高等学校物理/物理II/熱力学
実験事実[編集]
気体の比熱の測定値の実験事実[編集]
分子 | 定積モル比熱 ( J / K・mol) | |
---|---|---|
単原子分子 | He | 12.6 |
Ne | 12.5 | |
Ar | 12.5 | |
ニ原子分子 | H2 | 20.8 |
O2 | 21.1 | |
N2 | 20.8 | |
三原子分子 | CO2 | 29.0 |
気体分子の比熱を実際に測定してみると、
希ガス原子の比熱はどれも、ヘリウム He も ネオン Ne も アルゴン Ar も、
定積モル比熱はおおよそ約 12.5 J / K・mol である。
また、2原子分子(水素 H2 や 窒素 N2 の 酸素 O2 のように2個の原子からなる分子のこと)の比熱はどれも、
20 ~21 J / mol・K である。
このように、その原子数によって、定積モル比熱が決まっている事実がある(※ 数値の暗記は不要)。
なお、物理学者マクスウェルなどは、後述する気体分子運動論の考え方を用いて、上述のような気体分子の比熱を理論的に精度よく定量的に説明することに成功した。(高校物理の物理IIの熱力学の分野では、このマクスウェルの気体分子運動論を中心に説明する。)
分子の種類 | 定圧モル比熱 Cp | 定積モル比熱 Cv |
---|---|---|
単原子分子 | ||
ニ原子分子 |
定圧モル比熱 Cpも測定してみると、
どの気体分子でも、ほぼ
- Cp - CV = R
に近い関係式(マイヤ-の関係式)が得られるという測定値の事実がある。(※ この式の暗記は不要。それよりも後述する気体分子運動論の考え方を優先してほしい。レベルの高いマトモな大学なら、入試に、この式をそのまま暗記させるような問題は出題しない。)
上式のRは、気体の状態方程式 PV=nRT の R であり、つまり R=8.31 J/ mol・K である。
また、そしてなんと、単原子分子の定圧モル比熱 Cp は、に原子分子の定積モル比熱にほぼ近い値であるという測定事実も得られている。
また、
と、Rを3/2倍した数値が、単原子分子の定積モル比熱にほぼ等しい。
もし、まったく(後述の気体分子運動論のような)理論的考察をせずとも、上述のような測定の実験事実だけでも、
測定結果の近似式として、Y原子分子(たとえば二原子分子ならY=2)の定積モル比熱 Cv は
であり、
定圧モル比熱 Cp は
という予測ができる。
二酸化炭素 CO2 などの三原子分子でも、同様の傾向である。
- ※ もし万が一、未来の物理学でマクスウェルの気体分子運動論に(仮に)マチガイが発見されたとしても、上記の公式は測定結果により正しさが証明されている。
これらのことは、これらの測定事実の背景に、きっと気体の状態方程式 PV = nRT があるだろうと予感させる。
そしてマクスウェルは、後述する気体分子運動論で、状態方程式がどう関係するかを力学的な理論の手法を使って調べた。
(※ 範囲外: )発展的な実験事実 |
高校では習わない実験事実であるが、マクスウェルの気体分子理論に現れる定数 k(ボルツマン定数) を使った理論が、物理学の気体以外の他の分野の実験事実も精度よく定量的に説明できた史実が、いくつかある。
他にも、絶対零度付近の金属の比熱を、 物理学者アインシュタインなどが、ボルツマン定数等を使った理論で、理論的に、精度よく測定事実を定量的に説明することに説明した。
このように、マクスウェルの気体分子運動論および、それを発展・応用した理論が、物理学の測定事実を定量的によく説明できた。 |
上記の実験事実だけから構築できる公式[編集]
じつは、気体分子運動論を使わなくても、上記の公式だけをもとに、いくつか別の公式を導出できる。
まず、定積モル比熱とは、気体の容器を膨張も変形もさせずに加熱した場合の比熱なので、加えた熱はすべて、その気体の内部に蓄えられる。
むしろ、そう考えないと、エネルギー保存則が破綻(はたん)してしまう。
つまり、体積一定の容器に加熱により、温度がΔT上昇したとすると、エネルギーは気体分子1モル当たり
- [J] (単原子分子理想気体の場合。1モル当たり)
のぶんだけ、エネルギーがその単原子分子気体の内部に蓄積されたことになる。
実際に気体にエネルギーを蓄積したい場合は、わざわざ1モルぴったりにするとは限らないので、nモルの気体だとすると、
- [J] (単原子分子理想気体の場合。 nモル。)
となる。
このように、気体の内部に蓄積されたエネルギーのことを内部エネルギ-(ないぶエネルギー、internal enegy)という。
位置エネルギーの基準はどうとでも取れるが、同様に熱エネルギーの基準もどうとでも取れるので、計算しやすいように T=0 の場合を基準とすれば、その単原子気体の内部エネルギーは、
- (単原子分子理想気体の場合)
となる。
(※ ただし、実際に工業機関などとして取り出せるエネルギーの量は、周囲との温度差 をすると、取り出せるエネルギーの量はおおよそ の桁の程度の大きさまでのエネルギー である。)
内部エネルギーを文字式で記述する場合は、普通、アルファベットU(ユー)を使うので、、内部エネルギー U は
- (単原子分子理想気体の場合)
となる。
なお、状態方程式 PV=nRTより、、内部エネルギー U は
- [J] (単原子分子理想気体の場合)
とも書ける。
二原子分子の場合なら、気体分子数がnモルの場合、内部エネルギー U は
- (二原子分子理想気体の場合)
となる。
気体分子運動論[編集]
マクスウェルは、(現代日本人が『物理I』(物理基礎)で習うような)質点の力学の理論と(ただし運動量の理論の知識など、一部『物理II』(専門物理)の知識も必要)、(化学や物理Iなどで習うような)気体の状態方程式の理論とを、理論的に融合・統一することに成功し、そのようにして構築された彼マクスウェルの気体分子運動論が、上述の章のような実験事実を精度よく説明できた。
気体分子運動論の内容は、下記のような内容である。
容器に衝突した分子の運動量変化[編集]
圧力の仕組みを分子1個1個から考える。説明の簡単化のため、気体分子の形状は球形としよう。
立法体の容器に気体が入っているとしよう。 一辺の長さをL[m]として、体積をV=L3[m3]としよう。 分子1個の質量をm[kg]とする。これが速度v[m/s]で運動していたとして、速度vのx方向成分をvxとする。
容器の中で運動している分子が、x軸に垂直な右側の壁にあたったとする。壁は、つねに静止しているとする。分子が何回衝突しても速度の大きさは変わらないから、この衝突は、弾性衝突である。 よって、衝突の前後で、分子の速度の大きさは変わらない。速度の方向のみが、衝突の前後で変わる。速度の、壁に垂直な成分が、衝突のん後で、符号が逆向きになる。
すると運動量の変化は、図より、以下のようになる。
これは、容器の側から見れば、同じ大きさの力積を気体分子1個から受けとることになる。つまり、x軸に垂直な容器の壁が、気体分子1個の1回の衝突で受けた力積はである。
衝突の単位時間あたりの頻度を考えよう。往復距離は、単位時間あたりに である。なぜならば、往復に2Lの距離を移動して、速度はvxだからである。(壁は右側と左側の両方にあるが、左側の壁が受ける力積は右側の壁の力積にはならないので、片方の壁だけが受ける衝突だけの力積を計算する必要がある。)
単位時間あたりの衝突回数 と、1回の衝突の力積 を掛ければ、単位時間あたりの壁が受ける力積が出てくる。
単位時間あたりの力積の変化とは、力である。つまり、気体分子1個が単位時間あたりに壁に及ぼす力が求まった。
次に気体分子全体が壁に与える力を求めたい。まず速度は分子ごとに異なる可能性があるので、分子速度の平均で考える必要がある。 の平均を で表そう。
分子の数をN個とすれば、気体分子全体が右側の壁に与える力F[N]は、
- [N]
これを壁の面積 S=L2[m2] で割れば、右側の壁に与える圧力 P[Pa] が求まる。
- [Pa]
ここで、 は、容器の体積 V=L3[m3] に等しい。
したがって、圧力P[Pa] は、
- [Pa]
と書ける。
速度のx方向成分 vx は、速度vとは、どのような関係にあるか。まず三平方の定理(ピタゴラスの定理)から、
であり、したがって平均速度についても同様に、
である。
ここで を2乗平均速度(root mean square velosity)という。なぜ、平均速度 ではなく、2乗平均速度を考えるかというと、平均速度(速度の1乗の平均)は、分子全体で見れば反対方向にも分子が同等に運動をしているため、1乗平均は大きさがゼロになって、計算に役立たないからである。
また、気体の圧力はどの方向にも同じに働き、そのためには、
である必要がある。 よって、
である。
これを圧力の式に代入すれば、
- [Pa]
となる。
気体の状態方程式と比較しやすくするため、上式の右辺のVを移項しよう。
これより、
である。モル数n[mol]と分子数Nはアボガドロ数をNA[/mol]とすれば、
なので、これを代入すれば、
は、分子量である。分子量をM[kg/mol]とする。(化学では分子量の単位を[g/mol]とする事が多いが、この節では、熱力学の計算がしやすいように、分子量Mの単位を[kg/mol]とした。)
- [kg/mol]
分子量M[kg/mol]を用いて書き換えると、
これをについて解けば、2乗平均速度 [m/s] が求まる。
- [m/s]
よって、2乗平均速度 を温度Tで表す式が求まった。
気体分子の運動エネルギー[編集]
さて、気体分子1個の運動エネルギーは を用いて、
- [J]
となる。これを2乗平均速度 を温度Tで表した式に代入しよう。
分子量の式を思い出せば、
- [J]
となり、気体分子1個あたりの平均運動エネルギーが求まった。
気体分子全体の平均運動エネルギーEは、1個あたりの運動エネルギーをN倍する求められるので計算すると、
- [J]
ここでは定数であり、これをボルツマン定数(Boltzmann constant)とよび、記号はあるいはで表す。ボルツマン定数kの値は、
[J/K]
である。R=8.31J/(mol・K)で、NA=6.02×1023 [/mol]である。
ボルツマン定数kを用いて気体分子全体の平均運動エネルギーEを書き表すと、
- [J]
となる。この式から、気体分子の運動エネルギーは、粒子数Nと温度Tのみの関数となることが分かる。
気体分子1個の平均運動エネルギーは、
- [J]
となる。この式から、分子1個あたりの平均運動エネルギーは、温度Tのみの関数で有ることが分かる。
気体分子1molあたりの平均運動エネルギーを求めてみると、粒子数をNAとすれば良いから、
- [J/mol]
である。この式でも良いのだが、を思い出せば、
- [J]
とも書ける。 この式をもとに気体分子n[mol]あたりの平均運動エネルギーも求められる。
- [J]
なお、以上の関係より
- NkT=nRT
である。
さて、理想気体(ideal gas)の場合は、状態方程式 PV= nRTが成り立つので、これを平均運動エネルギーの式に代入すれば、
- [J] (理想気体の場合)
とも書ける。
また、ボルツマン定数kを用いて状態方程式 PV=nRT そのものが、書き換えられる。nRT=NkTなので、 これをPV=nRTに代入すれば、
- PV=NkT
と状態方程式が、圧力と体積と粒子数の関係式に書き換えられる。
(※ 範囲外)ボルツマン係数 k を高校で教える理由 |
実は、単に気体の比熱の計算をするだけなら、ボルツマン係数kを導く必要は無く、気体定数Rで済んでしまう(冒頭の章で説明したように)。 なお、(気体でなく)固体の比熱は、実は単一元素からなる固体のモル比熱は常温付近でほとんどの元素で 3R であるという法則(デュロン=プティの法則)が知られている(ただし、炭素やケイ素など、例外的に従わない固体元素もいくつかある)。
20世紀前半の物理学者たち(ウィーン(人名)やプランク(人名)など)が高温の物体から出てくる光の波長と周波数を分析したところ、 次のような周波数fと周波数νの関係式が分かっている。 右辺の指数関数の分母にあるkがボルツマン係数である。 なお、h はプランク定数と言われる定数である。これは、高校『物理II』の原子物理の単元でのちに習う「光電効果」(こうでんこうか)に出てくるプランク定数 h と同じ定数である。 この式(および、この式のアイデアの元になったウィーンの公式)は、実験的に測定して確認できる式である。(ボロメーターと言われる測定器や、熱電対(ねつでんつい)とよばれる合金材料や、ホイットストーンブリッジと言われる電気回路を使う。)
このようにいろいろな分野でボルツマン係数 k を使うため、気体定数Rでなくボルツマン係数kを使ったほうが、理論的な考察で真理に近づいているだろうという信念のもと、物理学者たちはボルツマン係数を使っている。
なので、予備知識として物理Iや化学Iくらいの予備知識くらいで高校生でも理解できそうなマクスウェル気体分子運動論で、こじつけっぽいが一緒にボルツマン係数を教えるのも、やむを得ないだろう。 なお、この式をプランクなどが解析することで、「量子力学」(りょうしりきがく)と言われる分野が花開いたわけであるが、しかし説明が長くなるし、高校レベルでは当面は不要なので説明を省略。
|
- マクスウェル分布 (※ 範囲外)
- ※ 参考書に、結果のグラフだけ書いてある。
マクスウェル分布というのは、マクスウェルさんが数学の積分(せきぶん)計算などを駆使して理論的な解析によって導いた、温度と気体のエネルギーの公式。
実験的にこれを測定する方法があり、回転ドラムと2枚のスリットを使う方法である。(※ 検定教科書にも、この装置の図が書いてある。数研出版『物理』(平成24年3月15日 検定済)の108ページに、コラム欄で「参考 気体分子の速さの分布」というコラムに記載がある。)
マクスウェル分布も重要だが、それより重要なこととして、マクスウェルの気体分子運動論から導出される速度の理論値が、実験的にも検証できるという事が重要である。(そして、そこそこ理論値が実験値によくあう事が分かってる。)
実験装置の構造は、真空中にある、高温蒸気にした銀の気体を細孔から出す銀の分子線を、2つのスリットを通して直進化して、それをフィルムのある回転ドラムに照射する。
- ※ 検定教科書に装置の図があり。興味ある人は、数研の教材を読め。
- (※ 以下、検定教科書では省略されてる話題。詳細は専門書を参照せよ。)
このフィルムにいくつも分子が到着するが、フィルムに到着する分子は速度のぶんだけ位置がズレるので、フィルム上の位置とその位置での感光の濃さから、それぞれの速度の粒子数割合が分かる。感光したフィルムを現像し、顕微鏡で調べるという。
この実験が、(マクスウェル分布などの)理論と良い一致をしたという[1]。このほか、2枚の回転歯車を介して分子線を金属板に照射して顕微鏡で調べる方法や、重力落下と2枚のスリットを使う方法がある[2]。
内部エネルギー[編集]
気体を構成してる分子集団そのものが持つエネルギーを内部エネルギー(internal energy)というのであるが、理想気体の内部エネルギーでは、分子間力ポテンシャルや重力ポテンシャルなどの位置エネルギーを考えないから、したがって理想気体の内部エネルギーは、気体分子の熱運動による運動エネルギーのみである、と見なせる。
原子数が1個の単原子分子(たねげんし ぶんし、monoatomic molecule)の場合は、回転エネルギーを考える必要がない。 分子が2原子以上の場合は、回転エネルギーを考慮する必要が生じるので、2原子分子の内部エネルギー などは後述する。
したがって、単原子分子の粒子のみからなる理想気体を考えると計算の都合がいいので、単原子分子の理想気体のことを単原子分子理想気体という。
単原子分子 理想気体の内部エネルギーは、運動エネルギーのみからなると見なしてよいのだった。
気体全体の平均運動エネルギーEは
- [J] (単原子分子理想気体の場合)
で、あった。
だから、これが単原子分子理想気体の内部エネルギーU[J]である。つまり、内部エネルギーUは
- [J] (単原子分子理想気体の場合)
である。このことから、単原子分子理想気体の内部エネルギーU[J]は、粒子数と温度のみの関数と見なせる事が分かる。
NkT=nRTなので、内部エネルギーUをモル数nで表した場合は、
- [J] (単原子分子理想気体の場合)
でもある。
なお、状態方程式 PV=nRTより、
- [J] (単原子分子理想気体の場合)
とも書ける。
いろいろと式が書き換えられるが、覚えるべき大元の式は、
- (単原子分子理想気体の場合)
である。
エネルギー等分配の法則[編集]
速度について、
であったから、運動エネルギーについても、
である。これに、単原子分子理想気体の内部エネルギーの式
とを合わせて、運動エネルギーは各方向成分を求める。各方向とも等分されるのが妥当なので、したがって、各方向の運動エネルギーは
となる。
このことから、運動の自由度1個につき、エネルギーがずつ等分される事がわかる。これをエネルギー等分配の法則(law of equi-paritation of energy)という。
2原子分子では、運動の自由度は、分子速度の3方向に加えて、回転運動が2個、加わる。二つの分子を結ぶ軸に垂直な方向の平面上の線が回転軸の方向になるので、面の自由度2個が加わる。 よって、2原子分子(diatomic molecule)では、理想気体の内部エネルギーの式は、
になる。 2原子分子の内部エネルギーがになることは、実験的にも比熱の測定によって確認されている。
モル比熱[編集]
固体や液体などの比熱は質量1gまたは1kgの物質に対する、1Kの温度上昇に必要な熱量で比熱を定義したが、気体に対する比熱は、モルnを単位にしたモル比熱を用いるのが一般である。 気体1molに対して、温度を1Kあげるのに必要な熱量をモル比熱(molar heat capacity)という。モル比熱の単位は[J/(mol・K)]である。
モル比熱の記号をCとした場合、モル数n[mol]の気体に熱量Q[J]を加えて温度ΔT[K]だけ上がったとすれば、
である。
さて、気体の温度を上げると、状態方程式から分かるように圧力や体積が変わる。もし、気体を変形が可能な容器(たとえばピストンヘッドが動けるシリンダー内部)に入れれば、温度を上昇させる際に気体は膨張し容積が上昇するので、外部に仕事をすることになる。
いっぽうで、もし、容器が固くて変形しない場合で、加熱によって温度や圧力のみが変わる定積変化の場合は、気体は外部に仕事をしない。
これらを考えると、容器の条件によって、比熱が変わるので、条件ごとに区別をする必要がある。
定積モル比熱[編集]
定積変化の場合のモル比熱を定積モル比熱(molar heat at constant volume)という。記号はCVで表すのが一般である。添字のVは体積volumeの頭文字Vである。 定積モル比熱の単位は[J/(mol・K)]である。
定積変化では、加えた熱量は全て内部エネルギーの変化ΔUになるので
である。これはモル比熱CVを使えば、
より、
である。
もし気体が単原子分子の理想気体ならば、内部エネルギーは
であったので、
これより、
- (単原子分子の場合。理想気体。)
である。
2原子分子気体では
- (2原子分子の場合。理想気体。)
である。
定積変化以外のモル比熱では、定圧変化の場合を考える必要がある。(等温変化の場合は、そもそも温度が変化しない。断熱変化の場合は加熱していない。よって、等温変化と断熱変化は比熱の対象外であり、「等温モル比熱」とか「断熱モル比熱」とかは存在しない。)
※ 範囲外: 高校生では、熱力学の公式を微分できない? |
読者は、 や などの記号のある式をみると、ついつい微分積分をした式(いわゆる「微分方程式」)に置き換えたくなるかもしれない。だが、これらの式は、高校生の読者は、微分積分の式にしないでください。なぜなら、高校で習う微分では、まちがった計算結果が出て来てしまいます。 大学の数学では、多変数関数(たとえばf=x2y2のような関数)の微分積分をする方法を習います。そして、高校でならう微分は、しかし、1変数関数の微分です。しかし、熱力学の公式 PV=nRT は多変数関数の式です。なので高校の微分では、熱力学の状態方程式を計算できないのです。このように、熱力学の計算で、多変数関数の微分が必要になる場合が、多くあります。 さて、多変数関数の微分の方法を「偏微分」(へんびぶん)といいます。高校で習う微分は、偏微分ではなく、常微分(じょうびぶん)というものです。偏微分の習得には、大学生でも最低で半年ちかく掛かります。高校生には、偏微分の習得は時間的に無理です。なので、もし高校の教科書や参考書で、微分をつかわないで熱力学の式が紹介されている場合、それは、そのままにして、けっして微分はしないで、その式を勉強してください。 なお、「熱力学を、けっして高校の常微分の方法で、計算してはいけない。」という理由は、けっして単に数学上の規則の理由だけではなく、次の理由があります。もし仮に、むりやり多変数関数で書かれた熱力学の式を常微分してみた結果の式を書いても、その計算結果が物理法則を説明できていない結果です。仮に、熱力学のさまざまな多変数関数をむりやり常微分すると、たとえば、 「T=V」(?)とか、「T=n」(?)とか意味不明の計算結果が出てきたりします。物理学は、実験結果を説明するための学問なので、実験結果を説明できない計算法には、価値がないのです。 裏をかえすと、大学で偏微分をまなぶ価値としては、熱力学の公式のように、常微分では式で記述できない物理現象でも偏微分では説明できるので、大学でならう偏微分には、そのような価値もあります。
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定圧モル比熱[編集]
定圧変化の場合のモル比熱を定圧モル比熱(molar heat at constant pressure)という。記号はで表す。添字のpは圧力の英語pressureの頭文字である。
定圧モル比熱を求めてみよう。 まず、ピストンのシリンダー内に気体が入っているとして、ピストン断面積をS[m^2]としよう。外部の圧力をp[Pa]とする。 加熱によって気体が膨張したことにより、ピストンヘッドの移動距離がΔL[m]だけ移動したとすると、体積Vは
- ΔV=SΔL
だけ膨張することになる。膨張するときに気体が行う仕事について考える。内部の気体がピストンを押す力Fは、
- F=pS
であり、仕事Wは
- W=F・ΔL
なので、
- W = F・ΔL = pS ・ΔL = pΔV
となり、定圧変化で気体が行った仕事Wは
- W = PΔV
である。
いっぽう、状態方程式 pV = nRT で、温度Tだけを変化させた場合を考えると、定圧変化ではpは変化せず定数なので、
- pΔV = nR ΔT
である。左辺は仕事Wに等しいので、つまり、
- W = nR ΔT
さて、仕事Wと熱量Qと内部エネルギーの変化ΔUとの関係は、
- Q = ΔU + W
である。W = nR ΔTを代入すれば、
- Q = ΔU + nR ΔT
内部エネルギーを求めるには、定圧変化を2工程に分解し、温度が変化せず体積がΔVだけ変化した工程と、体積変化が終わって、温度だけが変化する定積変化の工程に分解する。すると、温度だけが変化する工程では、定積変化と見なせる。
したがって、
- Q = n CVΔT + nR ΔT
である。
求めたいのは定圧モル比熱Cpであった。 モル比熱Cは、Q/(nΔT)なので、計算すると
- Cp = Q/nΔT = CV + R
これより、
- Cp = CV + R
これをマイヤーの関係(Mayer's relation)という。
定圧モル比熱Cpは、定積モル比熱CVよりRだけ大きい。
単原子分子の場合は、
- (単原子分子の場合。理想気体。)
であったから、定圧モル比熱は
- (単原子分子の場合。理想気体。)
である。
- 比熱比
熱機関[編集]
熱機関とサイクル[編集]
熱をもらって仕事をする装置のことを熱機関(ねつきかん)という。
自動車のガソリンエンジンや飛行機のジェットエンジンは、熱機関である。
なお、発電所の蒸気タービンも、熱機関とみなすのが一般的である。
熱機関は、たとえばピストン部分があって、ピストンが膨張して、また元の体積に戻ったりするなど、周期的に状態を繰り返すので、熱機関の動作の過程をサイクルという。
熱機関は、周囲の高温部分から熱をもらうだけでなく、周囲の低温部分に熱をすてなければならない。
なお、熱機関は、けっして、低温部分から熱をもらって、高温部分に熱をすてる事はない(もしあったとしたら、高温部分はますます高温になってしまうし、低温部分はますます低温になってしまう)。
仕事をする熱機関は、かならず高温部から熱をもらって仕事をして、低温部分に熱をすてるので、よって熱は自然には高温部から低温部に移動する。
例外としてクーラーやエアコンのように外部から電力などのエネルギーを加えないかぎり、けっして自然には、低温部から高温部に自然に移動させる事はない。
外部からエネルギーの加わってない熱機関では、自然には高温部から低温部に熱を移動させる事はあっても、けっして、低温部から高温部に自然に移動させる事はなく、これを熱力学の第2法則という。
また、すべての熱を仕事に変換する事は不可能であり、これも熱力学の第2法則に含める。
もし、受け取った熱をすべて仕事に変換できる熱機関があるなら、低温部分から受け取った熱を自然に高温部分に渡してしまう事もできてしまうと考えられている。
また、上述のように、逆の場合のない現象のことを不可逆変化(ふかぎゃく へんか)という。いっぽう、逆の現象もあり得る場合は可逆変化という。
熱機関の運動は、厳密には、普通は不可逆変化である。(ただし、ある熱機関の熱効率が高い場合に、近似的に可逆変化として計算する場合がある。)
たとえば、摩擦で止まる物体は、自然界には、けっして逆の現象はない。つまり、静止している物体が周囲から熱(摩擦熱の逆に相当)を受け取って、運動を始めるという現象は、自然界には存在しない。
つまり、このような考え方でいうなら、摩擦による物体の静止もまた、不可逆変化の一例である。
熱効率[編集]
気体を膨張させて仕事を取り出す熱機関(ねつきかん、thermal efficiency)が、あるとする。この熱機関の内部気体を圧縮させて戻すのにも、エネルギーが必要である。したがって、加熱膨張させて仕事をさせたあとは、熱機関の熱を放熱しないと、圧縮に膨張時と同じエネルギーが必要になり、熱機関として価値が無くなる。 だから熱機関を繰り返し利用して仕事をさせるためには、加熱をして膨張をしたあとに、気体を収縮させる際に、冷却あるいは放熱して元の圧力や体積に戻すことになる。
- 低温熱源
したがって、熱機関には冷却源や放熱先が必要である。このような冷却源や放熱先を低温熱源という。(冷却をする場合は、当然に冷却源が必要である。放熱をさせる場合も、放熱先は温度が熱機関よりも低い必要があるから、結局、冷却源があることと同等になる。) 「低温熱源」という呼び方に関して、熱を捨てる先なのに「熱源」というのは奇妙と感じるかもしれないが、便宜上、こういうので、慣れて頂きたい。
- 高温熱源
対して、膨張をさせるための気体の加熱に必要な熱源を高温熱源という。言葉通り、高温熱源の温度は、低温熱源の温度よりも高い。
- 熱効率
このように、サイクルとして繰り返し使用できる熱機関には、高温熱源と低音熱源の、温度の異なる2個の熱源が必要になる。
逆に言うと、たった一個の熱源だけでは、熱機関から仕事を取り出せない。 このような原理を、熱力学の第2法則という。
仕事として取り出せるエネルギーWは、高温熱源で得た熱量Q1のうち、低温熱源で捨てることになる熱量Q2を引いた残りQ1-Q2である。
- W=Q1-Q2
熱機関を動かすのに必要なエネルギーは、最低でも高温熱源の熱量Q1は必要である。 ここで、
を熱効率(ねつこうりつ、thermal efficiency)という。熱効率の式は100分率で表す場合もあり、その場合は上式の左辺を100倍すればよいだけである。本節では、100分率の表記は用いないとする。
熱効率eは、現実の機械では1より小さくなる。例外として、理論的な解析をする場合は、効率1の場合を含めて計算する場合もあるが、その場合でも、熱効率は1以下であり、1を超えることは無い。
熱効率の定義式に、W=Q1-Q2を代入すれば、
となる。
熱膨張率[編集]
物体は温度が上昇すると体積が膨張する。温度が1[℃](あるいは1[K])上昇するに連れて体積の増加する割合を体膨張率という。 長さが、温度の1℃増加あたりに、長さの膨張する割合を線膨張率という。 金属は熱伝導率が高い。中でも銀Agが最も高く、Cu、Au、Al、などがこれに次いでいる。 線膨張率はプラスチックが最も高い。 線膨張率をαとして、長さをL、加熱後の長さの変化量をΔL、加熱後の温度上昇をΔTとすると、定義より
の関係式が成り立つ。
膨張量が小さい場合の近似式として、線膨張率αと体積膨張率βとの間に、以下の近似式が知られている。
- 導出
導出は、物体の体積をV、その変化量をΔVとすると、
および
の関係より、
さらに、近似式
により、
両辺から1を引き、この問題設定では体積膨張率βが、
であり、線膨張率αが
なので、結局は
となる。(以上、導出。)
発展的事項 (※ 範囲外)[編集]
状態量[編集]
気体の変数の変数p,V,Tは、理想気体であれ、ファンデルワールス気体であれ、状態方程式(理想気体かファンデルワールス気体かは、ここでは問わない)があるならば、変数p,V,Tのうちの、どれか二つが決まれば、気体の状態方程式から残りの変数も決まる。こうして3変数p,V,Tが決まる。
内部エネルギーは、理想気体であれ、ファンデルワールス気体であれ、どちらにしても、変数p,V,Tのうち、どれか二つが決まれば、気体の方程式から残りの方程式も決まる。決まった3変数のp,V,Tによって、内部エネルギーも決まってしまう。このような、状態変数によってのみ決まる物理量を状態量(じょうたいりょう)という。 3変数のp,V,Tが決まれば内部エネルギーも決定されるので、内部エネルイギーは状態量である。 内部エネルギーを決める3変数のうち、真に独立変数なのは、そのうちの2個のみである。変数p,V,Tのどれを2個まで独立変数に選んでもいいが、残りの1個は既に選んだ変数の従属変数になる。
どの変数を独立変数に選ぶと、知りたい答えが求めやすいかは、問題による。
(多変数の関数の微分積分については、大学理科系で教育される。多変数関数の微分を偏微分という。解説は高校レベルを超えるので省略。)
等温変化[編集]
(この節では、高校数学の数学III相当の微分積分を用いる。分からなければ数学IIIを参照のこと。)
圧力をpと書くとする。体積をV、モル数をn、普遍気体定数をn、温度を絶対温度でTとする。
仕事Wの、瞬間的な仕事の大きさは微分を用いてdWと表せる。体積Vの、その瞬間の体積変化は微分を用いてdVと表せる。これらを用いれば、
dW=pdV
と微分方程式で表せる。(定圧変化では無いから、この式のpは変数である。)
体積をV1からV2まで変化させた時の仕事は、積分を用いて以下のように書き表せる。
これに、状態方程式の pV = nRT を、組み合わせる。
積分変数のVに合わせて、pを書き換えよう。
である。これより、仕事の式は、
となる。(なお、logは自然対数である。) 結論をまとめると、
である。
内部エネルギーUは、理想気体では温度のみの関数で、等温変化では温度が変化しないから、
- ΔU=0
である。
したがって、等温変化では
- Q=W
である。
断熱変化[編集]
まず、熱と内部エネルギーと仕事の関係式
- Q=U+W
を、次のように微分方程式に書き換える。内部エネルギーの変化を微小変化としてdUと表したとすると、熱量Qや仕事Wも微小変化になるので、以下の様な式になる。
- d'Q=dU+d'W
QやWの微分演算記号dの上に点「'」が付いているのは、厳密に言うと、熱量Qや仕事Wは状態量で無いから、区別するために用いている。
断熱変化では
- d'Q=0
なので、つまり、
- 0=dU+d'W
となる。
仕事に関しては
- d'W=pdV
である。 内部エネルギーの微小変化は、定積モル比熱を用いて、
- dU=nCVdT
と書ける。
なので、これ等を式 0=dU+d'W に代入し、
- 0=nCVdT+pdV
と書ける。 両辺をpVで割ると、
であるが、pV=nRTを利用すると、
となる。
この微分方程式を解く。まず移項して、
となる。 積分して、
ここで、Constは積分定数とする。(積分定数を「C」と書かなかったのは、比熱の記号との混同を避けるため。) 対数の性質より、係数R/Cvを対数log()の中の変数の指数に持ってこれる(数学II相当)ので、計算すると、
さらに移項して、変数を左辺にまとめると、
対数の性質より、対数同士の和は、中の変数の積に変えられるので、
である。 対数の定義より、自然対数の底をeとすれば
である。 eConstを新しく、別の定数として、定数“constant”と置き直せば、
である。 これで断熱変化の温度と体積の関係式の公式が求まった。
- 温度と体積の関係式
仕事Wとの関係を見たいので、先ほど求めた上の公式をpとTの式に書き換える事を考える。状態方程式pV=nRTを用いてTを、PとVを用いた式に書き換えると、まず代入しやすいように状態方程式を
と書き換えて、これを公式に代入すれば、
- 圧力と体積の関係式
は定数なので、これを定数部にまとめてしまえば、別の定数をConst2とでも置いて、
と書ける。 ここで、指数部の式は、マイヤーの式Cp=Cv+Rより、定圧モル比熱で書き換えが可能である。
である。 ここで、:を比熱比(ひねつひ、heat capacity ratio)と言う。比熱比の記号は一般にγで表す。 これを用いると、
である。
また、温度と体積の関係式
に比熱比を代入すると、
になる。
これらの、圧力と体積の公式、および温度と体積の公式の二式をポアソンの式という。
カルノーサイクル[編集]
等温変化や断熱変化の考察で求まった公式を用いて、理論的な熱機関の、理論的な効率を調べよう。
まず、熱源として、高温熱源T1と低温熱源T2を用意する。熱サイクルとして、
- 高温熱源による等温膨張 → 断熱膨張 → 低温熱源による等温収縮 → 断熱圧縮
というサイクルを考える。
このようなサイクルをカルノーサイクル(Carnot cycle)という。
なお教育の都合上の話として、蒸気機関や自動車エンジンなどのように現実世界で制作される熱サイクルは、もっと複雑な過程になるが、しかし、いきなりそういうのを考えるのは複雑なので、まず、熱力学の教育では、カルノーサイクルを考えるのが、大学の理系の熱力学の教育では一般的である。
カルノーサイクルがなぜ、このようなサイクル形状なのかというと、まず高温熱源から熱を貰う間は、気体温度は高温熱源の温度と均衡してるとしているので、等温膨張とするのが妥当だろう。
高温熱源から熱をもらい終わったあと、低温圧縮される前に、等温変化以外で仕事をして、内部気体の温度を低温熱源の温度まで下げるとするのが妥当である。(収縮時も気体の温度が熱源と同じほうが理論的に扱いやすい。)
等温変化の膨張のあとの変化は、あまり余計なエネルギー源を増やしたくないので、理論的に扱いやすいのは、断熱変化とするのが扱いやすいだろう。(もし定積変化や定圧変化にすると、機関が外部と仕事のやりとりをするため、つまり外部とエネルギーのやりとりをする事態になるので、変数が増えてしまい、計算が面倒になるだろう。)
ともかく、カルノーサイクルで行われる仕事を求めよう。
まず図の点1から点2の間の仕事W12は等温膨張での仕事なので、高温熱源の温度をT2とすれば、公式より、
である。
図の点2から点3の間の仕事W12は断熱膨張での仕事であり、ポアソンの公式W12 より(K1は定数とする)、
である。
図の点3から点4の間の仕事W34は等温圧縮での負の仕事なので、低温熱源の温度をT1とすれば、公式より、
であり、この負の仕事の大きさと等量の熱を放出することになる。
図の点4から点1の間の仕事W41は断熱圧縮での仕事であり、ポアソンの公式 より(K2は定数とする)、
である。
機関が1サイクルの間にした仕事は、これ等を足し合わせれば良いから、
である。
このうち、
なので、仕事として残る変数は、
であり、
だから、
である。これが、この機関が1サイクルで行う正味の仕事である。
ところで、と、の関係を求めよう。 状態方程式pV=nRTより、
- (1)
- (2)
である。さらにポアソンの公式より、
- (3)
- (4)
である。 これらを連立して解けば良い。計算の一例を示す。 まず、式(1)と式(2)の左辺どうしと右辺どうしを掛ける。すると、
- (5)
である。
今度は式(3)と式(4)の左辺どうしと右辺どうしを掛ける。すると、
- (6)
である。
式(6)に式(5)を代入すると、式(6)の左辺は、
- (7)
式(6)の右辺は、
- (8)
となる。
式(7)=式(8)なので、
- (9)
である。これを整理して、
- (10)
となる。これより、
- (11)
である。さらに、求めたいのは、と、の関係であったから、式(10)を移行すれば、
- (12)
が求まる。 なぜ、式(12)を求めたかというと、そもそもの目的は、正味の仕事
- (13)
を求めるためであったので、では、正味の仕事を求めよう。
式(12)より、式(13)を変形できて、
- (14)
と書ける。
これが、カルノーサイクルの、1サイクルでの正味の仕事である。
カルノーサイクルの効率[編集]
まず、自動車エンジンの熱サイクルは、カルノーサイクルではない。
熱サイクルは、カルノーサイクルの他にも、さまざまな形がある。
自動車エンジンどうしの熱サイクルですら、ガソリンエンジンの熱サイクルとディーゼルエンジンの熱サイクルは、別々の形であるし、それらの熱効率の公式の具体形も違ってくる。 このように、具体的な熱サイクルの違いによって、それぞれ熱効率の公式も具体的な形が違う。
高校生は、まずは学習の基準としてカルノーサイクルの場合の熱効率の理論上の公式を導出してみよう。(また、後述の節にある「エントロピー」などの計算でも、カルノーサイクルをもとに計算をするので、まず、カルノーサイクルを学ぼう。)
では、これからカルノーサイクルの理論上の仕事効率の公式を探求しよう。
- (※ 図では、x軸変数がPになっているが、x軸変数をPにするか、それともVにするかは、あまり本質的なことではないので、読者には容赦を願いたい。PVグラフの座標軸のとりかたは、分野によってはx軸が場合もあれば、別の分野ではx軸がVの場合もあり、分野ごとに異なっており、統一してない。)
カルノーサイクルが高温熱源から受け取る熱量Q1は、行程1→2であり、この行程は等温変化なので、受け取った熱量はすべて仕事になっている。行程1→2での等温変化の仕事は、
であったので。これが高温熱源から受け取った熱量Q1に等しい。つまり
である。
熱効率eの式は、高温熱源から受け取った熱量をQとして、正味の仕事をWとすれば、
であった。 これに、既に求めた、熱量Q1とW12を代入すれば、
である。これを約分して整理すれば、
である。これがカルノーサイクルの理論上の最高効率である。このカルノーサイクルの最高効率は、絶対温度だけで決まる。 実際の熱機関の効率は、不可逆変化(ふかぎゃくへんか、irreversible change)を含み、これよりも低くなるので、現実の熱効率まで式に含めたければ、不等号を用いて表せば良い。 式を書くと
- ≦
となる。
- 注意事項
カルノーサイクルの最大効率のこの公式 は、あくまで熱サイクルの形がカルノーサイクルな場合のみの公式である。
サイクルがカルノーサイクル以外の場合については、上記の式変形では、何の導出・証明もできていない。
もし読者が、カルノーサイクル以外の熱サイクルの場合に、最大の効率の式を求めたいなら、効率の定義式 または式変形した に戻って、計算しなおす必要がある。
カルノーサイクルでない、自動車エンジンでのp,v,Tの変化をもとに考案された熱サイクルが、すでに工学などで提案されており、たとえばオットーサイクル(ガソリンエンジンの熱サイクル)やディーゼルサイクルなど(ディーゼルエンジンのサイクル)がある。(※ 大学の工学の範囲なので、高校生は覚えなくていい。)
オットーサイクルやディーゼルサイクルの理論上の最大効率の式も、 をもとにした効率の公式がすでに提案されている。(※ 公式は、高校生にとっては複雑なので、省略する。)
なお一般に、熱機関で理論上の効率が最大効率になりうる場合は、あくまで、まず、その熱機関の動かし方が可逆であり、さらに熱機関を準静的に動かした場合である。そもそも現実の自動車エンジンは可逆・準静的には運動してるとは言いづらいという現実にも、気をつける必要があるだろう。
- その他 (※ 範囲外)
また、上記の議論をみるかぎり、「熱サイクルの形がカルノーサイクルの形に近いかどうか」は、効率の高低とは無関係である。
そもそも、どんな形の熱サイクルも、図のように、複数個のカルノーサイクルの組み合わせに分解できる。右図の例のように、ゆがんだ丸型のサイクルですら、複数個のカルノーサイクルの組み合わせに分解できる。
もし仮に、1個のカルノーサイクルに形が近いことで熱効率が高くなると仮定したら、では、どんな形の熱サイクルもカルノーサイクルの組み合わせに分解できるというグラフ上の事実をどう考えるのか?
- その他2
マクスウェルの気体分子運動論は、実はカルノーサイクルの理論に不必要である。
内部エネルギーの理論を、マクスウェルの気体分子運動論を使わなくても構築できる。
カルノーサイクルを構築するには、PV図の仕事の計算法の理論の他には、内部エネルギーの理論さえあればいい。
エントロピー[編集]
熱の伝わりとエントロピー[編集]
自然界では、外部からエネルギーを加えないかぎり、高温物体から接触した低温物体には熱が伝わり、高温物体から熱が失われただけ、高温物体の温度が下がっていき、逆に低温物体が得た熱のぶんだけ低温物体の温度は上がっていき、最終的に両物体(元・高温物体と元・低温物体)の温度は等しくなる。
その逆の現象(低温物体から高温物体に熱が伝わり、高温物体はますます高温になり、低温物体はますます低温になる現象)は存在しない。
このような、高温物体から低温物体に熱がつたわる現象を、数式で調べてみよう。
まず、図のように、床の上にある高温物体に接触した低温物体に、熱が伝わる場合を考える。高温物体も低温物体も静止してるとしよう。
床は熱を伝えにくい物体で作られているとする。問題の簡単化のため、高温物体の熱は低温物体にのみ伝わり、他の場所には拡散しないとしよう。(たとえば、空気中への熱の拡散は、無視する。)
このとき、高温と低温の定義により、
- ≧
である。
まず、高温熱源の温度をThと書くとしよう。また、低温熱源の温度はTcと書くとしよう。
すると、高温物体が失った熱量のぶんだけ、低温物体は熱量を得るので、両物体の変化した熱量の大きさは同じである。
つまり、高温熱源の熱量の変化の大きさを Qh として、
また、低温熱源の熱量の変化の大きさを Qc とすれば、
- |Qh|=|Qc|
である。(記号 | | は絶対値の記号。)
簡単化のため
- |Qh|=|Qc|=Q
と書くしよう。
さて、天下り的だが、
という量を考える。
量Sは、それぞれの物体ごとに考える必要があり、
- および
という物理量をそれぞれ考える必要がある。
すごく天下り的だが、この量 S1 および S2 は、足しあわせられるとしよう。
- (※ つまり、いわゆる「示量性」(しりょうせい)の変数だとしよう。たとえば、質量は、示量性の変数である。質量1kg物体の物体Aと、質量2kgの物体を同時に重量計に乗せれば、重量計の示す数値として、質量は3kg(=1kg+2kg)を示す。
- いっぽう、温度は、示量性の変数ではない。温度20℃の水に、温度40℃の湯をまぜても、けっして温度60℃にはならない。)
さて、とにかく、この量 S1 および S2 は、足しあわせる。
すると、系全体では、この量は、
になる。
このとき、
- |Qh|=|Qc|=Q
といった仮定があったので、この仮定にもとづき、さきほどの式(S1+S2)にあるQhとQcに、それぞれQを代入すれば、
となる。
上式では、高温物体からは熱量が失われるので、負号(ー)を付けた。
さらに、
- ≧ の関係を思い出し、
さきほどの式と連立させると、
- ≧ 0
である。
つまり、
- ≧ 0
つまり、物理量 S_1 + S_2 は、時間経過とともに、かならず増える。
はエントロピー(entropy)と呼ばれる物理量である。エントロピーの記号はSと置くとする。また、エントロピーの単位は[J/K]である。
つまり、エントロピーは、かならず増える。
熱効率とエントロピー[編集]
熱効率の定義式と、カルノーサイクルの熱効率の温度の関係式を連立させてみよう。 まず、高温熱源の温度をThと書くとして、高温熱源から熱機関に渡す熱量をQhと書くとしよう。 低温熱源の温度はTcとして、熱機関から低温熱源に放熱される熱量をQcと書くとしよう。 熱効率eの定義式は、
であった。いっぽう、カルノーサイクルの熱効率は、
- ≦
である。
これらより、
- ≦
である。これは、
- ≦
とも書けて、両辺の1を引いて消去して、
- ≦
となる。マイナスがあるので、移項すれば、
- ≦
である。 添字が同じ量どうしをまとめれば、
- ≦ (1)
となる。ここで、を新しい物理量として定義して、この量はエントロピー(entropy)と呼ばれる。エントロピーの記号はSと置くとする。また、エントロピーの単位は[J/K]である。 つまり、 である。そうすると、式(1)は
- ≦ (2)
と書ける。
熱機関の動作の順序は、まず機関が高温熱源から熱を貰ってから、低温熱源に熱を渡すのであった。(逆に先に低音熱源に放熱してから高温熱源で吸熱するのは不可能である。熱機関は、もらってない熱は渡せない。熱力学の第二法則より当然である。)だから、時間的には、熱機関のエントロピーSは、まず先にS=Shになってから、時間が経って、あとからS=Scになったのである。 そして式(2)より、≦ であるから、熱機関のエントロピーは、時間が経って、増大したことが分かる。
以上の論証より、熱機関のエントロピーは、かならず増大する。これをエントロピー増大の法則という。
熱が伝わる現象にせよ、熱機関の現象にせよ、エントロピーは、かならず増加する。このように、自然界ではエントロピー増大の法則が成り立っている。
参考: 評論文に出て来る「エントロピー」について[編集]
よく、科学評論とか文明評論を読むと、環境問題などに関して「エントロピー」という用語がでてくる。この評論における「エントロピー」とは、もともとの熱力学の意味とは、やや違う意味で用いられる事も多い。
- ※ 大学入試などの国語でも、ときどき、評論文で「エントロピー」という外来語が出て来る。
では、そのような評論における「エントロピー」とは、なにを表しているのかというと、たいていの場合、一度起きてしまったら元には戻らない現象について、表現しているのである。さらに、なるべく起こさないことが望ましい現象について、それらの評論では「エントロピー」という用語を用いている場合が多い。
環境問題などでは、以下のように、「エントロピー」が用いられる。
絶滅してしまった生物種は、もう復活できない。(※ ここでは骨格標本などからのクローン生成とか、そういう事は考えないとしよう。) 環境問題などでも、環境が悪化してしまったら、それはもう、完全には元には戻らないだろう。
評論では、「だから我々人類は、自然環境や生態系(せいたいけい)を、保全していかなければならない。」・・・のような文脈において、「エントロピー」という表現が用いられる事もある。
資源問題などでも同様で、ある油田や鉱床が枯渇してしまったら、もう、その採掘場所からは、資源が出てこないので、だから我々人類は、かぎりある資源を、けっして無駄づかいせずに、有効に使わなければならない、・・・のような文脈において、「エントロピー」という表現が用いられる事もある。
しかし、熱力学における「エントロピー」とは、このような環境問題的な意味ではない。
熱力学におけるエントロピーとは、あくまでも、
によって定義される量である。
このような熱力学における意味でのエントロピーのことを「熱力学的エントロピー」ということにより、他の意味でのエントロピーの用法と区別することも多い。
つまり、熱力学エントロピーの定義式は、
である。
「熱力学エントロピー」では、起こるのが望ましいか望ましくないかは、「熱力学エントロピー」の定義に無関係である。高温部から低温部へと熱が伝わっていこうが、望ましいか望ましくないかは、「熱力学エントロピー」は無関係である。
溶液とエントロピー[編集]
- 『高等学校化学I/溶液の性質』と関連あり。
元には戻らない現象も「エントロピー」と言うのだったら、 だったら、
- 絵の具(えのぐ) を水にとかす事だって、エントロピーではないか?
という疑問が、わいてくるかもしれない。
化学では、溶質が溶液にとける事について、「エントロピー」と表現する場合もある。(※ なお、絵の具(えのぐ) は溶質ではないので、間違えないように。絵の具は、水に溶けない。もし、絵の具が水に溶けてしまったら、無色透明になってしまい、絵の具としての効果がない。)
また、この化学における溶質と溶液のエントロピーは、なんと数値的な計算が可能である。
説明の簡単化のため、不揮発性の溶質だとしよう。
熱力学における「エントロピー」とは、エネルギーを、絶対温度で割り算した値だった。
凝固点降下や沸点上昇をもとに、エネルギーを計算できる。なぜなら、比熱 C に、上昇または降下したぶんの温度 ΔT を掛ければいいだけであるから。
そして、その時の絶対温度 T は、その実験のときの溶液の温度をもとに、簡単に計算できる。たとえば、水の沸点上昇なら、T=373 K (=273+100)というふうに、簡単に計算できる。
つまり、
- (CΔT)/T
が、溶質によるエントロピー変化である。
このように、化学では、エントロピーは、相変化(そうへんか)において、ひとつの計算方法を提供する。
ところで、分母Tが絶対零度の場合、つまり 0ケルビン の場合は、どうなるかというと、実はこれは、「量子力学」(りょうし りきがく)という分野が関わってくる、高校レベルを大幅に超えた、かなり専門的な話題になるので、高校レベルでは説明を省略する。
※ なお、合金(ごうきん)のように、ある固体(仮にAとする)と別の固体(仮にBとする)が混合している場合にも、それぞれの純金属の場合とは熱力学的な性質が少々、違っている場合があるので、熱力学における「エントロピー」を計算できる場合もある。しかし、高校レベルを大幅に超えた、かなり専門的な話題になるので、高校レベルでは説明を省略する。
拡散とエントロピー[編集]
溶質が溶液にとけるときに、溶質が水中を広がっていくだろう。
熱も、温度の高い場所から、温度の低い場所へと広がっていく。
すると、エントロピーとは、熱や温度と関係のある現象をおこす何かが、不可逆的に広がっていく性質について、言及しているとも言えそうである。
溶質が溶液に溶けるという現象も、熱や温度と関係のある現象である。なぜなら、凝固点という温度を降下させたりするように、温度と関係のある現象を起こすので。
なお、物理学や数学では、なにかが広がっていく現象のことを「拡散」(かくさん)という。
ならば、この拡散という用語を用いて、エントロピーとは何だろうかの説明を次のように言い換えよう。
エントロピーとは、熱や温度と関係のある現象をおこす何かが、不可逆的に拡散している性質について、言及しているとも言えそうである。
ところで、高校数学の「統計」分野では、正規分布(せいき ぶんぷ)というのを、習ったり、あるいはカリキュラム変更によって時代によっては、習わなかったりする。
ところで、この正規分布をグラフを見ると分かるように、なにか、広がりのあるものを記述するのに、使えそうである。
・・・何が言いたいかというと、エントロピーと正規分布は関係があるぞ、と言いたいわけである。
しかし高校数学のレベルを大幅に超えるので、ここまでにしよう。
もし、読者が、物理学に関する仕事をめざすなら、数学も化学も、きちんと勉強するのが良いだろう。
機械工学や流体力学で出てくるエントロピー[編集]
機械工学や流体力学の専門書を読んでると、気体などの「エントロピー」という用語が出て来るが、この場合の「エントロピー」とは、単に、定義式どおりに、熱量Qを温度Tで割り算しただけのものである。
この場合の「エントロピー」という用語に、けっして「乱雑さが、どうのこうの」といった深淵(しんえん)な意味はないし、紹介している工学者や流体物理学者も、乱雑さについての考察をあまり考えていないのが普通なので、読者も、あまり気にする必要はない。
ボイラー技師などの資格試験対策書籍や、工業高校の科目『原動機』などの検定教科書に書いてある「エントロピー」という用語も、単に熱量Qを温度Tで割り算しただけのものである。
固体のモル比熱[編集]
固体の(化合物や合金でない)単体元素の1モルあたりの定積モル比熱は、おおよそ一定値になり、
おおよそ
- Cv = 24~30[J/mol・K] である。
とくに、かなりの単体元素が、
- Cv = 24~26[J/mol・K] である。
(ただし、いくつか例外的に、当てはまらない元素もある。C(炭素)やBe(ベリリウム)やケイ素、ホウ素など。)
また、気体定数Rやボルツマン係数kBを使えば、
- [J/mol・K]
と近似できる。
これを、デュロン=プティの法則という。
- (※ 例外)ただし、極低温の付近になると、合わなくなる。(※ 大学の量子力学で、の理論を習う。)極低温の場合は、「アインシュタインの比熱式」になる。
- また、(大学ではロクに習わないが、)合金になると、合わなくなる。
- こうなる理論的考察は、定説では量子力学の理論を使うとされており、大学レベルになるので、説明を省略する。
なお、二原子分子の場合、たとえば NaClのモル比熱は約 50 [J/mol・K]であり、約 6R = 2×3R の値になっている。
酸化銅 CuO のモル比熱は 約42 [J/mol・K] と、若干、小さい。
気体分子にしろ、固体にしろ、比熱は、モル比熱で考えると、それぞれ、常温付近では、(例外的ないくつかの元素固体を除くと)元素の種類によらず、ほぼ一定値になることが分かる。(大学では極低温などの例外ばかりが強調されるが、しかし常温では多くの元素で十分にデュロン=プティの法則は成り立っている。)
また、それらのモル比熱は、気体定数Rを使った式で簡潔に近似することができる。
こういう実験事実が、モルの概念の有用性や、気体の状態方程式の有用性の裏付けになっている。
なお液体の場合には、デュロン=プティの法則のような関係は特に見つかってない。
固体の比熱の法則には、例外は少ないが、しかし固体の比熱の法則のほうは(当てはまらない元素が多いなどのように)例外が比較的に多い。そういう事情もあってか、物理学の熱力学での「エネルギー等分配の法則」の理論が、気体を基準にして法則を導き出してから固体の比熱を考察していく理論体系になっていることも妥当であろう(例外の多い「固体」比熱よりも、例外の少ない「気体」比熱のほうが、法則に近いと考えるのは妥当だろうという事である)。
- (おわり)
ここまでで、高校物理の熱力学での発展的話題は終了である。これより先の水準の話題は、大学での範囲になる。