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利休百首

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』

その道に入らんと思ふ心こそ我身ながらの師匠なりけれ
ならひつゝ見てこそ習へ習はずによしあしいふは愚かなりけり
心ざし深き人にはいくたびもあはれみ深く奥ぞをしふる
はぢをすて人に物とひ習ふべしこれぞ上手のもとゐなりける


上手にはすきと器用と功積むと此の三つそろふ人ぞよく知る

点前にはよわみを捨てゝたゞ強くされど風俗いやしきを去れ

点前には強みばかりを思ふなよ強きは弱く軽く重かれ

何にても道具扱ふたびごとに取る手は軽く置く手重かれ

何にても置付けかへる手離れは恋しき人に別るゝと知れ

点前こそ薄茶ににあれと聞くものを粗相になせし人はあやまり

濃茶には点前を捨てゝ一筋に服の加減と息を散らすな

濃茶には湯加減あつく服はなほ泡なきやうにかたまりもなく

とにかくに服の加減を覚ゆるは濃茶たびたび点てゝよく知れ

余所にては茶を汲みて後茶杓にて茶碗のふちを心して打て

中継は胴を横手にかけて取れ茶杓は直に置くものぞかし

棗には蓋半月に手をかけて茶杓は丸く置くとこそ知れ

薄茶入蒔絵彫もの文字あらば順逆覚えあつかふと知れ

肩衝は中継とまた同じこと底に指をばかけぬとぞ知れ

文琳や茄子丸壷大海は底に指をばかけてこそ持て

大海をあしらふ時は大指を肩にかけるぞ習ひなりける

口広き茶入れの茶をば汲むと言ひ狭き口をばすくふとぞ言う

筒茶碗深き底よりひき上り重ねて内へ手をやらぬもの

乾きたる茶巾使はば湯をすこしこぼし残してあしらふぞよき

炭置くはたとひ習ひに背くとも湯のよくたぎる炭は炭なり

客になり炭つぐならばその度に薫物などはくべぬことなり

炭つがば五徳はさむな十文字縁をきらすな釣合を見よ

焚残る白炭あらば捨て置きて又余の炭を置くものぞかし

炭置くも習ひばかりに拘はりて湯のたぎらざる炭は消え炭

崩れたる其の白炭をとりあげて又焚きそへることはなきなり

風炉の炭見ることはなし見ぬとても見ぬこそなほも見る心なれ

客になり底取るならばいつにても囲炉裏の角を崩しつくすな

客になり風炉のそのうち見る時に灰崩れなん気づかひをせよ

墨蹟をかける時にはたくぼくを末座の方へ大方は引け

絵の物をかける時にはたくぼくを印ある方へ引きおくもよし

絵掛物左右むき向ふむき使ふも床の勝手にぞよる

掛物の釘打つならば大幅より九分下げて打て釘も九分なり

床に又和歌の類をばかけるなら外に歌書をば飾らぬと知れ

外題あるものを余所にて見る時はまず外題をば見せて披けよ

冬の釜囲炉裏縁より六七分高くすゑるぞ習ひなりける

品じなの釜によりての名は多し釜の総名鑵子とぞ言ふ

姥口は囲炉裏ぶちより六七分低くすゑるぞ習ひなりける

置合せ心をつけて見るぞかし袋の織目たたみ目に置け

はこびだて水指置くは横畳二つ割りにてまんなかに置け

茶入また茶筅のかねをよくも知れ跡に残せる道具目当に

水指に手桶出さば手は横に前の蓋とりさきに重ねよ

余所などへ花をおくらばその花は開きすぎしはやらぬものなり

釣瓶こそ手は竪におけ蓋取らば釜に近付方と知るべし

小板にて濃茶を点てば茶巾をば小板のはしに置くものぞかし

喚鐘は大と小とに中々に大と五つの数を打つなり

茶入れより茶を掬ふには心得て初中後すくへそれが秘事なり

湯を汲むは柄杓に心つきの輪のそこねのやうに覚悟して汲め

柄杓にて湯を汲む時の習ひには三つの心得あるものぞかし

湯を汲みて茶碗に入るゝその時の柄杓のねじれは臂よりぞする

柄杓にて白湯と水とを汲む時は汲むと思はじ持つと思はじ

茶を振るは手先をふると思ふなよ臂よりふれよそれが秘事なり

羽箒は風炉に右羽を炉の時は左羽をば使ふとぞ知れ

名物の茶碗出でたる茶の湯には少し心得かはるとぞ知れ

暁は数寄屋のうちも行灯に夜会などには短檠を置け

灯火に油をつがば多くつげ客にあかざる心得と知れ

ともしびに陰と陽との二つあり暁陰に宵は陽なり

古は夜会などには床のうち掛物花はなしとこそきけ

古は名物などの香合へ直にたきもの入れぬとぞきく

炉のうちは炭斗ふくべ柄の火箸陶器香合ねり香と知れ

風炉の時炭斗菜籠にかね火箸ぬり香合に白檀をたけ

蓋置に三つ足あらば一つ足まへに使ふと心得ておけ

二畳台三畳台の水指はまず九つ目に置くが法なり

茶巾をば長み布幅一尺に横は五寸のかね尺と知れ

帛紗をば竪は九寸余よこ幅は八寸八分曲尺にせよ

薄板は床かまちより十七目又は十八十九目に置け

薄板は床の大小また花や花生によりかはるしなじな

花入の折釘打つは地敷居より三尺三寸五分余もあり

花入に大小あらば見合せよかねをはずして打つがかねなり

竹釘は皮目をうへに打つぞかし皮目を下になす事もあり

三つ釘は中の釘より両脇と二つわりなるまんなかに打て

三幅の軸をかけるは中をかけ軸さきをかけ次に軸もと

掛物をかけて置くには壁付を三四分すかしおくことゝきく

花見より帰りて人に茶の湯せば花鳥の絵も花も置くまじ

時ならず客の来らば点前をば心は草にわざを慎しめ

釣舟はくさりの長さ床により出船入船浮舟と知れ

壷などを床に飾らん心あらば花より上にかざりおくべし

風炉濃茶必ず釜に水さすと一筋に思ふ人はあやまり

右の手を扱ふ時はわが心左のかたにありと知るべし

一点前点つるうちには善悪と有無の心わかちおも知る

なまるとは手つゞき早く又おそく所々のそろはぬをいふ

点前には重きを軽く軽きをば重く扱ふあぢはひを知れ

盆石を飾りし時の掛物に山水などはさしあひと知れ

板床に葉茶壷茶入品々を飾らで飾る法もありけり

床の上に籠花入をおく時は薄板などはしかぬものなり

掛物や花を拝見する時は三尺ほどは座をよけて見よ

稽古とは一より習ひ十を知り十よりかへるもとのその一

茶の湯をば心に染めて眼にかけず耳を潜めてきく事もなし

茶を点てば茶筅に心よくつけて茶碗の底へつよくあたるな

目にも見よ耳にもふれて香を嗅いで事を問ひつゝよく合点せよ

習ひをばちりあくたぞと思へかし書物を反古腰張にせよ

水と湯と茶巾茶筅に箸楊枝柄杓と心あたらしきよし

茶はさびて心はあつくもてなせよ道具はいつも有合にせよ

釜一つあれば茶の湯はなるものを数の道具を持つは愚な

数多くある道具を押しかくし無きがまねする人も愚な

茶の湯には梅寒菊に黄葉み落ち青竹枯木あかつきの霜

茶の湯とは只湯をわかし茶をたてゝ飲むばかりなる事と知るべし

もとよりもなきいにしへの法なれど今ぞ極る本来の法

規矩作法守りつくして破るとも離るゝとても本を忘るな