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文化と宗教

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』
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この教科書は駒澤大学の講義を基に作成しています。

文化とは何か?

  • 高尚な物 例 歌舞伎、茶道、華道
  • 生活様式(広義) 一日三食 衣食住全般

ここで扱う「文化」とは後者の方である。

「俗」と「天才」

時代が下るにつれ、世俗も向上していく、そしてときにはベートーベンのような天才があらわれ、「第九」のような作品を生み出す。しかし、それを取り入れるのは民衆である。斬新な物に見えるが、実は民衆によって広められるものである。ゆえに、ここでの研究対象は「俗」なのである。

カラーシンボリズム

「赤」という色がある。しかし、科学的に同じ「赤」であっても時と場合あるいは民族によって様々な意味合いを持つことになる。例えば「火」であったり、赤信号のように「危険」という意味や「血」を意味することもある。 色とはある特定のものを象徴するのである。「青信号」というのがあるが、科学的にみればそれは、「緑」である。それにも関わらず、我々は「青信号」と呼ぶ。これは文化的、民俗的視点によるものである。実際に欧米では青信号のことをgreen light(緑信号)と呼んでいる。

文化人類学的調査

ここでいう文化は先述したように「生活様式」のことである。人類学はAnthropologyの訳語で本来は「人間学」と呼ぶべき物であるが、今日では「人類学」が訳として定着している。さて、ここでいう人間は2つに分けられる。「生物としてのヒト」と「文化を持つ」である。

文化人類学的方法論

文化人類学の研究は、まず調査からはじまり、次にそれを記述(民族誌学)し、分析比較仮説立証、そしてモデルの作成へと到る。

文化人類学的調査

文化人類学においては住み込み調査や何度も現地を訪問する方法などがあるが、大切なのは現地の人との信頼関係、そして、価値中立的であることが大切である。例えばアフリカで学校を作り、子ども達を教えながら現地調査を行った和崎洋一の例などがある。他には現地の呪術師になって現地調査を行っている例がある。

フィールドワーク

実際に調査対象とする現地に赴いて調査をすることをフィールドワークという。フィールドワークは赤子のように、しかも価値中立的に行わなければならない。

  • 実態調査
  • 実地調査
    • エクステンシブ(エクステンスィブ)[Extensive]調査 - 広範囲
    • インテンシブ(インテンスィブ)[Intensive]調査 - 一極集中

このような調査の成果として有名なものは、

が挙げられる。

民族誌とは何か。

民族誌を作り上げるためには、まず予備知識が必要である。歴史書などをじっくりと読み、その地域についてのことを学ばなければならない。次にフィールドワークの実践である。そして、それを体系的に記述し、民族誌、つまりエスノグラフィー(ethnography)を作成する。民族誌は民俗誌と書かれる場合もあるが、前者は異なる文化、後者は同じ文化の時代ごとの研究である。それを研究するのが民族(俗)誌学という。

「花祭り」の事例

ここで、早川考太郎の最も有名な民族誌の1つ『花祭』からの事例を取り上げてみよう。通常、花祭りとは、4月8日の釈尊降誕会(しゃくそんこうたんえ)のことを指すが、ここでは、12月から1月にかけて奥三河の北設楽郡の20カ村で行われる花祭りのことを指している。

「花祭り」とは、何か?

祭りの儀礼には御幣を沢山つけた白い箱(百茎[びゃっけい])を天井からつるす。その下にはかまどがあり、鬼の面を着けた鬼が踊るのだが、それを舞戸(まいこ)と呼ぶ。もともと百茎は天井からつるされたのではなく、四角の建物であったといわれる。つまり、19世紀の半ば頃では舞戸(まいこ)から離れた場所に四角の建物を建てていた。その舞戸と四角の建物の間には米俵を並べた橋が造られ、その橋は白い布で覆われており、建物に入るにはこの白い橋を渡らなければならなかった。四角の建物には天井が無く、まわり(側面)は青い葉と御幣で覆われていた。人々はこの四角い建物をシラヤマ(白山)と呼んでいた。さて、祭りの当日、60歳の男女は白山の中にはいって、おこもりをする。これを浄土という。この白山でおこもりをしているところに舞戸で舞終わった鬼たちが白山をたたきこわしてしまう。するとこの中にいた60歳の男女は、恐ろしさにおびえながらこわされた建物の中からそとに飛び出してくる。これを人々は「沢山の赤子が生まれてきた」と表現してきたという。

日本人にとって白とは何か?

日本人の白に対するカラーシンボリズムの研究において著名な研究家に、宮田登が挙げられる。特に『白のフォークロア』(平凡社)は、「白」に着目して研究した著書である。さて、前述した花祭りの例で重要な点は、60歳の男女が浄土入りして白山から出てきたのは赤子と表現されている点にある。それは白い建物の中に一旦入りそして出てきたのが赤子というのは再び生まれ変わったこと、つまり再生を意味しているからである。用は、白い色の装置を通過することによって新しく生まれ変わったことを物語っている。つまり、白は日本人にとって人間の再生の象徴なのである。例えば、結婚式では、白い着物やドレスを着るが、これは、従来の親子関係から、夫婦の関係に生まれ変わることを表しているのである。

参考文献

  • 神と仏と日本人 佐々木宏幹/著