この項では関数解析学について解説する。位相空間論及び複素解析学は既習とする。作用素論も参照。
関数解析学では、ある性質を持つ関数の集合の性質を調べるということがしばしば行われる。その対象となる関数の集合は、しばしば線型空間としての構造と位相空間としての構造をともに持つ。そこで、まずは一般のこのような空間 -線型位相空間- について解説する。
Kを複素数体
または実数体
とする。K 上の線型空間が位相空間でもあり、和とスカラー倍が連続写像のとき、線型位相空間という。
K 線型空間 V があり、写像
が次を満たすとき、この写像をノルムという。
ノルムをもつ線型空間をノルム空間といい、
と表す。
命題 ノルム空間は距離空間である。
- (証明)
とする。これが距離の公理(位相空間論を参照)を満たすことを確認する。距離の公理1・2はノルムの公理1・2から直ちに従う。また、
なので、
(公理3)
(公理4)□
ノルム空間はこの距離から定まる位相によって線型位相空間となる。ノルム空間のうち完備な空間を特にBanach空間という。
K 線型空間 V があり、写像
が次を満たすとき、この写像を内積という。
| 内積の公理
|
|
任意の と に対して




|
内積を持つ線型空間を内積空間といい、
と表す。
注意
が成り立つ。
内積については、次に挙げるCauchy-Schwarzの不等式が重要である。
定理(Cauchy-Schwarz)

- (証明)
- 内積
を計算してみると、

- であり、
に注意すると
すなわち
である。□
Cauchy-Schwarzの不等式から、次の事実が導かれる。
命題 内積空間はノルム空間である。
- (証明)
とする。これがノルムの公理を満たすことを確認する。ノルムの公理1は明らか。ノルムの公理2は内積の公理2より従う。また、
(公理3)
- ノルムの公理4については

完備なノルム空間
をバナッハ空間という。
内積空間
がバナッハ空間のとき、すなわち内積から導かれる(内積の誘導する)ノルムが完備なとき、特にヒルベルト空間という。
このように抽象的に定義される内積空間であるが、一般の(内積を持たない)線型空間と比べると幾何的な性質を持ち合わせている。たとえば、

はCauchy-Schwarzの不等式により定まるので、これによって2つのベクトルの「なす角」の概念を定義することができる。
また、初等幾何における中線定理の拡張も成り立つ。初等的な幾何ベクトルにおいて
とし、△OABに中線定理を適用すると
となるが、これと全く同じ形の式が一般の内積空間でも成り立つ。
定理(中線定理)

- (証明)

解答
まず、所与の式が内積の公理を満たすことを確認する。
であり、
と
より
(公理1及び2)
(公理3)
に対して
、
(公理4)
よって
は
と
の内積である。
この内積の誘導するノルムは通常の複素数の絶対値
に一致し、任意の複素数列が完備であることから誘導されるノルムも完備である。
よって内積空間
はヒルベルト空間である。
線型位相空間である関数空間は、当然ながらベクトル空間の公理を満たす。
そのため、関数をベクトルとして扱うことができる。
対称となる関数は有界区間上の連続関数、
級関数、
乗可積分関数、コンパクト台を持つ滑らかな関数、シュワルツ関数など幅広い。
関数の内積は、内積の公理を満たせばどのように決定しても良い。
以下のような定義がよく知られている(これらが公理を満たすことの証明は省略)。
- 共通周期Tを持つ一変数連続周期関数:

- 共通周期を持たない一変数連続周期関数:
(エルゴード平均・時間平均)
- 2乗可積分である非周期一変数複素関数:

- 2乗可積分である多変数関数:

- 2乗可積分である多変数正則関数:

なお、2乗可積分かつ複素有界領域
上で正則である関数全体がなすヒルベルト空間をベルグマン空間(記号:
)という。
いずれにしても、関数のノルムは自身との内積の正の平方根で定義される。

初等ベクトルの公式
から、関数の成す角は以下のように定義される。

は簡単な定積分の計算により0であると容易にわかる。このように、
の内積が0であるとき、
は直交するという。
は互いに直交する。この事実はフーリエ係数の導出に用いられている。
直交する
を、関数空間の直交基底という。
特に、ノルムを正規化した基底
を正規直交基底という。