気候学/海洋と気候
海洋の熱容量
[編集]海洋は、地球上の約7割を占める広大な水域です。海洋は、大気と比べて熱容量が非常に大きいという特徴があります。
熱容量とは、物質が1℃温度を上げるために必要な熱量の量です。熱容量が大きいということは、同じ量の熱量を加えても、温度がそれほど上がらないことを意味します。
海洋の熱容量が大きい理由は、以下の通りです。
- 水の比熱:水は、他の物質に比べて比熱が大きい物質です。つまり、同じ量の熱量を加えても、水の温度は他の物質よりも上がりにくいです。
- 海洋の深さ:海洋は、平均水深が約4,000mと非常に深いです。深海は、太陽光が届かないため、温度が低く安定しています。
海洋の熱容量が大きいことは、地球の気候にとって非常に重要です。海洋が熱を蓄積したり放出したりすることで、地球全体の温度を調節しているのです。
具体的には、以下のような効果があります。
- 夏場の気温上昇を抑制:夏になると、太陽光による熱が陸地を温め、気温が上がります。しかし、海洋は熱を吸収するため、陸地ほど気温が上がらず、夏場の気温上昇を抑制する効果があります。
- 冬場の気温低下を緩和:冬になると、陸地は太陽光から熱を奪われ、気温が下がります。しかし、海洋は蓄積していた熱を放出するため、陸地ほど気温が下がらず、冬場の気温低下を緩和する効果があります。
このように、海洋の熱容量は、地球の気候を安定させる重要な役割を果たしているのです。
海流
[編集]海流は、海洋を水平方向に移動する大規模な水の流れです。海流は、風、地球自転、大陸の形状などの影響によって起こります。
海流は、熱や塩分を輸送するため、地球の気候に大きな影響を与えます。
主な海流としては、以下のものがあります。
- 北大西洋海流:温暖な海水をヨーロッパへ運ぶ
- 黒潮:温暖な海水を日本へ運ぶ
- メキシコ湾流:温暖な海水を北アメリカ東岸へ運ぶ
- 南極海流:冷たい海水を南極大陸周辺から拡散させる
海流は、魚介類の分布や降水量、気温などに影響を与えます。例えば、黒潮は、日本に温暖な気候をもたらし、豊かな漁場を形成する要因となっています。
エルニーニョ・ラニーニャ・南方振動(ENSO)
[編集]エルニーニョ・ラニーニャ・南方振動(ENSO: El Niño-Southern Oscillation)は、太平洋赤道域の海面温度と大気圧の周期的な変動を指す気候現象です。ENSOは、エルニーニョ、ラニーニャ、および南方振動という三つの主要な構成要素からなり、地球規模の気候パターンに大きな影響を与えます。
エルニーニョ(El Niño)
[編集]エルニーニョは、太平洋東部および中央部の海面温度が平年より高くなる現象です。この温暖化は、通常数か月から1年以上続き、以下のような影響を引き起こします:
- 大気循環の変化:温暖な海水が大気を暖め、対流活動を活発にします。これにより、太平洋赤道域の貿易風が弱まり、熱帯収束帯(ITCZ)の位置が変動します。
- 降水パターンの変化:エルニーニョの発生により、太平洋西部の降水量が減少し、乾燥が進む一方で、南米西部やアメリカ西海岸などでは豪雨や洪水が発生しやすくなります。
- 気温の上昇:エルニーニョは、全球的な平均気温を上昇させる傾向があります。
ラニーニャ(La Niña)
[編集]ラニーニャは、太平洋東部および中央部の海面温度が平年より低くなる現象です。エルニーニョとは逆のパターンであり、以下のような影響をもたらします:
- 大気循環の強化:冷たい海水が大気を冷やし、対流活動を抑制します。これにより、貿易風が強まり、熱帯収束帯の位置が変わります。
- 降水パターンの変化:ラニーニャの発生時には、太平洋西部の降水量が増加し、東南アジアやオーストラリアでは洪水のリスクが高まります。一方、南米西部やアメリカ西海岸では乾燥が進みます。
- 気温の低下:ラニーニャは、全球的な平均気温を低下させる傾向があります。
南方振動(Southern Oscillation)
[編集]南方振動は、エルニーニョおよびラニーニャと関連する大気圧の変動を指します。具体的には、タヒチとダーウィン(オーストラリア)の気圧差を南方振動指数(SOI)として定量化します。SOIが正の場合はラニーニャ、負の場合はエルニーニョを示唆します。
- 大気-海洋相互作用:南方振動は、エルニーニョやラニーニャと密接に連動し、海洋と大気の相互作用を反映します。高いSOIは強い貿易風を示し、低いSOIは弱い貿易風を示します。
ENSOの気候への影響
[編集]ENSOは、地球規模の気候に多大な影響を及ぼします。ENSOイベントの期間中、以下のような気候変動が観測されます:
- 降水量の変動:ENSOは、熱帯域や亜熱帯域の降水パターンを劇的に変化させ、洪水や干ばつを引き起こします。
- 熱帯低気圧の発生:ENSOは、熱帯低気圧の発生頻度や進路にも影響を与えます。エルニーニョ期間中は、太平洋のハリケーン活動が増加し、大西洋のハリケーン活動が減少する傾向があります。
- 生態系への影響:ENSOは、海洋生態系にも影響を及ぼし、特に漁業や珊瑚礁の健康状態に影響を与えることがあります。
結論
[編集]エルニーニョ・ラニーニャ・南方振動(ENSO)は、地球規模で気候パターンを左右する重要な自然現象です。その変動は、降水量や気温、風のパターンに影響を与え、多くの地域で異常気象を引き起こします。ENSOの理解と予測は、異常気象への対応や長期的な気候変動の評価に不可欠です。気候学者は、ENSOのメカニズムとその影響を解明するために、観測データと気候モデルを駆使して研究を進めています。
北極振動
[編集]北極振動(Arctic Oscillation, AO)は、北極域と中緯度地域の気圧パターンの変動を指す気候現象です。この振動は、北半球の気候や天候に大きな影響を与えるため、気候学において重要な研究対象となっています。
構造と特性
[編集]北極振動は、主に以下の2つのモードで構成されます:
- 正相(Positive Phase):
- 北極圏の気圧が低く、中緯度の気圧が高い。
- ジェット気流が強くなり、北極の寒気が閉じ込められるため、北米やヨーロッパの冬は比較的温暖になります。
- このモードでは、低気圧システムが北極に集中し、中緯度への冷気の流出が抑制されます。
- 負相(Negative Phase):
- 北極圏の気圧が高く、中緯度の気圧が低い。
- ジェット気流が弱まり、北極の寒気が中緯度まで南下しやすくなるため、北米やヨーロッパの冬は寒冷になります。
- このモードでは、高気圧システムが北極を覆い、寒気が中緯度に流れ込むことが増えます。
影響と重要性
[編集]- 冬季の気温:北極振動の状態は、北半球の冬季気温に直接的な影響を与えます。負相の場合、北米やヨーロッパに厳冬が訪れることが多く、正相の場合はこれらの地域で比較的温暖な冬となります。
- 降水パターン:北極振動は降水パターンにも影響を及ぼし、特に負相の時には中緯度地域で降雪量が増加することがあります。
- 気候変動との関連:長期的な気候変動の文脈で、北極振動の頻度や強度の変化が研究されています。温暖化が北極振動のパターンにどのような影響を与えるかは、現在も活発な研究テーマです。
観測と予測
[編集]- 指数(AO Index):北極振動の強度と位相は、AO指数で表されます。この指数は北極と中緯度の気圧差を数値化したもので、気象予報や気候モデルにおいて重要な指標となります。
- 予測モデル:AOの状態は、気象予測モデルで短期的に予測することが可能です。これにより、寒波や異常気象の発生リスクを事前に評価することができます。
北極振動は、地球規模の気候システムの一部として、気象予報や気候変動研究において極めて重要な役割を果たしています。理解と予測を深めることで、異常気象への備えや気候変動への適応策を強化することが可能です。
熱塩循環
[編集]熱塩循環(ねつえんじゅんかん、英: thermohaline circulation)は、おもに中深層(数百メートル以深)で起こる地球規模の海洋循環を指す言葉である(水深千数百メートル以下での海洋循環を指すという説もある)。 熱塩循環は大循環、深層大循環、グローバルコンベアーベルトとも呼ばれる。 海水が南北に移動し表面近くと深層の間を行き来することにより特徴付けられるため、子午面循環(英語で meridional overturning circulation)と呼ばれることもある。
熱塩循環のメカニズム
[編集]熱塩循環は、海水の水温と塩分による密度差によって駆動される。 海水は真水と違い(温度が低いほど、また塩分が高いほど密度が高くなるため)、水温が低く塩分濃度が高い地点(北大西洋と南極海)において深層への沈み込みが起こります。
具体的には、以下のステップで熱塩循環が起こります。
- 高緯度海域で海水が冷却・塩分濃縮される:
- 高緯度海域では、太陽放射が弱く、海面が冷やされます。
- 海面が冷えると、海水は密度が高くなり、沈み込みやすくなります。
- また、海面が凍結すると、塩分濃度が高くなります。
- 深層海水が南下・北上する:
- 沈み込んだ海水は、重力の影響で南下・北上します。
- 南下する海水は、南極大陸周辺でさらに冷やされ、塩分濃度も高くなります。
- 北上する海水は、徐々に暖められ、塩分濃度も低くなります。
- 深層海水が上昇する:
- 赤道付近では、太陽放射が強く、海面が温められます。
- 海面が温められると、海水は密度が低くなり、上昇しやすくなります。
- 上昇する深層海水は、暖かく、塩分濃度も低い海水となります。
- 暖かく塩分の低い海水が表層を循環する:
- 上昇した海水は、表層を北上・南下します。
- 北上する海水は、徐々に冷やされ、塩分濃度も高くなります。
- 南下する海水は、徐々に暖められ、塩分濃度も低くなります。
このように、熱塩循環は、海水の水温と塩分による密度差によって、海水が南北に移動し、表面近くと深層の間を行き来する大規模な循環です。
熱塩循環の影響
[編集]熱塩循環は、地球の気候に大きな影響を与えています。
- 地球全体の温度調節:熱塩循環によって、熱帯地域の熱が中緯度・高緯度地域に運ばれるため、地球全体の温度が均一化されます。
- 降水量の分布:熱塩循環によって、降水量の分布が影響されます。
- 海洋生物の分布:熱塩循環によって、海洋生物の分布が影響されます。
近年では、地球温暖化の影響により、熱塩循環が弱まっていると考えられています。 熱塩循環が弱まると、地球全体の温度調節機能が低下したり、降水量の分布が変化したり、海洋生物の分布が変化したりするなど、様々な影響が懸念されています。
熱塩循環の研究
[編集]熱塩循環は、地球の気候システムにとって重要な役割を果たしているため、活発に研究されています。 熱塩循環の研究には、様々な手法が用いられています。
- 海洋観測:船舶やブイを用いて、海水温、塩分濃度、海流などを観測します。
- 海洋モデル:コンピュータを用いて、海洋の動きをシミュレーションします。
- 古気候学:過去の気候データから、熱塩循環の変化を推定します。
熱塩循環の研究は、地球温暖化の影響を理解し、将来の気候変動を予測するために重要です。
熱塩循環に関する用語
[編集]- 大西洋深層水 (NADW):北大西洋で形成される深層海水。熱塩循環の主要な構成要素の一つ。
- 南極深層水 (CDW):南極海で形成される深層海水。熱塩循環の主要な構成要素の一つ。
- 深層流:深層を流れる海水の流れ。熱塩循環を構成する重要な要素の一つ。
- 表層流:表層を流れる海水の流れ
まとめ
[編集]海洋と気候は、密接に関係しています。海洋の熱容量、海流、ENSO、AOなどの海洋現象は、地球全体の気候に大きな影響を与えています。
これらの海洋現象を理解することは、地球温暖化などの地球環境問題を考える上で重要です。
用語集
[編集]この章で扱った主な用語を、以下にまとめました。
- 大気:地球を取り巻く気体の層
- 大気構成:大気を構成する主要なガスの割合
- 放射エネルギー:電磁波の形で伝わるエネルギー
- 太陽放射:太陽から地球に届く放射エネルギー
- 地球放射:地球から宇宙空間に放出される放射エネルギー
- 温室効果:大気中の温室効果ガスが地球放射を吸収し、再び地球に向けて放射することによって、地球の表面温度が上がる効果
- アルベド:地球が反射する太陽放射の割合
- 熱力学:熱と仕事の関係を扱う物理学の一分野
- 熱力学第一法則:エネルギーは創造も消滅もせず、ある形態から別の形態に変換されるだけである
- 熱力学第二法則:閉鎖系において、時間の経過とともに、エントロピーは常に増加する
- 大気熱力学:熱力学の原理を大気現象に適用する学問
- 大気循環:地球上の大気が水平方向と垂直方向に移動する大規模な運動
- 風:大気圧の差によって発生する空気の流れ
- 圧力系:大気圧の高い場所や低い場所を中心とした大規模な気圧分布
- 水循環:地球上の水が海、陸地、大気の間を絶えず循環する過程
- 蒸発:液体である水が、気体である水蒸気に変化する過程
- 凝結:水蒸気が、液体である水に戻る過程
- 降水:雲から地表に降ってくる水の総称
- 雲:大気中に浮遊する水滴または氷晶の集まり
- 河川:陸地を流れる水の流れ
- 湖沼:陸地に存在する大きな水たまり
- 海洋:地球上の約7割を占める広大な水域
- 海洋の熱容量:物質が1℃温度を上げるために必要な熱量
- 海流:海洋を水平方向に移動する大規模な水の流れ
- エルニーニョ・ラニーニャ・南方振動:太平洋赤道付近の海面水温と大気圧が周期的に変化する現象
- 北極振動:北極上空の大気圧が周期的に変化する現象
- 熱塩循環:海水の温度と塩分の違いによって駆動される大規模な海洋の循環運動