高等学校保健体育座学編/妊娠・出産と健康

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母親や胎児の健康を守るために、どのような対策が必要ですか?

キーワード[編集]

受精・着床・妊娠・出産・母子健康手帳・母子健康診査・マタニティブルー

受精・妊娠・出産[編集]

※【中学校保健体育】「生殖機能の成熟」の内容も参照して下さい。より専門的に説明します。

受精と妊娠[編集]

 排卵後の卵子は卵管采から卵管膨大部に運ばれます。性交時に数億個の精子が内に放出されると、その中の精子約500個が、子宮から卵管を通ります。その後、卵管膨大部で卵子に精子が入り込んで合体(受精)します。合体(受精)後、母体の女性生殖器内部で進行します。自然妊娠の場合、受精卵は何度も細胞分裂を繰り返しながら、約1週間で子宮にたどり着きます。受精卵が子宮にたどり着くと、子宮内膜へくっ付いて、胎盤を作り始めます(着床)。これが妊娠の始まりです。妊娠すると、胎盤からホルモンを分泌します。したがって、最終月経の初日から約1か月程度過ぎて、尿中にホルモンが見つかると、妊娠したかどうか分かります。また、妊娠するとホルモンの働きから排卵がなくなり、生理(月経)も止まります。こうして妊娠がわかると、胎児の脳や心臓など各器官の形成も少しずつ発育していきます。

出産と母体の回復[編集]

 多くの妊婦は妊娠8週から妊娠11週頃までに吐き気や食欲不振などを抱えます。このような初期の悪阻は、流産につながります。そのため、妊婦は心と体の健康によく注意を払わなければなりません。胎盤と臍帯(ヘその緒)は母体と胎児をつないでいます。母体は胎盤から胎児の成長に必要な酸素と栄養を送ります。反対に、胎児から老廃物や二酸化炭素を受け取って胎盤に戻されます。胎盤の厚さは1cm~2cmです。また、胎盤の直径は15cm~20cmです。胎盤の重さは妊娠末期を迎えると、約500gになります。

 妊娠が進んで出産に近づくと、子宮の筋肉も痛み始めます(陣痛)。普通、最終月経の初日から40週(280日)目を出産予定日とします。また、超音波検査などで胎児の大きさを計測しても、出産予定日が分かります。妊娠週数は、最終月経の初日(妊娠0週0日)から数えます。妊娠日数は、1週間を7日間として計算します。陣痛の間隔が短くなると、母親はお腹に力を入れます。母親がお腹に力を入れると、子宮口も広がります。この時、羊膜が破れ、羊水も漏れ出します(破水)。普通の胎児は、最初に膣(産道)を通って頭から母親の体外に出ます(出産)。圧迫から解放されると、すぐに胎児は自力で呼吸を始めます(産声)。自力で呼吸するようになると、血液は胎盤を通らず肺を流れるようになります。臍帯(へその緒)が切られ、新生児は母親から切り離されます。最後に胎盤が押し出されます(後産)。これで、出産が完了します。なお、生後28日未満の赤ちゃんを「新生児」、生後1年未満の赤ちゃんを「乳児」といいます。

 出産後6~8週間で母体の機能が戻り、妊娠前の子宮に戻ります(産褥期)。産褥期を迎えると、母乳が出るようになり、少しずつ子育てを始めるようになります。

妊娠・出産のしやすさと年齢[編集]

 妊娠しやすいかどうかは、女性の年齢に左右されます。もし、生理があっても、34~36歳になると妊娠の可能性は大きく下がり、40歳を越えると治療をしても妊娠・出産は難しくなります。不妊症治療では、妊娠を希望していても妊娠しない夫婦に対して行われます。現在、不妊症治療を受ける人が増えています。現在、人工授精生殖補助医療体外受精など)・排卵を促すホルモン剤治療が一般的に行われています。こうした技術の発達もあり、子供が出来ない夫婦も子供を持てるようになりました。一方、結婚していなくても人工授精や体外受精で妊娠・出産出来るかもしれません。しかし、生後間もない子供の権利や福祉などの問題はまだ残っています。

人工授精と体外受精
 人工授精では、排卵期に精子を子宮内に注入して卵子を受精させます。体外受精では、卵子と精子を取り出して体外で受精させてから、受精卵を子宮内に戻して着床させます。夫婦間に公的費用を助成する制度もあります。また、配偶者以外の人工授精では、夫と別の精子提供者で行える場合もあります。配偶者以外の体外受精・代理出産・代理母はいずれも、日本の法律で禁止されています。

母子の健康のために[編集]

母体の健康の維持[編集]

 妊娠初期になると、胎児の各器官が発育します。そのため、妊娠の可能性が少しでもあったら、胎児の健康的な成長のために、喫煙や飲酒などを避け、健康を守るような生活しなければなりません。その他、胎児の成長や健康は、X線検査、医薬品の服用、風疹などの感染症の感染などでも影響を受けます。近年、妊娠中の母親が食べ過ぎたり、栄養不足になったりすると、出産前後の子供に健康面で影響が出ると言われています。もし、母親の栄養のような胎児期の環境と出生後早期の環境に違いが見られると、出生後の健康状態に影響して糖尿病や肥満などの生活習慣病に繋がります。例えば、体重2500g未満の低出生体重児や体重4000g以上の高出生体重児は、将来生活習慣病を発症する可能性も考えられます。巨大児や妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)は、高出生体重児で起こりやすくなります。もし妊娠中に高血圧になったら、妊娠高血圧症候群に患っています。妊娠前から高血圧の人や妊娠後に高血圧になった人が妊娠高血圧症候群に含まれます。さらに、妊娠20週目以降になると、蛋白尿・腎機能や肝機能の悪化・胎児の発育不良などの症状も現れます。このような症状は妊産婦や胎児の死亡原因になるので、慎重に治療しなければなりません。そのため、適切なエネルギーと栄養素を摂って、運動も行って、しっかり休養すると、胎児や母親が健康になります。「妊娠前から始める妊産婦のための食生活指針」では、妊産婦に必要な栄養素・食事内容・生活上の注意など、科学的根拠に基づいて分かりやすく解説しています。

 妊娠中や出産直後の女性は、体調の変化や子育てへの不安などから、一時的に不安や落ち込みを感じるかもしれません(マタニティブルー産後鬱)。このような場合は、家族や医療関係者の精神的な支援を必要とします。家族が不安な気持ちに寄り添って話を聞いたり、女性が看護師や医師などの専門家に相談したりして不安や落ち込みをなくしていきましょう。

母子保健サービスの活用[編集]

 妊娠が産婦人科の医師の診察で明らかになったら、市役所に妊娠届を出します。その後、市役所から母子健康手帳妊婦健康診査(妊婦健診)受診票を渡されます。なお、子供の成長具合・乳幼児健康診査の結果・予防接種の状況・妊娠健診の結果(母体の状態・胎児の成長など)などが母子健康手帳に記録されます。その後、定期的に妊婦健診を受けて、母親の血液検査や胎児の超音波検査で健康状態を確認します。また、妊娠・出産・出産後の生活・子育ての準備などに関して、必要な保健指導を受けます。

母子健康診査
 妊娠中、身体・血液・血圧・尿などの検査を行って、妊婦の健康状態や胎児の生育状態を確認します。定期的に母子健康診査を受けると、病気の早期発見につながります。特に、妊娠高血圧症候群のような病気は、母親の健康と胎児の発育に影響します。そのため、妊娠24週まで少なくても毎月1回以上、妊娠24週以降から月2回以上、妊娠36週以降は週1回以上、医療機関などで母子健康診査を受けましょう。

 出産と子育てが安心出来るようになるため、このような行政からのサービスを知って進んで活用しましょう。また、妊娠初期から定期的にかかりつけの医療機関で妊娠検診を受けるようにしましょう。このように、母親や胎児に何か違和感があっても、素早く効果的な対応に繋がります。

資料出所[編集]

  • 第一学習社『高等学校 保健体育 Textbook編』北川薫ほか編著 2022年
  • 大修館書店『現代高等保健体育』衞藤隆ほか編著 2022年
  • 大修館書店新高等保健体育渡邉正樹ほか編著 2022年