聖書ヘブライ語入門/ダゲシュ・母音記号/母音符号

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ティベリア式母音符号は,文字の下( ר,ז,ו,ד では縦線の下,その他は中央,ただし ך ではそのふところ)に書かれて,その文字の表す子音に続く母音を表す.ただしホーレムは左肩に書かれる.

符号 転写 名称
ִ i ヒーレク חִירֶק אִם 'im
י ִ ī 大ヒーレク חִירֶק מִי
ֶ e セゴール סְגוֹל בֶּן ben
ֵ ē ツェーレー צֵרֵי אֵם 'ēm
ַ a パタハ פַּתַהּ מַן man
ׇ ā (大)カーメツ קָמֶץ מָן mān
ׇ o (小)カーメツ קָמֶץ כָּל־ kol
ׂ ō ホーレム חוֹלֶם מוֹל mōl
ֻ u キブーツ קִבּוּץ מֻלִּי mullī
וּ ū シューレク שׁוּרֶק מוּל mūl


これらの母音符号の音価は,中近東・欧州各地のユダヤ教諸共同体で伝承される過程で,どの言語においてもそうであるように,変化を遂げ,多少とも相異なる様々な姿を呈するに至った. 近世以降の欧州の学者が採用した発音は,セファラディーム סְפׇרָדִים と呼ばれるスペイン系ユダヤ人のもので,現代ヘブライ語の標準的発音もだいたいこれに拠る.

しかしティベリア式母音符号は,本来は母音の長短を区別することなく,音色だけを区別するものであった,と推定される. すなわち,

‏־ִ‎:i, ‏־ֵ‎:e, ‏־ֶ‎:ɛ, ‏־ַ‎:a, ‏־ָ‎:ɑ, ‏־ָ‎:ɔ, ‏־ׂ‎:o, ‏־ֻ‎=‏וּ‎:u,

のようであったと考えられる.我々は e:ɛ, ɑ:a, o:ɔ の対立をそれぞれ,ē:e, ā:a, ō:o の対立と解釈し,さらに i, u の完全表記と不完全表記の対立をそれぞれ ī:i, ū:u の対立とすることによって,上に掲げた単純で均斉の取れた母音体系が得られる,と考える. こうすると日本語話者にも発音が容易になるのであるが,だからといってこれは,初学者のための便法とは必ずしもいいきれない,実情に即した点も含んでいるのである.


ところで伝承学者たちは,既に確定されていた聖書本文そのものには手を加えることなく,「完全表記」された語にも,「不完全表記」の語に対するのと同じように母音符号を付けたから,前者は文字と符号とによる二重の母音表示を持つ結果となった.したがって,例えば,完全表記された דָּוִיד と,不完全表記の דָּוִד が同一の語であるとすると,いずれも dāwid と読まれるか,そうでなければ二つとも dāwīd と読まれるべきであろう.とすると, ヒーレクִ は i, 大ヒーレク י ִ は ī という区別は事実に合わぬように見えるかもしれない.しかし我々はこの長短の対立を認め, דָּוִיד dāwīd と דָּוִד dāwid はいずれも一つの語の異形だと考えるのである.

カーメツには ā と o の二つの音価がある.その判別法は後述する. 次の練習ではすべて ā と読まれる.子音で終わる語は אָב 'āb のように原則として語末字には何もつけない.

a, e, i, o は日本語ア,エ,イ,オで差し支えない.u は唇を丸めて作るウの音である.