日本では、原則として、公表後から著作者の死後50年まで、である。ただし映画は、公表後から著作者の死後70年まで、である。

(※ 範囲外 : 映画の著作者) 「映画の著作者とは誰か?」というのは、法律でも不明確である。映画の監督なのか、主要なスポンサー企業なのか、脚本家なのか、原作小説があれば原作者なのか、いったい誰が著作権者なのだろうか。映画の著作権の有効期間の計算では、誰に合わせるべきか。また、制作会社の企業を仮に法人(ほうじん)、つまり法律上の人として考えた場合、企業は人間と違って、寿命が無い。このような問題もあってか、映画の著作権の有効期間の計算では、その映画の初公開を基準に計算する。
(※ 範囲外 : TPP交渉での著作権について) 【時事】 外国には著作権の保護期間が70年を原則とする国や国際機関も多い。2018年5月頃までに、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉で日本をふくむ加盟国は著作権の保護期間を一律で70年に延長する方針であることを合意して、日本国内でもTPP関連法が2018年6月ごろに制定したので、将来的に日本でも著作権保護期間が70年間へと延長される見通しとなった。しかし施行については、まだTPP協定自体が発効してないため、まだ日本では(2018年8月の時点では)著作権延長は施行されてない。このため、現時点では、著作権の保護期間は原則50年のままである(※ 2018年8月6日に記述)。 文化庁 著作権の権利の発生及び保護期間について
※ 著作権法では、実は「映画」とは何か、細かい定義は無い。なので、映画館で見ないビデオ作品やビデオ録画映像やテレビ番組などは、はたして「映画」に入るのかどうか、実は、なやみどころであるようだ。とはいえ、判例や国際的な著作権動向などにより、市販されてるビデオ作品などは、たいてい「映画」と見なされるようである。たとえば参考文献『現代法入門』(三省堂)では、テレビの報道番組は、映画の著作物と見なされる、と紹介している。

公表後の、著作者の生存期間中は、当然、著作権は保護される。

※ 著作物の発表後に著作者が長生きすると、たとえば、もし発表後に著作者が100年間生きた場合、著作権が切れるのは発表後から150年(=100+50)という計算になる。

また、著作権の一部は、財産的な権利であると見なされるので、他人に譲渡できるし、著作者の死後には相続もできる。

  • 著作者人格権
公表権 - 著作物を公開するかどうかを、著作者じしんが決める権利。
氏名保持権 - 公開するさいに自分の氏名を公表するかを、著作者じしんが決める権利。また、公開するさいに自分の名称(氏名やペンネームなど)をどう表記するかを決める権利。
同一性保持権 - 著作物を許可なく改変されない権利。


  • 著作権
  • 著作隣接権

たとえば、音楽作品のレコード製作者やCD製作者などの、著作物を伝達する仕事の人にも、著作隣接権(ちょさく りんせつけん)という権利がある。

このため、たとえばベートーベンやバッハなどの、中世や近世のクラシック音楽を、現代の人が演奏したCDやレコードなどは、 たとえ作曲家がずっと昔に死んで著作権が切れていても、現代のCD製作者の著作隣接権は切れてないし、そのCDに演奏を提供した演奏者の著作隣接権もまだ切れていないのが普通なので、クラシックCDであっても、決してCD製作者などの権利者に無許可ではインターネット上に公開してはいけない。

複製権(ふくせいけん) - 著作物を、著者などの権利者に無断で複製されない権利。
上演権・演奏権・上映権 - 著作物を無断で上演・演奏・上映されない権利。
口述権(こうじゅつけん)・展示権(てんじけん) - 著作物を無断で口述したり展示したりされない権利。
頒布権(はんぷけん) - 著作物が映画の場合の権利で、著作物(映画)を無断で譲ったり貸したりされない権利。
翻訳権(ほんやくけん)・翻案権(ほんあんけん) - 無断で翻訳、加工、編曲などされない権利。
譲渡権(じょうとけん)・貸与権(たいよけん) - 無断で譲ったり貸与されたりしない権利。

著作権について[編集]

著作権[編集]

人間がつくった文章や、人間がつくった音楽や歌詞、人間が描いた絵やアニメーション、人間が撮影した写真やテレビ映像や映画などの動画には、すべて著作権(ちょさくけん)があり、勝手に他人が公開してはいけません。 著作権法(ちょさくけんほう)という法律によって、著作権のありかたが決められています。

なお、著作権についての国際条約としてベルヌ条約があり、日本国もベルヌ条約に加盟しています。なので、日本の著作権は、ベルヌ条約などの著作権にかんする国際条約に、なるべく整合性をもつようになっています。

さて、著作権は、その作品をさいしょにつくった人に、権利があります。なので、たとい他人がつくった作品を書き写したりしても、著作権はさいしょにつくった人にあるままです。

※ 著作権は、登録を必要としません。たとい、なにかの機関(たとえば「著作権保護団体」のような団体名を名乗る機関)に作品を登録しなくても、作品を創作さえすれば、著作権は発生します。(※ 検定教科書の範囲内。たとえば、数研出版『情報の科学』に、そのような記述あり。)

さて、たとい お金を出してお店で買ったイラスト集や音楽CDや映画DVDなどでも、著作権のため、けっしてインターネットなどで公開してはいけません。

イラスト集や音楽CDなどを買ったときに購入品とともに付いてくる権利は、単に、その作品を自分が見てもいいという権利と、自分の家族などがその作品を見てもいいという権利だけなので、インターネットの第三者には勝手に作品を公開してはいけません。


著作権のある物を、著作者以外が許可なく利用することは、法律できびしく罰せられる場合があります。


インターネット上でデジタル化された文章や音楽や映像にも、著作権があります。

また、大人や子どもの区別なく、作品をつくれば、その作品についての著作者になります。たとえば、中学生でも、何か作品をつくって発表すれば、つくった作品についての著作権をもちます。


なお、写真を撮影した場合は、撮影した人のもつ著作権とは別に、撮影された被写体の人に肖像権(しょうぞうけん)があります。


  • 範囲外
※ じっさいには、衣服など工業製品の形にも、その形を考えた人の権利( 意匠権(「いしょうけん」と読む)など )があったりする場合があるのだが、かといって衣服を撮影できないと裸を撮影するハメになってしまうので、慣習では、衣服の場合は例外的に、人物の写真などを公開するという目的なら、インターネットにも公開しても良いという慣習になっている。
また、他人の作品を公開するかどうかの有無にかかわらず、他人がつくった作品を「自分が作りました」という行為は、法律で罰せられる場合がある。
※ 著作権は、作家のアイデアを直接には保護しません。(※ 参考文献: 有斐閣『知的財産権概論』、紋谷暢男、2012年第3版) 具体例を考えてみましょう、たとえば、アメリカのあるアニメ会社が「ネズミを主人公にしたアニメをつくったら面白いんじゃないか?」と思ったとして、そのアメリカの会社が実際にそういうアニメを作ったとしましょう。それに対して、数年後に日本のあるマンガ家が、「動物を主人公にしたマンガを書いたら面白いんじゃないか? そうだ、ライオンを主人公にしたマンガを書こう。」とか思って、そういうマンガを書いたとしましょう。一切、その日本のマンガ家の作品は、著作権を侵害した事になりません。
※ 発明家のアイデアを保護する制度は、特許権や実用新案権の制度です。著作権は、アイデアを保護しません。
※ (絵画を描いたり、作曲するなりして、)作品を創作すれば、たとい、その作品に大したアイデアが無くても、著作権によって保護されます。つまり、アイデアと著作性とは、切り離されています。
※ ある著作物が、「著作権法によって保護される」には、要件として思想や感情が必要ですが、しかし、その思想や感情のアイデアの利用権は、著作権法では保護しません。
※ ただし、間接的には、不正競争防止法などによって、商品のアイデアが守られる可能性があります。 (※ 不正競争防止法については、情報科の検定教科書の範囲外。記述が見当たらない。ただし、公民科目の「政治経済」や「現代社会」のほうで、ひょっとしたら紹介されてる可能性はあるかも?) 芸術作品だって、それを販売したり商用利用すれば、りっぱな商品でしょう。不正競争防止法により、他社商品と類似しすぎている商品は、規制されます。この規制は、いわゆる「コピー商品」を規制する目的です。たとい模倣品が、完全に同じコピーでなくても、ほとんど同じ機能・形態なら、実質的なコピー商品だろうと見なされ、不正競争防止法などにより規制されます。不正競争防止法による「コピー商品」排除の保護期間は、元ネタの商品の販売開始日から3年間です。

その他の権利[編集]

自分の顔や すがた には肖像権(しょうぞうけん)があり、この肖像権によって、顔写真など(自分を特定できる写真)が無断で撮影されるのを拒否できたり、無断で似顔絵などを書かれるのを拒否できる。

肖像権は著作権ではない。また、肖像権についての法律による定めがない。 しかし、日本では、判例などによって肖像権が認められている。

引用や二次利用[編集]

引用のさいのルール[編集]

文章で書かれた書籍などの文章作品は、必要最低限なら、評論や紹介などの正当な目的なら、一定の条件を守れば、著作者の許可がなくても、自分の作品の一部に組み入れて発表できます。

このような、他人に著作物を、正当な手続きのうえで、著作者の許可なく、自分の著作物にとりこむ行為を引用(いんよう)といいます。

引用のさいには、つぎの事が必要になります。

  • もとの著作物の題名および著作者の名称、出版社などを明示すること。出典(しゅってん)を明示するため。
  • 引用された文章は、かぎ括弧(『』や「」など)を付けるなどして、引用された部分を、自分の著作した部分と区別できるようにすること。
  • 必要最低限の量だけ、引用している事。

現代の慣習では、音楽や絵画などは、引用が認められていません。また、歌詞も、引用が認められていません。

なので引用をするさいは、書籍や新聞の、文章だけを引用するのが、安全でしょう。


  • 出典の表示のしかた
    • 書籍から引用する場合 - 最低でも、著者名、その出版物のタイトル、出版社名、出版年、引用ページ番号、を書くこと。(一般に書籍はページ量がとても多いので、どのページから引用したかを書かないと、第三者が確認するさいに手間が掛かってしまう。)
    • インターネットから引用する場合 - 最低でも、URL、ページ名、確認した年月日、を書くこと。(引用後にページ内容が変更される場合があるので、ページをいつ確認したかを表示する必要がある。)
    • 新聞から引用する場合 - 新聞社名、いつの日付の新聞か、朝刊や夕刊かの区別、などを表示する。


  • 著者に連絡すべきかどうか?

引用のさい、著作者にも連絡して許可をもらったほうがいいか、それとも連絡しないべきかについては、議論があります。(※ 検定教科書でも、教科書出版社によって、意見が分かれている。)

「どの程度が『必要最低限』かどうかは人によって基準が異なるので、連絡したほうがイイ」という意見もあれば、「著作者への連絡によって、著作者は連絡に対応させられてしまうため、著作者に時間と手間をかけてしまう。なので、著作権法で『引用』として認められるていどの範囲であれば、無断で引用するべきだ」という意見もある。


※ 範囲外: 「無断引用」という用語には、法的根拠は無い

たびたび作家や出版者などが、発表した著作物に「無断引用を禁止します。」などの一文を掲載していることが多いが、しかし法律的には、たとい著作権者といえども、引用の可否を決める権利はない。それを決める権利を持っているのは裁判所である。著作権者以外の人物が、他人の著作物の一部を掲載するという行為が、(著作権法の範囲内である)引用であるか著作権侵害であるかを決められる権利を有している組織は、裁判所である。けっして、著作権者は、そのような権利を有していない。著作権者は、単に、著作権訴訟の原告になれるという権利を有しているだけに過ぎない。

また、もし「無断引用を禁止します。」の文言が掲載されてなかったとしても、その著作物を著作した著作者(たとえば作家や記者など)に、著作権者が無くなるわけではない。


そもそも「引用」は、出典の明記や、最低限の範囲での引用などの条件を満たしているかぎり、著作権者に無断で行うことが、法律的に認められており、そもそもそのような掲載行為のことを「引用」というのである。


よく、SNSや動画サイトなどが、「著作権法違反」などの理由で、利用者からの投稿コンテンツを削除したりするが、しかし彼らサイト運営者に著作権法的に合法か違法かを決める権利はなく、最終的には、あくまで裁判所が著作権法的に合法(引用)か違法かを決める。こういった投稿サイトでは、正確には、「著作権法違反」の理由でなく、正確には「著作権法違反として訴訟を起こされる可能性が高く、われわれ投稿サイトに賠償金の支払いの訴訟を起こされたら、対応に面倒くさいし、まんがいち、判決で(投稿者および投稿サイトから、著作権者への)賠償金支払いの判決が下ったら困るので、なので、この投稿コンテンツを削除します」的な理由でコンテンツ削除が行われるのが実態、と言えるだろう。

彼ら投稿サイトは裁判所ではないので、法的に正確な判断を下す義務はないので、たとい法的には合法な引用であっても、「著作権法違反」などの理由で投稿コンテンツが削除される場合もありうる。


たとい出版社やテレビ局や新聞社などの業界で、たとい、引用のまえに著作権者に紹介の確認をする慣習があったとしても、日本の国会は、そのような慣習を法だと認めた過去はない。日本の立法機関は国会のみである。けっして出版者やテレビ局は、立法機関ではない


ただし、知的財産権には、著作権以外にも商標権や商号権や実用新案権などの多様な権利もあるし、知的財産に関連する法として「不正競争防止法」などのその他の法律もあり、なので難しく、場合によっては、たとい著作権法では合法な「引用」であっても、その引用が商標権や商号権などに違反してしまう場合もありうる。企業によっては、自社の著作物のなかにあるキャッチフレーズや映像的なデザインなどを、商標などとして登録している場合もあり、その場合にそのフレーズやデザインを第三者が転載することが、たとい著作権法では合法だとしても、商標権などに違反する場合もありうる。

なので、もし法的な事情について、よく分からない場合は、権利者の推奨する方法で引用を試みたり、もし権利者が確認を取ってくれるなら、確認を依頼するのが安全な場合もある。


なお、政治評論や経済評論などでは、政治家や有識者などの発表した政治経済についての文章の引用について、一般的な考えでは『言論の自由』を確保する目的のため、文章だけなら無断の引用を認められる事例が多い(ただし、最低限の量の文章の引用であること)。もし、政治などで無断の引用を禁止するような慣行がある場合、権力者が自分たちに不都合な批判に対して「引用の許可を与えない」などと主張して、言論弾圧をすることも可能になってしまう。

裏をかえせば、もし、政治評論や経済評論をしている論客が「無断引用を認めません」などと主張するのなら、もはや、そのような論客の政治評論・経済評論などは、公正な検証が不可能であるので、学生はそのような論客の主張を聞き入れる価値は無い。


著作物の二次利用の許可[編集]

自由利用マーク

著作者が、じぶんの作ったその著作物を、読者などの利用者が自由に利用してもいいと認める場合には、その意志を表示するためのマークがあります。

たとえば、文化庁のさだめた「自由利用マーク」があります。(※ 中学・高校の検定教科書の範囲内)

※ もし、文化庁の「自由利用マーク」を実際に利用する場合には、文化庁のホームページに細かい決まりが書いてあるので、それを確認のこと。(中学の検定教科書でも、そういった感じのことを呼びかけている。)


※ クリエイティブ・コモンズについては科目「社会と情報」の範囲外。科目「情報の科学」にてクリエイティブ・コモンズについて習う。

フリーウェア、フリーコンテンツの著作権[編集]

インターネット上では、著者みずからが無料で公開してるコンテンツ(小説、絵画、音楽などの作品)や、無料で使わせてくれるソフトウェアなどがあります。

このような、無料のソフトウェアを「フリーウェア」「フリーソフト」といいます。また、このような無料コンテンツを「フリーコンテンツ」といいます。あるいは単に「無料ソフト」「無料コンテンツ」などといいます。

これら無料のソフトウェアやコンテンツは、一般に、著作者は著作権を放棄していません。

ユーザが無料で出来ることは、あくまで、ユーザが個人で利用する範囲内です。

※ 範囲外: バカ大学教員による著作権法のデタラメな解釈に注意

大学教員のなかには、不勉強な人もいて「他人の著作物をコピーしてはいけない」などと主張する人もいます。 よく、実験レポートなどの書き方の指導で、そういう、不勉強な大学教員がいます。「コピペ禁止。レポートは手書きにしろ。」などと、よく大学で指導されます。(なお「コピペ」とは、「コピー・ペースト」の略)

しかし、著作権法では、引用は合法です。「コピペ禁止。レポートは、パソコンで書くのではなく、手書きにしろ。」などという指導に、著作権法の根拠はありません。

そもそも、たとえ手書きレポートだろうが、もし引用した際に、引用元を明記しなければ、著作権法的には違法です。

しかも、このようなバカ大学教員の馬鹿さの酷い(ひどい)ところとして、他人がコピーするのは批判するのに、自分は「引用は合法である」などと主張して、他人の文献から文章を引用したりする人も多くいます。彼らは馬鹿すぎて、自分の言動が不一致であることに気づけないようです。こういう自己観察能力の乏しい人でも、日本では、大学業界での年功序列や学閥(がくばつ)、コネなどにより、大学教員になってたりします。

また、理系の学部学科の大学教員などだと、著作権法じたいをその教員が良くわかっていなかったり、あるいは、著作権法的に引用のルールを分析するだけの法律学的な学力の乏しい理系大学教員もいます。

ともかく、レポートの際の引用などのルールについて正しく指導するなら、

「まず、著作権法の規定により、引用は必要最低限にとどめろ。」
「引用をする場合は、出典をかならず明記しろ。出典の明記は、著作権法の規定である。出典のないものは『引用』とは認められず、法的には著作権侵害のため違法行為である扱いになる。」「研究業界では、盗作・盗用・剽窃(ひょうせつ)などといった用語が、著作権侵害のような意味で使われる事もある。」
「文献名などが不明な場合は、『〜〜の理由により、文献名は不明』などと明記した上で、『△△では「○○」などと言われている。』(○○内が引用箇所。△△が、出典のおおまかな名称や場所など)などのような言い回しをして、引用である事がわかりやすいように工夫しろ。」「もっとも、文献名が不明な場合、なるべく、引用そのものをしないのが、安全である。」
「著作権法の規定ではないが、他人が先に発表した研究成果を、あたかも自分が先に発見したかのように主張してはいけない。このような行為は、他人の研究業績を盗む行為であるため、研究者たちの業界からは追放されるだろう。また、場合によっては、不正競争防止法(ふせいきょうそう ぼうしほう)などに違反する可能性もありうるかもしれない。」
「研究業界では、盗作・盗用・剽窃(ひょうせつ)などといった用語が、著作権侵害としての意味のほかにも、他人が先に発表した研究成果を、あたかも自分が先に発見したかのように主張した者への批判の意味で使われる事もある。」
「他人が最近に発見した、研究業界での最新の研究成果を紹介したい場合には、読者が、「紹介者自身(つまりアナタ)が最初に発見したのだろう」と勘違いする可能性が高く、そのため紹介のつもりでも、意図せず盗用者として扱われる事故がある。なので、最近の他人の研究成果を紹介する場合には、自分の発見ではなく、他人の発見である事を明記しておくのが、安全である。」
「引用・紹介したい先行研究の研究者の氏名や団体名などの名称が不明な場合には、文献名が不明な場合と同様に、『〜〜の理由により、参考研究者の氏名が不明』などと明記した上で、『彼(彼女)の研究によると、「○○」という研究成果があるらしい。』などのように記述しろ。」「もっとも、先行研究者の氏名や団体名が不明な場合、なるべく、成果の紹介そのものをしないのが、安全である。」

などと指導すべきなのだろう。

今や中学の「技術」科目や高校の「情報」科目でも、引用の際のルールを教えてるのに、大学教員にもなって「コピペ禁止。レポートは、パソコンで書くのではなく、手書きにしろ。」という指導が、著作権法的な根拠があると思ってるなんて、ちょっと不勉強な大学教員ですね。

裏を返すと、こういった、大学教員の普段の指導法から、その教員が本当に勉強してるかどうかが分かり、教員のレベルが分かるので、うまく観察しましょう。

中学や高校で習うことって、なんだかんだで、レベルが高くって、大切なんですね。


※ 範囲外: 著作権法はアイディアを保護しない

大学などの論文指導などでは、「他人の先行研究を、あたかも自分が最初に発見したかのように紹介してはいけない」というルールを教育されるかもしれません。先行研究(せんこう けんきゅう)とは、自分の研究しようとしているテーマについて、過去に他の研究者が研究した結果の事です。

このルール自体は妥当でしょう。さて、著作権法では、このような論文のルールについては、言及していません。つまり、「他人の先行研究を、あたかも自分が最初に発見したかのように紹介してはいけない」というルールは、単に先進国の学会のなかでの自主規制にすぎません。もちろん、この論文のルールは、論文執筆時には守らなければなりません。

しかし、けっして著作権法の根拠にもとづくルールではありません。

そもそも著作権法では、アイディアは保護されないのです。著作権法とは、文章や絵画・映像や音楽などの具体的な表現の成果物の権利を守る法律であり、けっして、そのアイディアを保護しないのです。


  • マンガを例に考えよう

たとえば、マンガの著作権の例なら、たとえば『サザエさん』の設定をまねて、昭和の時代に東京に住む一家の日常をコメディ調に描いたマンガを発表したとしても、著作権法では、きっと合法でしょう。なぜなら、昭和の時代を描くこと自体には著作権による規制はありません(もしそうだとしたら、誰も昭和時代を描いた著作物を創作できなくなってしまう。もしそうだとしたら(『サザエさん』以降のマンガ家が昭和の時代の日常をコメディ調に描くこと自体に著作権による規制があるとしたら)『ちびまこちゃん』すらも著作権侵害になってしまう)。また、東京に住む一家の日常をマンガで描くことも、著作権では、きっと合法でしょう(主人公が東京都の住人のマンガや小説、映画なんて、たくさんある。ウィキペディア『w:東京を舞台とした漫画・アニメ作品一覧』)。 『サザエさん』の原作者の長谷川町子の画風をまねて、自分で形状を新しく考えたキャラクターを描くことにすら、著作権は保護しません(画風に著作権など、ない)。

しかし、もし具体的なサザエやカツオなどのデザインを真似たり、カツオやワカメなどの個々の人物の性格や言動などを真似たりすれば、裁判所に訴えられたときに著作権侵害としての判決を受ける確率が、ぐっと高まるでしょう。

また、画風を『ちびまるこちゃん』風または『アンパンマン』風などにしてサザエやカツオたちのような風貌と性格の人物を描いたり、その人物を主人公にしてマンガやアニメを発表することは、たとえ画風が『サザエさん』風でなくても、裁判所に訴えられたときに著作権侵害としての判決を受ける可能性が、高いかもしれません。

このように、著作権法では、アイディアは保護されません。著作権法で保護されるのは、具体的な表現だけなのです。(実際の著作権裁判では、アイディアと表現の境界が複雑な場合もあるが、しかし高校の段階では、そこまで考えなくてもいいだろう。)


※ 範囲外: 論文における先行研究の調査と、著作権
  • 論文の例にもどろう

なお、論文を書くさいの「他人の先行研究を、あたかも自分が最初に発見したかのように紹介してはいけない」というルールは、大学では、かなり厳しく運用されており、先進国各国の教育行政もそれを容認しています。

もし「他人の先行研究を、あたかも自分が最初に発見したかのように紹介してはいけない」というルールにある学生が違反した場合、最悪の場合、その学生はその大学を退学させられる処分になる可能性すら、あります。また、文部科学省などの教育行政も、そういう論文不正者への退学処分を容認しています。それほどまでに、このルールは厳格に運用されています。


しかし、そのことと、著作権法とは別です。

しばしば、大学教員のなかには、この厳格な論文ルールの根拠を勘違いして、「著作権法の根拠によるもの」だという勘違いをしている人が、時々います。

しかし、そうではないのです。著作権法とは無関係に、大学制度の教育行政の慣習として、適用されているルールなのです。

裏をかえすと、この論文ルールを、論文以外の発表の場所で要求することもまた、著作権法に反している行為でしょう。たとえば「豚が、ぶった。」「布団が、ふっとんだ。」という、よくあるダジャレを発表するさいに、いちいち「誰が発明者か? 先行研究者か?」とか、紹介する義務はないし、そのダジャレを聞いた相手がそのダジャレの発明者を勘違いしてもダジャレ発言者に責任はないし、もしダジャレ発表にそんな先行者紹介の義務(?)とやらを要求してきたり裁判を起こす人がいたら、きっと裁判官には違法な要求だと判断されるでしょう。

しばしば、大学教員のなかには、厳格な論文ルールの根拠を「著作権法によるもの」だと勘違いして、論文発表以外(あるいは学術書以外)の出版物でも、そのルールを要求してくる人がいます。しかし、著作権法では、先行研究者紹介の義務などは、ありません。

  • 先行研究は、どこまで調べるべきか?

よく、大学の論文指導で、「先行研究を調べろ。」と指導されます。もちろん、時間に余裕があれば、待ち時間などを利用して、他人の過去の研究を調べるのは必要ですが、しかし現実には、過去のすべての関連研究は調べられません。

そもそも、研究が必要な分野とは、まだ論文が整理されてない状況にある場合が多く、なのに先行研究を調べ尽くすのは非現実的です。(例えばJAXAの研究者ですら、講談社ブルーバックス文庫 『小惑星探査機「はやぶさ」の超技術―プロジェクト立ち上げから帰還までの全記録 (ブルーバックス)』 などの書籍で、先行研究を調べ尽くすのは無理だと主張している。

(※ 個人的意見による追記: 宇宙船の部品は膨大にあり、さらにそれらの製造装置などの部品も膨大にあり、ほぼすべての分野で最先端の知見を使うのに、それらの先行研究を調べ尽くすなんて、不可能であろう。 )

よって、論文などを書く際における先行研究の調査は、自分の調べられるかぎりで、調べて関連性の高そうな先行研究だけを、論文では紹介すればいいのです。

研究の「盗用」(「他人の先行研究を、あたかも自分が最初に発見したかのように紹介してはいけない」)の心配については、意図的に他人の先行研究を隠すような事さえしなければ、良いのです。

もちろん、自分の研究に先行研究が見つかったら(もしくは、教えてもらったら)、自分の今後の論文やインターネットの自分のホームページなどで、先行研究を紹介する内容の訂正を追加すればいいだけの事です。

また、先行研究が見つかりずらい分野とは、そもそも、まだ、その理論がまだまだ分かりづらいなどの理由により、実用化が不十分なために、先行研究が見つかりづらいわけです。だから、少なくとも、あなたの研究しようとしている分野においては、その先行研究の実用化が不十分なわけで、先行研究が見つかりづらいワケですから、まだ実用化の不十分な理論を、実際に実用化させようとするための実験や計算もまた、研究対象になります。

ファイル共有ソフトと著作権侵害とウイルス[編集]

ファイル共有ソフトを導入したコンピュータどうしのネットワークでは、有料のソフトウェアや有料の動画や音楽などのコンテンツなどを不正コピーしたファイルが、無料で出回っていることがある。

このような、不正コピーは、著作権侵害行為であり、違法行為である。

なお、ファイル共有ソフト自体は、単にコンピュータどうしの送受信の手段のソフトであり、著作権侵害ではないし、違法ソフトでもない。

しかし、ファイル共有ソフトのネットワークでは、ウイルスも多く出回っており、しかも、それらのウイルスが、アイコンを動画ファイルや音楽ファイルなどのアイコンに偽装している場合もある。

※ 一般のネットワークと異なり、ファイル共有のネットワークには管理者などが居ないので、ウイルスなどが放置されやすい。

このような危険性もあるので、ファイル共有ソフトは、あまり用いないほうが安全である。