高等学校化学II/化学反応の速さ

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活性化エネルギー[編集]

ヨウ化水素による活性化エネルギーの説明
活性化エネルギーの概念図。図中の値の大小関係は、本文中のものとは違うので注意。

たとえば、ヨウ化水素HIの生成の反応、つまり、ヨウ素Iと水素Hを容器に入れて高温にして起こす反応では、

では、なにも熱を加えない常温のままだと、反応は起こらない。また結合エネルギーの和は、右辺ののほうが左辺の2HIの和より大きい。エネルギー的にはエネルギーの低いほうが安定なので、2HIのほうが安定なはずなのに、熱を加えないと、反応が始まらないのである。

この状態から察するに、化学反応をする原子は、もとの分子よりエネルギーの高い状態を経由する必要がある。

たとえば、ヨウ化水素の生成の反応

では、解離エネルギーにより推測される必要なエネルギーと、実際の反応に要するエネルギーが一致しない。解離エネルギーを考えると、

により、合計で432 + 149 = 581 kJ のエネルギーが必要だと推測できる。しかし、実際の反応でのエネルギーは、そうではない。

HIの2molの生成でも、必要なエネルギーは348 kJ が必要であり、これは、解離エネルギーの和の581 kJよりも小さい。なお、この場合のヨウ化水素の反応温度は、およそ400℃である。348kJを1molあたりに換算すると、174 kJ/molである。

以上のような実験結果から、実際の反応では、分子は解離状態を経由しないと考えられている。代わりに経由するのは、「活性化錯体」(かっせいか さくたい)という状態であり、高温などのエネルギーを与えた状態の間のみに生じる、反応分子どうしの複合体である活性化錯体という複合体を経由して、そこから結合相手を変えて反応式右辺の生成物(この場合はHI)を生じる反応が行われていると考えられる。 この反応物と生成物との中間の状態を活性化状態(かっせいか じょうたい)と言い、その活性化状態にするために必要なエネルギーを活性化エネルギー(かっせいかエネルギー)という。反応が起こるためには、活性化エネルギー以上のエネルギーが分子に加わる必要がある。


触媒[編集]

過酸化水素水は、そのままでは、常温では、ほとんど分解せず、ゆっくりと分解する。

しかし、少量の二酸化マンガンを加えると、分解は速まり、酸素の発生が激しくなる。そして、二酸化マンガンの量は、反応の前後では変化しない。この二酸化マンガンのように、自身は量が変化せず、反応の速度を変える働きのある物質を触媒(しょくばい)という。

触媒では、反応熱は変わらない。

この二酸化マンガンのように反応速度を上げるものを正触媒(せいしょくばい)という。また、反応速度を下げる触媒を負触媒(ふしょくばい)という。ふつう、「触媒」といったら、正触媒のことを指すことが多い。

正触媒で反応速度が増えるのは、一般に、触媒の表面では、触媒の吸着力により、もとの結合が弱められ、そのため、反応物の活性化錯体を作るエネルギーが減少し、したがって原子の組み換えをするためのエネルギーが減少したことから活性化エネルギーが減少するからである。


ヨウ化水素の反応における、触媒と活性化エネルギーの関係。

ヨウ化水素の場合、白金が触媒になる。白金があると、ヨウ化水素の反応での活性化エネルギーが小さくなる。また、活性化エネルギーが小さくなったため、反応も速くなる。触媒があっても、反応熱は変化しない。

一般に、(正触媒)触媒によって、活性化エネルギーが小さくなれば、反応速度は速くなる。一般に、触媒では、反応熱は変わらない。

反応の速さ[編集]

化学反応の反応速度は、注目した物質の濃度変化の速度で定式化する。反応物に注目するか生成物に注目するかで式は変わる。反応速度で濃度に着目するときは、モル濃度の変化速度で考えるのが一般である。

ある物質Aの反応物のモル濃度の前後を反応前は濃度[A]_1だとして反応後は濃度[A]_2だとして、生成物の濃度変化は、

ΔCA=[A]_2-[A]_1

であり、反応時間をΔtとすると、濃度変化の速度vは、(「反応速度」ではなく、「濃度変化の速度」と言ってることに注意。)

となる。符号にマイナスがついているのは、一般に化学反応の反応速度はプラスで表すことが多いので、そのためである。

では、反応速度について考えよう。 具体的にヨウ化水素HIを、水素とヨウ素から生成する反応で考えてみよう。

この場合、注目する物質が3種類あるので、「濃度」変化の速度の定義には、三通りの定義の仕方が生じる。物質によって、「反応速度」が違ってしまうと不便なので、そういうことが無くなるように、定義式で化学反応式の係数の逆数を濃度変化速度に掛けるのが一般である。 また、右辺の生成物では符号の係数をプラスにし、左辺の反応物では符号の係数をマイナスにする。

つまり、以上をまとめると、このHIの反応での3種類の物質の反応速度のv定義式は以下のようになる。


なお、反応速度の単位には[mol/(l・分)]を用いるのが一般である。

以上は反応速度の定義式であった。 つぎに、実際の化学反応で、反応速度を性質を考えよう。まず、ヨウ化水素HIの生成の例で考えよう。水素[H]とヨウ素[I]の濃度を色々変えて実験された結果、次の結果が、実際の測定でも確認されている。

反応速度vは、右辺の反応物の濃度に比例する。つまり、

である。ただしkは、反応速度の比例定数。(このkは物理で使うボルツマン定数 とは違うので混同しないように)

この式の意味を考えてみれば、反応が起こるには、反応に必要な物質どうしが接触または衝突することが必要なのであろうということが想像できる。

他の物質の化学反応の場合も考慮して、反応速度の一般の式を求めよう。

a[A]+b[B] +c[C]+ ・・・・ → x[X]+y[Y]+・・・・

となるとき、ほとんどの物質で、反応速度は次の式で表される。(「ほとんど」というように例外もある。例外の場合は後述する。まずは一般の場合から学習してほしい。)反応速度は、

となる。 反応速度の式で、係数のaを[A]に乗じたりしているのは、たとえばa=3のときには、反応式

3[A] + b[B] ・・・・ → x[X]+y[Y]+・・・・

の式は、以下のように、

[A] + [A] + [A] + b[B] ・・・・ → x[X]+y[Y]+・・・・

のように書けるからである。

多段階反応と律速段階[編集]

上記のような例に従わない場合の、代表的な例としてがある。この物質の反応の仕組みも解明されているので、これを説明する。まずの反応式は、

である。式から推定した反応速度vは、

である。しかし、実際の反応速度を測定した結果は、

である。

では、次にこの謎を解明しよう。 じつは、 から が生成される反応は、ひとつの反応では無いのである。 以下に示すような順序で、4個の反応が行われているのである。

・・・・(1)

・・・・(2)

・・・・(3)

・・・・(4)


この一つ一つの反応を素反応(そはんのう)という。また、の反応のように、複数の素反応からなる反応を多段階反応という。 式(1)の左辺の反応物と式(4)の右辺の生成物を見ると、がある。これが反応速度の謎の正体である。

式(1)から式(2)、式(3)、式(4)のそれぞれの反応速度を、反応式から推定すると、


・・・・(1)

・・・・(2)

・・・・(3)

・・・・(4)

となる。実験の結果では、4つの素反応の中で、もっとも反応速度が小さいのは式(1)の反応であることが知られている。このように、多段階反応では、もっとも反応速度が遅い反応によって、全体の反応速度が決まる。

全体の反応を決定する素反応を律速段階(りっそくだんかい)という。


反応速度を変える条件[編集]

  • 温度の影響

温度が増えると、常温付近では、だいたい10℃あがるごとに、反応速度が2倍から3倍程度になる。 この理由は、温度が増えると、活性化エネルギー以上のエネルギーをもつ分子が増えるからである。

  • 触媒の影響

触媒もまた、反応速度を変える。前の節で既に記述したので、必要ならば参照のこと。

アレニウスの式[編集]

化学者のアレニウスが、多くの物質の反応速度と温度との関係を調べた結果、実験法則として、以下の関係式が分かった。

反応速度定数kは、指数関数eを用いて、活性化エネルギーをとすると、以下の式で表される。 (eは自然対数の底で、値は約 e=2.718・・・ である。)

この実験式をアレニウスの式という。

上式のRは、状態方程式pV=nRTの普遍気体定数 R である。


分子運動論によるアレニウスの式の解釈[編集]

アレニウスの式の意味は、状態方程式を用いて、分子運動論的に、これを解釈できる。(高等数学などを用いた、より詳細な分子運動論の解明が、マクスウェルやボルツマンらによってなされたが、高校レベルを超えるので、それは省く。) まず、ここでは高校レベルの気体分子運動論を用いた説明をする。

状態方程式 PV=nRT を用いよう。これを位置エネルギーの概念と組み合わせる。(ここでエネルギーと組み合わせて説明するのは、化学では、結合エネルギーやイオン化エネルギーなど、エネルギーを用いるので、それと組み合わせて説明しようという思惑が、我々にはあるということを、読者は念頭に置こう。)

空気中で、圧力と位置エネルギーの概念を組み合わせると、気圧による重さの概念が出てくる。 気圧とはその上にある空気の重さによる圧力および力のことだから、高さがΔhだけ上昇したときの気圧の変化ΔPは

ΔP = -ρg Δh

である。 右辺にマイナスの符号がつくのは、標高が高くなるほど気圧が下がるからである。 いっぽう、気体の状態方程式 PV=nRTは、ボルツマン係数k_Bを用いれば

に書き換えられる。ボルツマン係数は高校物理(3年生の程度)で習うので、物理を参照のこと。ボルツマン係数を知らなければ、ここでは、とりあえず、普遍気体定数Rが、分子1molあたりの温度と圧力と圧力の関係式の係数だったのに対し、ボルツマン係数は分子1個あたりの関係式の係数と思っておけば良い。 上式で、nは空気分子のモル数[mol]であり、Nは空気分子の粒子数、k_Bはボルツマン係数とする。 状態方程式を圧力の方程式 ΔP = -ρg Δh と連立させるため、状態方程式を式変形して、密度の方程式にしよう。空気分子1個あたりの質量をmとすると、

密度ρは ρ = Nm/V だから、圧力を密度を用いて表せば、

P = ρkT/m

である。

さて、以降の説明では高さhが変わっても絶対温度は T= (一定) とする。 気圧Pが標高で変わるように、P,n,N、ρは高さhの関数である。従って、関数で有ることが分かるように、 P(h) [Pa] , n(h) [mol] ,N(h) 、 ρ(h) [g/m^3] などと書こう。

気圧の変化式 ΔP = -ρg Δh と状態方程式 で割って連立して、

となる。よって

ここで T= (一定) に注意して、上式を積分して解くと、

  ・・・ただしCは積分定数であり任意定数。

となる。 高さ h=0 での気圧を P(0) とすれば、高さhでの気圧P(h)は、

となる。この式により、圧力を測ることで、高さを算出できるので、この式を測高公式という。 実際に、気圧を用いて標高を簡易的に測る標高計や高度計などの測定器は実在する。


さて、我々の思惑は化学反応のアレニウスの式 である。まだ、測高公式で終わりではない。

この式と、個数あたりに変形した状態方程式により

となり、上式の途中の式変形を省いてまとめると、

となる。だいぶ、アレニウスの式に近づいたが、まだアレニウスの式ではない。 圧力の比の式を、分子数の比の式 N(h)/N(0) に変える必要がある。または密度の比 ρ(h)/ρ(0)であっても良い。 空気分子の比は、

となる。ここで、読者は、上式で、空気分子数の比は、空気分子の存在確率の比でもある、と考えなさい。

つまり,空気分子の存在確率を pr とすると、確率prはに比例する。

そして、上式は、空気分子のエネルギー状態に対する、その存在確率の公式だと、考えなさい。

つまり mgh を位置エネルギー E=mgh とおいて、

pr ∝ と、考えるのである。

 のことを、ボルツマン因子という。


さて、物理現象には、「温度が高くなるほど、○○が増える」という現象が、いろいろと存在する。 これらの他の現象にも、ボルツマン因子の考え方は適用でき、多少の式変形を伴うが、実は物理学や化学の色々な関係式で、ボルツマン因子が活用できることが分かっている。

化学反応におけるアレニウスの式も、その一つであることが分かっている。 実際に式変形をすると、ボルツマン因子の

 

のエネルギーEを活性化エネルギーにして、式中の指数の分母のボルツマン係数   を代わりに普遍気体定数Rにすれば、アレニウスの式の指数部分と同じになる。なお、アレニウスの式は

で、あった。このkは反応速度係数であり、ボルツマン係数では無いので、混同しないように注意。


備考

歴史的には、アレニウスはボルツマンの研究とは独立して、さまざまな実験結果を整理することから、アレニウスの式を発見した。

また、ボルツマンがボルツマン因子を発見したのは、物理学者マクスウェルらによる気体分子運動論の理論を発展させた結果からであって、べつに上式のように状態方程式から発見したのでは無い。

また大学教育では、教員らが学生への教育で、マクスウェルらが用いた数学的な手法を、先に学生に教育したいという教育的な都合によって、紹介が省かれる場合も有る。

そのような理由から、大学レベルの物理の書籍では、測高公式によるボルツマン因子の定式化を紹介しない場合もある。

もっとも紹介しない本があると言っても、紹介してる学術書も有る由緒ある考え方なので心配なく学習して良い。 たとえば、米国の著名な物理学者ファインマンによる彼の物理の書籍[1]でも、測高公式による確率的な考え方は、紹介されている。

なお物理学の計算では、計算の簡略化のため、 と置いて、ボルツマン因子を  とも、あらわす場合もある。この場合、は温度の関数になる。

脚注[編集]

  1. ^ ファインマン、『ファインマン物理学〈2〉光・熱・波動』、岩波書店