ロジバン/音韻論

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』

概要[編集]

ロジバンでは音声が基盤となって文字が派生する。発音にたいする綴りの忠実さを維持できるかぎりではどの文字体系の使用も認められる。したがって“公式”のアルファベットを持たない。言文が一致するということが前提となっているので、書言葉は口言葉と表裏一体であり、音韻論の明確さは表記法の精巧さに反映される。

本稿(ならびに一般の言語学記事)では音に関して2種類の括弧を使い分ける。/ / は、言語がその要素として有する限られた音の単位、音素を記す。 [ ] は、実際の物理的な音の性質、音声を記す。たとえば日本語の「羊」は、/hitsuji/、[çiʦɯʥi] となる。ロジバンでは一般に前者がASCII文字で、後者が国際音声記号(IPA)で表される。

まずロジバンの音声と他言語の表記文字がどのように対応しうるのかを以下に示す。ASCII文字に加え、順にキリル文字ギリシア文字グルジア文字ヘブライ文字アラビア文字デーヴァナーガリー文字ハングルを挙げている。

IPA ASCII Кириллица Ελληνικό ქართული עִבְרִית عربي देवनागरी 한글
ʔ . . . . . . . .
h/θ ' ' ' ' ה ه
, , , , ע ء , ,
m m м μ מ م
f/ɸ f ф φ פ ف फ़
v/β v в ו
p p п π פּ پ
b b б β בּ ب
s s с σ שׂ س
z z з ζ ז ز ज़
ʃ/ʂ c ш שׁ ش
ʒ/ʐ j ж ז ژ
t t т τ תּ ت
d d д δ דּ د
k k к κ כּ ك
g g г γ גּ گ
x x х χ ך خ ख़
l l л λ ל ل
n/ŋ n н ν נ ن
r/ʀ/ɾ/ɽ/ʋ/ɹ/ʁ/ɺ r р ρ ר ر
IPA ASCII Кириллица Ελληνικό ქართული עִבְרִית عربي देवनागरी 한글
a/ɑ a а α ‎ָ /َ /
ɛ/e e э ε ֶ /ِ /
o/ɔ o о ο ָ /ُ /
i i и ι ִ ی ‎
u u у υ ֻ و‎◌
ə y ъ ا

一つの文字が複数の音声に対応しているのは、話者達の母語背景の相違を緩和するためである。たとえばフランス人が /r/ を [ʁ] と発音してもポーランド人はこれを /r/ の枠に当てはめて正しく解せるようになる(ただしこれは聞き手のポーランド人が [ʁ][ʁ] として識別できることが条件である)。反対に、同じ音が複数の文字によって表されるということはない。たとえば英語では [k] が k だけでなく c でも表されるが、このようなことがロジバンにはない。

アスキー式[編集]

/,/ や /./ は発音の決定に関与する文字であり、自然言語にみられるような構文上の符号としての意味合をもたない(文や節の始末関係をロジバンは記号ではなく言葉で表す)。


強勢

大文字は、多くがロジバン以外の言語に由来することになる固有名詞の不規則的・恣意的な強勢の箇所を示すために使われる。該当音節について母音だけを大文字にするか或いは音節全体を大文字にするかは記述者の好みによる選択となる。たとえば第一音節に強勢が置かれる Josephine という英語名は /DJOzefin/ とも /djOzefin/ ともできる。このような表示がとくに無い場合、最後から二番目の音節を強勢とするデフォルトの原理にしたがう(つまり /djozefin/ の強勢は /ze/ )。大文字の代わりにアクセント符号を使ってもいい:

djózefin
fukú,oka
nu,iórk


二重母音

連続する母音字の組み合わせにはデフォルトで二重母音となるものがある:

  • ai, ei, oi, au
  • ia, ie, io, ii, iu, iy
  • ua, ue, uo, ui, uu, uy

後二段はロジバンに内来の単音節の語そのものあるいは外来の語の一部としてのみ用いられる。 /ai/ei/oi/au/ はより普遍的に用いられる。ちなみに /ia/ や /ua/ などの頭の狭母音は接近音である。

二重母音の形成を防ぐには該当の母音字同士の音節境界を /,/ で示す。たとえば [a.o.i] (葵)という母音のまとまりは /ao,i/ と表す( /ao/ は二重母音を形成しないので区切が不要)。 [a.oj] でもかまわない場合は /,/ を加えずにそのまま /aoi/。同様の原理から、「永久・とわ」は /toua/、「東亜・とうあ」は /tou,a/、「東和・とうわ」は /tou,ua/ である。不必要な /,/ を加えてそれぞれ /to,ua/、/to,u,a/、/to,u,ua/ としても誤りにはならない。「とう」の部分を2モーラ1音節とみなすなら /u/ を取り除く(ロジバンではモーラを数えない)。


{,}と字間

定義上、 /,/ は音声要素を持たない。しかし、連続する二つの母音を二つの音節として分けるときには声門破裂として出現してもおかしくはない。この点ではスペース、字間と同じである。 /tou,a/ における /u/ と /a/ の間の区切あるいは声門破裂は /tou a/ における字間と、音韻論上は等価である。ただし両者のこの二例の間には形態論上の違いがある。前者は三音節からなる一つの語だが、後者は二音節の語と単音節の語とに分裂している。前者の強勢は /toú,a/ となるが、後者は /tóu a/ となる。音節の切断を明示しながらもそれらを一つの語としてまとめ上げるのが /,/ であるのにたいし、形態と音韻の両面を切断するのが字間である。よって /,/ の役割を字間が代替することはできない。

ロジバンは明確な形態論に支えられているので、強勢が明示されているという条件下では字間をまったく使用しなくとも語の識別が可能である(そしてこれは音声を媒体とする実際の口言葉を翻字するうえでより的確な表記でもある)。換言すれば、デフォルトの強勢を明示するという手間を省くうえで字間が有意義となっている。

doklámalezárcilezdánicu'ula.kinócitan.
doklAmalezArcilezdAnicu'ula.kinOcitan.

この文字列には字間がまったく無いが、正確に解析できる。まず、太字の箇所が強勢である。二つの /./ で区切られている範囲(cmevla )内の強勢は非デフォルトのものであり、その外にあるのは全てデフォルトの強勢すなわち語の最後から二音節目を示している。このことから次のような境界が明らかとなる:

dokláma lezárci lezdáni cu'ula.kinócitan.
doklAma lezArci lezdAni cu'ula.kinOcitan.

do ・ le ・ cu'u ・ la はいずれも形態論的に自立しているのでさらに次のように峻別できる:

do kláma le zárci le zdáni cu'u la .kinócitan.
do klAma le zArci le zdAni cu'u la .kinOcitan.

元の dokláma / doklAma で示されているのはデフォルトの強勢なので doklá ma / doklA ma (最終音節)でなく do kláma / do klAma(最終二音節)と解されるわけである。 la.kinócitan. / la.kinOcitan. では /./ によって予め非デフォルトの範囲が設定されているので形態論上の境界が曖昧となることがない。

字間を用いた最後のこの例ではデフォルトの強勢位置が明らかなのでアクセント符号や大文字化を省いて次のように書ける:

do klama le zarci le zdani cu'u la .kinócitan.
do klama le zarci le zdani cu'u la .kinOcitan.

ちなみに cu'u も一つの固有語なのでデフォルトに準じて cú'u / cU'u と発音することは誤りではない。しかし ... cu'ula ... という繋がりには連続子音が含まれていないので brivla とは混同されず、また末尾が子音でもないので cmevla とも混同されず、結果として二つの ma'ovla と解されるのが必然となる(詳細は形態論を参照)。したがってその強勢の明示は不必要である。いわく ma'ovla の強勢発音は必須ではない。


{'}と母音対

/'/ はロジバンにおける音素(語彙弁別の手掛かりとなる音声要素)の一つではあるが、或る母音から別の母音に発音を円滑させるという特殊な用途のみに使われる。母音間にあることが前提なので、無音に隣接するような箇所(たとえば /,/ やスペースの前後どちらか)には置かれず、置くことの意味もない。結果として語頭や語尾で /'/ を見かけることがない。 /'/ に関した有用な概念として「母音対」というものもある。発音上の円滑要素として /'/ を挟んで対を構える二つの母音のセットのことをいう。以下の組み合わせが考えられる:

a'a a'e a'i a'o a'u a'y
e'a e'e e'i e'o e'u e'y
i'a i'e i'i i'o i'u i'y
o'a o'e o'i o'o o'u o'y
u'a u'e u'i u'o u'u u'y
y'a y'e y'i y'o y'u y'y

/y/ を含む母音対は外来の言葉のものであり、ロジバンの固有語の音としては存在しない。唯一の例外が /'/ の文字名 .y'y. である。


緩衝母音

母語による習慣的制約によって子音を続けて発音することに難しさを覚える人(日本人など)を考慮して、規定の六つの母音との違いを維持するという条件で子音の間に緩衝用の短い母音を挿入することが許容される。その結果として口にされる音節は文法からは無視される。


音節的子音

/l/m/n/r/ は音節的子音として発音してもよいが、形態論上は一貫して無音節子音とみなされる。 Earl のように音節的子音を二つ以上含む人名などをロジバン化して cmevla にする場合も、必須の語尾子音として /l/ をそのまま用いることができる。


連続子音

母音を挟まずに連なる子音のことを連続子音(consonant cluster)という。ロジバンでは以下の連続子音が許容されていない:

  • 同じ子音によるもの: pp, bb, ff, vv, cc, jj, ss, zz, tt, dd, kk, gg, xx 等
  • 同系統の子音(有声/無声の面以外で特徴が一致する子音)によるもの: pb, bp, fv, vf, cj, jc, sz, zs, td, dt, kg, gk 等

言語のほとんどがそうであるようにロジバンもまた“どういった文字列が単語の先頭となれるか”についての傾向を持っている。ただしこれは法則としてごく体系化されており、日本語や英語よりも広範囲の連続子音を許容している:

pl pr fl fr
bl br vl vr
cp cf ct ck cm cn cl cr
jb jv jd jg jm
sp sf st sk sm sn sl sr
zb zv zd zg zm
tc tr ts kl kr
dj dr dz gl gr
ml mr xl xr

このように、基本的に有声音と無声音の対( sp-zb 等)で多くの一致がみられる。母音に関しては制限が無い。

[ts] といった連続子音と [t͡s] のような二重調音は同じものとして扱われる。よって [tsa][t͡sa] は共に tsa と表記される。日本語の「つぁ、つ、つぉ・・・」「ちゃ、ちゅ、ちょ・・・」はそれぞれ tsa, tsu, tso..., tca, tcu, tco... となる。


促音と長音

日本語の促音「っ」や長音符「ー」はどう表すか。以下のような処置が考えられる:

とっちゃん .tot.tcan.
どっかーん .dok.kaan.
どんだけ~ .dondakeen.
バケラッタメーン .bakerat.tameen.
うっきっきー .uk.kik.kiiin.

kiiin では初め2つの i が二重母音を形成し、これを3つめの i が音節数的に伸ばし、 n が結んでいる。