著作権法/概論

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※ 本ページでは主に著作権法を説明するが、必要に応じて、特許権などの知的財産権も説明したり、あるいは不正競争防止法などの、関連する法律も説明する。
※ 本書の記述では、体系的であることよりも、初学者にとっての好奇心や分かりやすさを目指すこととした。そのため、あまり体系的でなく、網羅的でもない。より専門的な記事を読むか、もしくは市販の専門書で、学習していただきたい。

参考文献[編集]

本ページの執筆に際し、以下の参考文献を用いている。(まだ本ページは執筆中)

有斐閣『標準 著作権法』高林龍、第2版、
有斐閣『著作権法』中山信弘、第2版、
有斐閣『知的財産権法概論』紋谷暢男、
三省堂『現代法入門』、
高校の情報科目の検定教科書など

総論[編集]

著作権法により、著作権についての決まりが定められている。

著作権の対象は、おもに小説・音楽・絵画・映画などであり、書籍や新聞、書籍、音楽や絵画などでの作品などが対象だが、コンピュータのソフトウェアも著作物に含まれる。

さて、ひとくちに著作権法におけるルールを説明するにも、コンピュータソフトウェアと、それ以外(通常の小説、音楽、絵画、映画)とでは、大きく違う。 なので、本ページではとりあえず小説・音楽・絵画・映画の著作権法における保護について説明する。


さて、「1600年 関ヶ原の合戦」などのように単なる1個の事実を記した文章は、著作権の保護対象にならない。「2017年1月5日、天気は晴れ。」のような文章も、単なる出来事を記録したものであり、著作権の保護対象にはならない。著作権で保護されるためには、思想または感情を表現する事が必要である。なので、単なる出来事やデータの記述は、著作権の保護対象にならない。

著作権法では「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。 」(著作権法2条1項)と定めている。

なお、「1234年 関ヶ原の合戦」は事実でなく間違いであるが、当然、著作権では保護されない。なぜなら、思想や感情が表現されてないからである。

さて、たとい幼児の描いた絵画であっても、あるいはアマチュア作曲家の作曲した曲でも、著作権での保護対象になる。著作権法で要求される芸術性あるいは創作性とは、作家が芸術性や創作を目指したものであれば充分であり、けっして技巧のうまさは要求しない。けっして、その作品の価値が、えらい肩書きをもった芸術家に認められなくても、あるいは美大や音大や芸大の教授に作品価値を認められなくても、誰かが小説や絵画をつくりさえすれば、その作品は著作権の保護対象物である。

つまり、プロかアマチュアかに関係なく、芸術性・創作性のある著作物をつくれば、著作権の保護対象になる。著作者が、大人か子供かにも関係なく、芸術性・創作性のあるのある作品を作りさえすれば、著作権の保護対象になる。

つまり、ある著作物が、著作権法で保護されるためには、その著作物が、思想や感情を(小説や絵画などの)創作的手法で表現したものである事が必要である。だが、その思想や感情そのものの創作性は、いっさい要求されない。つまり、すでに充分に知られた思想であっても、それを(小説や絵画などの)創作的手法で表現さえしていれば、著作権法での保護に値する。

なお、美術思想や音楽思想などの思想(アイディア)そのものは、著作権では保護されない。著作権で保護されるのは、作品だけである。保護されうる作品は、必ずしも画集や音楽CDなどの物体の形でなくとも、構わない。演劇や歌謡の公演などであっても、それを作品として披露すれば著作権は発生し、著作権法によって保護される。

また、工業図面や企業の社内マニュアルは、著作権法では保護されない。それらを保護する法は、不正競争防止法などの、著作権法以外の法律である。営業秘密は、防競争防止法により保護される。

そもそも工業図面や社内マニュアルは、思想や感情を表現したものではない。

(※ 勉強法について:) けっして断片的に「工業図面や企業の社内マニュアルは、著作権法では保護されない」だけを単独で覚えるのではなく、「工業図面や社内マニュアルなどは、思想や感情を表現する目的のものではない。よって、著作権法では保護されない。なぜなら、著作権法で保護される著作物とは、思想や感情を表現している必要があるから」のように、関連づけて覚える事。

そもそも著作権法の第1条に、著作権法の目的とは、「文化の発展」に寄与する事が目的である、と定められている。

学術論文などの論文も、著作権による保護対象になる。ただし、学術的発見そのものは、著作権の保護対象ではない。学術的発見を文章でどう表現するかは、一般に、書き手ごとに千差万別である。なので、学術論文なども著作権の保護対象になるのである。

「1600年 関ヶ原の戦い」などの歴史的事実そのものは、著作権保護の対象ではないが、しかし歴史評論書や歴史教科書などは著作権保護の対象になる。なぜなら、ある歴史的な出来事について、どう評論するかは、一般に、千差万別であるため。


さて、他人の著作物の盗作には、著作権は発生しない。これは当然であろう。また、模倣にも、著作権は発生しない。つまり、あくまでも、少なくとも何らかの創作性が無いと、著作権は認められない。

また、ゴッホなどの絵画をそのまま正面から撮影した写真などは、誰が撮影しても同じような写真になるため、この場合は著作権の保護対象から外れる。写真そのものは著作権の保護対象になるし、しかし、絵画撮影の場合、このような場合は保護されない。

つまり、誰がつくっても同じような形態になるような作品は、著作権の保護対象から外れる。


さて、特許では、特許庁などの機関が審査して特許として承認されることで特許権が発生する。いっぽう、著作権は、そのような審査は無い。(無審査主義、無方式主義) 著作権は、その著作物を創作した時点で権利が発生し、その創作者じしんが著作者となり、創作者じしんが著作権者になる。


著作権は、登録を必要としない。たとい、なにかの機関(たとえば「著作権保護団体」のような団体名を名乗る機関)に作品を登録しなくても、作品を創作さえすれば、著作権は発生します。(※ 高校の検定教科書の範囲内。たとえば、数研出版『情報の科学』に、そのような記述あり。)

そもそも、ほぼ毎日、どこかで誰かが創作物を著作しているのに、いちいち著作物を行政機関などにより審査するのは、労力の無駄であり、税金の無駄でもあろう。もっとも、このような登録機関が無いために、古い映画などのように、複数人で作られた古い作品の著作者が誰なのかがハッキリしないので、メディア関連企業などがその作品を扱うさいに訴訟リスクがひそんでしまう問題もある。

著作権の保護期間は、日本では、原則として、公表後から著作者の死後50年まで、である。ただし映画は、公表後から著作者の死後70年まで、である。

なお、商人が自分の会社名・企業名などを占有する権利は、(著作権法の範囲ではなく、)会社法などで保護される権利である。(※ 参考文献: 有斐閣『商法総則・商行為法』大塚英明ほか。)(カッコ内の「著作権法の範囲ではなく、」はwikibooks利用者すじにくシチューの見解による補足。) 商品名やブランド名、などの権利は、商標法で保護される商標権の範囲である。

なお、企業名・会社名といった商号の権利は、「商号権」という。(商号権と商標権とは、異なる権利である。) 商号についての権利は、主に商法や会社法によって規定されているが、不正競争防止法も商号の保護に関係する。

商号権の発生の要件は、原則的に、法務局などへの登記によって発生する。(例外的に、未登記商号が保護される場合もあるが、本wikibooks教科書は著作権法の教科書なので、未登記商号の説明を省略する。) (登記された)商号権の保護期間は、法には定めがなく、商号の使用を続けているかぎり永久に使えるが、2年間使用していないと、登記を抹消される事がある。

さて、商品名などといった商標権の保護期間は、更新をすることによって、永久に使える。(※ 参考文献: 有斐閣『特許法入門』、島並良 ほか、7ページ。) もしブランド名の保護期間が有限だとすると、偽ブランド品をつくる企業が合法的に同じブランド名を名乗れてしまい、消費者は被害を受けてしまうだろう。なお、商標権の登録の届出先は、特許庁である。 (法務局ではない。)


言語の著作物[編集]

(10条1項1号)

著作権法では「小説、脚本、論文、講演その他」を言語の著作物とすると規定している。文字によって固定されている必要はなく、口述であっても、言語の著作物になる。


新聞記事[編集]

事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道は、著作権法の保護する「著作物」に該当しない、と規定されている。(著作10条の2)

ただし、この規定は、簡単な死亡記事(日時、死因、享年など)や人事異動など、誰が書いても同じ文体になってしまうような事実を書いただけの記事にのみ適用される、と考えられている。つまり、記者の個性が文体に入るような記事は、著作権で保護されるだろう。

そもそも、誰が書いても同じになるような出来事なら、創作性が否定されるのであり、そして、創作性が否定されているものを著作権法は保護しないのである、と考える事も可能である。(法学書でも、そういう考えを紹介している。)


「表現の自由」との兼ね合い[編集]

著作権法による規制は、創作者の著作権という権利を守るためとはいえ、創作者以外の他人に、真似(まね)とはいえ表現を禁止するものであるので、著作権法は「表現の自由」を規制するものでもある。「表現の自由」は,憲法でも想定されている理念でもある。

また、著作者は、引用などの例外を除けば、自分の創作物を、原則的に、他人に使わせないように独占できる。(排他的独占権)

もちろん、著作権法によって、けっして正当な言論活動や報道活動などが禁止されないように、著作権法による表現規制の要件として、たとい先の著作者の真似を禁止しても、かわりの表現方法がたくさんあるということ、のような要件が事実上はある。

つまり、その分野において、かわりの表現の「選択の幅」があることが、ほぼ事実上の要件となっているようだ。(※ 参考文献: 有斐閣『著作権法』中山信弘、第2版、65ページ)

そして、「創作性」とは、選択の幅が無数になる分野において、創作者が特定の表現をした場合に、その「創作性」が認められる、と一般的にみなされている。

そのため、歴史の年号や、簡単な死亡記事などのような、たんなる事実そのものは、著作権法では保護されない。もし、事実そのものを著作権で保護してしまうと、学問の自由などに対する、重大な侵害になってしまう。なので、たんなる事実そのものは、著作権法では保護されない、という側面もあるだろう。(※ 参考文献: 有斐閣『著作権法』中山信弘、第2版、47ページ)


さきほど、著作権はアイディアを保護しない、と述べたように、たとい他人のアイディアをつかっても、著作権法違反にはならない。

また、著作権法の対象では代わりの表現方法という選択の幅が無数にあるので、特許権の(最長の)保護期間20年よりも長く、著作権では50年という長い期間の保護がされる、とも考えることもできるだろう。(※ 参考文献: 有斐閣、高林龍、5ページ)

また、著作権法ではアイディアを保護しないことによって、「表現の自由」や「学問の自由」をけっして著作権法で禁止してしまわないように、防いでいるとも考えられる。(※ 参考文献: 有斐閣、中山信弘、57ページ)

美術の著作物[編集]

著作権法では、著作権法で保護される「美術」の例としては、絵画・版画・彫刻が、例に挙げられている。(著作権法10条1項目4) だが、それ以外の美術的な著作物でも、実際に著作権が保護されている。具体例をあげれば、舞台装置、生け花、書(書道)、マンガなども、著作権が保護されている。建築物の形にも、それが美術的な目的で創作されたなら、著作権法の保護対象。


いっぽう、半導体チップの模様が、どんなに美しくても、著作権法の保護対象にならない。けっして美術的な目的で半導体チップの模様が生産されてはいないので、半導体チップの模様は著作権法の保護対象にならない。(※ 参考文献: 有斐閣『著作権法』中山信弘。)このように、どんなに美しかろうが、美術的な目的で制作されてないかぎり、著作権法の保護対象には、ならない。

建築の著作物[編集]

土地に定着する工作物にも、創作性があれば著作権法の保護対象である。(民法学などに「土地の工作物」のような用語がある。)庭園は、工作物と見なせるので、建築物としての保護を与えられる。いっぽうで、庭園を美術と見なしてもよい。このように、美術と建築の境界が不明瞭な事例もある。(東京地決平15・6・11判時1840号・106項<ノグチ・ルーム事件>にて、庭園が建築物と認定されている。)

映画の著作物[編集]

著作権の保護期間は、日本では、原則として、公表後から著作者の死後50年まで、である。ただし映画は、公表後から著作者の死後70年まで、である。

したがって、「映画」とは何かが、法的にも重要になる。

著作権法では、実は「映画」とは何かの定義が無い。(※ 参考文献: 有斐閣『標準 著作権法』、高林龍、第2版、60ページ) なので、映画館で見ないビデオ作品やビデオ録画映像やテレビ番組などは、はたして「映画」に入るのかどうか、実は、なやみどころであるようだ。とはいえ、判例や国際的な著作権動向などにより、市販されてるビデオ作品などは、たいてい「映画」と見なされるようである。たとえば参考文献『現代法入門』(三省堂)では、テレビの報道番組は、映画の著作物と見なされる、と紹介している。

いわゆる「アニメーション」も、著作権法でいう「映画」に含められる。一般にゲームソフトの映像部分も、著作権法でいう「映画」と見なされる。(※ 参考文献: 三省堂『現代法入門』)

防犯ビデオの映像のように、単にビデオカメラをどこかに固定して、そして単にビデオカメラに写る物を録画しただけの映像は、創作性が認められないため、著作権法では保護されない。

さて、映画では、誰が「著作者」なのだろうか。映画会社で製作している映画の場合なら、映画会社が著作権者である。(※ 参考文献: 有斐閣『標準 著作権法』、高林龍)

著作権法では、法人が著作権者になる事も認められている。(著作権法15条)法人が著作権者になっているという事を「法人著作」という。法人名義で公表されている著作物は、法人が著作権者になる。

著作権法16条では、映画の著作権者とは「映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者とする。」という規定がある。しかし、この条文だけでは、結局、誰が著作者なのかがハッキリしていない。

さらに、著作権法2条1項10号に「映画製作者」とは「映画の著作物の製作に発意と責任を有する者をいう」とあるが、結局、だれが映画製作者なのか、ハッキリしていない。だが一般的に、「映画製作者」とは、いわゆる「映画会社」の事だろうと見なされている。(※ 参考文献: 有斐閣『標準 著作権法』、高林龍)

なぜ、映画会社を著作権者にするかというと、一般的な理由としては、

理由1: 映画の流通の際に、もし著作権者が多すぎると、著作権者の許可を取る手間が煩雑になり、流通を妨げる必要がある。なので、なるべく著作権者の数を少数にするのが望ましい。制作スタッフの人数は膨大であるので、制作スタッフ全員を著作権者とすると、権利処理が煩雑になる。
理由2: ふつう、映画会社が、膨大な製作資金を提供しているので、映画会社に著作権の権利を認めるのが望ましいだろう。

このため、映画会社が著作権者の場合は、映画監督やプロデューサーは著作権者ではない。このような、映画会社を著作権者とする仕組みが、監督などに不利であるので、この仕組みに対する反対意見などの議論もある。

また、裁判判決の中には、監督名義が公表されている作品の場合には、たとい法人名義が公表されていても、映画会社ではなく監督が著作権者とされる、という判決もある。(※ 参考文献: 有斐閣『標準 著作権法』、高林龍)(<黒澤明DVD事件 第1審> 東京地判平成19・9・14判時1996・123 )この黒沢DVD事件では、映画会社名義と監督名義(黒澤明)の両方が公開されていた。


プログラムの著作物[編集]

著作権法で保護される「プログラム」とは、ソフトウェアのコード文の事である。「C言語」などの文法は、著作権法では保護されない。同様に、通信プロトコルなどのプロトコルも、著作権保護を受けない。プログラム言語(文法)、プロトコル、解法は、著作権保護の対象から外れる。

たとえばエアコンの温度調節プログラムには、物語性は無いが、しかし、このようなプログラムでも著作権が保護される。

ただし、ゲームソフトの物語文や映像の部分などは、通常の著作権が発生する。

なぜ、エアコンのプログラムなどのような物語文でもないプログラムが、著作権の対象にあってるかというと、通説では、アメリカ合衆国の圧力によって、日本の著作権法に含まれる事になったという説が一般的であり、法学書などでも、そう紹介されてる。

日本では昭和60年(1985年)の著作権法改正で、プログラムのコードを著作権保護の対象とする事になった。

昭和の当時の対案としては、著作権ではなく特許権で保護する案も日本の通産省などにあったようだが、どうやらアメリカ政府が、プログラムは著作権保護を原則とする事を要望してたようだ。

しかし、実際にこのようなプログラム著作権が運用されてくうちに、しだいに、当初に予想したよりも著作権ではプログラムの権利保護の効果が弱い、という事が分かってきた。

なにが分かってきたかというと、そもそも、著作権ではアイディアは保護されないという原則にもとづき、プログラム著作権でもアイディアはまったく保護されない。(※ 参考文献: 『ビジネス法務検定3級』、著:東京商工会議所、出版:中央経済社、)なので、たとい、どんなに画期的なアイディアがそのプログラムに使われても、そのアイディアはいっさい著作権保護の対象には、ならない。(しかし、プログラムを用いた発明の特許を特許法で保護する事は可能である。)

※ 発明のアイディアを保護するのは特許権や実用新案などであり、著作権ではない。

なので、エアコン制御などの技術的なプログラムの場合なら(ゲームソフトなど物語性のあるものは別)、他人のプログラムのアイディアだけを模倣して、プログラムを作成しなおせば、理論上は著作権侵害にならない(特許侵害などの可能性はありうるが)、・・・と考えられている。

結局、もはや著作権だけでは充分にプログラムをもちいた発明的なアイディアを保護できない事が21世紀の現代では分かっており、なので、特許権や不正競争防止法などを活用するによって、プログラムの発明を保護する必要がある事が分かっている。

※ 備考: なお海外の話題だが、1995年に締結したWTO(世界貿易機関)でもコンピュータプログラムを著作物として扱うことになった。(※ 参考文献: 清水書院『現代社会ライブラリーにようこそ! 2018-19』、2018年4月18日 初版、276ページ)

音楽の著作物[編集]

(10条1項2号)

音楽は、メロディ、リズムなどから構成される。音楽の著作物に、歌詞を含めることも可能である。

即興曲(アドリブ)も、音楽の著作物に含まれる。

歌詞だけを取り出せば、言語の著作物とみなす事も可能である。

著作権の制限[編集]

付随対象著作物の利用(30条の2)[編集]

自分の著作物を撮影しようとして、その際に、背景にある他人の著作物が写り込んでしまっても、どうしても写り込みをしてしまうような、しかたない場合であれば、著作権法では、そのような撮影は合法であるし、そうして撮影した写真やビデオをネットにアップロードする事も合法である。(※ 参考文献: 有斐閣『著作権法』、中山信弘)(※ 参考文献: 有斐閣『標準 著作権法』、高林龍)

平成24年(2012年)の著作権法改正で、このような規定が新設された。

ただし、合法となる場合とは、「写り込み」が、しかたない場合で、社会通念上、分離が困難な場合に限る。(分離困難性)

また、このような考えにもとづき、キャラクターの印刷されたTシャツ(たとえばミッキーマウスの印刷されたTシャツ)を着ている子供を親が撮影しても、著作権侵害にはならず、合法である。

引用[編集]

報道や研究、批評などの目的があれば、他人の著作物を、適切な限度内で、自己の作品・著作物に取り込める。このような行為のことを「引用」(いんよう)という。

ただし、引用の要件の1つとして、出所の明示の義務がある。(著作権法48条) また、原則として、改変をせずに引用しなければならない。例外的に翻訳の場合、改変が認められる。(43条)

さて、引用の要件の1つとして「公正な慣行」が定められている。 単に「慣行」なだけでは、合法な「引用」とは認められない。たとえば、仮に、ある業界で、ろくに出典を明記せずに他人の著作物を写して公開する事が横行していたとしら、まず、違法だと見なされるだろう。(なお、そもそも出所明示は法的義務である。(48条))

このように、引用では、けっして単なる「慣行」だけではなく、さらに「公正な」という条件が追加されている。では、何が「公正な慣行」なのかというと、結局、判例などにもとづく事になる。


また、引用が認められるには、一般的に、必要最小限のていどの引用である必要がある。引用の要件として「正当な範囲内」という要件が定められている。このため、書籍などの引用の際は、その書籍全体の引用をすることは許されないのが通常である。

しかし例外的に、俳句の1句ていどの場合、その句全体を引用する事は許される。俳句の一部分を取り出しても、作品としての意味をなさないからである。

引用は、かならずしも必要最低限でなくてもかまわない、とする判決がある。(<脱ゴーマニズム宣言事件>東京地判平11・8・31判時1702・145)原告の、引用は最小限とするべき、という主張をしりぞけた判決である。しかし学説では、この判決には批判的な意見もついており、けっして引用者が主観的に限度を設定できるわけではないだろう、という批判の学説もある。(※ 高林龍『標準 著作権法』(有斐閣)などで、そのような批判学説が紹介されている。)


美術の原作品の所有者の権利[編集]

  • 予備知識

美術の原作品を売買したり、写真の原作品を売買しても、あるいは売買でなく譲渡しても、著作権者は、原作品を創作した人物に著作権があるままである。

たとい、画廊などで展示しているような絵画作品の原作品の売買であっても、著作権者は創作した本人のままである。

  • 本題

さて、著作権法25条による展示権の原則では、著作権者が展示権を有するが、しかし、原則どおりでは、原作品を購入するなどして適法に入手した者が、画廊で展示できなくなってしまう。

そこで例外的に、屋内での展示なら、著作権者の許可なくして展示できるというような規定が著作権法46条にある。しかし、屋外での展示には、著作権者の許諾が必要である。なお、このような許諾ない展示ができる場合の要件は、あくまで「原作品」であるのが要件である。

つまり、複製品は、第46条の範囲外。(※ 参考文献: 有斐閣『著作権法』、中山信弘)

なお、屋外の著作物については、一般公衆が写真を撮影したり写生するなどの利用をできる権利が、著作権法46条で認めらている。なので、著作権者がいったん屋外展示を許諾してしまうと、かなり広範な権利を一般公衆に与える事になる。

著作権と所有権[編集]

著作権は、譲渡したり、相続することもできる。

著作権には、このような所有権のような性質もあるため、著作権法に関する法学では、必要に応じて所有権の考えが借用される。(※ 参考文献: 高林龍『標準 著作権法』、有斐閣、10ページ)

そして、所有権は物権であるので、つまり著作権法の法学では、必要に応じて物権の考えが借用される。(※ 参考文献: 高林龍)

また、著作権侵害に対する損害賠償についても、所有権や物権の考えが借用される。(※ 参考文献: 高林龍) そもそも、著作権法では損害賠償については規定されておらず、実務上は民法の不法行為(709条)の規定にしたがっている。(※ 参考文献: 有斐閣『著作権法』、中山信弘、第2版、627ページ)


コンピュータ修理のための複製[編集]

パソコンを修理業者に頼んで修理する際、修理業者は、いったんパソコン内のデータやプログラムを複製する必要がある可能性がありうる。 もし、パソコン内のデータやプログラムに他人の著作物があれば、修理業者は、その著作物を無断で複製する事になる。

コンピュータの修理のためなら、そのコンピュータ内の著作物を、修理のあいだ、一時的に複製する事は合法である。(著作47条の3)

著作権法では、原則的には他人の著作物は複製できないが、しかし例外的にいくつかの場合、複製が認められてる。


障害者福祉のための利用[編集]

視覚障害者のために、著作物を点字化する場合がある。著作権法では、点字化は「複製」である、と扱われる。つまり、点字化をする行為には、創作性は無い、と扱われている。

(※ 調査中) 著作権法第37条で、障害者の福祉利用の場合について、例外的な配慮が定められているようだ。 ※ しかし、私がまだ調査中。(詳しい人がいれば、ぜひWikibooksのこの教科書の執筆に協力ください。)

※ 私が何が分からないかというと、以下の点。


点字化による複製は合法らしい。まあ意図は分かる。しかし、それが脱法的な複製の抜け穴に使われないだろうか?というのが私の疑問。あるいは、目的外利用を禁じる規定でも、あるのだろうか?


聴覚障害者のために映像著作物などに手話を追加したりすることも、著作権法では「複製」として扱われる。

著作権法では、手話の追加についても、聴覚障害者のためとして、例外的な便宜がされている。 また、字幕の追加が、聴覚障害者のためとして、著作権法37条にて便宜がされている。2000年(平成21年)に、聴覚障害者のための字幕についての規定が著作権法に加わった。


↑ ここまで、記述を書き換え済み。
↓ まだ、書き換えてない。

※ 以降、まだ書き換えてない[編集]

公表後の、著作者の生存期間中は、当然、著作権は保護される。

※ 著作物の発表後に著作者が長生きすると、たとえば、もし発表後に著作者が100年間生きた場合、著作権が切れるのは発表後から150年(=100+50)という計算になる。

また、著作権の一部は、財産的な権利であると見なされるので、他人に譲渡できるし、著作者の死後には相続もできる。 著作権が侵害された場合に、損害賠償を請求する事もできる。この事も、財産権が侵害された場合に損害賠償が請求できるのと同様の現象だと理解できるだろう。

  • 著作者人格権
公表権 - 著作物を公開するかどうかを、著作者じしんが決める権利。
氏名保持権 - 公開するさいに自分の氏名を公表するかを、著作者じしんが決める権利。また、公開するさいに自分の名称(氏名やペンネームなど)をどう表記するかを決める権利。
同一性保持権 - 著作物を許可なく改変されない権利。


  • 著作権
  • 著作隣接権

たとえば、音楽作品のレコード製作者やCD製作者などの、著作物を伝達する仕事の人にも、著作隣接権(ちょさく りんせつけん)という権利がある。

このため、たとえばベートーベンやバッハなどの、中世や近世のクラシック音楽を、現代の人が演奏したCDやレコードなどは、 たとえ作曲家がずっと昔に死んで著作権がきれていても、現代のCD製作者の著作隣接権は切れてないし、そのCDに演奏を提供した演奏者の著作隣接権もまだ切れていないのが普通なので、クラシックCDであっても、決してCD製作者などの権利者に無許可ではインターネット上に公開してはいけない。

複製権(ふくせいけん) - 著作物を、著者などの権利者に無断で複製されない権利。
上演権・演奏権・上映権 - 著作物を無断で上演・演奏・上映されない権利。
口述権(こうじゅつけん)・展示権(てんじけん) - 著作物を無断で口述したり展示したりされない権利。
頒布権(はんぷけん) - 著作物が映画の場合の権利で、著作物(映画)を無断で譲ったり貸したりされない権利。
翻訳権(ほんやくけん)・翻案権(ほんあんけん) - 無断で翻訳、加工、編曲などされない権利。
譲渡権(じょうとけん)・貸与権(たいよけん) - 無断で譲ったり貸与されたりしない権利。

著作権について[編集]

著作権[編集]

人間がつくった文章や、人間がつくった音楽や歌詞、人間が描いた絵やアニメーション、人間が撮影した写真やテレビ映像や映画などの動画には、すべて著作権(ちょさくけん)があり、勝手に他人が公開してはいけません。 著作権法(ちょさくけんほう)という法律によって、著作権のありかたが決められています。

なお、著作権についての国際条約としてベルヌ条約があり、日本国もベルヌ条約に加盟しています。なので、日本の著作権は、ベルヌ条約などの著作権にかんする国際条約に、なるべく整合性をもつようになっています。

さて、著作権は、その作品をさいしょにつくった人に、権利があります。なので、たとい他人がつくった作品を書き写したりしても、著作権はさいしょにつくった人にあるままです。


さて、たとい お金を出してお店で買ったイラスト集や音楽CDや映画DVDなどでも、著作権のため、けっしてインターネットなどで公開してはいけません。

イラスト集や音楽CDなどを買ったときに購入品とともに付いてくる権利は、単に、その作品を自分が見てもいいという権利と、自分の家族などがその作品を見てもいいという権利だけなので、インターネットの第三者には勝手に作品を公開してはいけません。


著作権のある物を、著作者以外が許可なく利用することは、法律できびしく罰せられる場合があります。


インターネット上でデジタル化された文章や音楽や映像にも、著作権があります。

また、大人や子どもの区別なく、作品をつくれば、その作品についての著作者になります。たとえば、中学生でも、何か作品をつくって発表すれば、つくった作品についての著作権をもちます。


なお、写真を撮影した場合は、撮影した人のもつ著作権とは別に、撮影された被写体の人に肖像権(しょうぞうけん)があります。


  • 範囲外
※ じっさいには、衣服など工業製品の形にも、その形を考えた人の権利( 意匠権(「いしょうけん」と読む)など )があったりする場合があるのだが、かといって衣服を撮影できないと裸を撮影するハメになってしまうので、慣習では、衣服の場合は例外的に、人物の写真などを公開するという目的なら、インターネットにも公開しても良いという慣習になっている。
また、他人の作品を公開するかどうかの有無にかかわらず、他人がつくった作品を「自分が作りました」という行為は、法律で罰せられる場合がある。
※ 著作権は、作家のアイディアを直接には保護しません。(※ 参考文献: 有斐閣『知的財産権概論』、紋谷暢男、2012年第3版) 具体例を考えてみましょう、たとえば、アメリカのあるアニメ会社が「ネズミを主人公にしたアニメをつくったら面白いんじゃないか?」と思ったとして、そのアメリカの会社が実際にそういうアニメを作ったとしましょう。それに対して、数年後に日本のあるマンガ家が、「動物を主人公にしたマンガを書いたら面白いんじゃないか? そうだ、ライオンを主人公にしたマンガを書こう。」とか思って、そういうマンガを書いたとしましょう。一切、その日本のマンガ家の作品は、著作権を侵害した事になりません。
※ 発明家のアイディアを保護する制度は、特許権や実用新案権の制度です。著作権は、アイディアを保護しません。
※ (絵画を描いたり、作曲するなりして、)作品を創作すれば、たとい、その作品に大したアイディアが無くても、著作権によって保護されます。つまり、アイディアと著作性とは、切り離されています。
※ ある著作物が、「著作権法によって保護されるべき」と見なされるには、要件として思想や感情が必要ですが、しかし、その思想や感情のアイディアの利用権は、著作権法では保護しません。
※ ただし、間接的には、不正競争防止法などによって、商品のアイディアが守られる可能性があります。 (※ 不正競争防止法については、情報科の検定教科書の範囲外。記述が見当たらない。ただし、公民科目の「政治経済」や「現代社会」のほうで、ひょっとしたら紹介されてる可能性はあるかも?) 芸術作品だって、それを販売したり商用利用すれば、りっぱな商品でしょう。不正競争防止法により、他社商品と類似しすぎている商品は、規制されます。この規制は、いわゆる「コピー商品」を規制する目的です。たとい模倣品が、完全に同じコピーでなくても、ほとんど同じ機能・形態なら、実質的なコピー商品だろうと見なされ、不正競争防止法などにより規制されます。不正競争防止法による「コピー商品」排除の保護期間は、元ネタの商品の販売開始日から3年間です。

その他の権利[編集]

自分の顔や すがた には肖像権(しょうぞうけん)があり、この肖像権によって、顔写真など(自分を特定できる写真)が無断で撮影されるのを拒否できたり、無断で似顔絵などを書かれるのを拒否できる。

肖像権は著作権ではない。また、肖像権についての法律による定めがない。 しかし、日本では、判例などによって肖像権が認められている。


引用や二次利用[編集]

引用のさいのルール[編集]

文章で書かれた書籍などの文章作品は、必要最低限なら、評論や紹介などの正当な目的なら、一定の条件を守れば、著作者の許可がなくても、自分の作品のいちぶに組み入れて発表できます。

このような、他人に著作物を、正当な手続きのうえで、著作者の許可なく、自分の著作物にとりこむ行為を引用(いんよう)といいます。

引用のさいには、つぎの事が必要になります。

・ もとの著作物の題名および著作者の名称、出版社などを明示すること。出典(しゅってん)を明示するため。
・ 引用された文章は、かぎ括弧(『』や「」など)を付けるなどして、引用された部分を、自分の著作した部分と区別できるようにすること。
・ 必要最低限の量だけ、引用している事。


現代の慣習では、音楽や絵画などは、引用が認められていません。また、歌詞も、引用が認められていません。

なので引用をするさいは、書籍や新聞の、文章だけを引用するのが、安全でしょう。


  • 出典の表示のしかた
・ 書籍から引用する場合 - 最低でも、著者名、その出版物のタイトル、出版社名、出版年、引用ページ番号、を書くこと。(一般に書籍はページ量がとても多いので、どのページから引用したかを書かないと、第三者が確認するさいに手間が掛かってしまう。)
・ インターネットから引用する場合 - 最低でも、URL、ページ名、確認した年月日、を書くこと。(引用後にページ内容が変更される場合があるので、ページをいつ確認したかを表示する必要がある。)
・ 新聞から引用する場合 - 新聞社名、いつの日付の新聞か、朝刊や夕刊かの区別、などを表示する。


  • 著者に連絡すべきかどうか?

引用のさい、著作者にも連絡して許可をもらったほうがいいか、それとも連絡しないべきかについては、議論があります。(※ 検定教科書でも、教科書出版社によって、意見が分かれている。)

「どの程度が『必要最低限』かどうかは人によって基準が異なるので、連絡したほうがイイ」という意見もあれば、「著作者への連絡によって、著作者は連絡に対応させられてしまうため、著作者に時間と手間をかけてしまう。なので、著作権法で『引用』として認められるていどの範囲であれば、無断で引用するべきだ」という意見もある。

著作物の二次利用の許可[編集]

自由利用マーク

著作者が、じぶんの作ったその著作物を、読者などの利用者が自由に利用してもいいと認める場合には、その意志を表示するためのマークがあります。

たとえば、文化庁のさだめた「自由利用マーク」があります。(※ 中学・高校の検定教科書の範囲内)

※ もし、文化庁の「自由利用マーク」を実際に利用する場合には、文化庁のホームページに細かい決まりが書いてあるので、それを確認のこと。(中学の検定教科書でも、そういった感じのことを呼びかけている。)


※ クリエイティブ・コモンズについては科目「社会と情報」の範囲外。科目「情報の科学」にてクリエイティブ・コモンズについて習う。

フリーウェア、フリーコンテンツの著作権[編集]

インターネット上では、著者みずからが無料で公開してるコンテンツ(小説、絵画、音楽などの作品)や、無料で使わせてくれるソフトウェアなどがあります。

このような、無料のソフトウェアを「フリーウェア」「フリーソフト」といいます。また、このような無料コンテンツを「フリーコンテンツ」といいます。あるいは単に「無料ソフト」「無料コンテンツ」などといいます。

これら無料のソフトウェアやコンテンツは、一般に、著作者は著作権を放棄していません。

ユーザが無料で出来ることは、あくまで、ユーザが個人で利用する範囲内です。


ファイル共有ソフトと著作権侵害とウイルス[編集]

ファイル共有ソフトを導入したコンピュータどうしのネットワークでは、有料のソフトウェアや有料の動画や音楽などのコンテンツなどを不正コピーしたファイルが、無料で出回っていることがある。

このような、不正コピーは、著作権侵害行為であり、違法行為である。

なお、ファイル共有ソフト自体は、単にコンピュータどうしの送受信の手段のソフトであり、著作権侵害ではないし、違法ソフトでもない。)

しかし、ファイル共有ソフトのネットワークでは、ウイルスも多く出回っており、しかも、それらのウイルスが、アイコンを動画ファイルや音楽ファイルなどのアイコンに偽装している場合もある。

※ 一般のネットワークと異なり、ファイル共有のネットワークには管理者などが居ないので、ウイルスなどが放置されやすい。

このような危険性もあるので、ファイル共有ソフトは、あまり用いないほうが安全である。