Lojban For Beginners 日本語訳/体言( sumti )をつなげる

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体言( sumti )をつなげる


sumti をつなげる接続詞で一番よく使われるのは、.e 「~そして~」です。第7章の文にこういうものがありました。

.i ko'a .e ko'i xanka cmila
「甲さんそして丙さんは神経質に笑った。」

違う例も見てみます。

mi ponse pa gerku .e re mlatu
「私には一匹の犬そして二匹の猫がいます。」
これはつまり、こういうことです。
mi ponse pa gerku .ije mi ponse re mlatu
「私には一匹の犬がいて、私には二匹の猫がいます。」


日本語で「~と~」と言う時に、こうは分解できないことがあります。例えば


ランジットとジョティさんを訪ねた。


これは、ランジットさんとジョティさんを別々に訪ねたという解釈も可能ですが、ランジットさんとジョティさんの二人組を一度に訪ねた、という意味でもありえます。二人組のランジットさんとジョティさんを訪ねた場合には .e (この場合にも論理的に正しいが誤解を招きやすい)ではなく joi を使って以下のようにします。

mi pu vitke la ranjit. joi la djiotis.

また、別の例文でも

la marks. joi la .engels. finti le guntrusi'o selpeicku
「マルクスとエンゲルスは共産党宣言を書いた。」

二人で一緒に書いたので、 joi を使います。これは、le ci gerku 「三匹の犬(のそれぞれ)」と lei ci gerku 「三匹の犬(の集団)」の違いのようなものです。これはロジバンに限ったことではなく、トルコ語ではjoi に対応するものとして、 ile (「共に」)が、 ve (「そして」)の代わりに使われます。


「~か(あるいは)~」を使った文の例です。

mi ba vitke le mi mamta .a le mi tamne 

「私の母親か、私のいとこをこれから訪ねる。」


.a を使う場合には、母親といとこの両方を訪ねることもありえます。しかし、「どっちか」と言いたい時には onai を使います。

mi ba vitke le mi mamta .onai le mi tamne 
「私の母親か、私のいとこのどちらかをこれから訪ねる。」

(これは o の後を nai で否定している形です。意味は分かりにくいと思いますが、いとこを訪ねることがなかったら、その場合にのみ母親を訪ねる、ということです。そこから、いとこを訪ねるのなら母親は訪ねない、つまりそのどっちかだ、ということが暗示されるわけです。)


ちなみに、.o だけならこうなります。


mi ba vitke le mi mamta .o le mi tamne
「私のいとこ(をこれから訪ねる)なら、その場合にのみ、私の母親をこれから訪ねる。」


anai を使えば、「私のいとこ(をこれから訪ねる)なら、これから私の母親を訪ねる、しかしどのみち私の母親は訪ねるかもしれない。」となります。anai は sumti をつなぐものとしてはあまり使われません。これは後でまた見ることにします。最後に、 .u 「~だ、~であろうとなかろうと」を取り上げます。

mi ba vitke le mi mamta .u le mi tamne 
「私のいとこを(これから訪ねようと訪ねまいと)どうであろうが、私の母親をこれから訪ねる。」


ではまとめます。

.a 「~か(あるいは)~」(両方が真実でもありえる)

.e 「~と(そして)~」

.o 「~だ、~ならば(その場合にのみ)」

.u 「~だ、~であろうとなかろうと」

.onai 「~か(あるいは)~のどちらかだ」

.anai 「~だ、~ならば(あるいはそうでなくても)」