高等学校古典B/源氏物語

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『源氏物語』 作者:紫式部

  • 『源氏物語』の大まかな内容

恋物語。光源氏が女ったらしな男性貴族なので、いろんな女との恋愛をする。光源氏はモテるという設定である。容姿は素晴らしいという設定である。そもそも呼び名の「光源氏」の「光」が、その美貌を元に付けられた呼び名である。よって「光」は、べつに本名ではない。光源氏は、教養も高く、知性も高いという設定である。

作中には、ほぼ、まったく政治や行政などの実務的・具体的な話は出ず、ほとんどが恋愛に関する内容である。

  • 予備知識

『源氏物語』の主人公は光源氏(ひかるげんじ)という男である。冒頭の章の内容は、光源氏が生まれる前の話で、母親を紹介する話である。父親は帝で桐壺帝(きりつぼてい)である。光源氏の母親は「桐壺の更衣」(きりつぼのこうい)などと呼ばれる。

光源氏は、天皇の子である。よって、光源氏の身分は、地位のそこそこ高い貴族である。

作中の時代背景は、はっきりとは書いていないが、おおむね平安時代のような記述である。そもそも『源氏物語』は平安時代に書かれた作品である。

  • 注意事項
・主人公の「光源氏」は、鎌倉幕府や平家物語などでの武士の「源氏」とは、無関係である。
・『源氏物語』は長編であり、とても長い。すべてを古文で読みきることは、高校生には不可能なので、高校生は、参考書などで代表的な箇所だけを詠み、概要などを掴むべし。
・物語であり、史実ではない。
・べつに日本最古の物語ではない。日本最古の物語は『竹取物語』だと伝えられている。また、『伊勢物語』のほうが『源氏物語』よりも古いので、べつに恋愛や歌に関する最古の物語ではない。

けっして、後の時代の日記文学『更級日記』の作者のように、けっして源氏物語を宮中の現実だと勘違いしてはならない。むしろ『大鏡』などの歴史物語のほうが、実際の宮中の実情に近いだろう。

したがって『源氏物語』から、日本の歴史を知ることは、まず不可能である。裏を返せば、歴史や経済などとの社会とは切り離して、当時の人の内面的な価値観とかを分析するのには、うってつけなのである。なので文学的な観点などから、鎌倉時代以降から古典として嗜まれて(たしなまれて)おり、江戸時代には本居宣長が源氏物語を研究し、源氏物語の主題を「もののあはれ」だと考えた。宣長の言う「もののあはれ」とは、意訳すると「情緒」「感情」「愛情」に基づく「本音」「本心」のような意味だろう。「あはれ」とはいっても、べつに風流心ではない。

・入試に出やすい。

今の所、センター試験では出る頻度が少ないが、各大学の試験には出る場合が多い。

光源氏(ひかるげんじ)の誕生[編集]

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冒頭では、まだ主人公の光源氏(ひかるげんじ)は生まれていない。冒頭では、光源氏の母と父について説明をしている。 光源氏は、帝を父とする。光源氏は帝の子である。母親の身分は、宮廷での身分としては、あまり身分の高くない更衣(こうい)である。更衣とは、女官の役職の一つ。

  • 大意

ある帝の治世に、さほど身分の高い更衣が、帝からの寵愛を深く受けた。ほかの女御・更衣は、その寵愛を深く受けた更衣に嫉妬した。世間も、その更衣に非難の目を向ける。

その更衣の父の大納言は既に亡くなっており、母の北の方(きたのかた)が、取り計らっていたが、その人脈だけでは、その更衣の後ろ盾となる勢力が強くないので、その更衣は心細そうであった。

  • 本文/現代語訳

いづれの御時(おほんとき、オオントキ)にか、女御(にようご、ニョウゴ)、更衣(かうい、コウイ)あまた候ひ(さぶらひ)給ひけるなかに、いとやむごとなき際(きは)にはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり。はじめより、我はと思ひあがり給へる御方々(おほんかたがた)、めざましきものに、おとしめ、そねみ給ふ。同じほど、それより下臈(げらふ、ゲロウ)の更衣たちは、ましてやすからず。朝夕の宮仕へにつけても、人の心をうごかし、恨みを負ふ積もりにやありけむ、いとあつしくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、いよいよ飽かずあはれなるものにおぼほして、人のそしりをもえはばからせ給はず、世の例(ためし)にもなりぬべき御もてなしなり。上達部(かんだちめ)、上人(うへびと)なども、あいなく目をそばめつつ、いとまばゆき、人の御おぼえなり。唐土(もろこし)にも、かかる事の起こりにこそ世も乱れ悪しかりけれと、やうやう天(あめ)の下にも、あぢきなう、人のもて悩みぐさになりて、楊貴妃(やうきひ、ヨウキヒ)のためしも引き出でつべうなりゆくに、いとはしたなきこと多かれど、かたじけなき御心(みこころ)ばへの類ひなき(たぐひなき)を頼みにて、交らひ給ふ。

父の大納言は亡くなりて、母北の方なむ、いにしへの人の、よしあるにて、親うち具(ぐ)し、さしあたりて世のおぼえ華やか(はなやか)なる御方々(かたがた)にもいたう劣らず、何事の儀式をももてなし給ひけれど、とりたててはかばかしき後見(うしろみ)しなければ、ことある時は、なほよりどころなく、心細げなり。

どの帝の御代(みよ)であっただろうか、女御(にょうご)や更衣(こうい)がたくさんお仕え申し上げていた中に、それほど高貴な身分ではないが、格別に帝のご寵愛を受けておられる方があった。(宮仕えの)初めから、自分こそは(帝の寵愛を受けよう)と自負しておられた(女御の)方々は、気にくわない者として、さげすみ、嫉妬(しっと)なさる。同じ身分(の更衣)、それより下の身分の更衣たちは、なおさら心が穏やかではない。朝夕の宮仕えにつけても、(他の)人々の心を動揺させるばかりで、恨みを負うことが積み重なったのであろうか、ひどく病気がちになっていき、なんとなく心細げな様子で実家に帰りがちであるのを、(帝は)ますます限りなくいとしいとお思いになって、他人の非難をお気になさることができず、世間のかたりぐさにもなってしまいそうな御待遇である。上達部(かんだちめ)や殿上人なども、あいなく(困ったこととして? わけもなく?)目をそむけて、たいそう見てられないほどの、更衣へのご寵愛である。(複数訳あり / たいそう見るもまばゆいほどの人に対するような、(帝の)寵愛である。)中国でも、このような事の起きる時にこそ、世も乱れ悪くなったと、しだいに世間でも、苦々しく、人々の悩みの種になって、楊貴妃(ようきひ)の例も引き合いに出しそうになっていくので、(更衣は)とても体裁(ていさい)が悪いけれど、もったいないお心(=帝からの寵愛)が比類ないほどなのを頼みにして、宮仕えしていらっしゃる。

(この更衣の)父の大納言は亡くなっていて、母である(故・大納言の)北の方は、古風な人で、教養のある人で、両親がそろい、現在のところ世間の評判が華やかな方々にもそれほど劣らないように、(宮中の)どんな儀式も(母・北の方が?)取り計らったが、これといってしっかりした後ろ盾となる人が(この更衣には)いないので、(何か)特別な行事のあるときは、(この更衣は)やはり頼る所ががなく心細そうである。


  • 語句(重要)
・いづれの御時(おおんとき)にか - どの帝の御代(みよ)であったか。
・女御、更衣 - 両方とも天皇の夫人である身分。皇后・中宮の地位に次いで女御があり、女御に次いで更衣がある。
あまた - 数多く。
下臈 - 身分の低い者。
・北の方(きたのかた) - 貴人の妻で、正妻の者。
・よしある - 教養のある。この語の意味の別説として「由緒ある家柄の」という説もある。
・時めき - この語を女性に使う場合、「寵愛を受ける」の意味。
・めざましき - 目に余る。目ざわりだ。不愉快だ。気にくわない。
・あつし - 病気がち。漢字については諸説あり「篤し」か「熱し」か、さまざまな説があるので、漢字は気にしなくて良い。
・後ろ見 - 経済面などの面倒を見る人。後ろ盾。今の日常語でいう「後見人」の意味に近いが、法律用語の「後見人」と日常語の「後見人」との意味は違っているので注意。
・まばゆき - 「まばゆし」。
・おとしめ - 「おとしむ」=さげすむ、見下す。
・えはばからせたまはず - 「え・・・ず」の構文で、「え憚らせ給わず」のこと。はばかることができない。
・あぢきなう - 苦々しい、不快である、の意味。形容詞「あじきなし」の連用形「あじきなく」のウ音便。
・あいなく - 気にくわなく。形容詞「あいなし」=気に食わない、困ったことだ、の意味。
・はしたなき - 体裁が悪い。
・かたじけなき - 恐れ多い。もったいない。
・ - 。
  • 語注
・上達部 - 公卿(くぎょう)。三位以上の人。
・上人 - 殿上人。清涼殿の殿上の間に昇殿を許された人で、四位・五位の人である。くわえて六位の蔵人(くろうど)。
・楊貴妃 - 唐の玄宗皇帝に愛された妃(きさき)。美女とされる。
・ - 。

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光源氏が生まれる。美貌を持って、光源氏は生まれる。帝は、光源氏を大切に育てた。

  • 大意

更衣が玉のような美しい男の子を産む。(この子が光源氏。) 第一皇子は別の子であり、右大臣家の子である。帝の自分の子への愛情は、第一皇子よりも、若宮(=光源氏)にそそがれた。

  • 本文/現代語訳

 前(さき)の世にも、御契りや深かりけむ、世になく清らなる玉の男皇子(をのこみこ)さへ生まれたまひぬ。いつしかと心もとながらせたまひて、急ぎ参らせて御覧ずるに、めづらかなる児(ちご)の御かたちなり。一の御子は、右大臣の女御の御腹にて、寄せ重く、疑ひなきまうけの君と、世にもてかしづき聞こゆれど、この御にほひには並びたまふべくもあらざりければ、おほかたのやむごとなき御思ひにて、この君をば、私物(わたくしもの)に思ほしかしづきたまふこと限りなし。

(帝と更衣は)前世においてもご縁が深かったのであろうか、この世にないくらい清らかで美しい玉のような男の皇子(=光源氏)までもお生みになった。(帝は)いつになったら(あえるのだ)と、待ち遠しくお思いなさって、急いで(さきほど生まれた男の皇子 = 若宮 =光源氏を見るために、母親などを)参上させて御覧になると、めったにないほどの子の(美しい)お顔立ちである。(光源氏とは別の子で、既に生まれている)第一皇子は、右大臣(家の娘)の女御がお生みになって、後ろ盾が強く、「疑いない皇太子」と世間が大切にいたしておりますが、この(光源氏の)美しさにはお並びできそうにもなかったので、(第一皇子に対しては、帝の愛情は)並みの大切な方としてのお気持ちで、この君(=光源氏)を、秘蔵っ子とお思いになって大切にお育てになることは、この上ない。


  • 語句(重要)
・契り - 縁(えん)。
・いつしか - 「早く、・・・したい」という気持ち。いつになったら。
かしづく - 大切に育てる。
・にほひ - 美しさ。つややかな美しさ。
・おほかた - 世間一般の。
  • 語注
・まうけの君 - 世継ぎの者。皇太子。
・ - 。

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  • 大意
  • 本文/現代語訳

 初め(はじめ)よりおしなべての上宮仕へ(うへみやづかへ)したまふべき際(きは)にはあらざりき。覚えいとやむごとなく、上衆(じやうず)めかしけれど、わりなくまつはさせたまふあまりに、さるべき御遊びの折々、何事にも、ゆゑある事のふしぶしには、まづ参(ま)う上らせたまひ、ある時には大殿籠り(おほとのごもり)過ぐして、やがてさぶらはせたまひなど、あながちに御前(おまへ)去らずもてなさせたまひしほどに、おのづから軽き(かろき)方(かた)にも見えしを、この御子生まれたまひて後は、いと心ことに思ほしおきてたれば、「坊にも、ようせずは、この御子のゐたまふべきなめり。」と、一の御子の女御は思し疑へり。人より先に参りたまひて、やむごとなき御思ひ、なべてならず、皇女(みこ)たちなどもおはしませば、この御方の御いさめをのみぞ、なほわづらはしく心苦しう思ひ聞こえさせたまひける。

かしこき御蔭(かげ)をば頼み聞こえながら、落としめ疵(きず)を求めたまふ人は多く、わが身はか弱く、ものはかなきありさまにて、なかなかなるもの思ひをぞしたまふ。 御局(みつぼね)は桐壺(きりつぼ)なり。

(光源氏の母の桐壺更衣は、)もともと、帝のそばでの日常的な雑用などをするような、ありきたりの(軽い)身分ではなかったが。世間の評判もたいそう高く、高貴な人らしい様子であったけれど、(帝が)むやみにお側に付き添わせらっしゃあまりに、しかるべきお遊び(=管弦など)の折々に、何事につけても風情のある行事のたびごとに、なにより(この更衣を)参上させなさり、ある時には、お寝過ごしになってそのままお仕えさせるなど、むやみにお側を離れないようにお扱いなさるうちに、自然と(桐壺更衣は)軽い身分の方にも見えたのだが、この若宮(=光源氏)がお生まれになってから後は、(帝は更衣を)たいそう格別にお気にかけよう(格別な待遇にしよう)と決めなさったようで、「皇太子にも悪くすると、この皇子(=光源氏)がおなりになるかもしれない。」と第一皇子の(母親の)女御はお疑いになっている。(この女御は)、ほかの人よりも以前に入内なさって、(帝も、その女御を)貴い方としてのお思いは並々ではないので(=貴いと思っているので)、皇女たちなどもいらっしゃるので、この御方の忠告だけは面倒であるが、つらいものとお思いになっていた。

恐れ多い(帝の)ご庇護(「ひご」)を頼みにし申し上げながら、(一方では、更衣のことを)さげすんだり欠点をお探しになる人は多く、(更衣)自身は、弱弱しく心細い(※「かよわくものはかなき」の訳に諸説あり )様子なので、かえって気苦労をなさる。

(その更衣の)お部屋は桐壺(きりつぼ)である。

(桐壺)


  • 語句(重要)
おしなべて - ありきたり。ごく普通の。
わりなく - むやみに。 「わりなし」の原義は、理が無い、と言う意味。道理に合わなかったり、程度がずばぬけていることを言う。悪い意味でも、いい意味でも、どちらでも使う。
・遊び - 管弦や詩歌など。
大殿籠る(おおとのごもる) - 寝る。「寝ぬ」(いぬ)の尊敬語。
・やがて - そのまま。
あながちに - むやみに。無理に。形容動詞「あながちなり」の連用形。 ※ 副詞「あながち」とは意味が違う(副詞「あながち」は、けっして、必ずしも、の意味)ので注意。
・おのづから - 自然と。
・かしこし - 恐れ多い。「かしこき」は形容詞「かしこし」の連体形。 ※ ここでの「かしこき」は、賢い、頭が良い、とは意味が違うので注意。頭が良いという意味の「かしこし」も古語では使うので、どちらの意味なのかは文脈から判断すること。
・ - 。
・なめり - ・・・であるようだ。「めり」は推定の助動詞。「なるめり」などの音便。
・ - 。
・ - 。
  • 語注
・上宮仕へ(うへみやづかえ) - 帝への、お側(おそば)仕え。日常的な庶務や雑用などをする。
・ - 。
・一の皇子 - 第一皇子。のちの朱雀帝(すざくてい)。
・右大臣の女御 - 右大臣の娘である女御。弘徽殿(こきでん)の女御。「弘徽殿」は後宮(こうきゅう)の七殿五舎のうちの一つ。
・坊 - 東宮御所。ここでは皇太子のこと。
・ - 。
・桐壺 - 後宮五舎の一つ、淑景舎(しげいしゃ)のこと。中庭に桐が植えてあるので、こう呼ぶ。

このあと、光源氏は三歳のころ、母親と死別する。

そして、高麗人の予言などを参考に、帝は光源氏を臣籍に下した。光源氏はこうして源氏の姓を与えられ、「光源氏」と呼ばれるようになった。

光源氏は元服してから、葵の上(あおいのうえ)と結婚したが、源氏の本心では、別の女が好きだった。源氏は、藤壺(ふじつぼ)が好きだったのである。桐壺と藤壷は、別人。藤壺は父の后であった。つまり、源氏の藤壺への恋は、許されない恋愛感情である。

藤壺の外見が、桐壺にそっくりな若い女性だという設定であり、源氏は、母・桐壺更衣の面影を感じさせる藤壺に心をひかれたという設定である。藤壺の年齢は、源氏とは5歳違いで、源氏よりも年上の女性である。 この段階では、まだであるが、最終的に源氏は藤壺に手を出し、藤壺を妊娠させ、藤壺は源氏の子を産んでしまう。父・桐壺帝は真相を知らず、藤壺の産んだ子を自分(桐壺帝)の子だと思っている。

このように、源氏の心は葵の上にはなく、藤壺にあるので、葵の上との夫婦仲は、いまいち良くない。

しかし、葵の上の兄弟である頭中将とは、源氏は、うまが合うようで、ある夜、頭中将たちの語る女性論による女性の品定めを源氏も聞いた。頭中将らが言うには、中流階級の女が狙い目だと言う。(中流と言っても、中央の朝廷に勤めている貴族から見れば中流という意味であって、自分たちよりも少しだけ官位の低い貴族の女性という意味である。なので一般庶民からすれば、中将の言う中流とは、かなり高位な階級である。)源氏は、十七歳。 以上、箒木(ははきぎ)の巻の内容。

そして、さまざまな恋愛をし、夕顔(ゆうがお)などと恋愛をする。だが、夕顔は死んでしまう。ちなみに、夕顔は頭中将の愛人であった。 箒木の章での品定めが伏線になっている。 以上、夕顔(ゆうがお)の巻の内容。


若紫との出会い[編集]

源氏物語画帖(伝土佐光起筆)

源氏は十八歳。

のちに源氏の妻となる「紫の上」(むらさきのうえ)を、源氏が初めて見かけたシーンである。 光源氏が18歳のとき、光源氏が体調を崩したので、病のお祈りのために、京都北山の聖のところに滞在していたとき、ある家を見かけて、小柴垣(こしばがき)から中をちょっと覗いてみたら、なにやら可愛い少女がいたので、そのまま様子を見てみた。 向こうは(若紫の側は)、まったく源氏に気づいていない。夕暮れ時に、源氏が覗いていた。

ストーリーの、この段階では、紫の上は、まだ十歳前後の幼い少女である。 まだ「紫の上」とは呼ばれてない。説明の便宜などのため、少女時代の紫の上のことを「若紫」(わかむらさき)などと言う場合が多い。

ちなみに、このとき源氏が覗いた家は、僧都(そうづ)の住まいであった。僧都(そうづ)とは、仏教での僧侶の階級の一つで、とても偉い階層の人である。一番偉い階級は僧正(そうじょう)であるが、僧都は、その次に偉い。

この少女・若紫は、実は、藤壺の親戚であった。なので、藤壺に恋をしている源氏にとって、この少女が美人に見える。


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  • 大意
  • 本文/現代語訳

 日もいと長きにつれづれなれば、夕暮れのいたうかすみたるに紛れて、かの小柴垣(こしばがき)のもとに立ち出でたまふ。人々は帰したまひて、惟光朝臣(これみつのあそむ)とのぞきたまへば、ただこの西面(にしおもて)にしも、持仏(ぢぶつ)据ゑ(すえ)たてまつりて、行ふ尼なりけり。簾(すだれ)少し上げて、花奉るめり。中の柱に寄りゐて、脇息(けふそく)の上に経を置きて、いとなやましげに読みゐたる尼君、ただ人と見えず。四十余(よそぢよ)ばかりにて、いと白うあてに、やせたれど、面(つら)つきふくらかに、まみのほど、髪のうつくしげにそがれたる末も、「なかなか長きよりもこよなう今めかしきものかな」と、あはれに見たまふ。

 清げなる大人二人ばかり、さては童(わらは)べぞ出で入り遊ぶ。中に、十ばかりにやあらむと見えて、白き衣(きぬ)、山吹(やまぶき)などのなえたる着て、走り来たる女子(をんなご)、あまた見えつる子供に似るべうもあらず、いみじく生ひ先見えて、うつくしげなるかたちなり。髪は扇を広げたるやうにゆらゆらとして、顔はいと赤くすりなして立てり。

日もたいそう長くなって、(源氏は)することもなく退屈なので、夕暮れのたいそうかすんでいるのに紛れて、あの小柴垣のあたりにお出かけになる。(お供の)人々はお帰しになって、惟光朝臣(これみつのあそん)と(一緒に小柴垣を)お覗き(のぞき)になると、ちょうどすぐそこの西向きの部屋に、持仏をお置きになって(仏道に)お勤めしている、尼であった。簾(すだれ)を少し巻き上げて、花をお供えしている。中の柱に寄って座り、ひじかけの上に経を置いて、とても大儀そうにお読みしている尼君は、普通の(身分の)人とは思えない。(年齢は)四十歳過ぎくらいで、たいそう色白く上品で、痩せているけれど、頬(ほお)のあたりはふっくらとしていて、目元のあたりや、髪のきれいに切りそろえられている先端も、かえって長いのよりも、この上なく現代風なものだなあ、と(いうふうに、源氏は)しみじみとお思いになる。

こぎれいな年配の女房が二人ほど(座っており?)、(それから)子供が出たり入ったりして遊んでいる。(その)中に、十歳ばかりであろうと見える(少女がおり)、白い下着に、山吹重ねなどの柔らかくなってるのを着て、走ってきた女の子は(美しく)、たくさん見えた(他の)子供たちに似ているはずもなく(=? 比べようもなく)、とても成人した後(の美しさ)が思われる、美しげな顔かたちである。髪は扇を広げているようにゆらゆらとして、(どうやら泣いた後らしく、)顔は(手で)こすって赤くして立っている。


  • 語句(重要)
・つれづれなり - することもなく退屈。
・行ふ - 仏道修行する。勤行(ごんぎよう)をする。 古語で、僧侶や尼などが、目的語を指定せず「行ふ」と言った場合、修行のことがある。 ここでの意味とはちがうが、古語の「行ふ」には、仏道に限らず何かを実行すると言う意味もある。
・なやましげ - 大儀そう。気分が悪そう。 ※ 現代語とは違い、色っぽいの意味は無い。
・ただ人 - 普通の人。
・あてなり - 上品。
なかなか - かえって。むしろ。副詞。
・ - 。
  • 語注
・小柴垣 - 細い木などで結って作った垣根。
・惟光朝臣(これみつのあそん) - 源氏の従者の一人の名前。源氏の乳母の子である。「朝臣」は五位以上の貴族への尊称。
・持仏(じぶつ) - 個人で持ち運べるほどの大きさの、小型の仏像。
・脇息(きょうそく) - 肘掛け。
・そがれたる - いわゆる「尼そぎ」のこと。当時の尼は、髪を肩のあたりで切りそろえる。
・大人 - ここでは、年配の女性のこと。
・山吹 - 襲(かさね)の色。表が赤みがかった薄い黄色、裏が黄色の、山吹襲(やまぶきがさね)。
・ - 。
・ - 。

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  • 大意
  • 本文/現代語訳

 「何事ぞや。童べと腹立ちたまへるか。」とて、尼君の見上げたるに、少しおぼえたるところあれば、子なめりと見たまふ。「雀(すずめ)の子を犬君(いぬき)が逃がしつる。伏籠(ふせご)の内(うち)にこめたりつるものを」とて、いと口惜し(くちおし)と思へり。このゐたる大人、「例の、心なしの、かかるわざをしてさいなまるるこそ、いと心づきなけれ。いづ方へかまかりぬる。いとをかしう、やうやうなりつるものを。からすなどもこそ見つくれ」とて立ちて行く。髪ゆるるかにいと長く、目安き人なめり。少納言乳母(せうなごんのめのと)とぞ人言ふめるは、この子の後ろ見なるべし。

 尼君、「いで、あな幼(をさな)や。言ふかひなうものしたまふかな。おのがかく今日明日(けふあす)におぼゆる命をば、何とも思(おぼ)したらで、雀(すずめ)慕ひ給ふ(たまふ)ほどよ。罪得(う)ることぞと、常に聞こゆるを、心憂く(うく)。」とて、「こちや。」と言へば、ついゐたり。面つきいとらうたげにて、眉(まゆ)のわたりうちけぶり、いはけなくかいやりたる額つき、髪(かん)ざし、いみじううつくし。ねびゆかむさまゆかしき人かなと、目とまり給ふ(たまふ)。さるは、限りなう心を尽くしきこゆる人に、いとよう似たてまつれるが、まもらるるなりけりと思ふにも、涙ぞ落つる。

(尼君が少女に言った、)「どうなさったのですか。子供たちと喧嘩しなさったのですか。」と言って、尼君が見上げると、少し(その少女の顔と)似ているところがあるので、(尼君の)子だろうと(源氏は)見なしなさった。(少女は尼君に言った、)「雀の子を、犬君(いぬき、※ ある人の呼び名 )が逃がしてしまったの。伏籠の中に入れておいたのに。」と言って、たいそう残念そうに思っている。先ほどの座っていた大人の人(=女房)が、「いつもの不注意者のこのような行いをして叱られるのは、たいそう気に食わない。(雀の子は、)どこへ行ってしまったのか。とてもかわいらしく、だんだんなってきたのに。烏(からす)などが見つけたら(大変だ。)」と言って、立って行く。髪がゆったりとして、たいそう長く、見た目に感じの良い(=見苦しくない)人のようだ。少納言の乳母(めのと)と人が言うらしい人は、きっと、この子の世話役なのだろう。

尼君が、「(?生き物を捕まえて飼おうとするなんて?)なんと、まあ、幼いことか。幼稚であることよ。私がこのように今日明日とも思われる命をなんとも思わないで、雀を追いかけていらっしゃる様子だよ。『(仏の?)罰を受けることですぞ。』といつも(あなたに)聞かせているのに。情けない。」と言って、(尼は少女を呼んで)「こちらへ(来なさい)。」と言ったところ、(少女は)ひざをついて座った。(少女の)顔立ちはたいそうかわいらしくて、眉のああtりがほんのりと美しく、子供っぽく(髪を)かきあげた額(ひたい)の様子、髪の様子が、たいそうかわいらしい。(源氏は思った、)成長していく様子を見たい人だなあ、と(光源氏の)目が(少女に)おとまりになる。それというのも、この上なくお慕い申している人(=藤壷(ふじつぼ) )に、とてもよく似ていらっしゃるから、見つめてしまうのだ。と思うにつけても涙が落ちる。


  • 語句(重要)
・ - 。
・心なし - 不注意。 古語での「心あり」や「心なし」の「心」には、多くの意味があるが基本的には「風流心」の意味である。文脈に応じて、「心」は、思いやり・思慮分別(しりょふんべつ)・恋愛感情などの意味に転じる。「思慮分別」・「思いやり」などと言っても、平安時代の古文作品の場合は、「心」とは貴族などにとって都合の良い思慮分別のことである場合が多いので、「心」の基本的な意味は風流心だと押さえておけばよい。
・心づきなし - 気に食わない。
もこそ - もし・・・したら大変だ。
なめり - ・・・であるようだ。「めり」は推定の助動詞。「子なめり」と、源氏は「尼君の子だろう」と推測しているが、実際は尼君の孫であり、尼君の子ではない。
・いはけなく - あどけなく。子供っぽい。
・ - 。
・ - 。
  • 語注
・犬君(いぬき) - 遊び相手の名前。
・伏籠(ふせご) - 香炉や火鉢などにかぶせる籠。この上に衣服をかぶせる。香をたいたり、衣服を暖めるのに使う。
・眉(まゆ)のわたりうちけぶり - 少女なので、まだ眉をそっておらず、まだ書き眉ではない。
・髪ざし - 髪の様子。「ざし」は、「まなざし」の「ざし」、などと同じような意味。
・ - 。

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  • 大意

少女は尼君の孫であるようだ。少女の母親が尼君の娘であるようだ。少女の母親は、すでに死んで亡くなったらしい。

  • 本文/現代語訳

尼君、髪をかきなでつつ、「けづることをうるさがりたまへど、をかしの御髪(みぐし)や。いとはかなうものしたまふこそ、あはれに後ろめたけれ。かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを、故姫君は、十ばかりにて殿に後れたまひしほど、いみじうものは思ひ知りたまへりしぞかし。ただ今おのれ見捨てたてまつらば、いかで世におはせむとすらむ。」とて、いみじく泣くを見たまふも、すずろに悲し。幼心地にも、さすがにうちまもりて、伏し目になりてうつぶしたるに、こぼれかかりたる髪、つやつやとめでたう見ゆ。

生ひ立たむありかも知らぬ若草を後らす露ぞ消えむ空なき

またゐたる大人、「げに。」とうち泣きて、

初草の生ひゆく末も知らぬ間にいかでか露の消えむとすらむ

と聞こゆるほどに、僧都(そうづ)あなたより来て、「こなたはあらはにやはべらむ。今日しも端におはしましけるかな。この上(かみ)の聖(ひじり)の方に、源氏の中将の、瘧病(わらはやみ)まじなひにものしたまひけるを、ただ今なむ聞きつけはべる。いみじう忍びたまひければ知りはべらで、ここにはべりながら、御とぶらひにもまうでざりける。」とのたまへば、「あないみじや。いとあやしきさまを人や見つらむ。」とて簾(すだれ)下ろしつ。「この世にののしりたまふ光源氏、かかるついでに見たてまつりたまはむや。世を捨てたる法師の心地にも、いみじう世の愁へ忘れ、齢(よはひ)延ぶる人の御ありさまなり。いで御消息(せうそこ)聞こえむ。」とて立つ音すれば、帰りたまひぬ。

尼君は(その子の)髪をかきなでながら、「髪をとかすことを嫌がるけれど、きれいなお髪だこと。(若紫が、)とても頼りなくておらっしゃるもが、かわいそうで、気がかりなのです。これくらいの年になれば、とても、こうではない人だっているのにね。(=もっと、しっかりした人だっているのにね。)亡くなった姫君は十歳くらいで父君に先立たれなさったころは、とても物事がよくお分かりになっていらっしゃったよ。たった今、私が、(もし、あなたを)お見捨て申し上げたならば、(はたして、あなたは)どのようにして、世間でやっていく(=生きていく)のでしょうか。」と言って、とても泣くのを、見てらっしゃるのも、(源氏は)わけもなく悲しい。(少女も)幼心にも、やはり、(尼君を)じっと見つめて伏目になってうつむいたところに、こぼれかかった髪の毛が、つやつやと美しく見える。

(尼君の気持ちを詠んだ和歌) 成長していく場所も分からない若草(=少女のたとえ)に、先立つ露(=尼君のたとえ)こそ、消えるにも空が無い。

もう一人、(そこに)いた女房は、「本当に。」と泣いて、

(女房の和歌) 初草の育っていく先も分からないのに、どうして露が消えるとしているのでしょうか。

と申し上げているうちに、僧都(そうづ)が向こうからやってきて、「こちらは、外から丸見えではありませんか(=外から丸見えでしょう)。今日に限って、端にいらっやるのですね。この上の聖の坊に、源氏の中将が、おこりのおまじないに、おいでになったことを、たった今、聞きつけました。たいそうお忍びだったので、まったく知りませんでして、ここにおりながらお見舞いにも参上しませんでした。」とおっしゃるので、(尼君は)「まあ大変。(私と若紫の)たいそう見苦しいさまを、誰かが見てらっしゃらないかしら。」と言って、簾を降ろしてしまった。「世間で評判の高い光源氏を、このような機会に、お見申し上げませんか。世を捨てた法師の心にも、とても世の憂いを忘れ、寿命が延びるような、人のご様子です。さあ、ご挨拶を申し上げましょう。」と言って、立つ音がするので、(源氏は)帰りなさった。

(若紫)


  • 語句(重要)
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  • 語注
・僧都(そうづ) - 僧侶の官位の一つ。僧正(そうじょう)についで偉い。ここでは、尼君の兄が僧都である。
・源氏の中将 - 光源氏。
・わらはやみ - 熱病の一種。
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須磨の秋[編集]

源氏は二十三歳。

色々とあって、都での立場が悪くなったので、ほとぼりが冷めるまで、源氏は須磨(すま)で過ごすことにした。須磨は、今で言う兵庫県の南西部の沿岸部のあたり。

父が崩御したこともあり、源氏は立場が悪くなり不遇になる。また、朧月夜(おぼろづきよ)という女性に手を出したことが、弘徽殿(こきでん)の女御の不評を買った。朧月夜は、弘徽殿(こきでん)女御の妹。

たぶん『伊勢物語』の東下りなどのパロディ。


「パロディ」とは何か?

パロディ(英語:parody)とは英語などの欧米言語由来の言葉だが、日本での和製英語としての「パロディ」の意味は、その創作部分には元ネタがあって、元ネタを知ってる人はさらに楽しめるようにした手法。盗作や複製などとの違いは、元ネタが容易に判明できるようにしており、また、元ネタにないストーリーなどを新規に多く創作して追加している事などである。また、引用(英語:citation サイテーション )とは違って、出典名などを明記しないし、元ネタの部分をカギ括弧(「」)などでは囲まない場合が多い。

なお、パロディと著作権との合法性・違法性については、もし、その「パロディ」作品全体があまりにも元ネタそのままだと、たとえパロディを行う側の作家がパロディとして真似ただけのつもりでも、盗作などとして批判されたり、また著作権侵害などの違法行為として罪に問われる可能性もありうる。なぜなら、ほぼ元ネタそのままのパロディは排除しないと、違法業者などが「パロディ」と称して他の作家の著作物の一部を変更しただけで複製できてしまい、そのせいでパロディをされる側の原作者の権利が侵害されてしまうからである)。なので、もし、あなたが創作活動をしてパロディを行う際は、ほどほどに。

また、映像作品や音楽作品などの場合、たとえ部分的であっても、コピーするのは慣習的に違法とされている。たとえパロディや引用の目的などでも、コピーするのは、慣習的には違法とされている。なので、もしパロディを行う際は、元ネタの部分は、パロディ側の作家が自分で作り直す必要がある。


本文中にも、「行平」(ゆきひら)という、在原業平(ありわらのなりひら)の兄の名前が出てくる。また、当時の平安時代は、菅原道真(すがわらのみちざね)が大宰府(だざいふ)に左遷されたように、不遇になった貴族が遠隔地に左遷されて飛ばされる時代でもあったので、源氏は一時的に身を引いたのかもしれない。

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源氏は、いやいやながらも、保身のため、仕方なく須磨に退いた。なので、本心では都が恋しい。

  • 大意


  • 本文/現代語訳

 須磨(すま)には、いとど心づくしの秋風に、海は少し遠けれど、 行平(ゆきひら)の中納言の、「関吹き越ゆる」と言ひけむ浦波、夜々(よるよる)は、げにいと近く聞こえて、またなくあはれなるものは、かかる所の秋なりけり。

 御前(をまへ)にいと人少なにて、うち休みわたれるに、一人目を覚まして、枕をそばだてて四方(よも)の嵐を聞き給ふに、波ただここもとに立ち来る心地して、涙落つとも覚えぬに、枕が浮くばかりになりにけり。琴(きん)を少しかき鳴らし給へるが、我ながらいとすごう聞こゆれば、弾きさし給ひて、

恋ひわびて泣く音にまがふ浦波は思ふ方(かた)より風や吹くらむ

とうたひ給へるに、人々おどろきてめでたうおぼゆるに、忍ばれで、あいなう起きゐつつ、鼻を忍びやかにかみわたす。

須磨では、いっそうもの思いをさそう秋風が吹いて、海は少し遠いけれど、行平の中納言が『関吹き越ゆる』と言った(=詠んだ)という浦波が、夜夜は、本当に(=その歌のとおりに)とても近くに聞こえて、またとなくしみじみとするのは、このような所の秋なのだ。

(光源氏の)おそばにはたいそう人が少なくて、(皆が)寝静まっている中、一人だけ(源氏が)目を覚まして、枕から頭を上げて(←意訳)、四方の激しい風(の音)をお聞きになると、波がまさにこのすぐそばにまで(打ち寄せ)やってきている心地がして、涙が落ちるとも思われないのに、(涙が落ちて、まるで)涙で枕が浮くようになってしまった。事を少しかき鳴らしなさったが、我ながら実にぞっとするほどに寂しく聞こえるので弾くのを止めて、

恋しさに耐えかねて泣く(私の声の)音に似ている浦波(の音)は、思う人(のいる都の方角から)風が吹くからであろうか。

と歌いなさったところ、人々は目を覚まして、(源氏の歌を)すばらしいと思うにつけ、(寂しさを)こらえきれないので、わけもなく起きては(泣いてしまい、鼻水でつまった)鼻を静かに、かんでいる。


  • 語句(重要)
・いとど - いっそう。ひとしお。副詞。
・げに - 本当に。
・すごう - 気味が悪い。寂しい。ぞっとするほど寂しい。形容詞「すごし」の連用形「すごく」のウ音便。
・めでたう - 素晴らしく。形容詞「めでたく」の連用形「めでたく」のウ音便。
・まがふ - 見分けが付かない。似ていて見分けが付かない。混じっていて見分けが付かない。見間違える。似ている物の仲に見失う。
・あいなう - わけもなく。形容詞「あいなし」の連用形「あいなく」のウ音便。「合いなく」の意味か。
  • 語注
・須磨(すま)- 今で言う兵庫県の南西部の海岸の須磨(すま)の浦あたり。
・心づくしの秋風 - 『古今和歌集』に、「木の間(このま)よりもりくる月の影見れば心づくしの秋は来にけり」とある。
・行平(ゆきひら)の中納言 - 在原業平(ありわらのなりひら)の兄。歌人。文徳天皇のとき須磨に移住させられたという。
・浦波 - 浜辺に打ち寄せる波。
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  • 大意
  • 本文/現代語訳

「げにいかに思ふらむ、わが身一つにより、親はらから、かた時たち離れがたく、ほどにつけつつ思ふらむ家を別れて、かく惑ひ合へる。」 とおぼすに、いといみじくて、「いとかく思ひ沈むさまを、心細しと思ふらむ。」とおぼせば、昼は何くれとたはぶれごとうちのたまひ紛らはし、つれづれなるままに、いろいろの紙を継ぎつつ手習ひをし給ひ、めづらしきさまなる唐の綾などにさまざまの絵どもを書きすさび給へる、屏風のおもてどもなど、いとめでたく、みどころあり。人々の語り聞こえし海山のありさまを、はるかにおぼしやりしを、御目に近くては、げに及ばぬ磯のたたづまひ、二(に)なく書き集め給へり。「このころの上手にすめる千枝(ちえだ)、常則(つねのり)などを召して、作り絵つかうまつらせばや。」と、心もとながり合へり。なつかしうめでたき御さまに、世のもの思ひ忘れて、近く慣れつかうまつるをうれしきことにて、四、五人ばかりぞつと候ひける。


  • 語句(重要)
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  • 語注
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  • 大意
  • 本文/現代語訳

前栽(せんざい)の花いろいろ咲き乱れ、おもしろき夕暮れに、海見やらるる廊に出で給ひて、たたずみ給ふ御さまの、ゆゆしく清らかなること、所柄はましてこの世のものとは見え給はず。白き綾のなよよかなる紫苑(しをん)色など奉りて、こまやかなる御直衣、帯しどけなくうち乱れ給へる御さまにて、「釈迦牟尼仏弟子(しゃかむにぶつでし)。」と名のりて、ゆるるかに読み給へる、また世に知らず聞こゆ。

 沖より舟どもの歌ひののしりて漕ぎゆくなども聞こゆ。ほのかに、ただ小さき鳥の浮かべると見やらるるも、心細げなるに、雁のつらねて鳴く声、楫(かぢ)の音にまがへるを、うちながめ給ひて、涙のこぼるるをかき払える手つき、黒き御数珠(ずず)に映え給へりは、ふるさとの女恋ひしき人々の心、みな慰みにけり。

初雁は恋しき人のつらなれや旅の空飛ぶ声の悲しき

とのたまへば、良清、

かきつらね昔のことぞ思ほゆる雁はその世の友ならねども

民部大輔(みんぶのたいふ)

心から常世を捨てて鳴く雁を雲のよそにも思ひけるかな

前右近将監(さきのこんのぞう)、 「常世出でて旅のそらなるかりがねもつらにおくれぬほどぞ慰む友惑はしては,いかに侍らまし。」と言ふ。親の常陸になりて下りしにも誘はれで、参れるなりけり。下には思ひくだくべかめれど、ほこりかにもてなして、つれなきさまにしありく。


  • 語句(重要)
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  • 語注
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  • 大意
  • 本文/現代語訳

月のいとはなやかにさし出でたるに、今宵は十五夜なりけりと思し(おぼし)出でて、殿上の御遊び恋しく、所々眺めたまふらむかしと思ひやりたまふにつけても、月の顔のみまもられ給ふ。「二千里外故人心。」(にせんりのほか こじんのこころ)と誦(ず)じ給へる、例の涙もとどめられず。入道の宮の、「霧や隔つる。」とのたまはせしほど、言はむ方なく恋しく、折々のこと思ひ出で給ふに、よよと泣かれ給ふ。「夜更け侍りぬ」 と聞ゆれど、 なほ入り給はず。

見るほどぞしばし慰むめぐりあはむ月の都ははるかなれども

その夜、上のいとなつかしう昔物語などし給ひぢ御さまの、院に似奉り給へりしも、恋しく思ひ出で聞こへ給ひて、 「恩賜の御衣(ぎょい)は今ここにあり。」と誦じつつ入り給ひぬ。御衣(おんず)はまことに身放たず、傍らに置き給へり。

鬱しとのみひとへにものは思ほえで左右にも濡るる袖かな

  • 語句(重要)
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  • 語注
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