アイヌ語 表記の揺れについて

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』

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アイヌ語は江戸時代に記録が始まってから、日本人、ロシア人、イタリア人、イギリス人、そしてアイヌ自身などの、様々な言語を持つ人々によって、多様に記録されてきました。記録する人それぞれの使用言語やその他の要因により、アイヌ語の表記法には多くのバリエーションがあります。ここでは、最近あまり使用されなくなってきた方法も含め、アイヌ語文書の歴史上現れてきた表記の方法を、できるだけ多く挙げました。ちゃんとした表記がまだ定まっていないため、この中から基本的には自分の好きな方法で書いても構いませんが、あまり使われていない表記だと誤解を生む可能性もあるので、他の人に向けて書くときはそれなりの配慮も必要かもしれません。

まだ記述の途上なので信頼はしないでください。 このページでは、仮名、ラテン文字、キリル文字の表記揺れを纏めています。この他の文字の表記にはまだ十分な歴史が無いと考えられるので、ここには載せません。

すべての表記法に共通のもの[編集]

無声音と有声音(清音と濁音)の区別[編集]

アイヌ語には、日本語にあるような有声音と無声音の違い(カとガなどのような音の関係)で意味が変わることはない。そのため、同じ役割の音が日本語などの話者には違って聞こえることがある。

初期の記録では(アイヌ自身によるものも含め)、区別して書かれることが多かったが、最近ではめっきり少なくなっている。Wikibooksではこれらの違いを区別せずに全て無声音の文字(k,pなど、仮名は濁点を付けない)で書くか、カナ表記の場合のみ区別して書く。

例文:huci, tan sintoko opitta en⹀kore!  フチ、 タ シトコ オピッタ エコレ! (Wikibooksではこれを、場合によっては、フヂ、 タ シドコ オビッタ エゴレ! のように書く[1]

区別して書いているものの例:The_Gospel_in_Many_Tongues_(1930)の7ページ目(ウィキソース)や、アイヌ神謡集(1922、知里幸惠編)青空文庫など

基本的には実際の音に関わりなく文字は無声音の方を使う
無声音(清音) 有声音(濁音)
k к g г
t т d д
p п b б
c ч z џ
r̊ ҏ ř р

連音の音変化[編集]

アイヌ語では、特定の音の並びなどが現れたとき、音が変化する。詳細は別のページに譲るが、このようなときは、単語が分かりやすいように元の発音で書くか、変化したあとの実際の発音で書くかが問題となる。慣れてくるとどちらで書かれていても正しく読むことが出来るようになるが、慣れるまでは混乱する。

Wikibooksでは、どうしよう。ラテン文字は元の語形のまま、仮名では実際の発音を示す、という表記の教材も幾つかあるけど……。

一応、この方法で表記する場合、次のようになる。

文章が思いつかなかったのでうまく文章に出来る方がいればお願いします
’an hi ’or ta pon seta
アニ オッタ ポィ セタ

アイヌ語アーカイブでは、「_」(アンダーライン)を使って「a=kor_ nispa」や「a=ne _hine」、「oka=an __hike[2]」のように表している。

mかnか確定しない音[編集]

kanpi/kampi、tunpu/tumpuのようにそれ以上分けられない単語の途中に/mp/か/mm/の音が続くと、そのmの音がnかmのどちらか決定できない。『世界言語学大辞典』ではラテン文字でを使っている。

方法 anpe kampi isampe
仮名1 アㇴペ カンピ イサㇺペ
仮名2 アンペ カンピ イサㇺペ
仮名3 アンペ カㇺピ イサㇺペ
仮名4 アンペ カンピ イサンペ
仮名5 アㇴペ カㇺピ イサㇺペ
ラテン1 anpe kanpi isampe
ラテン2 anpe kan̄pi isampe
ラテン3 anpe kampi isampe
キリル1 анпэ канпи ишампэ
анпэ канпи ишампэ
анпэ канпи ишампэ

カナ表記[編集]

チャ行[編集]

チャ・チ・チュ・チェ・チョの音は、現代の日本語では(チを除いて)2字を使って表す。日本語ではこれらの音が基本的な音でないからなのだが、アイヌ語ではカ行やサ行と変わらない基本的な発音である。このため、アイヌ語の音規則に則って1字で表そうとする人もいる。

方法1:日本語と同じ[編集]

日本語と同じように「チャ・チ・チュ・チェ・チョ」と表す。日本語話者には分かり易く正しい発音もしやすい[3]が、一文字で表せないため切れ目が分かりづらかったり、2音で読んでしまう可能性がある。

方法2:サ行に半濁点を付けて表す[編集]

江戸時代のアイヌ語の表記では、チェ音を「セ゚」で表した。この表記は、現代でも使われることがある。また日本語のツァの音を「サ゚」で表すこともあった。

稀に、これらを拡張して、「サ゚・チ・ス゚・セ゚・ソ゚」のように表すこともある。

一文字で表せるため切れ目もわかりやすいが、慣れるまでは混乱するし、他の言語の発音表記ではこれらの文字で違う発音をすることもあるので、それを知っている人はもっと混乱する(かも知れない)。

方法3:新たな仮名を作る[編集]

面倒だからいっそ新しく作ってしまえ!とばかりに、新しく作ってしまった人もいる。例えばこのnoteの投稿の画像にあるようなものだが、現時点では殆ど使われることはない。

ヤ行エ段の仮名[編集]

ローマ字ではyeやjeのように表される音だが、日本語にはこの音を表す一文字の仮名がない[4]。日本語では外来語の発音を表すとき、多くの場合はイェを使うが、「エ」や「イエ」で代用することも多い[5]。アイヌ語では「エ」や「イエ」とは別の基本的な音なので、区別したうえで一文字で書きたい。この2つの要求に対する、挑戦と妥協がここにはある。

方法1:イェ[編集]

日本語と同じように書く方法。一音なのに二文字を使って表さないといけないので見た目が少し悪くなる。また、

方法1′:イェ[編集]

方法1とほぼ同じだが、半角文字を利用することで一音であることが分かり易くなる。入力が少しし難くなり、見た目が少し悪くなる。

方法2:𛄡[編集]

ユニコードには一文字の仮名が登録されているので、それを使う。多くの機器でまだ表示できず、入力出来るようにするにも手間がいる。

方法3:エ(’eを𛀀で表す)[編集]

奈良時代(それ以前には日本語にもeとyeの区別があった)の日本で行われていたような表記。わかりにくい。

yeの表記色々
方法 ye ’e
1 イェ
1′ イェ
2 𛄡
3 𛀀
3′ 𛀀
2+3 𛄡 𛀀

ワ行[6][編集]

日本語では古くにワ行の音の多くがア行に同化し、表記の上では書き分けるようになった。ア行とワ行で発音の異なるアイヌ語を表記するときでも日本語と同じように書き分けていた[7]が、戦後に「現代仮名遣い」が公布されると表記の面でもこの仮名を使わなくなったため、その影響を受けてアイヌ語表記にも混乱が生じた。

方法1:ワ・(ウィ)・ウ・ウェ・ウォ[編集]

今の日本語と同じような表記。アイヌ語では一文字で表すべきところが二文字になっている。

方法2:ワ・(ヰ)・ウ・ヱ・ヲ[編集]

前述の通り、明治時代以降は現代仮名遣いの公布されるまでこちらの表記が使われていた。現代の日本語話者には慣れるまで少し読みにくいという難点がある。

音節末のイ・ウ[編集]

方法1:普通の大きさ[編集]

方法2:小書き[編集]

音節末のk,t,p[編集]

昔は、ク、ツ、プ、シ、ス等の普通の大きさの仮名で書かれていたが、最近は殆んどそのような事はない。後に続く音にとって表記を分ける場合といつも同じように表記する場合とがある。

音節末のs[編集]

これも昔はシ、ス、ツ等の普通の大きさの仮名で書かれていた。

音節末のr[編集]

こちらも昔はラ・リ・ル・レ・ロのような普通の大きさで書かれていた。

音節末のn[編集]

マ行、パ行に続くンの音[編集]

アクセントの表記法[編集]

ラテン文字表記[編集]

サ行[編集]

実際の発音を反映してs/shやs/šで書き分けることもある。

チャ行[編集]

同じく、

ヤ行[編集]

キリル文字表記[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ただ、清濁の発声は個人差や状況による差が非常に大きい(区別されることが無いため)ので、この単語や文なら絶対にこう発音されるなどということはない。
  2. ^ 2つで原文ママ。一箇所だけにしか現れない表記ではないため誤りではなく、それぞれ連音とh音落ちを表していると思われる。
  3. ^ 厳密には、ほんの少し違う(ただしアイヌ語にも日本語にもそれより大きな地域差や個人差がある)。
  4. ^ 昔はあったが、奈良時代頃にはeとの区別が無くなった。
    yeもeもある(奈良時代以前)→yeに合流(平安初期)→eに変化(江戸時代頃)のように変わっていったと考えられている。
  5. ^ エルサレムやイエーガーマイスターなど
  6. ^ ちなみに、wiという音節は通常現れない。
  7. ^ 江戸時代の文書ではあまり書き分けられていない。(’eにもweにもヱとエの両方が使われている。)これは日本語の表記も概ね同じで、ヱとエの出てくる場所を厳格に使い分けるようになったのは明治時代から。