中学校社会 歴史 鎌倉時代
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[編集] 概要
鎌倉時代は1192年~1333年の約140年間を指す[1]。源頼朝が征夷大将軍となって鎌倉幕府を開き、源氏が3代で滅亡した後は北条氏が執権となって政治を動かした。途中、2度の元寇があったがこれを退けた。しかし、幕府に不満を抱いた御家人を集めた後醍醐天皇によって幕府は滅ぼされた。また、文化においては、簡素で力強い作品や大衆向けの仏教の宗派が現れた。
[編集] 鎌倉幕府の成立としくみ
[編集] 源平の内乱
平安時代末期、政権をにぎっていた平氏に対する不満が高まった。その中で、1180年に以仁王が挙兵し[2]、諸国の武士に「平氏を討伐せよ」との命令を出した。同年、平治の乱に敗れて伊豆に流されていた源頼朝、ついで木曽の源義仲(木曽義仲)らがこの命令に従って挙兵した。源頼朝は石橋山の戦いで大敗したが、その後、有力な武士を味方に付け、鎌倉を中心に関東の支配を固めていった[3]。そのころ、源義仲は平氏を京都から追い出すことに成功したが、朝廷(後白河上皇側)との対立を生じていた。後に、朝廷は源義仲追討の命令を出し、義仲は源頼朝の命を受けた源義経らに滅ぼされた。一方、平氏も力を盛り返し、京都に攻め上ろうとする勢いを見せ始めた。しかし、源義経らが平氏を一の谷の戦い、屋島の戦いで破り、壇の浦の戦いで平氏を滅亡させることに成功した。
- 伊豆 - 現在の静岡県
- 木曽 - 現在の長野県
- 石橋山、鎌倉 - 現在の神奈川県
- 一の谷 - 現在の兵庫県
- 屋島 - 現在の香川県
- 壇の浦 - 現在の山口県
[編集] 鎌倉時代の文化
鎌倉時代には、文化の担い手は主として公家や僧であったが、やがて、かざり気のない力強さを好む武士の気風が文化のうえにもあらわれた。これを鎌倉文化という
[編集] 鎌倉仏教
鎌倉時代には、武士や庶民にもわかりやすい新しい宗派が生まれ、信者を多く得ることになった。新しく開かれた宗派の一覧とその特色を次の表にまとめた。
| 宗派の名前 | 開祖 | 教えの特色 | |
|---|---|---|---|
| 浄土信仰 | 浄土宗 | 法然 | ひたすら念仏(南無阿弥陀仏)を唱えることで、極楽に往生できると説いた。 |
| 浄土真宗[4] | 親鸞[5] | 自分が悪人であると自覚した人こそ、阿弥陀仏は真っ先に救おうとする、と説いた[6]。 | |
| 時宗 | 一遍 | 踊り念仏を広めた。 | |
| 法華経信仰 | 日蓮宗[7] | 日蓮 | 題目(南無妙法蓮華経)を唱え、法華経を信じると救われる、と説いた。 |
| 禅宗 | 臨済宗 | 栄西[8] | 坐禅によって悟りを得られる、と説いた。 |
| 曹洞宗 | 道元 |