本項は高等学校数学Cの「数学的な表現の工夫」の解説です。
- 第1節「データの表現方法の工夫」では、身近な事象に関するデータを種類や目的に応じて表現する方法について学びます。
- 第2節「行列による表現とその演算」では、データの行列を用いた表し方と行列の基礎的な演算について学びます。
- 第3節「離散グラフによる表現」では、離散グラフを用いた表現方法と離散グラフを活用した問題解決について学びます。
- 第4節「行列の応用」では、前々課程数学C「行列とその応用」にて扱っていた発展内容と大学で学ぶ線形代数学のうちごく基礎的な内容を扱います。
- 第5節「コラム集」では、行列が身近な場面や今まで高校数学で扱ってきた分野に応用されている例を紹介します。
ベクトルを履修後に学ぶことを推奨します。
データの表現方法の工夫[編集]
パレート図[編集]
バブルチャート[編集]
行列による表現とその演算[編集]
行列による表現[編集]
次の表は、ある月の第一週と第二週における、2つの店X, Yでの、3種類の色のボールペンの販売数を表したものである。
[第一週]
[第二週]
この表を、数字の並びを括弧で囲んだもので表すと、以下のようになる。
上のように、いくつかの数や文字を長方形状に並べて両側を括弧で囲んだものを行列という。括弧の中のそれぞれの数や文字をその行列の成分という。行列は普通、大文字のアルファベットで表す。また、括弧は大括弧[]を用いても良い。
成分の横の並びを行、縦の並びを列という。行は上から、列は左から数える。m個の行とn個の列からなる行列をm行n列の行列(m×n行列)と呼ぶ。特に、行と列の個数が等しいn×n行列をn次の正方行列(あるいは単にn次行列)という。また、第i列と第j列の交わるところにある成分を(i, j)成分という。
例えば、上の行列Aの(1,2)成分は64である。
m×n行列の(i, j)成分は普通、と表される。つまり、である。
ただ1行からなる行列を行ベクトル、ただ1列からなる行列を列ベクトルという。また、1や3+iのような定数は1×1行列と考えることができる。
2つの行列X, Yについて、行数と列数が共に等しいとき、「XとYは同じ型である」という。行列X, Yが同じ型且つ対応する成分がそれぞれ等しいとき、「XとYは等しい」といい、と書く。
上の行列Aの第2行に現れる成分の和を求めよ。
第2行にある成分は78, 45, 36であるため、
上の行列A, Bは同じ型であるかどうか答えよ。
行列Aも行列Bも2×3行列であるため、同じ型である。
行列の和と差[編集]
同じ型である複数の行列については、四則演算を考えることができる。ここでは、2つの行列の和と差を考える。
同じ型の2つの行列X,Yの対応する成分の和を成分とする行列をXとYの和といい、と表す。同様に、同じ型の2つの行列X, Yの対応する成分の差を成分とする行列をXとYの差といい、と表す。
例えば、上の行列A, Bは同じ型であるから、その和と差はそれぞれ以下のようになる。
全成分が0である行列を零行列といい、型と無関係にと表す。
行列の加法と減法について、以下の性質が成り立つ。
交換法則
結合法則
零行列と加減法
,
行列のスカラー倍[編集]
任意の定数kについて、行列Xの各成分のk倍を成分とする行列をで表す。
上の行列A, Bについて、その和は第一週の販売数と第二週の販売数の合計を表すので、倍した値は平均値となる。とおくと、第一週の販売数と第二週の販売数の平均値は、
となる。
行列に対して、の時は, の時は、の時はのように表す。また、aを正の数とするとき、
より、これらを単にのように書く。
行列のスカラー倍について、を定数として以下の性質が成り立つ。
結合法則
分配法則
,
は実数に限らず、複素数でも良い。
行列の積[編集]
ここまでの内容を見返したとき、「似たような内容やったことあるな」と感じた人もいるだろう。
実は、ここまで見てきた行列の演算は、全てベクトルの成分演算を拡張したものになっている。
例えば、としたとき、
である。
このとき、あるいはのように書き、行列とみなして計算しても同じ結果が得られる。
ここから、「行列はベクトルを拡張したもの」ということがわかる。
そこで、行列の積もベクトルの演算を拡張する形で定義しよう。
高校範囲において、数における掛け算に相当するベクトルの演算としてベクトルの内積があった。
内積を忘れてしまったという人向けに書いておくと、
- 2つの平面ベクトルの内積は
- 2つの空間ベクトルの内積は
である。
ここで、をm次の列ベクトル、をm次の行ベクトルとみなし、と同じ結果になるように行ベクトルXと列ベクトルYの積XYを定義する。
すなわち、
に対し、
と定義する。
次は、これを元に一般の行列の積を考える。
行列Aの列数と行列Bの行数が等しいとき、Aの各行の成分の個数とBの各列の成分の個数が一致するから、積ABを考えることができる。
例えば、3つの列ベクトルP, Q, Rを並べた行列をSとおく。
このとき、行ベクトルAと行列Sの積はである。
同様に、3つの行ベクトルK, L, Mを並べた行列をNとおくと、列ベクトルBと行列Nの積はである。
この2つから考えて、Aがl×m行列、Bがm×n行列のとき、積ABを、Aの第i行を取り出した行ベクトルとBの第j列を取り出した列ベクトルの積を(i, j)成分としたl×n行列と定める。
- 例題
- 以下を計算せよ
- 解答
なお、上とは別の方法で定義された行列の積もある。そちらの計算結果はこちらとは大幅に異なる。詳しくは「w:行列の乗法」を参照。
行列の乗法について、kを実数として以下の性質が成り立つ。
結合法則
,
分配法則
,
なお、結合法則の式において、あるいはとなる場合、このaは1次行列であることに注意(行列の演算結果として出てきた一次行列を普通の定数とみなしてスカラー倍計算することはできない)。
- 例題
- , , について、以下を計算せよ。
- AB
- BA
- AC
- CA
- 解答
上の例題からわかるように、行列の乗法では交換法則は一般には成り立たない
交換法則が成り立つ、すなわちであるとき、「AとBは交換可能(可換)であると」いう。
なお、上の例題においては、である。
時間があったら確かめてみよう。
先ほど、「Aがl×m行列、Bがm×n行列のとき、積ABはAの第i行を取り出した行ベクトルとBの第j列を取り出した列ベクトルの積を(i, j)成分としたl×n行列」と定めたが、lとnが一致しない場合はが計算できない。一般に、AとBが同じ次数の正方行列ならばともに計算できる。
次の表は、太郎君の家で4月から7月までにスーパーで買った、飲食料品と他の商品の税込価格の合計である。
| 飲食料品費 | 他商品費 |
4月 | 74520 | 15400 |
5月 | 68040 | 12100 |
6月 | 75600 | 13200 |
7月 | 69120 | 14300 |
消費税が飲食料品に8%、他の商品に10%掛かっているとして、この表から税額を計算したい。
この表を行列で表記するとであり、第一列と第二列にそれぞれを掛けられるような行列を考える。そのような行列をとおくと、である。第一列、第二列の成分を見ると、条件を満たしていることがわかる。
一般に、行列の左上の成分と右下の成分を結んだ対角線を主対角線といい、主対角線上の成分を対角成分という。対角成分以外の成分が全て0である正方行列を対角行列という。列ごとに定数倍したい場合、対角行列を掛ければ良い。
n次の対角行列において、対角成分が全て1であるものをn次の単位行列と呼び、で表す。
例えば、2次の単位行列はである。
n次の正方行列をAとすると、n次の単位行列, n次の零行列との間には次のような関係がある。
これは、実数における1、0の掛け算と同様の性質である。
- 例題
- , の積ABを計算せよ
- 解答
上の例題のように、実数とは異なりかつであってもとなる場合がある。
逆行列[編集]
0以外の実数において掛けたら1になるような数、逆数を考えたのと同様に、正方行列に対し、掛けたら同じ型の単位行列になるような行列を考える。この行列を逆行列といい、と表す。
正方行列の逆行列が存在するならば、はただ一つに定まり、を満たす。
2つの実数の商を「割られる数と割る数の逆数の積」で定義したように、2つの行列の商を「割られる行列と割る行列の逆行列の積」と定義することができる。注意しなければならないのは、行列の積は先述の通り一般には可換でないので、実数のように分数表記を用いることはできない。
単位行列の逆行列を考える。単位行列の逆行列をとおくと、逆行列の定義からであり、単位行列の性質からであることからが成り立つ。すなわち、単位行列の逆行列はその単位行列自身である。
次に、零行列の逆行列を考える。逆行列の定義は「元の行列と掛けたら単位行列になる行列」であり、零行列は他の行列との積が必ず零行列になるため、零行列の逆行列は存在しない。
これらは実数における「1の逆数は1自身」「0の逆数は存在しない」という性質と同様である。
2次行列の逆行列について考える。
に対しとすると、であり、が成り立つ。すなわち、逆行列の定義よりである。
ただし、の場合、は逆行列を持たない。
正方行列Xに逆行列が存在するなら「Xは正則である」といい、存在しないなら「Xは特異である」という。逆行列が存在する正方行列を正則行列、存在しない正方行列を特異行列という。
2つの正則行列について、が成り立つ。
これは、との計算結果がともにとなることから明らかである。
発展:転置と表操作[編集]
行列に対し、その列と行を入れ替えた行列をの転置行列といい、と表す。からを作ることを、「Aを転置する(Aの転置をとる)」という。
例えば、に対し、である。
また、列ベクトルの転置は行ベクトルとなる。
その定義より、である。
X, Yを同じ型の行列、kを定数とするとが成り立つ。
また、行列とその転置行列について、が成り立つ。
を満たす行列を対称行列、を満たす行列を交代行列という。
例えば、対角行列は対称行列である。
対称行列かつ交代行列である行列はのみである。
また、任意の正方行列に対し、が成り立つ。このとき、は対称行列、は交代行列であることが、それぞれの転置をとることで確認できる。
正則行列Aに関して、が成り立つ。
この節の最初に「行列は数や文字を長方形状に並べたもの」と述べたが、行列の積を考えるときに「行列は数ベクトルを1方向に並べたもの」という考え方を使った。
この考え方を用いると、以下が成り立つことがわかる。
を同じ型の列ベクトルとすると、についてである。
行列がm×n行列であるとき、その転置行列はn×m行列である。そのため、とは常に計算可能である。また、計算結果は対称行列となる。
となる正方行列Aを考える。このような行列を直交行列という。
一般に直交行列は正則行列であり、が成り立つ。直交行列の逆行列は直交行列であり、上式から直交行列の転置行列も直交行列である。2つの直交行列の積もまた直交行列になる。
次の表は、3人の中学生Aさん, Bさん, Cさんの定期テストの点数を表した表である。
| 国語 | 数学 | 英語 | 理科 | 社会 |
A | 65 | 82 | 78 | 96 | 67 |
B | 85 | 63 | 90 | 65 | 94 |
C | 98 | 76 | 70 | 85 | 90 |
この表を行列で表すと、である。
この行列から一部の行や列のみを取り出すことを考える。
例えば国語の点数(一列目)のみを取り出したい場合、という行列を右から掛ければ良い。実際に計算すると、である。
ここで、一つの成分が1で残りの成分が0である列ベクトルを基本ベクトルといい、1である場所が上からi番目であるとき、と表す。例えば、上の計算で用いた5次列ベクトルはである。なお、この記号は列ベクトルの型によらず用いるため、常に型に注意する必要がある。
複数列を抽出する場合、取り出したい列を とすると、Pに行列を右からかければ良い。
また、複数列の抽出を応用することにより、表の列を並べ替えることができる。
例えば、上の表の点数を「英語, 数学, 国語 , 社会, 理科」の順に並べ替えたい場合、を計算すれば良い。
行に対して操作する場合、基本ベクトルを転置して左から掛ければ良い。
例えば、Cさんの点数を抽出する場合、と計算する。
複数行の抽出や行の並べ替えも同様にできる。
例えば、「Cさん, Aさん, Bさん」の順番で並べる場合、を計算すれば良い。
一般に、各行各列に1が一つづつ配置され、残りの成分が全て0である行列を置換行列という。単位行列は置換行列かつ対角行列である唯一の行列である。置換行列は直交行列でもある。
次に、各行・各列の和を求めることを考える。
行列の積を考えたとき、先に列ベクトルと行ベクトルの積を考えた。その考え方を用いると、各列の和を求めたい場合、元の行列に成分が全て1である列ベクトルを右から掛ければ良い。
ここでは、全ての成分が1であるn次列ベクトルをと表すこととする。
例えば、上の表で3人の点数の合計を計算すると、である。
各行の和を求める場合、を左からかければ良い。
また、掛ける数ベクトルの成分の値を変えることにより、目的に応じてさまざまな合計を出すことができる。
ここまで行列の積・転置操作の応用として表操作を見てきたが、もう一つ応用を考えよう。
2つのベクトルの成分を列ベクトルを用いてと表す。
このとき、である。
とおくと、
となる。
特にのとき、である(ただし、はとの成す角)。
ここまで行列のさまざまな演算を見てきたが、普通の数と同様に演算順が決まっている。
具体的には、
- 括弧の中の計算
- 逆行列・転置をとる計算
- スカラー倍・積の計算
- 和・差の計算
を式の左側から順に行っていく。
離散グラフによる表現[編集]
一筆書き[編集]
最短経路[編集]
離散グラフと隣接行列[編集]
経路の数え上げ[編集]
発展:行列の応用[編集]
連立一次方程式[編集]
一次変換[編集]
行列式[編集]
アフィン変換[編集]
コラム集[編集]
基本取引行列[編集]
確率行列[編集]