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薬理学/新薬の開発手順など

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』

新薬の開発手順

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※ 『シンプル薬理学』、『NEW薬理学』、『標準薬理学』にある話題。

新薬の開発のための投与実験では、最初は動物(マウスやイヌなど)に実験をする。

マウスなどの動物実験が終わったら、次に人間を対象にした治験(ちけん)の段階に移る。

※ 生物学ではヒトも哺乳類ヒト科の動物であるが、しかし薬理学では便宜上、「動物実験」といったらマウスやイヌなどヒト以外での実験の事を言う。

新薬を開発するために、実際の人間に投薬の試験をする事を治験という。

つまり、

動物実験→治験

の順番。


なお、薬剤開発に限らず、医療系の新製品や新技術や新理論を検証するために、実際に病院などで実験をしたり、ヒト対象の試験をする事[1]などを臨床試験という。

治験とは、新薬開発のための臨床試験であるとも言える。

治験のステップ

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新薬の開発では、認可前の段階で、第1相試験、第2相試験、第3相試験を、この順番で行う。

第4相以降は、認可後・発売後の調査・試験であるので、第4相については説明を後回しにする。

第1相試験

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第1相試験は、健常者に行う。普通、さらに若い成人男性という条件をつける[2]。ただし例外的に、抗癌剤など強い毒性のある薬の場合、患者で試験を行う[3]

この試験の目的は、主に候補薬の安全性の確認である。合わせて、吸収や排泄などといった薬物体内動態についても調査をする。

試験の最初の投与量は少なめにしておき、少しずつ用量を上げていって、試験をしていく[4]

※ この時点では原則、健常者を相手にしており、そもそも疾患が無いので、候補薬の治療効果はまだ不明である。

第2相試験

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第2相試験は、少数の患者に投与を行う試験。

この試験の目的は主に、治療効果の検証である。 あわせて、患者の体内での薬物動態についても調査する。

第3相試験

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第3相試験では、さらに多くの患者を対象に、用法や用量を決定する目的のための試験を行う。

プラセボ効果

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本来、薬としての効果のない物質なのに、患者によっては先入観によって、 その物質を投与されると、元気になったり、落ち込んだりする場合もある。

たとえば、単なる乳糖を「これは新薬です」とか「よく效く薬です」とか医師に言われて患者が飲まされたら、 患者のなかには、あたかも元気になったりする場合もある。

※ よく例に出されるのは「乳糖」。『NEW薬理学』、改訂第6版、P565。および、『シンプル薬理学』、P45の練習問題および解答P317。

あるいは逆に、単なる乳糖を飲んだだけなのに、気分が悪くなったり、落ち込んだりする患者もでてくる。


このように、本来、薬効のないものを「薬」と偽って投与された物質のことを偽薬プラセボ)という。


プラセボを比較として用いることで、対照実験が出来るので、候補薬の本当の効果を知ることができる。

※ 対照実験については、『高等学校生物/生物I/細胞の構造とはたらき#自然発生室の否定』(リンク先は、パスツールのフラスコ実験のアレ)を参照せよ。

しかし、「病気で苦しんでいる患者に偽薬を用いて、治療を放置していいのか?」という倫理的な問題もあるので[5]、 プラセボを試験できる状況は比較的に限られてしまう。


なお、プラセボの実験は、後述する盲験(blind test)の一種である[6]

ヘルシンキ宣言

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治験に限ったことではないが、医学の人体実験では、倫理が求められる。

医学における人体実験で医者が守らなければならない倫理規定として世界的なものに、ヘルシンキ宣言がある。

ヘルシンキ宣言は、第二次大戦中の人体実験の反省にもとづき、戦後の1965年に世界医師会によって採択されたものである。

ヘルシンキ宣言の骨子は大まかに、

  • 患者・被験者に治験内容を充分に説明する。その上で、被験者に自発的に実験に参加してもらう[7]
  • 第三者的に治験の内容を倫理的・科学的に妥当かどうかを審査する委員会を設ける。

などである。

第三者委員会には、医学的な判断のできる専門性に加えて、スポンサーや実験参加医師からの独立性も求められる。


ヘルシンキ宣言は、人体実験そのものは禁止していない[8]。一般に、医学の発展のためには、医薬品のヒトでの副作用などを確認するためにも[9]、人体実験が必要であるとされる[10]

※ たとえば、治験も人体実験である。

ヘルシンキ宣言は、人体実験が必要であると認めた上で、被験者の福祉を、人体実験による社会的利益よりも上位に置いているのである[11]

さて、ヘルシンキ宣言のその後、さらに医学者などの世界的組織により、さらなる別の倫理宣言もされた。

GCP

比較的に新しい宣言として、1996年の Good clinucal Practice (GCP) (直訳:『よき臨床上の基準』)が宣言された。 GCPの主な内容は、ヘルシンキ宣言の同様の充分な説明や第三者委員会の内容に加えて、 さらに

  • 患者に充分な説明をした上、患者との実験への同意契約は文書で行う。(インフォームド・コンセント) [12]
  • 実験データを一定期間、保管する。 [13]

のような、文書管理などの重要性を追加したものである。

※ なお、製造業など一般産業の品質保証やISO国際規格の品質管理規定などでも、文書などの記録を残すことが重要とされている。GCP は実態では倫理宣言というよりも、人体実験をする場合の記録データなどの品質管理の手法のようになっている。


GCPなどの国際基準により、データ保管では生データを保管する事が義務づけられている[14]。「生データ」とは、補正などの編集・加工をする前の、測定値そのものの最初のデータのことである。

※ 「生データ」という用語は、医学だけでなく、多くの学問の研究や測定現場でも使うので(理科系だけでなく文化系でも使う)、学生は今ここで覚えておこう。
まとめ

ヘルシンキ宣言やGCPなどの国際基準をまとめると、結局のところ、人体実験では次の倫理基準および品質管理基準が求められる。

  • 被験者には、文書でも充分に実験内容を説明し、被験者の理解できる言葉で説明する。
  • その上で、実験への参加協力の同意を文書で行う。(インフォームド・コンセント)
  • また、被験者の実験参加は、自発的なものでなければならない。
  • 実験データは、文書として記録に残し、一定期間の保管をし、生データを必ず保管する。
  • 実験の科学的妥当性および倫理的妥当性を審査するための、第三者委員会を設置しなければならない。また、その第三者委員会には、専門性と独立性が、もとめられる。ここでいう専門性とは、医学的な判断のできる専門性と、倫理的な判断のできる能力が必要である。また、独立性とは、スポンサーおよび実験参加医師からの独立性のこと。


また、上記の倫理規定を確実に実行させるため、責任者を定める必要があり、治験責任医師や記録保存担当者などを、それぞれ定める[15]

品質管理との関係

記録の重要性は医学だけでなく、製造業などのISO国際規格にもとづく品質管理でも、記録保存担当者などを定める事が求められます。品質管理を確実に実行させるために、責任のがれを防ぐための手法として、責任者の設置規定は、よく用いられている規定です。

英語のコトワザで「共同責任は無責任」とかありますが、それを防ぐことのできる手法でしょう。同調圧力の暴走を防ぐ、とも言えます。

もし「同調圧力」と聞いても読者が何のことだか分かならければ、大学生(またはそれ以上の学歴)としての人文系の教養が不足してますので、山本七平『空気の研究』でも読んで勉強しなおしてください。


貿易上の背景

日本の厚生労働省などがヘルシンキ宣言やGCPなどを遵守している理由のひとつとして、倫理的な事情もあるが、もうひとつ貿易上の理由もある(と「シンプル病理学」が指摘している)。日本が外国の治験データなどを受け入れなかったため貿易摩擦になった事が、過去にあった。

『シンプル薬理学』では専門外の製造業などは言及していないが、実は医療や厚生行政だけでなく、製造業やサービス業における経済産業省の行政などでISO国際規格などが導入されるようになったのも、同じ背景です。詳しくは「w:貿易の技術的障害に関する協定(TBT協定)」。「TBT協定」は聞きなれない読者も多いでしょうから手短かに説明すると、w:ウルグアイ・ラウンドあたりの時代の貿易交渉での主要な採決結果のひとつです。

貿易上の理由もあるが、もうひとつ、国際的なシステムの共通化により、データの相互国際比較が可能になるので、データなどの信頼性が増す[16]、という利点もある。

このほか、一般に実験による研究をする場合、実験計画書を作成することが求められる。 特に人体実験を行う場合、実験計画者には倫理的な配慮も求められる。

※ 『標準薬理学』には、ヘルシンキ宣言の項目で実験計画書のハナシをしてるが、そもそも実験計画書は実験研究をする際の常識なので、本wikiでは上のように説明した。

承認後・発売後

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医薬品の承認後にも、試験が必要である。

医薬品の承認後、発売後における調査・試験のことを、第4相試験という[17][18]。日本だけでなくアメリカでも同様に、承認後・発売後の試験や調査を「第4相試験」という[19]。少なくともアメリカの場合、第4相試験には期限は無い[20]

また、医薬品などの製造において守るべき国際基準として、good manufacturing practice (GMP)があり[21][22]、製造管理や品質管理の原則が定められている。

盲検法

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盲検法とは、新薬と従来薬のどちらが使われてるか、分からないようにして、試験をする事。これは、対照実験のためである。

※ 表記は「盲検」(『標準薬理学』、『シンプル薬理学』)でも「盲験」(『NEW薬理学』)でも、どちらもでいい。

患者だけが、投与薬が、新薬なのか従来薬なのかのどちらかを分からない場合を単盲検[23]または一重盲検[24](single blind test[25])という。

※ 『NEW薬理学』では、ここらの単元は後半(565ページ目あたりから)のほうに記載がある。


患者と医師の両者とも、新薬なのか従来薬なのかのどちらかを分からない場合を二重盲検(double blind test[26]、略称: DBT[27])という[28][29]。 新薬の開発の第3相試験では、原則として[30]二重盲検試験で行われるとされている[31][32]

※ 単盲検・二重盲検のどちらの場合とも、患者にとっては、新薬か従来薬かは、不明である。

脚注

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  1. ^ 『標準薬理学』
  2. ^ 『シンプル薬理学』
  3. ^ 『NEW薬理学』
  4. ^ 『シンプル薬理学』
  5. ^ 『シンプル薬理学』
  6. ^ 『NEW薬理学』、P565
  7. ^ 『標準薬理学』
  8. ^ 『標準薬理学』
  9. ^ 『NEW薬理学』
  10. ^ 『標準薬理学』
  11. ^ 『標準薬理学』
  12. ^ 『NEW薬理学』
  13. ^ 『NEW薬理学』
  14. ^ 『シンプル薬理学』
  15. ^ 『NEW薬理学』、P33
  16. ^ 『シンプル病理学』
  17. ^ 『シンプル薬理学』
  18. ^ 『NEW薬理学』
  19. ^ Bertram G.Katzung 著『カッツング薬理学 原書第10版』、柳澤輝行 ほか監訳、丸善株式会社、平成21年3月25日 発行、P72
  20. ^ Bertram G.Katzung 著『カッツング薬理学 原書第10版』、柳澤輝行 ほか監訳、丸善株式会社、P72
  21. ^ 『シンプル薬理学』
  22. ^ 『NEW薬理学』
  23. ^ 『標準薬理学』
  24. ^ 『NEW薬理学』改訂 第6版,P565
  25. ^ 『NEW薬理学』改訂 第6版,P565
  26. ^ 『NEW薬理学』改訂 第6版,P565
  27. ^ 『パートナー薬理学』、改訂第3版、2019年 3月31日 第3版 第2刷 発行、28ページ
  28. ^ 『標準薬理学』
  29. ^ 『シンプル薬理学』
  30. ^ 『シンプル薬理学』、P34
  31. ^ 『パートナー薬理学』、改訂第3版、2019年 3月31日 第3版 第2刷 発行、28ページ
  32. ^ 『NEW薬理学』、P34、※ 『シンプル薬理学』とページが同じなのは偶然の一致.