聖書ヘブライ語入門/文字と子音/子音
古代イスラエル人の発音をすべて正確に知ることはできない. 方言差についても,そのごく一部を,士師記126の記事からたまたま推定することができるに過ぎない. 現代イスラエル人の多くは,現代ヘブライ語の発音で聖書を読んでいる.ちょうど我々が万葉集などを現代日本語の発音で読むように. だから以下では,現代ヘブライ語の標準的発音も参照する.[ ] の中は国際音声字母(所謂発音記号)である.
א
[ʔ] いわゆる声門閉鎖音.声門は,黙って呼吸しているときには開いているが,これをしっかり閉じ,下の気管から送られてくる呼気の圧力で急に開放すると,この声門閉鎖音が発せられる.
日本語でも,沈黙の状態から母音を発生するとき,弱いながらも声門閉鎖音が聞こえることが多い.
だからヘブライ語の場合,
א
の所で短く息を切って,次の母音を発音すればよい.例えば
בן אדם
ben 'ādām と言うとき,英語の an apple のように n と a とを続けて発音してはいけない.必ず
א
の前で音を切ること.
ב
[b] 日本語のバ行の子音.
ג
[g] 日本語のガ行の子音.いわゆる鼻濁音 [ŋ]にならないように注意.
ד
[d] 日本語のダ,デ,ドの子音.
ה
[h] 日本語のハ,ヘの子音.声門摩擦音であるから,hi, hu は日本語のヒ[çi],フ[ɸɯ]にならないように.
ו
[w] 日本語ワの子音.
ז
[z]日本アザ,カゼのように,母音の直後のザ,ズ,ゼの子音.日本語では,ザマ,ゼンのような語頭の z は [dz] になるのが普通だから,語頭でも [z] が発音できるようになるには練習を要する.
ח
[x] 古代ヘブライ語では咽頭無声摩擦音 [ħ] (緊張して狭くなった咽頭を呼気が通過して生ずる音)であったと推定されるが,他の音と混同するおそれが無いので,現代では [x] と発音される.
ドイツ語 Bach, Koch の ch の音.日本語コの子音を発音するときのように,舌の奥をのどびこの方に近づけてつくる摩擦音.
ט
[ṭ] 古代ヘブライ語の音体系と特徴づけている「強音」のひとつ.咽頭を緊張させつつ発音された[t]で,咽頭化音であるが,現代ヘブライ語では
ת
[t]と同じ音になっている.
י
[j] 日本語ヤ,ユ,ヨの子音
כ
[k] 日本語のキ,ケの子音
ל
[l] 英語 lamp 等の l の音.舌を[t] の構えにして舌先を歯茎につけ,舌の両側面から呼気を流れ出させて作る.
מ
[m] 日本語マ行の子音
נ
[n] 日本語ナ行の子音
ס
[s] 日本語サ,ス,セ,ソの子音.
ע
[ʕ]
ח
の有声音であるが,現代ヘブライ語では
א
と同じ音になっている.
א
の場合と同様に音を切ること.[g]にならないように.
פ
[p] 日本語パ行の子音.
צ
[ș] 強音の一つ,
ט
の場合と同様,咽頭の緊張を伴ってつくられた [s] であるが,普通は現代ヘブライ語にならって[ts](日本語ツの子音)で代用する.
ק
[q] これも強音.日本語コの場合よりもさらに奥の方で作られる無声閉鎖音.現代ヘブライ語では
כ
[k]と同じ.
ר
[r] 日本語ラ行の子音のような舌先を一回だけ弾く音ではなく,舌先を歯茎に軽く当ててふるわせる音.
ש
[s, ʃ] 他の文字と違って,二つの子音を表す.ティベリア式伝承符号では,左肩ないし右肩に付けた点によって区別される.すなわち左肩に点を打った
שׂ
ś は,本来は
ס
とは異なる音―おそらく[s]と[ʃ]との中間の音―を表したものと推定されるが,伝承では
ס
と区別されない.右肩に点を打った
שׁ
š[ʃ]は,日本語シャ,シ,シュ,ショの子音に近い音.ちなみに既に触れた士師記126の記事は,エフラム人が
ש
の音と
ס
の音を区別しなかったことを示すものである.もっともこの場合,これらが実際にいかなる音であったかという問題は未解決である.
ת
[t] 日本語タ,テ,トの子音.