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日本史 平成時代

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目次

[編集] 平成

1989年1月7日、先帝・昭和天皇の崩御に従い皇太子明仁親王が即位してから現在にいたる日本の「元号」または日本の社会全体をさす。 今上天皇(明仁)即位の為、元号法に基づいて1989年1月8日改元。「平成」は陽明学者であった安岡正篤が 元号法が制定された昭和54.5年頃から考案しており、時の首相・竹下登なども関心を寄せていた。政府は昭和天皇が崩御した1989年1月7日の午後、「元号に関する懇談会」を開き各識者の意見を聴衆。「修文」「正化」などの案も出るなか、最終的に「平成」が全会一致で承認。同日午後2.10分には小渕恵三官房長官が「平成」改元を記者会見の席上行った。


[編集] 出典

「史記」にある「内平外成」、(内平らかに外成る)また「書経」の「知平天成」(知平らかに天成る)

天地ともに平和が達成される事

[編集] 平成年間の流れ

[編集] 政治・経済

終戦から60年を経て、30歳を過ぎても自分探しを求める未成熟さ、個人が家庭のあり方と対立してしまう不自然さ、日本人としての自信の喪失は、かつての戦争での敗戦で占領軍によって行われた財閥解体・農地改革などの社会構造の一大変革と並行して行われた日本の教育制度の変革によってもたらされたものであるという声も聞かれる。しかし実際は、敗戦後の占領政策というよりも、むしろ高度経済成長・そしてその後の経済大国時代に生じた極端な合理主義・拝金思想が社会全般にわたって蔓延され、その後のバブル崩壊後の構造不況下によってそれまで堅持してきた右肩上がりの価値観が崩壊しますます劣等意識として生じてきた現象だとする説も少なくない。また、現在では戦後復興期にみえたマルクス幻想や高度経済成長時代に一部の若者の間で生じたオカルト超能力ブームはもはや過去の産物となり、排外主義、ぷちナショナリズム症候群と称される自慰史観が一部のサラリーマン層や学生の間で浸透しているのも黙過できない事象ではある。


世界屈指の豊かな国となった日本は、表面的な生活と文化は欧米的に進歩し、自由と平等を謳歌し、これらの基盤の上に現在の日本独自の文化が生まれるようになった。しかし、1980年代後半からの異常な好景気(バブル景気)が平成の幕開けとともに崩壊し、その後の10年の間に経営の建て直しが出来なくなってきた数多くの企業が倒産、もしくは欧米系外資に買収された。 企業の国際化によって人的な国際流動が活発となり、また、低賃金で働く発展途上国出身者を雇うなど社会の国際化が進んだ。価値観の多様化・個人主義の流れの中、戦後に確立した日本の社会価値観は変化した。家族の多様化に伴う共通価値観の変化、少年による凶悪犯罪の増加、長期の不況に伴う窃盗・強盗の増加、国際化に伴う異文化接触と外国人犯罪の増加など、繁栄の負の側面に触れる機会も増えてきた。

戦後の日本経済の高度成長はもはや過去のものとなり、低成長時代に移行した。更に2000年になると、デフレ(マイナス成長)時代が続くようになる。このため一方では構造不況が指摘され、また他方では構造改革が主張されている。いずれにせよ経済の構造が問題とされているようになっているところに時代の転換点が示されている。


[編集] 国際情勢

昭和天皇の崩御とベルリンの壁の崩壊が1989年(平成元年)に起こったので、世界史的には平成はポスト冷戦時代といわれている。

1991年にソビエト社会主義共和国連邦は、領土を構成していたすべての共和国が独立して、解体した。その後、新たな世界構造を模索する状態が続き、日本は国際連合に協力して海外で国際平和維持活動を展開するようになり、米国主導の湾岸戦争に資金援助をしたりするようになっていたが、新しい外交の方針は定まらずにいる。

冷戦期を通じて整備されていった自衛隊は、ついには驚異的な経済力に比例して金額ベースでは世界屈指になったにもかかわらず、行政が合憲と解釈し、裁判所も憲法判断を避けるという、明治憲法下の統帥権の問題にも似た議論がなされてきたが、21世紀を迎える頃になって、湾岸戦争国連平和維持活動イラク戦争などの現実に直面し、憲法改正の議論が以前よりも高まりを見せたといわれている。

海外では、アジア諸国、中国韓国マレーシアベトナムなどの経済発展が顕著となり、日本だけがアジアで経済的繁栄を誇ってきた時代とは様変わりしてきているのも特徴である。

隣国である韓国とは2002年FIFA ワールドカップを共催した。また、北朝鮮との間で日本人拉致事件等を含めた問題が深刻化している。

[編集] 主な出来事

1989年 昭和天皇崩御を受けて皇太子明仁親王即位。

1989年 中国天安門事件がおこる。

1989年 連続児童殺害の宮崎勤容疑者逮捕。

1989年 ソ連東欧民主化、激震。

1990年 11月・即位の礼を行う。

1990年 バブルの崩壊、経済不況がはじまる。

1991年 ソビエト連邦の崩壊。

1992年 細川連立政権の誕生(自民党がはじめて野党となる)

1993年 皇太子徳仁親王、外交官の小和田雅子とご成婚。

1995年 阪神淡路大震災がおこる。

1995年 オウム真理教による地下鉄サリン事件がおこる。

1999年 ご即位10年の奉祝式典を皇居前広場で行う。

2000年 香淳皇后崩御

2001年 小泉純一郎、首相に就任する。

2002年 拉致被害者の帰国

2006年 北朝鮮によるミサイル発射。北海道西方沖に落下する。

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