地政学/序説/目的と意義

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古代ギリシアの哲学者であったプラトンは理想国家を論じた『国家』の中で統治者に必要な資質を二つ挙げている。これは観想的能力と指導的能力である。そのうちの一つである観想的能力の観想(テオリア)とは「眺める」という言葉の語源でもあり、この場合では「物事から視点に距離、また高い位置に置いた上で観察する」という意味合いがある。これは国家指導者たるものは視野を全般的に持つ高度な知性の重要性を述べているものである。このようにプラトンは統治は一般市民に担えるものではなく職業政治家が不可欠だと考えていたが、その理由は通常の商業や農業などの職業はある程度目の前の業務の処理に専門化することによって能率を上げることが出来るが、政治家は国家を指導するために一般的な視点で事物を観察して問題解決するこの観想的能力という高度な知性が必要だからである。地政学の意義はこのプラトンの述べる観想的能力の必要と非常に合致している。

地政学の理論が展開する大胆で大雑把な国際政治の勢力構図は世界を巨視的に観察する上で非常に役立つ。国際関係を読み解く上で日本とアメリカにおける貿易総額、中国とインドの軍事費の比較、ヨーロッパ諸国の人口ピラミッド、インドの科学技術開発の状況などの微視的な研究は不可欠なものである。しかしながらサミュエル・ハンチントンが『文明の衝突』で述べているように「単純化されたパラダイム」すなわち複雑な地形を記号化した地図のようなものを巨視的に研究することもまた不可欠である。これは現実の整理という作業とも言える。複雑かつ膨大な情報でのみ伝達可能な現実を抽象概念やモデル化によって大いに単純化した上で、あらゆる現実を一つの地図上に示す作業である。[1]

このような大雑把な世界地図で国際関係の動向の全てを考察しようとすることが乱暴であることは勿論否めない。しかしながら地図は目的別に作成されるべきものであり、例えば観光でニューヨークを歩き回るならば市販されている市街の地図を読めば良く、また中東の軍事情勢を概観するためには国境と国名が記されているような政治地図ではなくより詳細な地形が記された地図が必要だろう。もし世界の大きな構造と動向を概観したい場合において、これに対応する地図が綿密な考察の上で作成されれば、国際関係の全てに当てはまることがなかったとしても、大きな国際政治の方向や世界的な国際構造の大体を一気に把握しようとする場合に非常に便利な地図であろう。この世界を概観するための大きな地図を作り、そして世界を「観想」することこそが地政学の意義であると言えるだろう。そしてこのような地図を示す地政学が各国の国家戦略を策定する上において非常に示唆に富んだものにもなるだろう。

参考文献[編集]

  1. ^ サミュエル・ハンチントン著、鈴木主税訳『文明の衝突』(集英社、2001年)33項-35項