この節では交流回路における電力について説明する。
直流回路では電力は単純に電流と電圧の積として電力を計算することができた。すなわち、電流i、電圧vの回路の電力pは

である。
交流回路でも同様に、電力は電流と電圧の積として計算する。すなわち、時刻tにおいて電流i(t)、電圧v(t)となるとき、電力p(t)は

によって求められる。ただし、交流回路では直流の時と異なり、電流電圧が時間変化をするため、電圧も時間によって変動することになる。また、交流回路ではインピーダンスの節で見たように複素数を用いて電流電圧を表現するため、電力も複素数を用いて考えることになる。
交流回路の電流と電圧を


の正弦波によって表す。このとき、これらの積

を瞬時電力という。これは、ある時刻tにおける電力を表しているが、交流回路ではこれが時々刻々変化するため、回路を特徴づける量としては普通用いられない。
瞬時電力の式は、三角関数の加法定理を用いることで

と書き直すことができる。この式は時間変動しているが、周波数
の周期関数であるから、時間平均を計算することができる。平均を計算するには1周期分
の積分を行って周期で割ればよく、この値Pは、
![{\displaystyle {\begin{aligned}P&={\frac {1}{\pi /\omega }}\int _{0}^{\pi /\omega }p(t)dt\\&={\frac {\omega }{\pi }}{\frac {I_{0}V_{0}}{2}}\int _{0}^{\pi /\omega }\left\{\cos(2\omega t+\theta _{i}+\theta _{v})+\cos(\theta _{i}-\theta _{v})\right\}\\&={\frac {\omega }{\pi }}{\frac {I_{0}V_{0}}{2}}\left[t\cos(\theta _{i}-\theta _{v})\right]_{0}^{\pi /\omega }\\&={\frac {I_{0}V_{0}}{2}}\cos(\theta _{i}-\theta _{v})\end{aligned}}}](https://wikimedia.org/api/rest_v1/media/math/render/svg/19c47aed20573f89a0a24655da7e39bf10043316)
である。この値を平均電力という。
平均電力は単純に電流と電圧の最大値の積で出るわけではなく、最大値の積を2で割り、さらに電流と電圧の位相差の余弦をかけなければならない。直流回路では単純に電流と電圧の積で出すことができていたため、これでは少し心地が悪い。そこで、電流や電圧の最大値を
で割った値として


を考え、これを用いて

と書くようにすれば見通しがよい。この
や
を、それぞれ電流と電圧の実効値(effective value, root mean square value, RMS)という。交流回路の電流・電圧の値は通常、最大値ではなく実効値を用いて表す。例えば日本の家庭用電源は交流100Vとなっているが、これは電圧の実効値が100Vであることを示している。すなわち、家庭用電源の電圧の最大値は約141Vになる。
さらに、位相差の余弦は、同じ実効値の電流と電圧であっても、その位相差によって平均電力が変化することを表している。位相差が0であれば平均電力は実効電流と実効電圧の積に等しく、また位相差が
であれば平均電力は0になる。この余弦
を力率という。力率をかけない電力
は皮相電力(apparent power)と呼ばれ、位相差を考えないで計算した見掛け上の電力である。皮相電力の単位は[VA](ボルトアンペア)であり、電力の単位[W]とは区別する。
ここまでの議論を複素数を用いて考え直してみよう。電流と電圧をそれぞれ複素ベクトル
、
で表す。ただし、
- これらの大きさは振幅ではなく実効値を用いるようにし、
- 電圧ベクトルの偏角を0とし、電圧と電流の位相差
を電流ベクトルの偏角とする
ようにする。
この様に電流ベクトルと電圧ベクトルを定義すれば、先に求めた平均電力Pは、

と表すことができる。
ここで、電流ベクトルの実部を
、虚部を
として

と表すことにすれば、

となる。これを有効電力(real power)という。有効電力の単位は実効電力と同じく[W]である。これに対して、電流ベクトルの虚部との積

を無効電力(reactive power)という。実際に電力として現れてくるのは有効電力のみであるが、複素数を用いることで、このように電力として現れてこない電力を考えることができる。無効電力の単位は[var](バール)であり、有効電力とは区別する。
さらに、この実効電力と無効電力の和として

という量を考える。これを複素電力(complex power)という。複素電力は電流ベクトルと電圧ベクトルを用いて、
(*は複素共役を表す)
と表すことができる。複素電力の絶対値は

であり、皮相電力に等しくなる。
各回路素子で消費する電力を計算する。
抵抗Rに電流
が流れていれば、オームの法則より、複素電力Sは

となる。これは実数であるから、これがそのまま抵抗で消費する有効電力となる。この電力は、あるいは、

と書くこともできる。これは直流回路における消費電力と等しい。
インダクタンスLのインダクタに電流
を流すと、インダクタのインピーダンスは
であるから、インダクタの両端に
の電圧が発生する。したがってインダクタの複素電力Sは

となる。これは純虚数であるから、インダクタの有効電力は0である。すなわち、インダクタでは電力は消費されない。
キャパシタンスCのキャパシタに電流
を流すと、キャパシタのインピーダンスは
であるから、キャパシタの両端に
の電圧が発生する。したがってキャパシタの複素電力Sは

となる。これは純虚数であるから、キャパシタの有効電力は0である、すなわち、インダクタと同様にキャパシタでも電力は消費されない。
したがって、回路での電力消費は、インダクタとキャパシタを無視して抵抗についてのみ考えればよい。
ある電源に負荷をつないで、電力を取り出すことを考える。通常、電源は理想的な電圧源ではなく、電圧源に直列にインピーダンス
の負荷が接続されたテブナン等価電流源として表すことができる。このインピーダンスを内部インピーダンスとか、電圧源の出力インピーダンスという。ここにインピーダンスZの負荷を接続する。
ここで、インピーダンスのレジスタンスとリアクタンスを明示して


と書くことにすると、この時回路に流れる電流
は

となる。
このときに負荷で消費する電力Pは、負荷の抵抗成分で消費する電力のみ考えればよいから、

である。負荷で消費する電力を最大にするためには、リアクタンス分については即座に

が導かれる。このとき

であるから、

より

が求めるべきRであることがわかる。したがって、出力電圧を最大にするためには、
かつ
、すなわち

であればよい。すなわち、出力インピーダンスの共役となる負荷を接続した時に最大の電力を得ることができる。このときに得られる電力
は、

である。