地政学/理論/生存圏理論
フリードリヒ・ラッツェル(Friedrich Ratzel)とは19世紀ドイツの地理学者であり、太古からあった政治と地理の関係についての学問的な着想を政治地理学の体系化に先駆的な貢献を行った。1844年に宮廷近侍の子供として生まれ、薬学の勉学に励んで薬剤師となった。その後により広く自然科学に関心を持ったためにハイデルベルグ大学、イェナ大学、ベルリン大学で21歳までに地理学や動物学を学んだ。卒業後はフランス、イタリア、キューバ、メキシコ、ハンガリー、アメリカなどで新聞社に調査報告の記事を送りながら調査旅行を行っていた。そしてミュンヘン工科大学に赴いて教育を行い、そこでの研究と教育は人類地理学の先駆けとなった。さらにライプチヒ大学でも地理学の授業を受け持ち、そこで物理学者や歴史学者の影響を受ける。しかし体調を崩して1904年に59歳で死去した。
ラッツェルには国家というものが人民と土地から構成される生命体であるという前提がある。国家が持つ政治力は生物の組織体のように流動性があり、すなわち国家は成長していく生命体である。そのため国力は国土面積の広さに依存しており、領土の弱化は政治共同体である国家の弱体化となり、領土を失ったときに国家は死滅する。したがって国家には常にその生命力である国力に応じた領域を保持する必要があり、これを生存圏(Life space, Lebensraum)と言う。国境はその国家の内外を区分する境界であり、その膨張が他の国境と接触すると、双方がこれを打開するために武力を行使し、ここに戦争が勃発する。戦争に勝利すれば敵の国家の国土へと自国の領域を収奪してより国力を発展させていく。
以上のラッツェルの論の要点をまとめると以下のようになる。
- 国家は所用の生存圏を持つ生命体である。
- 国家の領域は外国の領土へ自国文化を浸透させていくことにより、自国の領域として取り込んでいく。
- 国家の成長は国民の増大によって進行していき、経済、宗教、文化などの拡大に従って政治力が拡大する。
- 従って国家はより小国を合併して巨大化する。
- 国境は国家の輪郭であり、国力の拡大や縮小に合わせて変動する。
- 国家は政治的な重要地域を優先的に吸収しようとする。
- 原始国家の領域拡張の誘因は外界からもたらされる。
- 領土拡張の一般的な傾向は国家間で伝染していき、その程度も増大していく。
- 地球においては超大国は一つしかありえない。
ラッツェルの理論は近代以降の外交や国際法が発展した国際関係のような世界観を前提にしていない。これはラッツェルが人類史の長期的な過程を国家の征服や大国の分裂という局面にあると考えているためである。ただし人間が生物であるために常に資源が必要であり、そのために国家は必要な生存圏を求めて拡張する、という考えは全時代的である。この国家という生命体が生命力の維持に必要な資源を求める方法には自国領域から得る方法、他国から得る方法、全く別の領域から得る方法があり、他国から得る方法には征服や支配による方法と外交交渉や通商による方法がある。このラッツェルの生存圏を中心とする理論は基礎的な理論であり、これがこのまま適用できるわけではないが、国家の歴史的な一般傾向を示している。