ラテン語の語句/アーサー・コナン・ドイルによる引用句
ここでは、ラテン語の引用句の例として、「シャーロック・ホームズシリーズ」の作者として知られるアイルランド系・スコットランド人のイギリスの作家 アーサー・コナン・ドイル(Arthur Conan Doyle、1859年5月22日-1930年7月7日)の著作における引用例を取り上げる。
彼が生み出した架空の名探偵シャーロック・ホームズがあまりにも有名になってしまったため、推理作家と思われがちであるが、SF小説や時代小説も著わしており、もともとの生業は医師であった。
コナン・ドイルの没後80年以上を過ぎており、すでに彼の全著作(英文)はパブリック・ドメインとなっている。
シャーロック・ホームズ・シリーズとは
[編集]緋色の研究(1887年)
[編集]『緋色の研究』(A Study in Scarlet)は、1887年に発表された、シャーロック・ホームズのデビュー作である。
シャーロック・ホームズの冒険(1892年)
[編集]『シャーロック・ホームズの冒険』 (The Adventures of Sherlock Holmes)は、1892年に刊行されたコナン・ドイルの最初の短編集で、「ストランド・マガジン」誌に1891~1892年に掲載された12の短編を収録している。
Omne ignotum pro magnifico 未知なるすべては大いなるものであるかのように見なされる
[編集]短編第2作 『赤毛連盟』(The Red-Headed League)[1] は、ホームズものの中でも非常に有名な作品で、日本の児童向けにもリライトされているほどである。ラテン語の引用が1か所、フランス語の引用が1か所ある。
ベーカー街のシャーロック・ホームズの下宿に、依頼人として質屋を営むジェイベス・ウィルスンという赤毛の中年男が訪ねて来る。ホームズは、ウィルスンの身なりを見て、彼が手作業(manual labour)に従事していたこと、嗅ぎ煙草(snuff)を嗜むこと、フリーメーソンの会員(a Freemason)であること、中国に滞在していたことがあること、近頃かなりの書き物をしたことなどを言い当てた。驚いて訳をたずねるウィルスンにホームズが自分の推理の種明かしを聞かせると、ウィルスンは、何か巧妙なからくりをやったのかと思ったが何もなかったと大笑いした。そこで、ホームズは助手役のワトスン博士に次のようにこぼす。
英文 | “I begin to think, Watson,” said Holmes, “that I make a mistake in explaining. ‘Omne ignotum pro magnifico,’ you know[2], and my poor little reputation[3], such as it is, will suffer shipwreck[4] if I am so candid[5].” |
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和訳 | ホームズは(助手のワトスン博士に)言った 「ワトスン君、ぼくは(推理の)説明に失敗してると思い始めているよ。 《未知なるすべては大いなるものであるかのように見なされる》 って、知ってるだろ。 ぼくが、ざっくばらんに (推理の種明かしを) ぶっちゃけてしまうと、ぼくのほんの些細な名声がこんな風に難破してしまうことになるんだ。」 |
このラテン語の引用句には典拠が示されていないので、シャーロキアンと呼ばれるホームズ愛好者の中には、ホームズ自身の言葉(つまりコナン・ドイルの言葉)と思い込んでいる向きも少なくないようである。なお、この引用では定形動詞のestが省略されており、このため英米圏ではコナン・ドイルの名言であるかのようにしばしばestを省略した形で引用されることが少なくない。
Omne | ignōtum | prō | magnificō | est |
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すべて(は) | 未知なる | のよう | 大いなる(もの) | である |
名詞・ 中性・単数・主格 |
形容詞(受動分詞)・ 中性・単数・主格 |
前置詞 (奪格支配) |
形容詞 中性・単数・奪格 |
動詞sum |
- 英訳例
- everything unknown is taken as grand : we exaggerate the importance or difficulty of the unknown [6]
- 未知なるすべてのものは、壮大なものとして見なされる。我々は、未知なるものの重要性や困難さを大げさに言うものである。
- everything unknown is taken as grand : we exaggerate the importance or difficulty of the unknown [6]
原文は、古代ローマ帝政期の政治家・著述家コルネリウス・タキトゥス(Cornelius Tacitus)が岳父グナエウス・ユリウス・アグリコラについて著わした評伝『ユリウス・アグリコラの生涯と性格について』(De vita et moribus Iulii Agricolae)の30節からである。
アグリコラがローマ軍の軍指揮官、ブリタンニア総督として、カレドニア(ほぼ現在のスコットランド)に侵攻したとき、地元のカレドニア人(ケルト系のピクト人)の抵抗に遭った。カレドニア人たちは、カルガクス(Calgacus)という者を指導者としてローマ軍に戦いを挑んだ。タキトゥスは、カルガクスが群衆の前で行なった演説の一部として、この言葉をラテン語で伝えたのである。
原文 | nunc terminus Britanniae patet, atque omne ignotum pro magnifico est; |
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和訳 | 今やブリタンニアの最果ての地も開けているが、知られざるすべてのものが大いなるものであるかのように見なされる。 |
脚注
[編集]- ^ 邦題は、延原謙訳・新潮文庫版では『
赤髪 組合』、深町眞理子訳・創元推理文庫版では『赤毛組合』となっている。 - ^ you know 「知ってるでしょ」
- ^ reputation 「評判、名声」
- ^ suffer shipwreck 「難破する」
- ^ candid 「率直な、腹蔵なく、ずけずけ言う」
- ^ Definition of Omne Ignotum Pro Magnifico Est by Merriam-Websterを参照。