高等学校政治経済/経済/産業構造の変化

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ペティ・クラークの法則[編集]

一般に、ある国の経済が発展するにつれて、その国の業種別の労働者人口が、第一次産業(農林水産業)から第二次産業(製造業、建設業、)に移り、また第二次産業から第三次産業(サービス業)へと労働人口が移っていく(これをペティ・クラークの法則という)。

このようにして、産業構造が高度化していくと、通説では考えられている。

日本での事例[編集]

日本では、高度経済成長期に、第一次産業から第二次産業への変化が急速に進んだ。そのため、第一次産業で働く人口が大幅に減少した。

また、第二次産業の内部でも、高度経済成長期の日本では、第二次大戦前の繊維産業から、機械工業や鉄鋼などへと業種の変化が進んだ。

日本の戦後の工業化では、まず高度成長期には、鉄鋼業や石油化学などの素材産業が発達して、「重厚長大」型と言われた。

その後、石油危機などによって、これらの素材産業が停滞し、1970年代ごろから、自動車や電気機器、工作機械などの「軽薄短小」型へと、産業が移っていった。 石油危機によってエネルギー意識が高まったこともあり、これらの製品では「省資源」「省エネ」などの宣伝文句がうたわれた。

また、日本では、1970年代ごろから、サービス業の労働人口が大幅に増え始め、経済のサービス化が進んだ。

1980年代に、「ME」(マイクロ=エレクトロニクス)化により、工場では、コンピューターで自動制御された新型の工作機械や、産業用ロボットなどが導入され、工場のオートメーション化が進んだ(ファクトリー=オートメーション、略称: FA、factory automation)。同じく1980年代に、オフィスではパソコンが普及し始めた(オフィス=オートメーション、略称: OA、office automation)。

さらに1990年代ごろから日本では、コンピューターソフト産業・IT産業・インターネット通信業界などで働く人が増え始め、経済のソフト化が進んだ。

なお、1980年代から、コンビニが日本で普及し始めた。