中学校社会 歴史/明治日本の改革の進展

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生活の変化[編集]

明治のはじめごろ、政府はちょんまげをやめてもよいという許可を人々に出し、散髪脱刀例(さんぱつだっとう)を1871年に出した。:「ざんぎり頭を たたいてみれば 文明開化の音がする」などと、ちまたで言われていた。

また、1876年には、刀を持ち歩くのをやめさせるように廃刀令(はいとうれい)が出された。

東京や横浜、大阪などの大きな町には、ガス灯がつきはじめ、レンガづくりの洋館(ようかん)がつくられるようになったた。牛肉や豚肉などをたべる習慣がでてきて、牛肉屋や洋食屋が出てきた。なお江戸時代は、仏教の関係で牛や豚などの4本足の動物の肉を食べるのが禁止されていた。洋服を着る人も、でてきた。

馬車や人力車も、でてきた。

このような明治初期の社会の変化のことを「文明開化」(ぶんめい かいか)という。

いっぽう、地方の村のようすは、江戸時代と、さほど変わらない様子だった。


さまざまな改革と社会変化[編集]

  • 郵便(ゆうびん)

飛脚に変わり、1871年に郵便制度が出来た。前島密(まえじまひそか)らによって、郵便の制度が、ととのえられた。数年後には、全国一律の料金制度ができた。


  • 鉄道

1872年には、新橋(しんばし)・横浜(よこはま)間に、日本で最初の鉄道が開通した。


  • 新聞・雑誌の発行

活版印刷の技術は幕末の頃より輸入されていた。明治になって、出版活動がさかんになった。 1870年には、日本で新聞(しんぶん)が最初に出始め、日刊(にっかん)の「横浜毎日新聞」(よこはままいにちしんぶん)が発行された。そのあと、次々とあたらしい新聞が発行されていった。

  • 暦(こよみ)

暦(こよみ)では、江戸までの太陰暦(たいいんれき)をやめて、明治からは太陽暦(たいようれき)に切りかわった。 1週間を7日にすることが決まり、1日が24時間と決まり、日曜日が休日と決まりました。

貨幣(かへい)・金融(きんゆう)など[編集]

明治時代の金貨。旧5円金貨
明治6年銘(小型)プルーフ貨

江戸時代の貨幣制度は複雑であったが、1871年(明治4年)に新しい貨幣が発行された。新しい貨幣の金額の単位は「円」(えん)、「銭」(せん)、「厘」(りん)である。

改革によって、株式会社の制度も認められた。

1873年には日本で初めての銀行も出来て(※ 「第一国立銀行」という銀行が出来た。なお、後述する「日本銀行」ではない。)、 また、1882年には中央銀行として日本銀行(にほん ぎんこう)が設置された。

渋沢栄一(しぶさわ えいいち)などの財界人が、これらの金融改革にも中心的になった。なお渋沢栄一は、富岡製糸場の建設にも協力している。

※ 「第一国立銀行」については、中学範囲外なので、覚えなくて良い。

コレラ[編集]

幕末のころから、貿易などによって欧米人が日本にやってくるようになると、病気も日本に持ち込まれてしまい、コレラなどの病気が、日本にも入ってきた。

明治10年には、1万4000人ほどの死者をだすほどに流行していた。

政府は対策のため、消毒や、上下水道などの整備などをした。