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軍事入門/兵站の意義と概算

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』

本章では後方支援・兵站の概要に触れ、以後の学習の参考とする。

総論

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兵站(へいたん 英:Logistics)とは、一般に、戦争において作戦を行う部隊の移動と支援を計画し、また実施する活動を指す用語である。例えば物資の配給や整備、兵員の展開や衛生、施設の構築や維持などが含まれており、一般に、後方支援(Combat Service Support)業務の一環とされる。

兵站の字義は「の中継点」(Wiktionary 「」)であり、世界中で広範に使用される英語での「logistics」は、ギリシア語で「計算を基礎にした活動」ないしは「計算の熟練者」を意味する「logistikos」、またはラテン語で「古代ローマ軍あるいはビサンチンの行政官・管理者」を意味する「logisticus」に由来する[1]

詳細はw:兵站#兵站の理論を参照

兵站の歴史

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詳細はw:兵站#兵站の歴史を参照

近代以前において、兵站とは食糧や消耗品の局地的な調達と拠点の兵站基地の組合せで成立していた。

現代の兵站

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補給

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補給(Supply)とは部隊の物的な戦闘力を維持増進するために、作戦に必要な物資を適材適所に充足させることである。戦闘を遂行する上で求められる軍需品は量的に膨大であるだけでなく多種多様である。しかも補給所要は日々の状況に応じて変化し、また限りある補給能力を効率的に活用しなければならない。これら一連の補給の問題に対処するために、兵站学では補給の計画的な管理と効率的な実行を追求する。

輸送機能が充実した現代においては、マネジメントとしての補給機能が兵站の成否を左右することが多くなっている。湾岸戦争において多国籍軍は、作戦級兵站基地を機動的に運用することにより、戦略レベルと戦術レベルの補給機能を連接することを試みたが、やや不満足な結果に終わった。このため現在では、C4Iシステムを活用してのIT化による解決が試みられている。

補給所要量の算出

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補給の数量的な計算を行う場合、大まかな概算を実施した後に細部の所要量を計算する方法が理解しやすい。

地上部隊
機械化されていない兵士は一日に6.7キログラムの補給物資で事足りるが、現代の近代化された装備を持つ陸軍部隊の兵士は一日に約45キログラムの補給物資を要する。すなわち1500名の陸軍部隊が一日に所用する補給物資は67500キログラムと概算できる。ただし実際にはこれに装甲車、迫撃砲とその弾薬、防空火器とその弾薬、通信機などの装備が加わるためにより厳密な計算が必要となる。
現代戦史上において、補給所要量の実例は下記のとおりである。
ソビエト軍 自動車化狙撃師団(1980年代; 機械化歩兵に相当)
兵員13,498名、戦車266両、装甲車481両、火砲148門、非装甲車両2,500両を備え、一日の平均補給所要量は1,177トンとされていた。
アメリカ軍 機甲師団(1980年代)
兵員16,300名、戦車348両、装甲車652両、火砲143門および、非装甲車両3,500両を備え、一日の平均補給所要量は1,555トンとされていた。
洋上部隊
80年代においては、水兵あたりで180から270キログラムの補給所要があると見積もられていた。しかし自動化の進展とともにこの補給所要算出法は不正確となっており、現在では、7,000名の水兵を擁する空母打撃群の補給所要量は5,000トン/日であり、水上戦闘群の場合はその3分の1以下である。このように膨大な補給所要のため、空母打撃群は、その編制内に戦闘支援艦を有している。
航空部隊
作戦機は、1ソーティにつき10〜20トンの補給所要と、数百マンアワーの労力を必要とする。これを一人当たりに直すと、おおむね450キログラムとなる。

兵站基地

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補給の拠点として設置される兵站基地は、その兵站機能から戦略レベル、作戦レベル、戦術レベルのものに区分される。戦略級の兵站基地は生産交通の要所に平時から設置される戦略兵站基地であり、作戦的には方面隊が作戦区域内に設置する兵站基地は方面兵站基地となり、状況に応じて戦術的に設置される方面前進兵站基地と分けることができる。

また別の分類としては兵站基地は兵站地区司令部や兵站衛生諸機関、その関連機関などが併設される兵站主地、通常は兵站地区司令部や出張所と併設される兵站地、前線の作戦部隊に対して最寄の兵站基地である兵站末地(terminal point of line of communications)と区分される場合もある。

情報と備蓄管理

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必要とされている部隊に必要な物資を無駄なく供給するためには合理的な情報管理が必要である。交戦中においては敵の作戦行動による不確実性を考慮する必要があり、安定的な兵站線の確保はより高度な課題となる。知られていたり予測されている物流計画は格好の攻撃対象であり、物流計画は重要な軍事機密であり漏洩は防がなければならない。備蓄管理は補給活動を効率的に行なうために必須であり、21世紀現在の大規模な近代型軍隊ではIT|によるデジタル情報ネットワークによってできるだけ無駄を省いた補給を行なっている。

軍事分野だけでなく企業活動においてもロジスティクスでの効率化の要は20世紀末の電子情報技術の利用であり、戦闘部隊の兵士や企業顧客が求めた物品がどこを輸送中であるかがいつでも明らとされ、無数のコンテナの中身が中身を調べなくとも電子コードによって瞬時に判明するようになっている[2]

前線や各兵站堡からの注文の受領を行い、オペレーションズ・リサーチなど数学的手法を用いて各補給線ごとの運搬能力を最適化した運用計画や需要予測を立案する。物流計画は軍事・民生ともにおいて重要な内部情報であり、敵や競合会社に漏洩することは致命的な結果を招く可能性がある。

補給すべき物資の質と量は各部隊ごとに異なっている。兵站線に対する攻撃に対処するためにも情報は重要となる。地形・地図情報や周辺領域や住民、ゲリラ活動の有無などの情報収集も重要である。

輸送

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輸送(Transportation)とはある地点から別の地点へと何かを移動させることであり、作戦上に必要な部隊や物資を適時適所に位置させることである。輸送は兵站の基本的な機能の一つであり、迅速性と安全性を両立させ、限りある陸海空路の輸送手段を各種総合的に使用することが重要となる。しかし、輸送を行う上では自然環境や敵による妨害、すなわち摩擦が障害となる。兵站学では輸送は敵の攻撃や気象状況の変化などを想定し、計画に融通性を備え、必要な警戒や防護を準備する。

後方連絡線

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「必要なものを」「必要な時に」「必要な量を」「必要な場所に」はロジスティクスの要諦であり、兵站任務を円滑に遂行する作戦地域と兵站基地との交通上のつながりを維持するために数理的、物性的、情報的な処理が求められる。これが後方連絡線または背後連絡線(LOC)であり、これは複数の兵站基地とそれらを相互に接続する道路鉄道路水路、海路、航空路で構成される。後方連絡線は、輸送機能を発揮するための最重要要素である。

後方連絡線が兵站基地同士を接続するものであることから、輸送には、階梯に応じた区分が行なわれる。戦略兵站基地同士の輸送については戦略輸送、作戦兵站基地に対する輸送を作戦輸送、戦術兵站基地に対する輸送を戦術輸送と称する。これらはそれぞれ、その特性にあわせた輸送手段を選択される。

輸送手段

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上述のとおり、後方連絡線は道路、鉄道路、水路、海路、航空路によって構成される。兵站学上、これらは次のような特性を有する。

道路
トラックによる輸送であり、主として軽装備の戦術・作戦輸送に使用される。NATOのドクトリンにおいては、他の交通網が整備されている場合、道路での輸送距離は500キロメートルまでとし、輸送対象は軽装備(兵員を含む)とされている。
鉄道路
主として重装備の作戦・戦略輸送に使用される。NATOのドクトリンにおいては、内陸において、装甲車両など重装備を500キロメートル以上輸送する場合は、70パーセントを鉄道で移動させることとされている。
海路
主として重装備の作戦・戦略輸送に使用される。基本的に、1総トン(GT)がドライな軍需貨物1トンに等しいとされており、上記のとおりの装備を施した1個師団を移動させる際には25万総トンが必要となる。また、この師団の補給所要を満たすためには、さらに5万総トン/月が必要となる。
空路
固定翼機
主として軽装備の輸送に使用される。NATOのドクトリンにおいては、兵員を含む軽装備を500キロメートル以上輸送する場合は、航空機による輸送を行なうこととされている。機体規模と航続距離に応じて戦略輸送機と戦術輸送機があり、それぞれの用途に充当される。戦略輸送機には戦車などの重装備を輸送可能な機体もあり、実戦部隊の戦術機動に投入されることもあるが、後方補給線上で重装備の空輸が行なわれることは稀である。また、コンテナやパレットに搭載できる大きさの貨物であれば、徴用された民間輸送機を使用することもできる。民間機は蛮用に耐えがたいため、通常、作戦・戦略輸送に投入される。
固定翼機による輸送は、小規模の即応兵力の緊急輸送に適する。例えば、兵員900名、重迫撃砲 18門(弾薬90トン)、対戦車ミサイル発射機 60基(ミサイル 1000発)を備えた軽歩兵大隊の場合、当座の補給品を含めても、大型の民間輸送機20機で輸送できる。
回転翼機
主として軽装備の戦術輸送に使用される。ただしその特性上、兵站輸送よりは実戦部隊の戦術機動に用いられる場合が多い。

演習問題

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  1. 軍事史における事例を挙げて兵站の重要性を説明せよ。
  2. 30万人の陸軍部隊を動員して一ヶ月ほど時間を要する陸上作戦を実施するのに必要な物資は最低でもどの程度になるのか概算してこれを準備するために必要な諸政策を提言せよ。

脚注

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  1. ^ 「共同物流による事業戦略の事例研究」小林 二三夫(日本大学大学院総合社会情報研究科紀要 No.9, 1-6 (2008))PDF-P.2[1]
  2. ^ 1991年からの[[w:湾岸戦争|]]では米軍は総計40,000個のコンテナを湾岸地域へ送り、港では中身の判らない半数ほどのコンテナを開封して中身を確認してから陸上の補給線へと送り出していた。このため終戦時に約8,000個のコンテナが中身の判らない未開封の状態で港に留め置かれていた。前線部隊は求めた兵器等がいつ届くのか判らなかったために2度、3度と同じ注文を出して補給能力を圧迫し続け、結局12億ドルの余分な経費と100日分の余分な日数、100万トン分の余分な物資輸送が発生した。12年後の[[w:イラク戦争|]]ではコンテナごとにRFタグが付けられていたため、求めた装備等の位置が前線部隊からも明らかとなって重複注文は無くなり、また、輸送部隊が攻撃を受けてもその位置が電子的に追跡されていたので援軍が容易に送られ、失われた荷物はまだ保有分に余裕のある他部隊向けのものが振り向けられるなどの処理が行なわれた。ただ、当時はコンテナから取り出されればRFタグでの追跡が行なえなかったので、アメリカ軍では荷物毎にRFタグを付けるように改善が進められている