中学校社会 公民/紛争とテロ

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アメリカ同時多発テロ[編集]

ハイジャックされた航空機の衝突で炎上する世界貿易センタービル

2001年、アメリカのニューヨークで、何者かによる航空旅客機のハイジャックによるテロ事件が起こり、多くの乗客が死んだ。その後すぐに、このハイジャック犯の正体は、アルカイダというイスラム系の過激派組織の一味だということが分かった。 このアメリカでの2001年のテロ事件を アメリカ同時多発テロ などと言う。

アメリカは、このアルカイダをかくまっていたアフガニスタンのタリバン政権を攻撃し、戦争になった。


  • イラク戦争

アフガニスタン攻撃の後のころ、イラクには大量破壊兵器を開発しているという疑惑があった。国連はこの疑惑を調べようとしたが、イラクは国連の調査に協力的でなかった。

アメリカはイラクが大量破壊兵器を開発していると判断し、2003年にアメリカはイラクを攻撃した。 これを イラク戦争 と言う。

イラク戦争ではアメリカが勝利した。

ドイツやフランスなどは、イラク攻撃の理由が不十分だとして、アメリカの戦争には参加しなかった。


イラク戦争によってサダム・フセイン政権は崩壊した。しかし、イラクではフセインの独裁がなくなったことにより、それまでフセイン政権の軍事力をおそれていたテロ組織がイラクで活動するようになった。そして、イラク戦争後にイラクを占領していたアメリカ軍やアメリカ軍の協力者には、テロによる多くの死者が出た。


しかし、イラクは実は大量破壊兵器を開発しておらず、国連の調査に協力しなかったのは、イラクが大量破壊兵器を開発しているように見せかけることで、イラクの国際社会への影響力を強めようとしたフセインのウソであることが判明した。


イラク戦争が、フランスやドイツなどの大国を無視して行われたので、国際社会でのアメリカの影響力が落ちていった。

紛争[編集]

アフリカの紛争地帯[編集]

アフリカで、以下の場所が、以下のように紛争地帯になってる。

  • スーダン内戦、ダルフール紛争
  • エリトリア
  • ソマリア内戦
  • ルワンダ紛争
  • コンゴ内戦

また、これら(スーダン、ソマリア、コンゴの紛争など)の紛争により、多くの難民が発生している。


スーダン[編集]

スーダンでは、北部のアラブ系イスラム教徒と、南部のアフリカ系住民の地域(キリスト教徒が多い)とが対立。

2003年に、西部のダルフール地方が、アラブ系イスラム教徒によって襲撃されたため、国連がPKO部隊を派遣した。

2011年に南スーダンが独立した。

ルワンダ[編集]

ルワンダでは、多数派のツチ族と、植民地時代の支配者であったフツ族とのあいだで内戦が発生している。

1994年、ルワンダで、フツ系の武装勢力による大量虐殺(ぎゃくさつ)事件が起きた。

ソマリア[編集]

東アフリカにある、インド洋に突き出た位置にあるソマリアが、紛争の多発地帯である。

ヨーロッパでの地域紛争[編集]

旧ユーゴスラビア問題[編集]

1945年〜1946年に結成された旧ユーゴスラビアは、社会主義で、多民族国家で、6つの共和国からなる連邦国家であった。

セルビア、クロアチア、ボスニア=ヘルツェゴビナ、スロベニア、マケドニア、モンテネグロの6ヶ国からなる。

冷戦の終結時、民族運動が高まり、そして1991年にスロベニアとクロアチアが独立した。その後、ボスニア=ヘルツェゴビナやモンテネグロも独立。

宗教は、ギリシャ正教、カトリック、イスラム教が混在している。ボスニアにはイスラム教徒が多い。

各国の独立のさい、各国内で、民族対立や宗教対立が起きた。 ボスニア=ヘルツェゴビナでは民族・宗教対立から内戦になった。

またセルビアでは、2008年にコソボが独立を宣言したが、セルビア政府はこれを認めていない。

  • 旧ユーゴスラビアについて

旧ユーゴスラビアは指導者チトーによって率いられていた国で、「7つの隣国、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、1つの国」と言われた。

7つの隣国とは、イタリア、オーストリア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、ギリシャ、アルバニアのこと。
6つの共和国とは、セルビア、クロアチア、ボスニア=ヘルツェゴビナ、スロベニア、マケドニア、モンテネグロの6ヶこと。
5つの民族とは、セルビア人、クロアチア人、スロベニア人、マケドニア人、モンテネグロ人。
4つの言語とは、セルビア語、クロアチア語、スロベニア語、マケドニア語。
3つの宗教とはギリシャ正教(正教会)、カトリック、イスラム教。(プロテスタントは無い。)
2つの文字とはラテン文字(ローマ字)、キリル文字(ロシア文字)。

東南アジアでの紛争・内戦[編集]

カンボジア内戦[編集]

冷戦中、社会主義系の独裁者ポル・ポトが権力をにぎり、極端な社会主義を掲げた独裁政治により、1979年ごろに多くのカンボジア国民が虐殺、または飢餓などで死亡した。(※ ポルポトの名前は高校の「地理」「公民」参考書にも出てこない。高校の「世界史」の教科書には出る。)


その後、カンボジアはベトナムと対立し、やがてベトナムがカンボジアを侵略すると、カンボジア国内でカンボジア国民がポルポト政権によって大量虐殺されている状況が明らかになった。

この後、カンボジアで、さまざまな紛争や内戦が起こり、最終的にポル・ポトは追放された。

東ティモール[編集]

東ティモールは、2002年にインドネシアから独立した。1999年に国連の監視下のもとで、独立するかどうかの投票が行われ、その結果、独立が多数をしめたので、2002年に独立した。

この独立の前後に、反対派による襲撃があった。そのため、国連のPKOが派遣された。現在でも、政情が不安定である。