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高等学校国語総合/漢文/鶏鳴狗盗

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』

鶏鳴狗盗[編集]

(けいめい くとう)
原作者: 曾先之 (そう せんし)


解説[編集]

戦国四君と呼ばれた孟嘗君(もうしょうくん)のエピソードである。

秦(しん)の昭王(しょうおう)が、他国である斉(せい)の国の孟嘗君(もうしょうくん)の優れた知見の評判を聞いたので、敵国に優秀な人物がいては秦が困るから、いっそ殺してしまおうと考えて、昭王は孟嘗君(もうしょうくん)をだまして秦に訪問させ、そして、孟嘗君が秦に到着するやいなや、秦の兵士らは孟嘗君を抑留(よくりゅう)し、孟嘗君(もうしょうくん)の命が狙われたのである。

(※ 「抑留」とは、相手を捕まえるなどして、その場所に置き留めること。)

最終的に、脱出するが、そのとき、孟嘗君の部下であり同行してた二人の人物が活躍した。物を盗むのがうまい人物と、鶏の鳴き真似がうまい人物という、二人が、特に活躍した。

まず抑留された祭、抑留を話してもらえるように、


現代語訳[編集]

靖郭君田嬰(せいかくくん でんえい)という人は、斉(せい)の宣王(せんおう)の異母弟である。薛(せつ)に領地をもらって領主となった。子どもがいて(その名を)文(ぶん)という。食客(しょくかく)は数千人いた。その名声は諸侯に伝わっていた。孟嘗君(もうしょうくん)と呼ばれた。秦の昭王(しょうおう)がその賢明さを聞いて、人質を入れて会見を求めた。(昭王は孟嘗君が)到着するとその地にとどめて、捕らえて殺そうとした。

孟嘗君は配下に命じて、昭王の寵愛(ちょうあい)している姫へ行かせて解放するように頼ませた。寵姫は「孟嘗君の狐白裘(こはくきゅう)がほしい」と言った。実は孟嘗君は狐白裘を昭王に献上していて、狐白裘はなかった。食客の中にこそ泥の上手い者がいた。秦の蔵の中に入って狐白裘を奪って寵姫に献上した。寵姫は(孟嘗君の)ために口ぞえをして釈放された。すぐに逃げ去って、氏名を変えて夜ふけに函谷関(かんこくかん)についた。

関所の法では、鶏(にわとり)が鳴いたら旅人を通すことになっていた。秦王が後で(孟嘗君を釈放したのを)後悔して追いかけてくることを恐れた。食客に鶏の鳴きまねの上手い者がいた。(彼が鶏の鳴きまねをすると)鶏はすべて鳴いた。とうとう旅客を出発させた。出てからまもなく、(孟嘗君が不安に思ってたとおりに)やはり追う者がやってきたが、追いつくことはできなかった。

孟嘗君は帰国すると秦をうらんで、韓(かん)・魏(ぎ)とともに秦を攻めて函谷関の内側に入った。秦は町を割譲して和平を結んだ。


白文と書き下し文[編集]

靖郭君田嬰者、斉宣王之庶弟也。封於薛。有子曰文。食客数千人。名声聞於諸侯。号為孟嘗君。秦昭王、聞其賢、乃先納質於斉、以求見。至則止、囚欲殺之。孟嘗君使人抵昭王幸姫求解。姫曰、「願得君狐白裘。」蓋孟嘗君、嘗以献昭王、無他裘矣。客有能為狗盗者。入秦蔵中、取裘以献姫。姫為言得釈。即馳去、変姓名、夜半至函谷関。関法、鶏鳴方出客。恐秦王後悔追之。客有能為鶏鳴者。鶏尽鳴。遂発伝。出食頃、追者果至、而不及。孟嘗君、帰怨秦、与韓魏伐之、入函谷関。秦割城以和。

靖郭(せいくわ)田嬰(でんえい)なる者は、斉の宣王の庶弟1(しょてい)なり。 薛2(せつ)に封ぜらる。子(こ)有り(あり)文(ぶん)と曰ふ(いう)。 食客(しょくかく)数千人(すうせんにん)。 名声(めいせい)諸侯(しょこう)に聞こゆ(きこゆ)。 号(ごう)して孟嘗君(まうしやうくん)と為す(なす)。 秦(しん)の昭王(しょうおう)、其の(その)賢(けん)を聞き(きき)、(すなは)ち先づ(まづ)質(ち)を斉(せい)に納れ(いれ)、以て(まみえ)んことを求む(もとむ)。 至れば(いたれば)則ち(すなわち)止め(とどめ)、(とら)へて之(これ)を殺さん(ころさん)と欲す(ほっす)。 孟嘗君(もうしょうくん)人(ひと)をして昭王(しょうおう)の幸姫(こうき)3(いた)り解かん(とかん)ことを求め(もとめ)しむ。 姫(き)曰はく(いはく)、「願はくは(ねがはくは)君(きみ)の狐白裘(こはくきう)4を得ん(えん)」と。 (けだ)し孟嘗君(もうしょうくん)、(かつ)てもって昭王(しょうおう)に献じ(けんじ)、他(た)の裘(きゅう)無し(なし)。 客(かく)に()く狗盗(くとう)を為す(なす)者(もの)有り(あり)。 秦(しん)の蔵中(ぞうちゅう)に入り(いり)、裘(きゅう)を取りて(とりて)姫(き)に献ず(けんず)。 姫(き)為に(ために)言ひて(いいて)(ゆる)さるるを得(え)たり。 即ち(すなわち)馳せ(はせ)去り(さり)、姓名(せいめい)を変じ(へんじ)夜半(やはん)に函谷関5(かんこくかん)に至る(いたる)。 関(かん)の法(ほう)、鶏(にわとり)鳴きて(なきて)方に(まさに)客(かく)を出だす(いだす)。秦王(しんおう)の後に(のちに)悔いて(くいて)之(これ)を追はん(おわん)ことを恐る(おそる)。 客(かく)に能く(よく)鶏鳴(けいめい)を為す(なす)者(もの)有り(あり)。 鶏(にわとり)(ことごと)く鳴く(なく)。遂に(ついに)伝(でん)を発す(はっす)。出でて(いでて)食頃(しよくけい)にして、追う者(もの)果たして(はたして)至る(いたる)も及ばず(およばず)。孟嘗君(もうしょうくん)、帰りて秦を怨み(うらみ)、韓魏(かんぎ)と之(これ)を伐ち(うち)函谷関に入る(いる)。秦(しん)城(しろ)を割きて(さきて)以て(もって)和す(わす)。

(原典: 十八史略)

重要表現[編集]

  • 色々な「すなわち」

「すなわち」と読む「則」「乃」「即」には、意味が色々とあり、作品や文脈によって異なるので、作品ごとに個別に覚えたほうがよい。

至れば則ち(すなわち)止む - 「則」で「〜ば(=已然形)則ち・・・」と読み、ここでは、「そこですぐに」のような意味。
乃ち(すなわち)先づ(まづ)質(ち)を斉(せい)に納れ(いれ) - 「そこで、まずは人質を斉の国に送り、」のような意味。
即ち(すなわち)馳せ(はせ)去り(さり)、 - ここでの「即」は「すぐに」の意味。「すぐに馬を走らせて去り、」のような意味。
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(※ 記述中)

代名詞[編集]

其の(その)賢(けん) - 「其の」とは、孟嘗君の評判の高さのこと。
囚へて(とらえて)(これ)を殺さん - 「之」とは孟嘗君のこと。孟嘗君の命が狙われているので、まずは孟嘗君を抑留する必要があるのである。

(※ 「抑留」(よくりゅう)とは、相手を捕まえるなどして、その場所に置き留めること。)

参考表現[編集]

  • 食客(しょくかく) - この時代、有力者などは、一芸を持つ者などの有能な人物を、今でいう「いそうろう」のような客分として抱えていた。
  • 封 - ここでは、「領土を預けて、領主とする。」のような意味。
  • 乃ち(すなわチ) - そこで。
  • 蓋(けだシ) - 本来は推量(すいりょう)の意味の字なのだが、この文では文脈から「ところが」「しかし」などというふうに逆説的に訳す。
  • 能く(よく)狗盗(くとう)を為す(なす)者 - 「能」(よク)は可能を表す。
  • 姓名(せいめい)を変じ(へんじ) - 孟嘗君たちは、秦の追手(おって)から命を狙われているので、追手に気づかれないように、孟嘗君たちは秦から脱出するまでの間は偽名を名乗っているのである。


語釈[編集]

  1. 庶弟(しょてい): 腹違いの弟。異母弟。
  2. 薛(せつ): 現在の山東省 滕州(とうしゅう)市。地名。
  3. 幸姫: お気に入りの女官。寵姫。
  4. 狐白裘(こはくきゅう): 狐のわきの白い毛だけを集めて作った衣。一着に狐が一万匹必要と言われるほど非常に希少なものであった。
  5. 函谷関(かんこくかん): 今でいう河南省(かなんしょう)霊宝市のあたりにあった関所。
  • 靖郭君田嬰(せいかくくん でんえい) - 人名。
  • 昭王 - 昭襄王(しょうじょうおう)。
  • 質(ち) - 人質。
  • 狗盗(くとう) - 「狗」とは犬。「狗盗」は「こそどろ」のような意味。
  • 釈- 釈放
  • 伝(でん) - 諸説あり。説1:「駅伝の馬車」、説2:「通行証」。どちらの説とも、検定教科書、受験参考書に書かれている。
  • 食傾(しょくけい) - 食事をする間。転じて、短い時間。
  • 城 - 町のこと。古代・中世の中国では、町を防衛などのため、壁で囲んでいた。日本の城とは違うので、注意。


果たして - (孟嘗君の)思ったとおりに。

句形[編集]

使人抵昭王幸姫求解 -
「使」は使役(しえき)を表す。

「(孟嘗君は配下に)命じて、昭王の寵愛(ちょうあい)している姫へ行かせて解放するように頼ませた」の意味。

願得君狐白裘
「願」は願望(がんぼう)を表す。
「あなたの狐白裘を私にください」のような意味。

故事の現在の意味[編集]

現在では「鶏鳴狗盗」(けいめい くとう)という故事が、「取るに足らない技芸の持ち主。または、その技芸。」「つまらない技芸の持ち主。」などの意味で用いられる。また、「取るに足らないつまらない技芸でも、何かの役に立つ場合もある。」というような意味でも用いられる場合もある。

客人の役割[編集]

・「鶏鳴」(けいめい)・・・にわとりの鳴きマネをして、函谷関を開かせる。函谷関では、規則として、朝に鶏が鳴いたら関所を開いて通行できるようにする、それまでは前日の日没からは関所を閉じておく、という規則があった。

関所を通行できないと、孟嘗君たちが脱出できず、秦の兵士たちに殺されてしまうので、鳴きまねで関所の番人をだまそうとして、関所を開かせたのである。だませたかどうかはどもかく、鳴きまねにつられて本物の鶏も鳴いたし、ともかく関所が開かれ、孟嘗君たちが関所を通行でき、秦から脱出できたのである。

・「狗盗」(くとう)・・・狐白裘(こはくきゅう)を盗ませる。この盗んだ狐白裘を、欲しがってた姫に差し出して、孟嘗君の抑留を解いてもらったのである。

枕草子[編集]

日本で、鶏鳴の故事をふまえて作られた和歌がある。百人一首にも収められている清少納言の、

「夜(よ)をこめて 鳥(とり)のそらねは はかるとも よに逢坂(あふさか)の 関(せき)は ゆるさじ」

という和歌である。

意味: 鶏の鳴きまねをしても、(あの函谷関ならともかく、)逢阪の関は通しませんよ。(けっして会いませんよ。)

男女の出会いの「逢う」と、「逢阪の関」の「逢」(あう)とを掛けている掛詞がある。ある貴族の男からの口説きを、清少納言が断っている。