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羅馬史略/巻之五/塞撒不列顛ヲ進略スル事

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』
羅馬史畧 卷之五
塞撒不列顛ヲ進畧スル事

はじめに[編集]

ここに示すのは、紀元前55年から紀元前54年にローマの政治家・武将ユリウス・カエサルブリタンニア(現在のイギリス)の征服戦争(ローマによるブリタンニア侵攻)を起こした記事である。塞撒ガ髙盧ヲ征伐スル事(カエサルがガリアを征伐する事)の内容的な続きに当たる。

 固有名詞の表記例
  人名
  塞撒セサル [1]カエサル
  地名
  髙盧ゴウル [2] →ガリア不列顛ブリテン[3]ブリタンニア

原文と修整テキスト[編集]

下表の左欄に原文を、右欄に修整テキストを示す。
修整テキストは、原文をもとにして漢字・仮名づかいなどの表記をより読みやすいように修整したものである。
底本では、固有名詞などに傍線を付しているが、一部を除いて省略した。
赤い文字は、端末の環境(OSやブラウザー)によっては、文字化けするなど、正しい字体で表示されない場合がある。

塞撒不列顛ヲ進畧スル事
紀元前五十五年ニ起ル
塞撒セサル 不列顛ブリテンを進略する事
紀元前五十五年に起る
塞撒ハ、髙盧ニ在テ、其猖獗ナル諸部𫞀ヲ征平スルニ、久シク歳月ヲ費セリト雖𪜈、嘗テ其不列顛ヲ進畧セントスルノ𫝹ヲ忘レズ、因テ、軍成ルニ及ンデ、乃チ兵舩數隻ヲ聚メ、一隊ノ兵ヲ帥ヰテ、カライスデールノ間ナル狹小海峽ヲ渡レリ、此地ハ、髙盧ヨリ不列顛ニユルニ、最モ近キ海路ナリ、 塞撒セサルは、髙盧ゴウルありて、その猖獗しょうけつ[4]なる諸部族[5]を征平するに、久しく歳月をついやせりといえども[6]かつ[7]その不列顛ブリテンを進略[8]せんとするの念[9]を忘れず、よって、軍備[10] 成るに及んで、すなわ兵舩へいせん[11]隻をあつめ、一隊の兵をひき[12]て、カライス[13]とデール[14]の間なる狭[15]小海峡[16]を渡れり、この地は、髙盧ゴウルより不列顛ブリテン[17]ゆる[18]に、最も近き海路なり、[現代語訳 1]
島人、敵兵ノ近ヅクヲ見ルヤ、皆海濵ニ群進ス、其人、身ニハ、獸皮ヲ衣テ、膚ハ青ヲ以テ種々ニ着色セル兇猛粗野ノ蠻奴ナリ、 島人、敵兵の近づくを見るや、皆海浜[19]に群進す、その人、身には、獣[20]皮をて、はだせいらん[21]もっ種々しゅじゅに着色せる凶[22]猛粗野のばん[23]なり、[現代語訳 2]
然レ𪜈、塞撒ハ、久シク野蠻ノ戰爭ニ熟慣セルニ因リ、島人力戰シテ拒クト雖𪜈、竟ニ敗テ上陸セリ、 しか[24]れども[6][25]塞撒セサルは、久しく野蛮やばん[23]の戦[26][27]熟慣じゅっかん[28]せるにり、島人力戦りきせん[26]してふせ[29]いえども[6]ついやぶって上陸せり、[現代語訳 3]
然レ𪜈、此一役ハ、忽ニシテ軍ヲ班ヘセリ、蓋シ、島中ノ部𫞀中ニ、羅馬ニ降レル者アリト雖𪜈、此歳、既ニ殘臘ニ及ベハ、塞撒モ、竟ニ延滯長驅スルヲ恐ルヽガ故ニ、乃チ先ヅ帥ヲ髙盧ニ旋ヘシ、此邉外遼遠ノ一島國ニ入テ、猖獗ナル野蠻ヲ征セル苐一着ノ人タルヲ以テ、暫ラク自ラ慰諭セリト云、 しか[24]れども[6][25]この[30]えきは、たちまちにして軍を[31]えせり、けだ[32]、島中の部族[5]中に、羅馬ローマくだれる者ありといえども[6]このとしすでざん[33]ろう[34]に及べば、塞撒セサルも、ついに延滞[35]長駆[36]するを恐るるがゆえに、すなわすい[37]髙盧ゴウル[38]えし、この[39]外遼遠[40]の一島国[41]に入りて、猖獗しょうけつ[4]なる野蛮[23]を征せる第[30]一着の人たるをもって、しばらく自ら慰諭いゆ[42]せりという[現代語訳 4]
明年ニ至テ、塞撒ハ、再挙シテ、前役ノ地ニ上陸シ、更ニ進テ、根的ケントニ至ル、此地ハ、土加息威樓カッシヘラヌスナル者、之ヲセリ、島人行軍ヲ防テ之ヲ止メントスレ𪜈、克タズ、


塞撒ハ兵ヲ帥ヰ、深ク進テ、今ノスルレート唱フル地ニ到リ、達迷斯テームス河ノ水淺キ𠁅ニ到リ、乃チ之ヲ渡ラント决セシガ、島人、河中ニ材木ステーキスヲ設ケテ、之ヲ拒ケリ、因テ、後來、此地ヲ稱シテ、コウェー、ステーキト呼ベリ、
然レ𪜈、塞撒ハ破テ之ヲエ、河ヲ渡テ、加息威樓ノ都城ヲ𨺻レ、エッセックスミッドルセックスノ地ノ大半ヲ平ゲタリ、
是ニ於テ、加息威樓モ、ニ和ヲ乞フノ利ナルヲ悟リ、塞撒モ亦髙盧ニ旋軍セザルヲ得ザル事アリシカバ、乃チ和ヲ許シ、歳貢ヲ督シ、質子ヲ取テ、乃チ髙盧ニ歸陣セリ、
然レ𪜈、更ニ鎮撫ノ一兵ヲ止メザリシカバ、島人ハ、其羅馬人ノ目前ヲ去ルヤ、直チニ又之ヲ叛ケリ、是レ其理ノ固ヨリ然ルベキ𫝂ナリ


現代語訳[編集]

  1. ^ カエサルは、ガリアにおいて、当地の獰猛なる諸部族を武力で平定するために長い年月を費やしたが、ブリタンニアに進軍して攻め取るという思いを忘れることはなかった。よって、(十分な)軍備が整えられると、多くの軍船を集め、軍を率いて、(現在のフランスの)カレーと(現在のイギリス南東部の)ディールの間の狭い(ドーバー)海峡を渡った。この地は、ガリアからブリタンニアに渡航するのに最短の海路である。
  2. ^ その島の人々は、敵兵たち(ローマ人)が近づいてくるのを見ると、(ローマ勢の上陸を阻止するために)海浜に大挙して駆け寄った。彼ら(ブリトン人)は、獣の皮を身にまとい、皮膚に青藍せいらん色(の入れ墨)をもっていろいろと着色している、荒々しく猛々たけだけしい粗野な野蛮人たちである。
  3. ^ しかしながら、カエサルは、長い間、野蛮人たちとの戦争に慣れて巧みであったので、島民たちは力を尽くして防戦したのであるが、(カエサルの軍勢は)ついに撃破して上陸したのであった。
  4. ^ しかしながら、この一回目の戦役は、たちまちのうちに軍勢を帰還させた。思うに、(ブリテン)島の部族の中にはローマ人の軍門に降る者たちもいたといえども、この年もすでに残りわずかとなっていたので、カエサルもとうとう軍事行動をぐずぐず長引かせて遠くまで遠征を続けてしまうことを危惧したので、軍を率いて凱旋した。このはるかに遠い辺境の一つの島国に入って猛々しい野蛮人たちを征服した最初の人であることをもって、自らをなぐささとしたという。

脚注[編集]

  1. ^ 「カエサル」は現代中国語(繁体字)では「凱撒」と表記される。
  2. ^ 英語の Gaul の仮名読み。「ガリア」は現代中国語(繁体字)でも「高盧」と表記される。
  3. ^ 不列顛 は漢語。
  4. ^ 4.0 4.1 「猖獗」(しょうけつ) とは「悪い事がはびこること」あるいは「荒々しい事。猛威を振るう事」
  5. ^ 5.0 5.1 𫞀()𫞀「族」の俗字(異体字)であるから、「族」に書き換えた。
  6. ^ 6.0 6.1 6.2 6.3 6.4 𪜈()𪜈は「とも」を表わす合略仮名なので、「とも」または「ども」と書き換えた。
  7. ^ 底本では、「」の異体字の一種を用いていると思われる。(𠹉) - GlyphWikiを参照。
  8. ^ 畧→略:異体字の書き換え。
  9. ^ 𫝹()𫝹「念」の異体字(俗字)なので、書き換えた。
  10. ^ 「備」の異体字なので、書き換えた。
  11. ^ 數→数:旧字体→新字体の書き換え。
  12. ^ 「ヰ(ゐ)」→「い」:旧仮名遣い→新仮名遣いの書き換え。
  13. ^ 「カライス」とは、フランスの「カレー」(Calais) のこと。ただし、現在のパ=ド=カレー県のうち、カレー市周辺は当時は海底であったと考えられている。カエサルは、カレー近郊の現在のブローニュ=シュル=メール辺り、翌年には近辺のイティウス・ポルトゥス(Itius Portus)辺りから出帆したと考えられる。
  14. ^ 「デール」とは、イギリス南東部ケント州のディール(Deal)のこと。カエサルが最初に上陸した地点と考えられている。
  15. ^ 狹→狭:旧字体(正字)→新字体の書き換え。
  16. ^ 峽→峡:旧字体(正字)→新字体の書き換え。
  17. ^ :底本では の字体を用いているが、端末の環境(OSやブラウザー)によっては のように表示される場合がある。
  18. ^ ゆる」=「踰える」 は「渡る」に同じ。
  19. ^ は異体字の「浜」に書き換えた。
  20. ^ 獸→獣:旧字体(正字)→新字体の書き換え。
  21. ^ :底本のくさかんむり() であるが、端末の環境(OSやブラウザー)によって、艹() または () と表示される。
  22. ^ は異体字の「凶」に書き換えた。
  23. ^ 23.0 23.1 23.2 は異体字の「蛮」に書き換えた。
  24. ^ 24.0 24.1 底本では「然」の異体字が用いられているが、コンピューターの文字で表すことができないため、「然」で代用した。
  25. ^ 25.0 25.1 「然(しか)れども」=「そうではあるが」「しかしながら」
  26. ^ 26.0 26.1 戰→戦:旧字体→新字体の書き換え。
  27. ^ 爭→争:旧字体→新字体の書き換え。
  28. ^ 「熟慣」:「慣れて巧みなこと。」熟慣(じゅっかん)とは? 意味や使い方 - コトバンク等を参照。
  29. ^ 「拒(ふせ)ぐ」は「防ぐ」に同じ。
  30. ^ 30.0 30.1 「第」の通用字体なので、書き換えた。
  31. ^ へす」 は「かへす(かえす)」と読む。
  32. ^ けだは、「思うに」などの意味 [1]
  33. ^ は「残」の旧字体なので、書き換えた。
  34. ^ 「殘臘(残臘)」 は「年末の余日」の意味。
  35. ^ は「滞」の旧字体なので、書き換えた。
  36. ^ は「駆」の旧字体なので、書き換えた。
  37. ^ 「帥」は「軍を率いること」
  38. ^ 「旋へす」 は「かへす(かえす)」と読み、「帰る」を意味する。「凱旋」(戦いに勝って帰ること)。
  39. ^ は「辺」の異体字なので、書き換えた。
  40. ^ 「遼遠」は「はるかに遠いこと」。
  41. ^ 「國」は「国」の旧字体なので、書き換えた。
  42. ^ 「慰諭」は「慰めて相手が理解できるように教えること」

関連項目[編集]

外部リンク[編集]