コンテンツにスキップ

利用者:Sethemhat/sandbox

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』

必須単語群

[編集]

2子音文字

[編集]
ヒエログリフ MdC 動詞 名詞 形容詞 副詞
mn
mn establish established
ra
ra Ra
E1
kA bull

soul

D28
kA soul
F31
ms bear birth
N16
tA land
N36U7
mr beloved by
nb
nb possess load
W19
mi like
N28
xa appear appearance

White Clown

S1
HD White Clown Dazzling

Briliant

D37X8
rDi, rdi, di give
F34
ib heart
G5
Hr, bik Horus, falcon
aA
aA (音符)
mA
mA
xt
xt
G25
Ax soul beneficial
G36
wr great
G38
zA son

3子音文字

[編集]
ヒエログリフ MdC 動詞 名詞 形容詞 副詞
F35
nfr beautiful, perfect
nTr
nTr god divine
U21
stp chosen by
L1
xpr manifest manifestation

form

R4
Htp satisfy(動詞), offering(名詞)
wsr
wsr powerful
D43
nxt strong
C12
imn Amen
mAa
mAa
U4
mAa

4文字以上

[編集]
ヒエログリフ MdC 動詞 名詞 形容詞 副詞
M23t
n
nswt king
mAat
mAat Maat

justice

ヒエログリフ MdC 動詞 名詞 形容詞 副詞
N1
pt sky
R11
Dd stable, pillar
N26
Dw
O1
pr house
Q1
st 複数
T21
wa unique
U36
Hm servant
V10
rn name
V16
sa
W3
hb
ヒエログリフ MdC 動詞 名詞 形容詞 副詞
hofe hoge
F23
xpS strong (arm)
D45
Dsr holy, sacred
S42Y8
sxm powerful
F25
wHm repeat
V29
wAH
S34
anx
F36
zmA unite
M13
wAD flourish
M29
nDm please(喜ぶ)
Sps
Sps
S40
wAs(t) Thebes(地名、テーベ)
S12
nbw gold, golden
S38
HqA rule, ruler
U28
wDa property
S23
dmD total
T12
rwD to be firm
U17
grg found
U22
mnx to be worthwhile
V15
iT seize
I1
aSA numerous
I4
sbk Sobek(神)

エジプト文明

[編集]
世界史B教科書などの大学受験関連書物で用いられているカタカナ表記は、すでに日本のエジプト学では用いられなくなった古い言い方または全く用いられたこともないものです。また、「アメン」と「アモン」は全く同じ神にも拘わらず、「アメン」ホテプ4世が「アモン」神を信仰という矛盾した文章になっています。しかしながら、本項目では受験生が読者であることを鑑み、やむを得ず表記を山川出版社のカタカナ表記に合わせ、エジプト学での一般的な表記は脚注に送りました。受験生以外の一般読者の方は、脚注の表記が基本と思ってください。

この項目では、高等学校世界史Bにおける古代エジプト文明について概説する。太字の場所は暗記事項である。

概要

[編集]
王朝時代における主要都市の場所を示した地図。メンフィスとテーベの位置をおさえておくこと。

エジプトはアフリカの右端に位置し、国土には世界最長のナイル川が流れている。ナイル川の水は定期的に氾濫し、その水を引く灌漑農業によりエジプトは栄えた。これをギリシャの歴史家ヘロドトスは、「エジプトはナイルの 賜物 ( たまもの ) 」と評している。

また、毎年のナイル川の増水の時期を予測するために天文観測技術が発達し、60進法および1年を365日とする太陽暦がつくられた[注釈 1]。また農地の配分などのため、測地術が発達し、幾何学などの数学が発達した。

用いられた文字ヒエログリフ(Hierogryph, 神聖文字)は、崩し字であるヒエラティック(Hieratic, 神官文字)およびデモティック(Demotic, 民衆文字)へと発達し、デモティックはアルファベットの基礎となった。

歴史

[編集]

エジプトは上エジプト (Upper Egypt)と下エジプト (Lower Egypt)に分かれ、エジプトという国がこの2つの国が統一されたものであるという意識は3000年のエジプトの歴史の中で常に存在した。

統一国家以前、エジプトでは氾濫したナイル川の水を効率的に農業に生かすための大規模な灌漑・治水工事を実行する必要が発生したため、共同体の権力は一人の人物に集中するようになった。これが王の原型である。また、紀元前3000年以前に州(ノモス)が成立した[注釈 2]

紀元前31世紀ごろ、上エジプトの王ナルメルが下エジプトを征服し、ナイル川下流のメンフィス[注釈 3] (Menphis)を都とする統一王国を建てた。

エジプトには合計して30または31の王朝 (Dynasty)があったがその中で特に繁栄した時代を古王国時代、中王国時代、新王国時代という。

古王国

[編集]
三大ピラミッド。 左から右に、メンカウラー、カフラー、クフ(=ギザの大ピラミッド)。なお、手前の小さなピラミッドは衛星ピラミッドという。

都:メンフィス

古王国時代(前27世紀〜前22世紀)には、エジプトが最初に繁栄期を迎えた。例として、クフ(Khufu)王の時代には巨大なギザの大ピラミッド(Pyramid)が建造された。

中王国

[編集]

都:テーベ[注釈 4][注釈 5]

中王国末期、アジア系の異民族ヒクソス(Hyksos)がエジプトに流入し、権力が衰えたエジプト王家にとって代わりエジプトを支配した。ヒクソスは、馬と戦車で武装しており、ナイル川下流域のデルタ地帯を中心とする王朝を建てた。

新王国

[編集]

都:テーベ[注釈 6]

軍備を増強したテーベの王家はヒクソスを撃退し、新王国時代が開始される。「エジプトのナポレオン」とも言われるトトメス3世は、幾度もシリア・パレスティナ方面へ軍事遠征し、新王国時代最大の領土を築いた。

宗教改革

[編集]

新王国では、首都テーべの守護神アモン[注釈 7]と、古くからの太陽神ラーとが結びつき[注釈 8]、アモン=ラーという一柱の神としてまつられていた。この時、アモン神をまつる神官の権力が増大し、王はそれを疎ましく思った。

父王の影響で専制君主的に育ったアメンホテプ4世は宗教を、唯一神アトン[注釈 9]だけをまつるように変更し、従来の多神教を否定した。 また、アメンホテプ4世はみずからの名を、「アモン神を満足させる者」という意味のアメンホテプから、「アトン神に有益なる者」を意味するイクナートン[注釈 10]へと改め、都をテル=エル=アマルナ[注釈 11]に遷した。また、この時代では写実的なアマルナ美術が生まれた。

アマルナ美術の代表作である、アメンホテプ4世の妻ネフェルティティの胸像

王の死によりこれらの改革そのものは失敗し、その息子ツタンカーメン[注釈 12]の時代に、信仰は従来の多神教に戻された。

また、新王国時代にはラメス2世[注釈 13]によりアブ・シンベル神殿をはじめとする数多くの建築物が築かれた。

宗教

[編集]
ラー神

古代エジプトの宗教は、多神教であったが、その3000年の間の人々の思想の変化により変化を繰り返したため一概に説明することはできない。しかし、多くの時代で太陽神ラー (Ra)は祀られていた。

死者の書

エジプト人は霊魂の不滅と死後の世界を信じて遺体をミイラ化させ、埋葬した。また、パピルスに書かれた『死者の書(Book of the Dead)』を副葬品とする場合もあった。死者の書において、画像右端に座っているのは冥界の神オシリス (Osiris)であり、死者は自分の心臓と正義の羽が釣り合うかどうかを判断され、釣り合った場合は楽園へ行けるとされた。

文化

[編集]
ロゼッタ・ストーン

前述のように、エジプトではヒエログリフが用いられていたが、これはフランス人学者のシャンポリオンによって解読された。この解読のきっかけとなったのがナポレオンのエジプト遠征の際に発見されたロゼッタ・ストーンである。この碑文には (画像では上から順に)ヒエログリフ、ヒエラティック、ギリシャ文字の3種の文字で同じ内容が刻まれており、ギリシャ語との対比からヒエログリフは解読することができたのである。

また、パピルス草から作った紙であるパピルス(Papyrus)が発明され、数多くの文学作品がパピルスに書かれた。そのうちいくつかは、現在でも読むことができる[注釈 14]

注釈

[編集]
  1. ^ 現在のグレゴリオ暦においては、一年は365日ではない端数が存在するためうるう年を設けるが、エジプトは行わなかったため、4年に1日のずれが発生してしまった。このため、暦とは別に天文観測も行われた。
  2. ^ 州は上エジプトに22、下エジプトに20ある。
  3. ^ メンフィスはギリシャ語名で、エジプト語ではイネブ・ヘジュといい、「白い壁」という意味を持つ。
  4. ^ エジプト語でワセト。
  5. ^ 中王国時代全体として都をテーベとする教科書の一般的な記述は実際には正確ではない。中王国時代は王朝区分では第11~12(学者によっては13も含む)王朝であるが、このうち11王朝ではテーベが都である。しかし、12王朝初代アメンエムハト1世はイチ・タアウィに遷都し、これ以降(と13王朝)ではイチ・タアウィを都とした。
  6. ^ 同様にこの記述も正確ではない。新王国時代は第18, 19, 20王朝からなり、18王朝のアクエンアテン治世4年まではテーベ、アクエンアテン治世4年からツタンカーメン治世3~4年にはテル=エル=アマルナ、ツタンカーメン治世4年から19王朝ラメセス1世まではメンフィス、19王朝セティ1世から20王朝はペル・ラメセスである。
  7. ^ 「アメン, Amen」が一般的だが、エジプト学者の中にもアメンを用いる人(例:吉村作治、屋形禎亮、松本弥、吉成薫、A.J.スペンサー等)やアモンを用いる人(例:河江肖剰、ただしアメンの使用例もある)が存在する。
  8. ^ エジプト学用語で、習合という。
  9. ^ 「アテン, Aten」が一般的。アトンを用いる日本人学者はおそらく存在しない。
  10. ^ 現在はイクナートンの表記は全く用いられず、もっぱらアクエンアテンの名称が用いられる。
  11. ^ エジプト語でアケトアテン。
  12. ^ より厳密な表記ではトゥトアンクアメン
  13. ^ この表記も全く用いられず、通常ラメセス2世またはラムセス2世とされる。
  14. ^ 有名な作品に、古王国時代の『プタハヘテプの教訓』、中王国時代以前に存在した第1中間期の『メリカラー王への教訓』、中王国時代の『シヌヘの物語』、『難破した水夫の物語』がある。 教科書には中王国時代の事柄はヒクソスの侵入しか書かれていないが、特筆すべきことがないわけでは一切なく、多くの文学作品は中王国時代に書かれている。

テンプレートデータに関する情報

参考文献

[編集]
  • 松本 弥 『図説 古代エジプト文字手帳』 株式会社 弥呂久、1994年ISBN 4946482075
  • 松本 弥 『図説 古代エジプトのファラオ』 株式会社 弥呂久、1998年ISBN 4946482121
  • 松本 弥 『古代エジプトの神々』 株式会社 弥呂久、2020年ISBN 9784946482366
  • 吉成 薫 『ヒエログリフ入門』 株式会社 弥呂久、1999年ISBN 4946482121
  • A.J.スペンサー 『大英博物館 図説古代エジプト史』 近藤 二郎, 小林 朋則訳、原書房、2009年ISBN 978-4-562-04289-0
  • 屋形 禎亮, 大貫 良夫 et al. 『世界の歴史I 人類の起源と古代オリエント』 中央公論社、1998年