日本史 江戸時代/後期

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

メインページ > 歴史学 > 日本史 江戸時代 > 日本史 江戸時代/後期

Wikipedia
ウィキペディア幕末の記事があります。


このページ (日本史 江戸時代/後期) は、8代将軍徳川吉宗から最後の将軍となった15代将軍徳川慶喜までの100年 (1750頃~1850頃) を解説します。

8代将軍徳川吉宗[編集]

紀伊徳川家[編集]

後に8代将軍となる松平頼久 (後の徳川吉宗) は紀伊徳川家の2代目藩主である紀伊 (徳川) 光貞の三男として生まれる。が、それゆえに将来藩主となる可能性は低かったため、自由奔放な生活をおくっていた。しかし、14歳のとき、父光貞や兄が当時の将軍であった徳川綱吉と面会した折に、(綱吉が)自分と同じく長男でないため冷遇を受ける存在であることを哀れに思い、別室で控えていた頼久を呼ぶ。そして越前の丹生郡に3万石を拝領し、葛野藩の藩主となる(この際、名を松平頼方と改める)。

しかし、1700年代に父も兄もみな死去したため、紀伊藩主となる(このとき22歳)。この折に当時の将軍綱吉から名を拝領し「紀伊吉宗」となる。その後、藩政改革に乗り出し、火の車だった紀伊藩の財政を立て直す。

将軍後継者問題[編集]

享保元年、7代将軍徳川家継がたった8才で死去し、徳川宗家が潰える。徳川家康がこのような事態を想定し造った3つの分家 (紀伊徳川家、尾張徳川家、水戸徳川家) の藩主から次の将軍を選ぶため、老中が合議の末、吉宗が選ばれた(尾張継友は圧倒的な支持を集めていたものの着任したばかり、水戸綱條は高齢)。


関連項目[編集]

日本史
前の時代
1700頃~1750頃
日本史 江戸時代/中期
この時代
1750頃~1850頃
日本史 江戸時代/後期
次の時代
1868-1945
日本史 戦前
このページ「日本史 江戸時代/後期」は、書きかけです。加筆・訂正など、協力いただける皆様の編集を心からお待ちしております。また、ご意見などがありましたら、お気軽にノートへどうぞ。