高等学校化学II/医薬品の化学
医薬品
[編集]一般に、ヒトや動物の病気を治すために使用する物質を、医薬品という。
医薬品が、それを使用した生物におよぼす変化を薬理作用という。
一般に、医薬品は体内でさまざまな作用を起こす。このうち、治療の目的に沿った作用を主作用といい、それ以外の作用を副作用という。
歴史
[編集]人類は、古代から天然の植物などから医薬品として機能するものを採取して使用してきた。このような天然由来の医薬品を
ケシの実から取れる果汁を乾燥させたアヘンも古代から知られている生薬の一つである。アヘンは、紀元前1500年のエジプトでは鎮痛剤として利用されていた。
19世紀初頭、アヘンから、麻酔・鎮痛薬のモルヒネが抽出された。
19世紀後半に、いくつかの薬の化学構造が解明され、これらの成果をもとに、いくつかの薬品が合成された。
1910年ドイツのパウル・エールリヒと
現在では、人工的に化学合成された有機化合物が、医薬品として多く使用されている。
サリチル酸系の医薬品
[編集]古くから、ヤナギの樹皮には解熱作用や鎮痛作用が存在することが知られていた。これは、ヤナギの樹皮にあるサリシンが体内で加水分解されてサリチル酸を生じるためである。
19世紀初頭に、化学分析によって、サリシンや、それから生じるサリチル酸の存在が知られ、解明されていった。サリチル酸は、サリシンが体内で加水分解されて生じる。
19世紀に、サリチル酸は解熱鎮痛薬として、さかんに使われていたが、胃に悪影響を与えることが、しだいに分かっていった。そのため、19世紀後半ごろには副作用の弱いアセチルサリチル酸が開発され使用されるようになった。
アセチルサリチル酸は1898年にドイツで「アスピリン」の商品名で医薬品として売り出され、現在でも解熱鎮痛薬としてアスピリンの名前で世界各地で売られている。(日本では、『バファリン』にも、アスピリンが含まれている。)
現在では、サリチル酸系の多くの医薬品が存在している。
また、サリチル酸にメタノールを反応させて作ることのできるサリチル酸メチルは、消炎鎮痛薬(筋肉痛などを抑える薬)として用いられている。たとえば、『サロンパス』などのように、サリチル酸メチルは湿布薬として用いられていたりする。
なお、これらサリチル酸系の解熱薬は、けっして細菌などを攻撃してるのではなく、熱や炎症などの症状をやわらげるだけである。このように、病原菌を攻撃せず、症状をやわらげる事が主な作用の医薬品を、対症療法薬という。
またなお、サリチル酸メチルは揮発性の液体である。
- 参考: プロスタグランジンとサリチル酸系医薬品との関係 (※ 教科書の範囲外)
人体で、アセチルサリチル酸の薬が炎症や発熱などを抑える仕組みは、人体でケガなどの異常があったときに炎症などを起こして回復させようとする体内物質のプロスタグランジン(prostaglandin、略称:PG)という物質の合成を妨害するからである。(※ プロスタグランジンは検定教科書(高校理科の化学)の範囲外だが、文英堂シグマベストの高校化学参考書などに、プロスタグランジンとアセチルサリチル酸との関係の解説がある。)
よって、アセチルサリチル酸は、けっして、おおもとのケガを治すわけではないし、けっして病原菌を退治するわけでもない。
このプロスタグランジンは、炎症以外にも、人体に必要なさまざまな現象で関わってくるので、よってプロスタグランジンの合成が阻害されると、さまざまな副作用が起こりうるのである。
プロスタグランジンは、脂肪酸を原料としていて、体内で合成される生理活性物質である。プロスタグランジンは、いわば、ホルモンのようなものである(詳しい説明は高校の範囲を超えるので省略)。
アミド系の医薬品
[編集]アニリンから得られるアセトアニリドにも解熱鎮痛作用があるが、副作用が重いため、現在は使用されていない。
かわりに、アセトアニリドの誘導体であるアセトアミノフェン(p-アセトアミドフェノール)が、風邪薬などに含まれてる。
化学療法薬
[編集]サルファ剤
[編集]1939年にドイツのドーマクが、アゾ染料の一種のプロントジルに、細菌の増殖を阻害する作用があることを見つけた。
のちに、プロントジルから生じるスルファニルアミド に、細菌の増殖をおさえる作用があることが分かった。これは、細菌が発育に必要な葉酸を合成するさいの酵素を阻害するからである。
細菌はp-アミノ安息香酸 から葉酸を合成しているが、スルファニルアミドはp-アミノ安息香酸に似た構造を持ってるため、酵素を阻害する。
現在では、一般に、スルファニルアミドの骨格をもつ抗菌剤を、硫黄を元素にもつことから、サルファ剤(salfa drug)という。
抗生物質
[編集]微生物がつくりあげる化学物質で、ほかの微生物や細菌を殺したり、ほかの微生物や細菌の増殖を阻害したりする作用(抗菌作用)のあるものを抗生物質(antibiotics [1])という。
1929年にイギリスのフレミングは、アオカビから取れる物質に、このような抗菌作用があることを見つけ、この物質にペニシリン(Penicillin)と名付けた。
- (※ 暗記は不要: )パンなどに生える青色のカビも通常、アオカビである[2]。
のちに、ペニシリンは、細菌のもつ細胞壁の合成を阻害するため、抗菌作用を示すことが分かった。
細菌は突然変異により、抗生物質の効かない細菌が生まれて、生き残ることがある。そのような、抗生物質につよい細菌を耐性菌という。
抗生物質を無闇に使い続けると、このような抗生物質のきかない微生物だけを残して増やしてしまう。
ペニシリンの効かない耐性菌もすでに存在しており、そのような病原菌には抗生物質メチシリンや抗生物質バンコマイシンが使われることがあるが、そのメチシリンの効かない耐性菌MRSAや、バンコマイシンの効かない耐性菌VRSAなどの耐性菌も出現しており、医療現場では大きな問題になってる。
このため、抗生物質ばかりに頼らず、手洗いや消毒などをきちんと徹底したりすることが、求められてる。
なお、ストレプトマイシンは、結核にきく抗生物質である。土壌細菌のつくる物質からストレプトマイシンが発見された。
サルファ剤や抗生物質のように、病気をおこす細菌や微生物を、直接、細菌への破壊的な作用を起こすことで、病気を治療する医薬品を化学療法薬という。
- ペニシリンの作用の仕組み
ペニシリンG の構造のβラクタムという部分が、細菌の細胞壁の合成をする酵素を阻害するという仕組み。