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薬理学/アゴニストとアンタゴニスト

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』

概要

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一般に、受容体に結合する物質のことを、生理学の用語でリガンド ligand という。(※ 生理学テキストに記述あり。)よく、リガンドと受容体の関係は、カギとカギ穴の関係に喩えられる。

※ 薬理学の伝統的な教科書では「リガンド」を習わないが、しかし『標準薬理学』を読むと「リガンド依存性転写因子」(第7版、172ページ)とか「リガンド開口型イオンチャネル」(96ページ)とか(以下略)出てくるので、薬理学入門のうちに生理学用語も覚えてしまおう。

生理学でいう「リガンド」とは、薬物由来でない場合も多いが、本「薬理学」科目では薬物由来のリガンドを考えよう。

※ そもそも薬物由来の分子を「リガンド」と言ってもいいのか疑問もあるが、ほかに良い用語が無いので、とりあえず当科目では「リガンド」と言おう。


薬理学では、リガンドのうち薬物由来のものを大きく分けると

「アゴニスト」と
(広い意味での)「アンタゴニスト」

に分類する事になる。


類語で「アゴニスト」 agonist という用語を使う。

薬物で、受容体と結合した際に作用を増強したり発現したりする場合をアゴニスト(agonist)という。

一方、薬物が受容体と結合したさいに抑制的に働いたり他のアゴニストの結合を妨げるものの場合はアンタゴニスト antagonist という。

薬物の場合、アンタゴニストのことを「拮抗薬」(きっこうやく)ともいう[1]

※ 「薬物」と言っても、麻薬のような違法的な意味は無い。慣習的に薬理学では、薬の事を一般に「薬物」という。


伝統的な、大学レベルの薬理学の教育では、アゴニストとアンタゴニストという語句が、これらの概念を説明するのに、よく使われる。 なお、アンタゴニストのことを「ブロッカー」 blocker ともいう。また、英語の「インヒビター」inhibitor も似た意味であり(「阻害剤」のような意味)、inhibitor という語も アンタゴニストの一種として使われている。


アンタゴニストが存在するという事はつまり、

分子は受容体に結合するだけでは、作用を及ぼさない.

という事である。分子が受容体に結合し、さらになんらかの変化をその受容体に起こすことにより、初めて作用が起きるのである[2]

では、作用を起こすための変化とは何か? 一般的には、受容体の立体構造の変化である、とされている。

アンタゴニストは、結合穴に結合するだけで終わってしまい、立体構造を変化させないので、作用を起こさない、という解釈がある。

※ 本wiki独自の喩えだが、アンタゴニストをカギに喩えるなら、カギ穴に入ることはできるが、カギの凹凸が不一致で、カギを回せない、とでもいえようか・・・

逆アゴニスト

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医学書によくある、逆アゴニストの概念図のグラフ

受容体の中には、なにも結合していない状態でも、ある程度の活性化(その受容体は「基礎活性」をもつ、のように言う)をしている受容体がある。この受容体に、結合した際に、薬物の種類によって、活性化する薬物と、別の種類の薬物では不活性化する薬物とがある。

このように、基礎活性のもつ受容体を不活性化させる薬物のことを、逆アゴニスト(inverse agonist)という。(羊土社『はじめの一歩の薬理学』および医学書院『標準薬理学』)


※ 『NEW薬理学』では、やや定義が違う。

アンタゴニストとは別の薬として、受容体に活性型と不活性型のある場合に、その薬物が受容体に結合することによって受容体を不活性型で活性化させる分子のことを逆アゴニストという。(※ 『NEW薬理学』で紹介されている。)

NEW薬理学では、上記のような定義である。


※ ただし、『シンプル薬理学』、『生理学テキスト』では「逆アゴニスト」を紹介しておらず、あまり重視していない、もしくは不満や疑義のあるようである。

『シンプル薬理学』は、「部分アゴニスト」や「完全アゴニスト」などの用語も紹介しているのに、「逆アゴニスト」を紹介していないので、意図的に省いていると思われる。

どういう意図かというと、おそらくだが、逆アゴニストをアンタゴニストの一種として、ひとまとめに(つまり非アゴニスト的に)分類すべきだという意図だろう。つまり、アンタゴニストに逆アゴニストも含めるべきだという意図か。

『NEW薬理学』は、逆アゴニストとアンタゴニストを区別すべきだという立場であるが、ここらへんのいきさつが『NEW薬理学』に書いてある。従来、「アンタゴニスト」として分類されていた薬物分子のいくつかが、よくよく調べていったら「逆アゴニスト」だという事が分かってきた、という背景・経緯がある。

部分アゴニスト

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どんなに用量を上げて飽和させても、飽和時の最大薬理作用が通常アゴニストの最大薬理作用と比べて割合の低いものを部分アゴニスト(partial agonist)と呼んでいる。

なお、対比的な呼び方として通常のアゴニストのことを全アゴニスト[3](full agonist)または完全アゴニスト[4][5]と呼ぶ場合もある。

一例として、アセチルコリン(完全アゴニスト側)とブチルコリン(部分アゴニスト側)が、このような関係である[6]

なお一般に、完全アゴニストの投与時に、部分アゴニストが存在していると、結果的に部分アゴニストも受容体に結合することによって完全アゴニストと競合するので、あたかも部分アゴニストがアンタゴニストのように振舞うことになる[7][8]

競合アンタゴニストおよび非競合アンタゴニスト

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競合アンタゴニストおよび非競合アンタゴニスト

アゴニストとアンタゴニストが混合している場合に、 そのアンタゴニストが存在する事によって、アンタゴニストのない場合の作用と同じ強さの作用を得るためにアゴニストの必要量が増える場合(結果的にグラフでは曲線が右側に移動する)のアンタゴニストを競合アンタゴニスト(competitive antagonist)という[9][10]

※ 出典で標準薬理とNEW薬理がともに10ページ目だが、誤記ではなく、偶然の一致。

一方、そのアンタゴニストの存在により、最大作用が低下するアンタゴニストを非競合アンタゴニスト(non-competitive antagonist)という[11][12]


※ 「非競合」アンタゴニストの名前と内容が直感的に分かりづらいかもしれないが、これはおそらくだが由来は、受容体の本来の結合部位以外にアンタゴニストが結合するなどして、このような現象が起きているという説がある[13][14]ので(なお、このような現象を「アロステリック」[15]という)、このような名前がついているのだろう。

なお、このようなアロステリックなメカニズム以外にも、受容体の本来の結合部位と同じ部位に結合するアンタゴニストでも、いちどアンタゴニストが受容体に結合したら非可逆的に外れない特性をもつアンタゴニストでも、この非競合アンタゴニストのようなグラフの変化が起きる[16][17]とされている。

このような不可逆的な非競合アンタゴニストの例としては、ノルアドレナリンと、それに対するフェノキシベンザミンがある[18][19]

アロステリックな結合は、他の薬物との結合が変わる事例以外にも、受容体の作動効率が変わる事例もある

たとえば通常のGABA受容体とは異なる結合部位のGABAA受容体に対してベンゾジアセピン系薬がアロステリック的に結合することにより、作動効率が変わる[20][21]

脚注

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  1. ^ 『はじめの一歩の薬理学』、第2版、20ページ
  2. ^ 『はじめの一歩の薬理学』、第2版、20ページ
  3. ^ 『シンプル薬理学』
  4. ^ 『標準薬理学』
  5. ^ 『NEW薬理学』
  6. ^ 『シンプル薬理学』
  7. ^ 『標準薬理学』
  8. ^ 『NEW薬理学』
  9. ^ 『標準薬理学』、第7版、P10
  10. ^ 『NEW薬理学』,改訂第6版、P10
  11. ^ 『標準薬理学』
  12. ^ 『NEW薬理学』
  13. ^ 『標準薬理学』
  14. ^ 『NEW薬理学』
  15. ^ 『NEW薬理学』
  16. ^ 『NEW薬理学』
  17. ^ 『シンプル薬理学』
  18. ^ 『シンプル薬理学』、P7
  19. ^ 『パートナー薬理学』、改訂第3版、P29
  20. ^ 『標準薬理学』、P13
  21. ^ 『パートナー薬理学』、P29