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生成文法/初期生成文法

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』

チョムスキーの理論はころころ変わる、チョムスキーの主張に一貫性がない、等の批判はよく聞かれるところのものです。その原因のひとつがチョムスキーが学会発表・論文公刊・博士論文提出(1955ごろ)から現在に至るまで、次々に新しい枠組みを提示してきた、ということです。

おおまかには、変換生成文法は次の変遷を辿りました。

Syntactic Structures モデル

Aspects of the Theory of Syntax モデル(標準理論)

→ 語彙論者仮説・変換への条件・痕跡理論

→ 統率・束縛理論

Minimalist アプローチ

背景には次のようなものがありました:

・大陸合理論

・再帰関数

・分析哲学

・アメリカ構造主義言語学

また、やや後付けのようにも見えますが、チョムスキーはしばらく経ってから生成文法を次のような伝統・文脈に位置付けました:

・パーニニ Panini のサンスクリット文典

・歴史言語学

・ブルームフィールド、ヤコブソンに見られる規則順序付け

・自然の数学化

・心/脳の自然哲学

ここでは Syntactic Structures(1957、勇康雄 訳と福井・辻子 訳で邦訳あり。以下、SS)のモデルについて説明していきます。

特徴として文法の形式化と変換文法の提案が挙げられます。伝統的な文典は母語であれ外国語であれ、利用者の知らない情報のみが掲載されています。当然とも言えることですが、利用者が暗黙のうちに知っていることは記述されません。

チョムスキーは、従来の文典で読み手に任せていた情報もすべて書き出し、曖昧さのないやり方で述べることを宣言します。これは個別言語の「モデル」を作ることによって行い、効用として、個別言語の事実に照らし合せて真か偽かを判別できる点が挙げられます。ここで個別言語の事実とは、文に関する判断です。

さらに変換規則を加える必要があることは別に述べました。

SS ではすべてをゼロから始めるのではなく、伝統文法の記述の上に研究を進めます。そこで注目することの一つが「態 voice」の対応関係です。伝統文法では

John kissed Mary.

Mary was kissed (by John).

を能動と受動の対応と述べます。

伝統文法に反映された直観 intuition は、次の核文 kernel sentence を共有することである、と提案します:

(1) John PAST kiss Mary

先に受動態の文を考えます。受動文の表層構造を導くには次の変換規則を適用します:

(2)

構造記述:NP AUX V NP

構造変化:W - X - Y - Z → Z - X+be+en - Y - by+W

(1) に (2) を適用して得られるのが

(3) Mary PAST+be+en kiss by+John

です。次に affix hopping と呼ばれる

(4)

構造記述:R - Aff - V - U

構造変化:W - X - Y - Z → W - Y - X # - Z

が適用されます。

(5) Mary PAST+be kiss-en# by John

これが表層構造になります。

これに対して能動態の文は受動化変換 (2) が適用されず、(1) に (4) が適用された構造です。

(6) John kiss-PAST# Mary

これが表層構造になります。発音ではそれぞれ

(7)

a. PAST+be → /was/

    b. kiss+en# → /kisd/

    c. kiss+PAST# → /kisd/

と解釈されます。

この分析では、能動態と受動態の文の共通点は「核文を共有する」と述べられます。さらに伝統的に「能動文は受動文に比べてより基本的である」という直観があります。これは、能動文には受動文の導出に必要な受動化変換規則が適用されておらず、そのため、「より核文を直接反映する」と述べられます。

能動文と受動文は核文を共有するという点で意味が共通していますが、すべて同じ、とは言えません。英語では主題を明示するマーカーがありませんが、主題になりやすいのは主語で、能動態と受動態では主語が替わります。また、

(7)

a. Everyone loves someone.

    b. Someone is loved by everyone.

解釈が異なります。つまり SS の枠組みでは「変換規則の適用は意味を変える」ことになります。

他の意味を変える変換規則を見てみましょう。

(8) John AUX+past kiss animate_noun

これに疑問化変換 18, 19 を適用します:

(9)

a. AUX+past John kiss animate_noun (by 18)

    b. animate_noun AUX+past John kiss (by Tw1 of 19)

    c. wh+animate_noun AUX+past John kiss (by Tw2 of 19)

これに次の規則を適用します。do-support と呼ばれる規則です。

(10)

a. wh+animate_noun #AUX+past John kiss

      b. wh+animate_noun #do AUX+past John kiss

これが表層構造となり、次の音韻解釈を受けます。

(11) Who did John kiss?