コンテンツにスキップ

聖書ヘブライ語入門/名詞文・主述統合・冠詞・名詞の型/名詞文/主部と述部

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』

4.3.2 主部と述部

伝統文法に従って,文を主部と述部とから成るとすると,統合された二つの名詞句のうち, どちらが主部でどちらが述部かが,問題になる. しかしヘブライ語には,主部・述部を明示する標識はない. そもそも主・述という論理学的な思考の枠組がヘブライ語の意味面に当てはまるかどうかも, 問題であろう. 一つの鍵は,これらの文において,一方の名詞句だけが冠詞を含んでいることである. ヘブライ語の冠詞は意味的には定冠詞であって,その名詞の指示対象が聞き手にとって 既知の事項であると話者が判断していることを示すものである. そうすると,これらの文では,冠詞つきの名詞によって示された既知のことがら ―すなわち旧情報―について,無冠詞の語が新しい情報を述べている, ということになろう. 例えば文1 では,既に紹介ずみの特定の「言葉」について, טוֹב という新しい情報が提供されているのである. この関係を,主部―述部という論理の枠にあてはめるなら, 旧情報を表す部分である הַדָּבָר が主部, それについての新情報を表す טוֹב が述部に相当する,ということになろう. 問題は文4 で,ここで וַהְוֶה は固有名詞である.民族名以外の固有名詞は, それ自体が特定の個物を指すから, הַיַּרְדֵּן 《ヨルダン川》など若干の例を除いて, 冠詞を取ることはないけれども, 次の課で見るように,構文法上,冠詞つきの名詞と 同じく定名詞としての扱いを受ける. とすれば二つの定名詞( וַהְוֶה と הָאֱלהִׁים )が統合されている文4 では,これらの名詞の表す二つの既知事項の同定が意味されていることになろう. すなわち,旧情報たる二つの事項の同定そのものが,この文のもたらす新情報だ,と言えよう この文の現れる列王紀上1820以下の文脈では,ヤハウェとバアル ‏ הַבַּ֫עַל ‎( ‏ בַּעַל ‎《主(ぬし)》と呼ばれる対象はいくつも存在したから, ここでは,冠詞を付けて,そのうちの特定の一つが意味されている)のいずれを ‏ הׇאֱלהִׁים ‎ と同定すべきかが,問われているのである. このような同定文は,主・述の枠に嵌めることが不可能であろう.翻訳では「ヤハウェこそ神である」としたり,Yahaweh is God(is は強く発音される)とすることになろう.