ARM32アセンブリ言語

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』

ARM32アセンブリ言語の教科書へようこそ。本書では、モバイルデバイスや組み込みシステムで利用されるARM32アーキテクチャの理解を深め、アセンブリ言語プログラミングの基礎から発展的なトピックまでを探求します。概要から最適化手法まで、ARM32におけるプログラミングスキルを磨くための知識を提供します。

アーキテクチャの概要[編集]

ARM32アーキテクチャの歴史と特徴[編集]

ARM32アーキテクチャは、1983年にAcorn Computers社(現在はARM Holdings)が初めて導入したものです。ARMは元々、Acorn RISC Machine(略してARM)として知られており、その後、幅広いデバイスに利用可能な汎用プロセッサとして進化してきました。

ARM32は、32ビットのプロセッサアーキテクチャで、モバイルデバイスや組み込みシステムなどで幅広く利用されています。その特徴はエネルギー効率の高さと優れた性能であり、これがモバイル市場やIoT(Internet of Things)デバイスでの広範な採用を促進しています。

ARM32とARM64は互換性がありません
ARM32とARM64は異なるアーキテクチャであり、そのためにバイナリレベルでの互換性がありません。以下は、それぞれのアーキテクチャについて簡単に説明します。
ARM32アーキテクチャ
32ビットアーキテクチャで、通常の32ビットのアプリケーションが実行されます。
ARMv7-Aアーキテクチャの以前の、古いバージョンのARMアーキテクチャです。
ARM64アーキテクチャ
64ビットアーキテクチャで、通常の64ビットのアプリケーションが実行されます。
ARMv8-Aアーキテクチャの以降の、より大きなメモリ空間や高性能を提供しています。

両者のアーキテクチャは異なるサイズのレジスタや命令セットを使用しており、そのため、同じアプリケーションを直接移植することは難しいです。ただし、多くの場合、ソフトウェア開発者はアプリケーションをARM32とARM64の両方で動作するように設計することができ、これをハイブリッドなアプリケーションと呼びます。また、AndroidやiOSなどのモバイルプラットフォームでは、アプリケーションが複数のアーキテクチャに対応していることが一般的です。


レジスタ構造と役割[編集]

ARM32アーキテクチャにおける一般的なレジスタ構造と役割を表で示します。

ARM32アーキテクチャのレジスタ
レジスタ サイズ (ビット) 役割
R0 32 汎用レジスタ
R1 32 汎用レジスタ
R2 32 汎用レジスタ
R3 32 汎用レジスタ
R4 32 汎用レジスタ
R5 32 汎用レジスタ
R6 32 汎用レジスタ
R7 32 汎用レジスタ
R8 32 汎用レジスタ
R9 32 汎用レジスタ
R10 32 汎用レジスタ
R11 32 汎用レジスタ
R12 32 汎用レジスタ
SP(R13) 32 スタックポインタ
LR(R14) 32 リンクレジスタ
PC(R15) 32 プログラムカウンタ
PC 32 プログラムカウンタ
CPSR 32 フラッグレジスタ

ARM32アーキテクチャにおいては、32ビットのレジスタが主に使用されます。R0からR12は汎用レジスタで、様々な目的で利用されます。SP(スタックポインタ)、LR(リンクレジスタ)、PC(プログラムカウンタ)は特定の目的に特化したレジスタで、それぞれスタックのポインタ、サブルーチンのリターンアドレス、次に実行される命令のアドレスを示します。CPSR(Current Program Status Register)はフラグや実行モードなど、プログラムの実行状態を制御するためのレジスタです。

命令セットの概要[編集]

ARM32アーキテクチャの命令セットは、広範で多様な命令を提供しており、プログラムの構築や最適化に役立ちます。以下にARM32アーキテクチャの命令セットの概要を示しますが、具体的な詳細や拡張命令などはARMアーキテクチャのバージョンにより異なることがあります。以下は一般的な特徴です:

データ処理命令 (Data Processing Instructions)
加算、減算、論理演算、シフト、ビット操作などの命令が含まれます。例えば、ADD(加算)、SUB(減算)、AND(論理積)、ORR(論理和)、LSL(論理左シフト)などがあります。
ロードとストア命令 (Load and Store Instructions)
メモリからのデータの読み込みと書き込みを行う命令です。LDR(ロード)、STR(ストア)などがあります。
分岐命令 (Branch Instructions)
プログラムの制御フローを変更するための分岐命令が含まれます。例えば、B(分岐)、BL(分岐とリンク)などがあります。
条件分岐命令 (Conditional Branch Instructions)
特定の条件が満たされた場合にのみ分岐する命令です。例えば、BEQ(等しい場合に分岐)、BNE(等しくない場合に分岐)などがあります。
乗算命令 (Multiply Instructions)
乗算や乗算と加算を行う命令が含まれます。例えば、MUL(乗算)、MLA(乗算と加算)などがあります。
単精度浮動小数点演算命令 (Single Precision Floating Point Instructions)
単精度浮動小数点数の演算を行う命令があります。例えば、VADD.F32(浮動小数点数の加算)などがあります。
SIMD / ベクトル命令 (SIMD / Vector Instructions)
ベクトル演算をサポートする命令が含まれます。例えば、VADD(ベクトルの加算)などがあります。
特権命令 (Privileged Instructions)
特権命令は、オペレーティングシステムやハードウェア制御のためのもので、通常はユーザーモードでは実行できません。

これらの命令は、プログラムを組み立てる際に使用され、アセンブリ言語で表現されます。プログラマはこれらの命令を組み合わせてアプリケーションを開発し、コンパイラは高水準言語からこれらの命令に変換して実行可能なプログラムを生成します。ARMアーキテクチャは進化しており、新しい命令や拡張も追加されているため、具体的なプロセッサのドキュメントを確認することが重要です。

Arm32アーキテクチャの命令セットの特徴[編集]

Arm32アーキテクチャの命令セットは、以下の特徴を備えています。

固定長命令
Arm32アーキテクチャの命令は、すべて32ビットまたは16ビットの固定長です。そのため、命令の解釈が容易で、デコードの高速化が可能です。
簡素な命令セット
Arm32アーキテクチャの命令セットは、比較的簡素な構成になっています。そのため、ハードウェアの規模を小さく抑えることができます。
条件実行
Arm32アーキテクチャの命令は、条件付きで実行することができます。そのため、プログラムの実行効率を高めることができます。
定数シフト/ローテート付きオペランド
Arm32アーキテクチャの命令は、定数シフト/ローテート付きのオペランドを指定することができます。そのため、柔軟な演算処理が可能になります。
比較的豊富なアドレッシングモード
Arm32アーキテクチャは、比較的豊富なアドレッシングモードをサポートしています。そのため、メモリアクセスの効率を高めることができます。

Arm32アーキテクチャの命令セットは、シンプルながらも、さまざまな機能を備えた、汎用性の高い命令セットです。そのため、スマートフォンやタブレットなどのモバイル機器から、組み込み機器、サーバーまで、幅広い用途で採用されています。

アセンブリ言語の基本[編集]

ARM32アセンブリ言語は、ARMアーキテクチャ向けに開発された低水準プログラミング言語です。ここでは、ARM32アセンブリ言語の基本的な構文と要素について紹介します。

命令の基本構造[編集]

ARM32アセンブリ言語の命令は、基本的に次のような構造を持っています。

  MNEMONIC  DESTINATION, OPERAND1, OPERAND2, ..., OPERANDn
  • MNEMONIC: アセンブリ言語の命令操作を示すニーモニック。例えば、MOV(データの移動)や ADD(加算)などがあります。
  • DESTINATION: 処理結果の格納先を示すレジスタやメモリアドレス。
  • OPERAND1, OPERAND2, ..., OPERANDn: オペランドは、命令が対象とするデータやレジスタを指定します。オペランドはカンマで区切られ、命令によって必要なオペランドの数や型が異なります。

レジスタ[編集]

ARM32アセンブリ言語では、汎用レジスタとして R0 から R15 までがあります。各レジスタは32ビットです。

  MOV R0, #10      ; レジスタ R0 に即値 10 をセット
  ADD R1, R0, #5   ; レジスタ R0 と即値 5 を加算し、結果を R1 に保存
  SUB R2, R1, R0   ; レジスタ R1 からレジスタ R0 を減算し、結果を R2 に保存

メモリアクセス[編集]

メモリアクセスは、データを読み書きするための命令です。ARM32アーキテクチャでは、ロード(読み込み)およびストア(書き込み)命令があります。

  LDR R3, [R2]      ; メモリアドレスが R2 のデータを R3 にロード
  STR R3, [R4]      ; レジスタ R3 の内容をメモリアドレスが R4 にストア

分岐と条件分岐[編集]

分岐命令は、プログラムの実行フローを変更するための命令です。条件分岐命令は、ある条件が満たされた場合にのみ分岐を行います。

  B   label         ; ラベル label に分岐
  BEQ label         ; 条件が等しい場合にラベル label に分岐

コメント[編集]

; を使ってコメントを追加できます。コメントはプログラムを理解しやすくするのに役立ちます。

; これはコメントです
  MOV R0, #5       ; レジスタ R0 に即値 5 をセット

これで、ARM32アセンブリ言語の基本的な要素を紹介しました。これらの構文と要素を使用して、ARM32プロセッサ上で実行されるプログラムを作成できます。次の章では、これらの基本的な概念を応用して、より実用的なアセンブリ言語プログラムを構築する方法を見ていきます。

データ処理命令[編集]

データ処理命令は、ARM32アセンブリ言語においてデータを操作するための基本的な命令群です。この章では、データ処理命令の基本構文と使い方、演算と論理操作のアセンブリ表現、およびデータ転送命令とレジスタ間の操作について解説します。

データ処理命令の基本構文と使い方[編集]

データ処理命令は、レジスタや即値を操作して算術演算や論理演算を行います。基本的な構文は以下の通りです。

  MNEMONIC DESTINATION, OPERAND1, OPERAND2
  • MNEMONIC: データ処理命令を表すニーモニック(例: ADD, SUB, AND, ORR)。
  • DESTINATION: 処理結果を格納するレジスタ。
  • OPERAND1, OPERAND2: 操作対象となるオペランド。これはレジスタや即値(数値)のいずれかです。

以下はいくつかの例です。

; レジスタ R1 と即値 5 を足して、結果を R0 に格納
  ADD R0, R1, #5

; レジスタ R2 とレジスタ R3 の論理和を計算し、結果を R2 に格納
  ORR R2, R2, R3

; レジスタ R4 から即値 3 を引いて、結果を R4 に格納
  SUB R4, R4, #3

演算と論理操作のアセンブリ表現[編集]

データ処理命令では、さまざまな演算と論理操作がサポートされています。以下にいくつかの例を挙げます。

; レジスタ R1 とレジスタ R2 の加算
  ADD R3, R1, R2

; レジスタ R4 と即値 8 の論理積
  AND R4, R4, #8

; レジスタ R5 とレジスタ R6 の排他的論理和(XOR)
  EOR R5, R5, R6

データ転送命令とレジスタ間の操作[編集]

データ転送命令は、メモリとレジスタ間でデータを転送するための命令です。また、レジスタ間のデータ操作もデータ処理命令を使用して行います。

; メモリアドレスが R7 のデータをレジスタ R8 にロード
  LDR R8, [R7]

; レジスタ R9 の内容をメモリアドレスが R10 の場所にストア
  STR R9, [R10]

; レジスタ R11 の内容をレジスタ R12 にコピー
  MOV R12, R11

データ処理命令を使用することで、ARM32アセンブリ言語でデータの操作や転送が可能です。これらの命令を組み合わせてプログラムを構築し、アセンブリ言語の力強さを活かしましょう。

分岐と制御構造[編集]

分岐と制御構造は、プログラムの実行フローを制御するための要素です。ARM32アセンブリ言語では、条件分岐、ループ構造、サブルーチンの呼び出しとスタック操作がこれらの概念を実現します。

条件分岐の実装と使用[編集]

条件分岐は、ある条件が成り立つ場合に異なるコードブロックに移動する制御構造です。ARM32アセンブリ言語では、条件分岐を実現するために分岐命令が利用されます。

  CMP R0, #10       ; レジスタ R0 と即値 10 を比較
  BEQ equal_label   ; 条件が等しい場合、ラベル equal_label に分岐
  BNE not_equal_label ; 条件が等しくない場合、ラベル not_equal_label に分岐

CMP命令は比較を行いますが、分岐は行いません。実際の分岐は、BEQ(Branch if Equal)やBNE(Branch if Not Equal)などの条件分岐命令が行います。

条件実行の実装と使用[編集]

ARM32アーキテクチャでは、条件付き実行命令を実現するために、各命令に4ビットの条件フィールドが存在します。この条件フィールドは、ステータスレジスタ(CPSR:Current Program Status Register)のC(Carry)、N(Negative)、Z(Zero)、V(Overflow)フラグの状態に基づいて命令の実行を制御します。

条件フィールドは通常、命令のニーモニックの後につけられ、以下のような形式を取ります。

  MNEMONIC{condition} OPERAND1, OPERAND2, ...
  • MNEMONIC: アセンブリ言語の命令操作を示すニーモニック(例: ADD, SUB, MOV)。
  • condition: 4ビットの条件フィールド。具体的な条件によって異なります。例えば、EQ(Equal)、NE(Not Equal)、LT(Less Than)など。
  CMP   R0, R1    ; R0とR1を比較
  MOVLT R2, R0    ; もしR0 < R1ならば、R2にR0を格納
  MOVGE R2, R1    ; もしR0 >= R1ならば、R2にR1を格納

上記のコードは、CMP命令でR0R1を比較し、その結果に基づいて条件分岐を行います。MOVLT(Move if Less Than)は、もし前回の比較でR0R1より小さい場合にR2R0の値を移動します。一方で、MOVGE(Move if Greater or Equal)は、もしR0R1以上であればR2R1の値を移動します。

条件付き実行命令とパイプライン
ARMプロセッサのパイプラインは、通常、命令のフェッチ、デコード、実行、メモリアクセス、書き戻しのステージに分かれています。条件付き実行命令は、特定の条件が満たされた場合に命令を実行するかどうかを制御します。

ARM32の条件付き実行命令は主に「条件コード(Condition Code)」として知られており、各命令には4ビットの条件コードが関連付けられています。これらの条件コードは、状態レジスタの状態に基づいて命令の実行が制御されます。主な条件コードには以下のようなものがあります:

  1. EQ (Equal): 等しい場合
  2. NE (Not Equal): 等しくない場合
  3. LT (Less Than): より小さい場合(符号付き)
  4. GT (Greater Than): より大きい場合(符号付き)
  5. LE (Less Than or Equal): 以下の場合(符号付き)
  6. GE (Greater Than or Equal): 以上の場合(符号付き)
  7. CS/HS (Carry Set/Higher or Same): キャリーがセットされている場合または同じ場合(符号なし)
  8. CC/LO (Carry Clear/Lower): キャリーがクリアされている場合またはより小さい場合(符号なし)

これらの条件コードは、条件分岐命令や条件付き実行命令と組み合わせて使用されます。例えば、BEQ命令は「等しい場合に分岐」、ADDEQ命令は「等しい場合に加算」などです。

条件分岐命令の場合、分岐先の命令が確定するまで次の命令のフェッチが進められないため、分岐の際には一時的なパイプラインのクリアやストールが発生することがあります。

条件付き実行命令は、パイプラインにおいても効果的に機能します。特に条件付き実行命令は、条件が満たされない場合に命令をスキップすることができ、これがパイプラインの効率を向上させる要因となります。

これらの仕組みにより、ARM32アーキテクチャは条件付き実行命令を使用して効率的なプログラム実行を実現しています。


ループ構造の作成[編集]

ループ構造は、同じ処理を繰り返し実行するための構造です。ARM32アセンブリ言語では、ループを実現するために条件分岐とラベルが使用されます。

loop_start:
    ; ループ内で行う処理
    ...

    CMP R1, #0      ; レジスタ R1 がゼロかどうかを比較
    BEQ loop_end    ; R1 がゼロならば、ループを終了

    ; ループの終了条件を満たさない場合は、ループの始まりにジャンプ
    B loop_start

loop_end:
    ; ループ終了後の処理
    ...

この例では、B命令を使ってループの始まりに戻ります。BEQ命令などの条件分岐を利用して、特定の条件が満たされるまでループを繰り返すことができます。

サブルーチンの呼び出しとスタック操作[編集]

サブルーチン(または関数)は、再利用可能なコードの断片です。ARM32アセンブリ言語では、サブルーチンの呼び出しとスタック操作を使用して、プログラムのモジュラリティを実現します。

; 呼び出し元のコード
; ...

; サブルーチン呼び出し前にレジスタの保存
PUSH {R4, LR} ; スタックにR4とLRの値をプッシュ

; サブルーチンの本体
BL subroutine_label ; サブルーチン呼び出し(リンクレジスタに戻りアドレスが保存される)

; サブルーチン呼び出し後にレジスタの復元
POP {R4, LR} ; スタックからR4とLRの値をポップ

; ...

; 呼び出し先のサブルーチン
subroutine_label:
    ; サブルーチンの本体
    ; ここで必要な処理を実行

    BX LR ; リンクレジスタに保存された戻り番地に戻る
ステップ 命令 スタック R4 LR
初期
1 PUSH {R4, LR} [LR]
2 PUSH {R4, LR} [R4, LR]
3 BL subroutine_label [R4, LR] return_address
4 POP {R4, LR} [LR] R4 return_address
5 POP {R4, LR} R4 return_address

上記の表は、各ステップでの命令実行後のスタックおよびレジスタR4、LRの状態を示しています。具体的なステップについて説明します:

  1. 初期状態では何もスタックになく、レジスタR4とLRにも特に値がありません。
  2. PUSH {R4, LR}命令により、LRの値がスタックにプッシュされます。
  3. PUSH {R4, LR}命令により、R4の値もスタックにプッシュされます。
  4. BL subroutine_label命令が実行され、サブルーチンが呼び出されると、リンクレジスタLRに戻りアドレスが自動的に保存されます。
    • 呼び出し先の関数 subroutine_label では処理が終わるとBX LR命令が実行されBL命令のc次の番地に処理が移ります。
  5. POP {R4, LR}命令により、スタックからR4とLRの値がポップされて、それぞれのレジスタに復元されます。

このようなスタックの操作を通じて、サブルーチン呼び出し前に必要なレジスタをスタックに保存し、サブルーチン呼び出し後にそれを復元することができます。これにより、サブルーチンが終了した後にもとの場所に正しく戻ることが可能になります。

以上がARM32アセンブリ言語における分岐と制御構造の基本的な実装方法です。これらの概念を組み合わせることで、複雑なプログラムの構築が可能となります。

アセンブリ言語プログラムの最適化[編集]

ARM32のアセンブリ言語プログラムを最適化することで、パフォーマンスを向上させることができます。パフォーマンス向上のための基本的なヒントと、レジスタの効果的な利用法、コードの最適化戦略について解説します。

パフォーマンス向上のための基本的なヒント[編集]

ARM32のアセンブリ言語プログラムを最適化するための基本的なヒントは、以下のとおりです。

データの局所性を利用する
データの局所性とは、データがメモリに近接して配置されていることを意味します。データの局所性を利用することによって、プロセッサはデータにアクセスする時間を短縮することができます。
データの局所性を利用する方法としては、以下のようなものが挙げられます。
  • ローカル変数をレジスタに格納する
  • ループ処理で使用するデータをループのスコープ内に局所的に定義する
  • 関数呼び出しで使用するデータを関数のスコープ内に局所的に定義する
パイプライン化を利用する
パイプライン化とは、複数の命令を並列に実行することにより、処理速度を向上させる技術です。パイプライン化を利用することによって、プロセッサは複数の命令を同時に実行し、処理速度を向上させることができます。
パイプライン化を利用する方法としては、以下のようなものが挙げられます。
  • 命令を順序よく並べる
  • 条件分岐の発生を抑制する
命令の並列実行を利用する
命令の並列実行とは、複数の命令を同時に実行することにより、処理速度を向上させる技術です。命令の並列実行を利用することによって、プロセッサは複数の命令を同時に実行し、処理速度を向上させることができます。
命令の並列実行を利用する方法としては、以下のようなものが挙げられます。
  • SIMD命令を使用する
  • 複数のスレッドを並列に実行する

レジスタの効果的な利用法[編集]

ARM32アーキテクチャでは、16個のレジスタが用意されています。レジスタは、データの高速なアクセスに使用されます。レジスタを効果的に利用することで、パフォーマンスを向上させることができます。

レジスタを効果的に利用するための方法としては、以下のようなものが挙げられます。

ローカル変数をレジスタに格納する
ローカル変数をレジスタに格納することで、メモリアクセスの回数を減らし、パフォーマンスを向上させることができます。
ループ処理で使用するデータをレジスタに格納する
ループ処理で使用するデータをレジスタに格納することで、ループ処理の実行速度を向上させることができます。
関数呼び出しで使用するデータをレジスタに格納する
関数呼び出しで使用するデータをレジスタに格納することで、関数呼び出しの実行速度を向上させることができます。
レジスタを効率的に使用する命令を使用する
レジスタを効率的に使用する命令を使用することによって、パフォーマンスを向上させることができます。たとえば、LDRD命令やSTRD命令は、2つのレジスタを同時にロードまたはストアすることができます。

コードの最適化戦略[編集]

コードを最適化する際には、以下の戦略を参考にするとよいでしょう。

パフォーマンスを測定する
コードの最適化を行う前に、パフォーマンスを測定しておきましょう。パフォーマンスを測定することで、最適化の効果を客観的に評価することができます。
局所最適化と大域最適化を組み合わせる
局所最適化とは、特定のコードブロックのパフォーマンスを向上させるための最適化です。大域最適化とは、プログラム全体のパフォーマンスを向上させるための最適化です。局所最適化と大域最適化を組み合わせることで、より効果的な最適化を実現することができます。
最適化のバランスを取る
最適化を行う際には、最適化のバランスを取る必要があります。最適化をやりすぎると、コードの複雑化や保守性の低下などのデメリットが生じる可能性があります。

例外処理と割り込み[編集]

ARM32アーキテクチャでは、例外と割り込みがシステムの信頼性と柔軟性を向上させるために重要な役割を果たしています。以下に、ARM32の例外処理と割り込みについての基本的な概念と処理方法、そして割り込みサービスルーチンの作成について説明します。

例外と割り込みの基本 [編集]

例外 (Exception)
例外は、プログラム実行中に発生する予測不可能なイベントです。例えば、ゼロ除算、無効な命令、ページフォルトなどが該当します。
例外は、実行中のプログラムの正常なフローを中断し、例外処理ルーチンにジャンプさせます。
割り込み (Interrupt)
割り込みは、外部からの信号によって発生し、通常はハードウェアデバイスや外部イベントに関連しています。
割り込みは、現在のプログラムの実行を中断し、割り込みサービスルーチンにジャンプして対応する処理を行います。

例外と割り込みの処理方法[編集]

モード切り替え
例外や割り込みが発生すると、ARM32はモードを切り替えて例外モードに入ります。例外モードでは、特別なプログラムカウンタやレジスタが使われます。
例外処理ルーチン
例外が発生すると、事前に定義された例外処理ルーチン(例外ハンドラ)が呼び出されます。例外ハンドラはプログラマによって提供され、特定の例外に対処するコードが含まれます。
割り込みサービスルーチン (ISR)
割り込みが発生すると、割り込みサービスルーチン (ISR) が呼び出されます。ISRは特定の割り込みに対処するコードが含まれ、ハードウェアデバイスや外部イベントに応じて異なります。
割り込みサービスルーチンの作成
ISRの登録
割り込みベクタテーブルに割り込みサービスルーチンのアドレスを登録することで、割り込みが発生した際に正しいISRが呼び出されます。
ISRの実装
ISRは特定の割り込みに対応する処理を行います。ハードウェア状態の保存と復元、必要に応じて他のモジュールとの通信などが含まれます。
速やかな処理
ISR内でできる限り短い時間で処理を完了させることが重要です。長時間の割り込み処理は他の割り込みやシステム全体のパフォーマンスに悪影響を与える可能性があります。

ARM32の例外処理と割り込みは、システムの信頼性を高め、リアルタイム性を確保する上で重要な要素です。これらの概念を理解し、効果的に利用することで、安定性とパフォーマンスの向上が期待できます。

アセンブリ言語の発展的なトピック[編集]

Thumb命令セットの導入[編集]

Thumb命令セットはARMアーキテクチャの一部であり、16ビットの簡潔な命令を提供します。通常のARM命令セットよりもコードサイズが小さく、メモリ使用量が少なくて済むため、組み込みシステムやリソース制約のある環境で有益です。

利点
コードサイズの削減
Thumb命令は通常のARM命令よりも短く、同じ機能を果たすために必要なバイト数が減少します。
メモリ使用量の削減
短い命令はキャッシュに効率的に収まり、メモリ使用量を削減します。
低電力動作
短い命令はメモリバスに対する負荷が小さく、電力効率が向上します。
ARMモードからThumbモードへの遷移と復帰
Thumbモードへの遷移
.global _start

.section .text
_start:
    ; ARMモードのコード
    MOV R0, #5

    ; Thumbモードへの遷移
    BX thumb_function

.thumb_func
thumb_function:
    ; Thumbモードのコード
    MOVS R1, #3

    ; Thumbモード内での処理
    ; ...

    ; ThumbモードからARMモードへの復帰
    BX LR  ; LRに保存されているARMモードへの戻りアドレスにジャンプ
ARMモードへの復帰
.global _start

.section .text
_start:
    ; Thumbモードのコード
    MOVS R0, #5

    ; ARMモードへの復帰
    BX arm_function

.thumb_func
arm_function:
    ; ARMモードのコード
    ADD R1, R0, #3

    ; ARMモード内での処理
    ; ...

    ; ARMモードからThumbモードへの遷移
    BX LR  ; LRに保存されているThumbモードへの戻りアドレスにジャンプ

BX命令は、ARMモードとThumbモードの切り替えを行うために使用されます。これはB命令とは異なり、リンクレジスタ (LR) に保存されたアドレスに分岐することができ、モード切り替えを行います。

SIMD(Single Instruction, Multiple Data)命令の活用[編集]

SIMDは、一つの命令で複数のデータを同時に処理するアーキテクチャです。これにより、ベクトル演算などの並列処理が可能になり、特にデータ密度の高い処理や画像処理などで効果を発揮します。

利点
ベクトル演算
SIMD命令を使用することで、一度に複数のデータを扱い、ベクトル演算を高速に実行できます。
高い並列性
データを同時に処理するため、複数の演算を同時に行い、パフォーマンス向上が期待できます。
データ並列性の活用
画像処理や信号処理など、データが大量かつ同様の操作を必要とする分野で効果的です。
NEON(New Evolving Object-oriented Network)

ARM32アーキテクチャにおいて、SIMD(Single Instruction, Multiple Data)命令セットとして主に使われるのは NEON(New Evolving Object-oriented Network)です。NEONは、整数および浮動小数点数のSIMD演算をサポートするベクトル命令セットであり、ARMアーキテクチャの一部として採用されています。NEONはARMv7およびそれ以降のアーキテクチャで利用可能です。

NEONは主に以下のような特徴を持っています:

ベクトルレジスタ
NEONは、複数のデータ要素を格納できるベクトルレジスタを提供します。これにより、同時に複数のデータを処理できます。
整数および浮動小数点数演算
NEONは整数および浮動小数点数のベクトル演算をサポートしています。これにより、画像処理、信号処理、および多くの数値計算アプリケーションでのパフォーマンス向上が期待できます。
多様な演算命令
NEONは、加算、減算、乗算、除算など、さまざまな演算を実行する命令を提供します。
データ型のサポート
NEONは、8ビット、16ビット、32ビット、および64ビットの整数データ型、および単精度および倍精度の浮動小数点数データ型をサポートしています。
NEONは主に組み込みシステムやマルチメディアアプリケーション、信号処理などで使用され、ARM32アーキテクチャにおいて高性能なSIMD演算を実現します。

以下に、ARM32アーキテクチャでのSIMD(NEON)の基本的なコード例を示します。この例では、ベクトルの加算を行います。

.global _start

.section .data
data1: .word 1, 2, 3, 4
data2: .word 5, 6, 7, 8
result: .space 16  ; 4つの32ビット整数を格納するためのスペース

.section .text
_start:
    ; データをロード
    LDR Q0, [data1]  ; Q0に4つの32ビット整数をロード
    LDR Q1, [data2]  ; Q1に4つの32ビット整数をロード

    ; ベクトルの加算
    VADD.I32 Q2, Q0, Q1  ; Q2 = Q0 + Q1

    ; 結果をメモリにストア
    STR Q2, [result]

    ; 終了
    SWI 0x11   ; 終了システムコール(Linuxの場合)

このコードでは、VADD.I32命令を使用してベクトルの加算を行います。4つの32ビット整数が格納された2つのベクトル(Q0とQ1)を加算し、結果をQ2に格納しています。最後に、計算結果をメモリにストアしています。

なお、NEONのSIMD命令はベクトルレジスタ(Qレジスタ)を使用するため、通常の整数レジスタ(Rレジスタ)とは異なります。SIMDコードの最適化や詳細な制御は、具体的なアプリケーションやターゲットプラットフォームに依存するため、適宜調整が必要です。

VFP(Vector Floating Point)

VFP(Vector Floating Point)は、ARMアーキテクチャにおける浮動小数点数演算のためのベクトル命令セットです。ARMv6およびARMv7アーキテクチャでサポートされており、主に浮動小数点数の計算に特化しています。NEONとは異なり、整数ベクトル演算ではなく、浮動小数点ベクトル演算に焦点を当てています。

VFPの主な特徴は以下の通りです:

浮動小数点数のベクトル演算
VFPは、浮動小数点数のベクトル演算を行うためのベクトルレジスタをサポートします。これにより、同時に複数の浮動小数点数の演算が可能です。
シングルプレシジョンおよびダブルプレシジョンのサポート
VFPはシングルプレシジョン(32ビット)およびダブルプレシジョン(64ビット)の浮動小数点数演算をサポートします。
演算命令
VFPは、加算、減算、乗算、除算などの基本的な浮動小数点演算命令を提供します。
ARMv7-A アーキテクチャからは、NEONとの統合
ARMv7-A アーキテクチャ以降では、VFPとNEONが統合された形態で提供されており、これにより浮動小数点数と整数の両方のベクトル演算を行うことができます。

VFPは主にグラフィックス処理、科学技術計算、および一般的な浮動小数点数演算を必要とするアプリケーションで使用されます。ARM32アーキテクチャのデバイスで広く利用されています。

以下は、VFPを使用した簡単な浮動小数点数のベクトル演算の例です。

.global _start

.section .data
data1: .float 1.0, 2.0, 3.0, 4.0
data2: .float 5.0, 6.0, 7.0, 8.0
result: .space 16  ; 4つの浮動小数点数を格納するためのスペース

.section .text
_start:
    ; データをロード
    VLDR.S32 S0, [data1]  ; S0に4つの浮動小数点数をロード
    VLDR.S32 S1, [data2]  ; S1に4つの浮動小数点数をロード

    ; ベクトルの加算
    VADD.F32 S2, S0, S1  ; S2 = S0 + S1

    ; 結果をメモリにストア
    VSTR.S32 S2, [result]

    ; 終了
    SWI 0x11   ; 終了システムコール(Linuxの場合)

このコードでは、VFPの命令を使用して浮動小数点数のベクトル加算を行っています。

アセンブリ言語とC言語の統合[編集]

インラインアセンブリ
C言語のコード内にアセンブリ言語を埋め込む手法で、最適化やプラットフォーム依存の機能の利用が可能です。
ライブラリ呼び出し
C言語の関数内でアセンブリ言語で書かれたライブラリを呼び出すことができます。これにより、アセンブリ言語の高度な機能をC言語のプログラムに組み込むことができます。
利点
最適化の柔軟性
アセンブリ言語を組み込むことで、特定の最適化やハードウェア固有の操作を柔軟に利用できます。
パフォーマンス向上
アセンブリ言語で書かれた特定の部分を最適化することで、プログラム全体のパフォーマンスを向上させることができます。
ハードウェア依存の機能の利用
ハードウェアに依存した操作や特定の機能を活用するための手段として利用できます。

これらのトピックは、アセンブリ言語の進化と統合において重要な要素であり、プログラムの効率と柔軟性を向上させるために有益です。

実践的なプロジェクト[編集]

小規模なプロジェクトや課題の提供[編集]

プログラミングスキルの向上とアセンブリ言語の応用[編集]

参考文献とリソース[編集]

ARM公式ドキュメントの活用方法[編集]

他の参考書籍やオンラインリソース[編集]