学習方法/小学校全般

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このページ (学習方法/小学校全般) では、小学生の家での勉強の仕方などについて説明します。なお、独自研究や中立性を欠いた文章を含んでいる場合があります。独自研究の中には多くの場で共有されている意見もあれば、少数の意見もありますのでご注意ください。


小学校の子供向けの勉強法には、子供ごとに適した勉強法の個人差があるかもしれないので、この記述は鵜呑み(うのみ)にしないでください。

以下の記述は、一例に過ぎません。また、「このページの勉強法以外はすべてまちがっている」とするページではありません。

※ 編集の都合で、保護者むけの説明と、子供むけの説明が混在しており、そのため漢字に対する ふりがな の有無の方針が統一されていませんが、ご容赦(ようしゃ)ください。


参考書がないと家庭学習できない[編集]

小学生の場合、検定教科書では家庭学習できません。

なぜなら、小学校の教科書は学校授業での使用が想定されており、しかも問題提起型の構成であるために解説が少ないので、教科書だけではあまり勉強できません。

また、小学校の教科書は基本、うすいです。これは、子供でも毎日の通学での持ち運びができるようにと、うすくしてあるのです。そのため、記述量がかなり少なく、ほぼ最低限の記述です。


なので、家庭学習のためには、参考書、および市販の問題集などの教材が必要です。参考書などがないと、ほとんど家庭学習できません・


家庭での学習で、検定教科書を使うのは、無理です。親が教師でもない限り、それは難しいと思います。なぜなら小学校教師ですら、教師用の特別な解説いりの教科書を読んで授業をしているのです。その上、教員用の研修なども、教師は別の場所で受けています。

よって、そのような解説書や研修マニュアルなどをもたない家庭では、小学校の検定教科書では、ほぼ何も家庭学習できません。

せいぜい、漢字の書き取りくらいしか、練習できないでしょう。

なので家庭学習のためには、書店で、参考書や問題集を購入してください。


高学年(5年生〜6年生)になったら、本屋には、中学受験用の参考書と、ふつうの授業対策用の参考書がありますが、とりあえずは、受験しないのであれば、ふつうの授業対策用の参考書を買うと良いでしょう。ムリして受験用の参考書を買っても、むずかしくて理解できなかったら、お金が無駄(むだ)になってしまいます。


予習よりも、習った範囲の問題練習[編集]

小学校の場合、予習はしすぎないほうが良いでしょう。中学受験でも、必要なのは、予習よりも学校で習った範囲の、学校で習ってない応用問題などの問題練習です。これらの問題練習をするには、参考書や問題集などで練習する必要があります。

中学受験をしない場合でも、予習しすぎると、学校の授業が既知の知識ばかりになって退屈になるので、予習は限定的におこなうのに留める(とどめる)必要があります。


たとえば、自分が小5で、学校でまだ小6の歴史を習ってないなら、歴史の予習には深入りせず(高学年だと中学受験が近いので多少は予習してもいいですが、深入りはしないほうが効率的でしょう)、習った範囲の地理の問題練習を優先する、みたいにです。地理だけだと簡単そうですが、国語・算数・理科・英語も同様に、習った範囲の問題練習をするので、意外と時間が掛かるでしょう。

その理由は、せっかく小学校が、初めて習う子供たちのための授業をしてくれるのに、それを活用しないのは非効率だからです。

実際、塾でも、基本的には国語しか予習しないと思います。あとは塾にも寄るでしょうが、英語くらいでしょうか。


このノウハウは俗に(ぞくに)「予習よりも復習」と言われますが、不正確です。なぜなら、習ってない応用問題を予習することになるからです。

どうしても、学校で習ってない範囲を予習したい場合は、決して全教科を均等に予習をせず、自分の好きな一部の教科だけ予習するのが良いでしょう。1教科くらいなら、予習で知っている範囲ばかり学校の授業で聞かされても、まあガマンできます。


日本トップクラスのよほどの難関中学を目ざす場合でもないかぎり、必要なのは予習よりも、上述のような習った範囲の問題練習でしょう。

塾によっては、小学生の段階では、算数ではそもそも予習をせずに、小学校で習った範囲の応用問題を基本にするような塾もあります。(基本、中学高校でも、数学は塾では基本的に予習しません。高校で、学校で習わない分野だけ、塾が予習に対応するくらいです。)

理科とか社会は、どうしても予習するなら、学校では習わなそうなことを勉強するとか、そういう工夫が必要です。

中学受験の間近(まぢか)の6年生くらいでないかぎり、「5教科全部の予習」(あるいは「4教科全部の予習」)みたいなことはしないほうが学校の授業を有効活用できます。


小学生の段階において、予習は最終手段です。市販の参考書や問題集などで、学校で習った範囲の問題練習や復習を終わらせてしまい、漢字の練習とかも終わらせてしまい、他に格安で勉強できることが無くなったときの最終手段です。

受験には出なさそうな音楽とか図画工作とか、そういうので時間を調節するのも一つの方法です。

あるいは、低学年での予習は、ときどきするのに留める、というのも手法です。


漢字とかの予習は、家庭でも可能ですが、難しいと思います。部首を体系的に教えるとか、音読みと訓読みを体系的に教えるとか、保護者には難しいでしょう。


受験対策は最終手段[編集]

現代の日常でめったに使わないコトワザの暗記みたいな(小中高で習わなそうなコトワザとか)、難関中学の受験対策のための勉強は、最終手段にしましょう。例外として、よほどのコトワザ好きなら、勉強してもかまいませんが。

コトワザの勉強をしたいなら、まずは小中高で習うような、よく使うコトワザを優先的に、ニュアンスなどを確実に把握できる勉強をする必要があります。具体的には、たとえば図書室などでコトワザの本を読むほうが安全です。国語参考書の末尾にありそうなコトワザの羅列(られつ)的な一覧は、図書館のそういう本(もしくは学級文庫)などを読んだうえでの情報です。参考書の末尾の一覧などでは、ニュアンスが分かりづらい場合もあります。

けっして、参考書の巻末の何とか一覧とかを「暗記するな」とは言ってません。最終手段だと言ってるのです。


なぜ巻末の暗記やマニアック知識の暗記などが難しいかというと、そもそも日本のWW2(第二次世界大戦)戦後の教育的には、小学生むけの中学年むけの参考書はない時代が長く続いていました(高学年むけの受験参考書はあった)。

このため、どんなに優れた参考書でも、小学校の時点では、けっして参考書を読むだけで教育内容のすべてを深く勉強できる仕組みには、なっていません。

このような歴史的な事情もあって、難関中学・難関高校の受験でしか問われないようなマニアックすぎる分野を受験参考書(難関中学対策用のモノ)だけで勉強するのは、知識が断片的になりやすく、せっかく勉強しても非効率になりやすく、よってリスクが高いからです。なので、そういうマニアック知識は、勉強をやや後回しにすべきなのです。


もちろん暗記せざるをえない分野もあり、小学生にはまずは漢字の暗記など、基礎的な暗記知識が必要ですが、だからといってハナっから 体系的な理解 や 知識の相互の関連づけ などを放棄するのも、すこし考え物です。

小学生なりに「なるべく理解しよう」とか、どうしても暗記せざるを得ないものでも、「なるべく体系的に勉強しよう。そのほうが暗記も効率的だろう」とか、「自分の頭のなかの知識と知識を関連づけよう」とか、そういった、できるだけ頭をつかって理解しようとする態度が望まれます。


算数の問題でも、理解に関係なさそうな難問とか、そういうのは後回しにすべきです。例外として、よほど算数の難問好きでない限りは。

算数の練習では、優先的に練習すべきは、難しいかどうかではなく、算数に対する理解を深めそうな問題です。そういう問題は、基本的には普通のレベルの参考書に書いてあります。


難問やマニアック知識よりも、もっと使用頻度(しよう ひんど)の高そうな分野を勉強すべきです。あるいは、理解をふかめる知識を学習すべきです。

何を学ぶかは各自にまかせます。各自ごとに興味や家庭環境や地域の環境もちがうので。


ごく一部の難関中学受験用の受験参考書や受験対策問題集にしか書いてない知識は、じつは中学の範囲であったりするのですが(文系科目でその傾向があります)、せっかく勉強しても、小学校の時点では断片的な暗記になりがちです。(体系的に理解したくても、小学生の時点では時間不足になりかねない)

よほどの難関中学を受験するのでもないかぎり、参考書の巻末あたりの羅列的な情報は、せいぜい「用語になれる」くらいの間隔でかまわないでしょう。


でも、参考書の(巻末以外の)本文そのものは、じっくりと読むべきでしょう。

一部の大人にある勘違いですが、「参考書 = 受験対策」みたいな発想は勘違いですので、直しましょう。

小学校の場合、参考書は、うすい教科書をおぎなうための家庭学習用の教材です。べつに参考書そのものは受験対策ではありません(結果的には、参考書は受験対策にもなるが、しかし普通に授業理解のための学力をあげるのにも参考書は役立つ)。

また、このような特徴のため参考書は、教科にもよりますが、簡易(かんい)的な図鑑(ずかん)や資料集のようなものを兼ねています。(もちろん、本格的な図鑑や資料集よりかは、専門的な分野の説明が少ないですが。)

ともかく、参考書がないと家庭学習が困難です。

なお、塾に通っている場合、塾から家庭学習用の教材が渡される場合があり、それが参考書のような機能を兼ねています。

参考書だけでは浅くなる[編集]

教科書と参考書だけの勉強では、知識が広く浅くなってしまいます。知識が広いのはかまいませんが、しかし考えが浅くなってしまうのは困ります(こまります)。

なので、図書館の本や、市販の子供向けの教育書などで、知識をおぎなうなどして、工夫しましょう。

また、そのような参考書をこえた勉強は、21世紀の新しい教育手法である探究(たんきゅう)学習などにも役だちます。


小学校の授業で習ったことは、ぜんぶの教科をバランスよく復習しよう[編集]

小学校の授業で習ったことは、ぜんぶの教科をバランスよく復習しよう

けっして、得意な科目ばかりしか勉強しないようには、しないでください。

それをやると、中学校に入って、ほぼ確実に、その教科も出来なくなります。

たとえば、「国語が大切だ」と、よく世間では言われますが、だからといって、国語しか勉強しないのは、ヤメテください。

少なくとも小学校の授業で習ったていどの算数や社会科や理科ができないと、中学で、国語も苦手になります。なぜなら、国語で習う「説明文」には、社会について語ってる説明文もあれば、理科について語ってる説明文だってあります。説明文で、説明のために計算をする場合だって、あります。もし国語だけしか勉強せず、社会や理科を勉強しないと、中学どころか、ひょっとしたら、もう小学校高学年でも、国語が苦手になるかもしれません。

「算数が思考力をみがくので、国語の次に大切」という意見も世間には、ありますが、だからといって、国語と算数しか勉強しないのも、よしてください。

では、4教科をどうやってバランスよく勉強すればいいのかというと、とりあえずは、学校の授業をきちんと聞いて、きちんとノートにとって、学校のテストで習うような問題を解けるようになることです。

4教科(国語・算数・理科・社会)をバランスよく勉強するのはもちろん、できれば、図画工作、保健体育、音楽も、バランスよく練習してください。

とはいえ、音楽を練習しようにも、普通の家ではたいした練習も出来ないでしょうし、とりあえずは学校の音楽の授業のあいだ、きちんと練習しましょう。同様に、図画工作も、体育も、きちんと授業中に練習しましょう。

小学校の音楽は、単に音楽の能力をみがくだけでなく、指先の器用さもみがいたりすることで図工の練習にもなりますし、歌詞などを覚えることにより国語の知識もみがかれます。

同様に体育も、体力が身につくのはもちろん、じっさいに体を動かすたり球技でボールなどを動かすことで、理科などの知識も、みがかれます。

中学の理科の「運動の法則」などを勉強する前に、まずは、あなたじしんが、きちんと体育で運動してください。

なお、中学受験を考えるなら、どのみち4教科をバランスよく勉強する必要があります。


なお、実技教科については、よく教育学者が「図画工作で絵を書くときは、自分の思いどおりに書けばいい。目に見えたものをうつす『写生』(しゃせい)は、しなくていい。」とか言って、自分のすきな特定の手法の作品ばかりを作るようにすすめますが、このような、かたよった事(こと)ばかりをすすめる図工教育の意見は、まちがっています。

もちろん、そういう「思いどおりに」書くだけの作品をつくる場合もあってもいいですが、そういう作品ばかりを作るのも、どうなのかという意見もあります。

やはり、思いどおりに書くだけでなく、ときどき、写生画(しゃせいが)も書いてみるとかして、いろんな作品をバランスよく作ってみるのが、良いでしょう。

だいたい、絵画の他には、図工の授業では、なにかにソックリな作品をつくるということは、ほとんど、ありません。


このように、教育学者が、まちがった意見を言う場合もあるので、けっして、なにも考えずに、そのまま信じてはいけません。教育学者は、過去にも、いろんな間違いをしています。たとえば、1990年代は、「ゆとり教育」という政策(せいさく)を教育学者はすすめてきましたが、失敗(しっぱい)して、教育現場(きょういく げんば)が混乱(こんらん)しました。

「教育」を研究する学問は必要ですが、しかし、日本の教育学者や、または、文部科学省の人たちのなかには、ぜんぜん「教育」を研究できていない人もいます。教育学者や文部科学省の人のなかには、「国語」や「算数」などの教科の知識(ちしき)が、ふつうの企業などでどういうふうに使われてるのかを、ぜんぜん理解できていないという、こまった人もいます。教育学者や文部科学省のなかには、そういう、こまった人なのに、その時代の一部の政治家や企業などにウケのいい教育政策を提案するだけの人もいます。「ゆとり教育」が、まさに、そういう政策だったのです。


なので、教育学者や文部科学省の人たちの言ってることが、本当にあってるかどうかを、しっかりと自分の頭で考えて、それから、教育学者の意見を、参考(さんこう)にしましょう。

図工を例に説明しましたが、体育や家庭科や音楽などでも、学者や評論家(ひょうろんか)のなかには、「◯◯だけをすればいい! □□は、しなくていい!!」というような、かたよった意見を言う学者や評論家(ひょうろんか)は、います。なお、高校受験の世界でも、そういう知見です。市販の受験マニュアル本に、そういう「〇〇だけすればいい」みたいな人は疑え(うたがえ)と言われています。

ともかく、上記のような、かたよった意見の、学者や評論家の意見は、信じないほうがよいでしょう。とりあえず、体育や家庭科や音楽などの勉強でも、学校で習うようなことは、バランスよく勉強しましょう。


むずかしそうに聞こえますが、ようするに、バランスよく、すべての教科を勉強すれば、いいのです。


小学生の家庭での自習は各日ごとに一点集中[編集]

学校の授業では、1時間ごとに、まなぶ教科を変えますが、しかし家庭での自習では、1週間〜半月くらいは、同じ教科書をつづけるのが効果的です。

もし、1時間で教科書を変えてしまうと、本を開き直したり、前回までに勉強したことを思い出すのに時間が掛かったりして、なかなか先に進めなくなります。家にチャイムがあるわけでもないし、目覚まし時計や各種のアラームをチャイムがわりにセットするのもウルサいし、1時間ごとに教科を切り換えるのは、まったく、非効率です。

家庭では、たとえば「今週は国語、来週は算数、・・・」のように勉強するのが効果的でしょう。

家庭での、4教科のバランスの良い勉強は、その学期や1年間を通じてバランスよく勉強すれば良いのです。けっして、毎日バランスよく均等に勉強すべきではないのです。

言うなれば、学校での授業が「広く浅く勉強する」ための時間だとしたら、家庭での自習は「狭く深く勉強する」ための時間です。

親が学校の先生とかで親の指導のもと家庭学習するなどの場合でないかぎり、家庭学習で1時間ごとに教科を切り替えるのは、メンドウだし、楽しくもありません。

なぜ、わざわざこういうことを指摘するかというと、世間には知ったかぶりの大人で、「家庭の自習でも、1時間ごとにバランスよく教科を切り替えるほうが良い」などという人けっこう多いからです。

中学高校の校内テストの期末試験の前日とかの復習なら、翌日のテスト科目の復習を1時間ごとに切り換えるのは効果的かもしれませんが、しかし小学校の家庭学習では、1時間切り替えは不要ですし、利点もないでしょう。

中学高校でも、テスト直前でない時期の普段の家庭学習では、期間を1週〜半月ていどに区切って、教科を重点攻略するほうが効率的です。

流行は勉強しなくていい[編集]

なお、今では流行(りゅうこう)してブームになっている出来事(できごと)でも、かならずしも、ずっとブームがつづくなんて、かぎりません。

テレビで「大流行!」(だいりゅうこう)とか言われてた現象が、たったの2年くらいで、流行が終わってしまう場合もあります。

なので、もしアナタが、「社会現象」(しゃかい げんしょう)になっている事を勉強しようと思うときは、このような事に、気をつけてください。

小学校に入学した6才の人が、大人になるまでに、あと十数年もあります。ほとんどのブームは、たったの2年か3年のうちに、その流行が、終わってしまいます。

たったの2年か3年で終わるかもしれない事なのに、興味もないのに、「まわりで流行ってるから」ってだけの理由で勉強しようなんて、時間の無駄です。

だからこそ、学校で習わないようなことを勉強する場合には、ほんとうに自分が興味をもっていることを勉強することが、大切なのです。

たったの数年で すぐにブームのおわる事で、自分が興味もないことを勉強するくらいなら、いっそ、学校で習うようなことを参考書(さんこうしょ)で勉強したほうが、マシです。または、歴史(れきし)とかの勉強をしたほうが、マシです。

テレビをみれば、毎年、あたらしいテレビ番組が放映され始めますが、裏(うら)をかえすと、古いテレビ番組の放映が終わった、ということでもあります。

マンガ雑誌(ざっし)でも同様に、毎年、あたらしいマンガ作品が始まりますが、裏(うら)をかえすと、古いマンガ作品が終わった、ということでもあります。

それほどまでに、流行(りゅうこう)の、消えていく(きえていく)スピードは、早い(はやい)のです。


「読書」の注意[編集]

日本で、ふつうの本屋においてある書籍(しょせき)のほとんどは、国語科または社会科にちかい内容(ないよう)の書籍(しょせき)です。

じつは、理科や算数を話題にした書籍(しょせき)の出版(しゅっぱん)されている数(かず)は、あまり多くありません。

なので、もし、あなたが、(学校の授業のほかには)4教科の参考書を勉強しないで、ほかの種類の本の読書だけで勉強していると、あなたの算数や理科の知識が足りなくなってしまう場合があります。

日本では、学校教科書や参考書などの、ごく一部の書籍(しょせき)をのぞいて、算数や理科のおはなしをした本は、少ないのです。

なので、参考書以外の読書から知識を入手しようとする場合は、4教科のバランスに注意してください。


家庭での学習のタイミング[編集]

たとえば、算数の掛け算の計算は、小2で習います。

もし、学校の計算だけで掛け算を習得できないなら、家で練習するなどして、小2のうちに、確実に習得できるようにしましょう。掛け算をわからないままでは、小3を、むかえないようにしましょう。


このように、家庭での勉強には、タイミングとポイントがあります。

時間にも限度がありますので、けっして手当たりしだいに勉強するのでなく、そうではなくて、まず確実に習得しなければならないものを優先して、家庭では練習する必要があります。


とりあえず、小学生のうちの家庭での勉強をする必要性の高そうな内容は、いわゆる「読み書き・そろばん」です。けっして、実際に、玉に櫛(くし)をとおした算盤(そろばん)をする必要はありません。

ここでいう「そろばん」とは算数のことです。

つまり、国語の読み書きと、算数のことです。これができないと、他の社会科や理科なども理解できなくなってしまいます。

塾でも、国語と算数を重点的に教えます。


さて、読み書きでは、はじめのうちは、とくに、漢字の書き取りを練習しましょう。それ以外のことは、普通に勉強していたりすれば、自然に身につきます。


漢字の書き取りは、もしかしたら、学校の授業だけでは、習得が困難かもしれません。

もし、自分が漢字が苦手だと感じたら、同学年の人並みに、漢字を書けるようにする必要があります。


算数も、学校で習った範囲の基本的な計算法をもし習得できていなければ、まずはその基本的な計算法を、確実にマスターできるように優先的に練習する必要があります。


裏を返すと、算数の文章題などの応用問題や、小6あたりで習うようなケタ数の多い掛け算(4桁どうしの掛け算とか)などは、(中学受験の間近(まぢか)でもない)当面は、せいぜい理解を確認する程度に出来ればよいのです。


復習が大切だからといって、かといって毎日復習ばかりしてると他のことの勉強の時間が無くなるし退屈なので、なので、たとえば学期の変わり目、学年の変わり目の前後などを復習の学習タイミングの目印として利用して、重要事項の復習に当てましょう。

なお、塾などでは、夏休みや冬休みなどの期間中の塾の教育が、「夏期講習」(かきこうしゅう)や「冬期講習」(とうきこうしゅう)などといって、復習のタイミングになります。

べつに塾の復習タイミングをまねする必要は無いですが、まあご参考に。


学校側が復習時間を定期的に確保してくれれば良いのですが、しかし近年では「脱ゆとり教育」などのため学習内容が増えているので、もしかしたら学校だけでは復習時間が不足するかもしれません。

なので、自分で重点事項の復習の時間を確保するか、あるいは、塾などを活用しましょう。塾などの夏期講習・冬期講習などでも、たぶん、そういうカリキュラムを用意しているはずです。


小学校の高学年[編集]

小学校の高学年では、学校の宿題などをこなす事も重要ですが、自分で参考書などを買って勉強する事も必要です。

少なくとも、復習は必要です。予習は難しいかもしれませんが、復習なら割と子供でも簡単です。


なぜ参考書が必要になってしまうかと言うと、残念な話なのですが日本の小学校では、教師自身の学力が場合によっては、小学校の高学年の教育内容について充分な学力を持たないまま学校教員になっている場合があります。特に理科でその傾向が強いです。

日本は、大学の教育学部などが主に小学校の教員を養成している制度なのですが、教育学部の教育内容では、高学年の内容に対応しきれていないのが現実です。

少なくとも、昭和の時代や20世紀の時代はそうでした。

さすがにそういう教師でも、教員用の指導書に書いてある事は教えられるのですが、少しでも指導書から外れた内容になると、心もとない学力の教師もおります。

充分な学力を持った大人は、そもそも小学校教員には就職したがらないという現実があります。


なので、小学生のあなた方は、念のため参考書も購入して自宅では参考書で勉強しましょう。


一応、小学校の高学年では、特に難しい教育内容の単元などについては、例外的にその教科の専門的な教師が教える場合があります。(たとえば理科などの一部の単元では、クラスの担任ではなく、理科の専門の小学校の教師が教える場合もある。) ですが、専門の教師だけでは教員の人数が不足するので、やや専門外の担任教師が、やや難しめの単元を教える場合もあります。


小学校の教師は、必要な素養として、体育の実技指導やら、音楽のピアノなどの楽器の練習やら、習得すべきことが多く、しかもそれらの実技系の科目は一般の大学入試には出ないので、これら実技科目の練習に教師は多くの時間を取られており、なかなか理科や社会科などを、時間的な都合で残念ながら深くは勉強できない実情があるのです。


なので、小学校の担任教師のように1人でいろんな科目を教育できるレベルにまで高めるというのは、けっこう凄いマルチな能力の持ち主ですので、それはそれで小学教師の能力を尊敬しましょう。テレビのそんじょそこらの芸能人なんかよりも、実は小学校の教師のほうが多芸なのです。


授業中にやるべき事[編集]

授業中であなたがやるべき事は、当然ですが、授業中に与えられた課題をこなす事です。

課題とは、宿題だけではなく、授業中に「〇〇してみましょう」とか「この問題を解きなさい」とか言われた課題に取り掛かることです。

けっして、ノートをとることではありません。たとえば、算数の授業などで「ノートをとるのに忙しくて、計算の練習が追いつかない」とかなっては、本末転倒です。

小学校の教育の目的は、けっして文字・文章だけを「覚える。覚えさせる。」ではなく、頭だけでなく更に感覚的に「体得させる。」も含まれているからです。


なお、学習塾の受験クラスなら、既存の教科書や参考書にないことを塾講師が説明する場合もあるのでノートを取る必要も多いかもしれませんが、しかし公立小学校の場合、普通は参考書を読めば、だいたい似たような事は書いてあります。


もちろん、けっして意図的に小学校の教師の授業中の口頭での話を無視するべきではなく、できだけ教師の話を聞くべきです。高学年になると、ときどき中学レベルの内容を、小学でも授業中に口頭などで説明している場合があるので、聞いておいたほうが将来的にメリットになって良い場合もあります。


たとえば、教師が口頭で資料集などを生徒に開かせながら説明している場合、生徒は実際に資料集のそのページを開いて、教師の口頭の話の内容 と 資料集の説明を読み比べてみるとか、そういうのが生徒側には必要なのであって、けっしてノートをとるのが目的ではないです。


その理由は、なぜかと言うと、そもそも、何度も読み返す必要のある重要なことは基本的に参考書や資料集などに文章として書いてあるので、教師の話は補足的なことだからです。


また、社会科の今年の情報のような時事のような、あまり細かい話題は、そもそも時期によってすぐに内容が変わって陳腐化するので、細かく覚えてノートをとるなどの必要は無いからですし、そもそも反復させるのは望ましくありません(一時的な流行の反復練習は、義務教育としては不適切です)。

だいたい、小学校の段階で、口頭の説明だけで中学の内容を理解しようと思っても、そもそも無理です。なぜなら、最終的に中学レベルの理解をするのに必要な予備知識として、当然ですが、中学1年や中学2年の少なくとも4教科(国語・数学・理科・英語)の予備知識が必要だからです。

よくある例は、たとえば小学校6年の社会科の歴史では、鎌倉時代の元寇(モンゴル襲来)の教育のさいに相手側のモンゴル軍について口頭で説明する事もありますが、その際にどうしても部分的に中学校の歴史の世界史分野に言及することになります。ですが小学校では、中学の王朝の変遷(へんせん)を習ってないので、中学レベルの変遷は無理ですし、そもそもモンゴルの世界地図での位置すら小学生はアヤフヤです。

このため、小学校の段階では、そもそも中学レベルの補足説明を理解できませんし、もし「理解できた」と思ってたら、おそらく勘違いです。

こういう中学の参考になる例もあるので、口頭の話も聞いていたほうが良いのですが、しかし、書き写すようなことではなく、すべきことは、聞きながら自分の頭で考えたり、または資料集などを必要に応じて参考にしながら考えるとか、そういう頭脳を使う方向に労力を当てるべきです。

小学校の卒業までに4教科の復習を[編集]

当然のことですが、小学校で習う平均レベルの内容の復習を、中学までに持ち越さないようにしましょう。

小学校レベルの漢字などは、なるべく、小学生のうちに、それらの漢字を書けるようにしましょう(実際には、覚えそこなうものもあるかもしれないが…)。

算数も社会科も理科も同様です。


もし教科書だけの勉強では不安なら、参考書やワークブックなどを買いましょう。参考書は、平均レベルの本でも、大丈夫です。べつに中学受験が目的ではないので、平均レベルの参考書でも、かまいません。


むずかしそうに聞こえますが、上述の章で述べたような、定期的に各学年での復習を行った上で、さらに、小学校の高学年からは、市販の(平均レベルの)参考書などをつかって勉強していれば、簡単に解決します。

図書室についての注意[編集]

学校の図書室や、市町村の図書館で、借りたい(かりたい)本(ほん)をえらぶ時の場合の注意なのですが、本(ほん)の内容が、古い(ふるい)場合があります。


このため、算数の本と、国語の漢字(かんじ)の勉強と、国語の古い(ふるい)物語(『平家物語』(へいけ ものがたり)など)についての本(ほん)をのぞくと、ざんねんですが、図書室の本が、あまり役立たない場合があります。


つまり、国語の説明文(せつめいぶん)とか、理科や社会科の勉強を、図書室の本でしようと思っても、むずかしいのです。


「ふるい」といっても、だいたい、西暦(せいれき)2000年よりも、あとになってから作られた本ならば、役に立つ場合もあります。


ですが、図書室によっては、分野(ぶんや)によっては、西暦(せいれき)1970〜1980年ごろの本ばかり、たくさん置いてあって(おいてあって)、なのに2000年よりも あと の本が、置いてない(おいてない)場合があります。


どういうことかというと、むかしの1980年代のころ、日本は お金持ち(おかねもち)だったので、そのころに、本をたくさん、図書室にいれることができたのです。


ですが、2000年ごろから日本が貧乏(びんぼう)になってしまい、そのせいで、日本中の学校で、図書室に、あたらしい本を入れることが、むずかしくなってしまったのです。


いまの学校の先生が、じぶんの学校の図書室の本をあたらしい本にいれかえたくても、しかし、そのための おかね が、学校にたりない場合があります。


市町村の図書館も、同様(どうよう)に、おかね が たりなくて、本(ほん)が、ふるいままの場合があります。


なので、ざんねんながら、西暦(せいれき)2015〜2025年ごろの現代では、図書室・図書館の本では、あまり、最近(さいきん)のことについて、くわしい事を調べることには、向いてません。


なので、ざんねんながら、図書室の本で、学校の授業のほかのことを勉強したくても、しかし、いまの図書室だけでは、そういう勉強はできません。


なので、本屋で参考書を買ってきて、じぶんの家で、参考書を読んでおく必要があります。


1980年ごろの古い本でも、歴史の学習マンガのように、マンガ形式の本ならば、すこしは、役に立つ場合もあります。( 映像(えいぞう)と、言葉でしか知らなかった知識(ちしき)を、むすびつけるのが目的なので、古い本でもマンガなら、役に立つ。)


おなじような理由で、図鑑の場合も、写真や絵(え)の多い本なら、役に立つかもしれません。


ですが、マンガ形式の本ではなく、写真や絵の多い図鑑でもない場合、文章で説明された本で、古い本の場合には、ざんねんですが、あまり役立たないかもしれません。


ただし、学習マンガでも図鑑でも、できれば、やはり2000年よりも、あとに出された、新しい本のほうが、良いでしょう。