高等学校美術I/進路に関係しそうな話題
- ※ 美大進学しなくても、どういうものかおおよそ、知っておきましょう。
- 弁護士などにならなくても法科大学院とか司法試験とか、おおよその事を中高のどこかで習うでしょ? それと同じです。
進路に関すること
[編集]一般的に、ある程度偏差値の高い高校では、美術1または美術2の授業の終盤に、美術大学の受験に関する概要が教師から説明されることが多い。これは、音楽1や音楽2といった芸術科目でも同様であり、生徒が進路を具体的に考え始める時期に合わせた配慮といえる。
美術大学を目指す生徒にとっては、高校の美術の授業だけでは受験対策として十分ではない場合が多く、そのため多くの生徒は画塾や美術予備校に通うようになる。いつから予備校に通うべきかという問題については、多くの高校の美術教員が「高校2年の後半から、遅くとも高校3年の初めには始めた方がよい」と指導している。これは、入試で課される実技試験の対策には相応の時間が必要であり、また各大学の出題傾向に応じた訓練を積むことが求められるからである。
しかしながら、このような一般的な通塾の時期に対して、異なる意見を述べている著名な画家も存在する。たとえば、日本画家の千住博は、『芸術新潮』2022年7月号のインタビューにおいて、「高校3年から予備校に通い始めても大丈夫です。その前は学校の勉強をしっかりやっておいた方がいいですよ」と語っている。この発言は、小学生から寄せられた「いつから美大を目指して準備をすればいいですか?」という質問に答えるかたちでなされたものであり、美術に限らずまずは基礎的な学力をしっかりと身につけることの重要性を示唆している。
また、千住はアメリカの芸術教育との比較にも言及しており、アメリカでは「子どもに好きなことをやらせ、好きなことを突き詰めさせる」という教育方針が一般的であると述べている。これは学びの主体性を重んじ、創造性を育むために有効だと考えられている。一方で、日本の教育現場では「やるべきこと=勉強」を優先しがちであり、その結果として創造性が後回しにされる傾向があると批判的に捉えられることもある。
千住自身の体験としても、美術に本格的に取り組み始めたのは高校3年生からであり、予備校に通い始めたのも同じ時期であったという。美術教師からは「今から始めても間に合わない」と言われたが、最終的に東京藝術大学に現役合格しており、その経験から「遅すぎるということはない」と自信をもって語っている。
もちろん、このような例は一部に過ぎず、多くの受験生にとっては早期の準備が有利であることには変わりない。しかし、進路選択の時期や準備の開始時期については一律に語れるものではなく、生徒一人ひとりの状況や資質に応じた柔軟な対応が求められる。早期からの通塾が望ましいという一般論と、遅いスタートでも成功し得るという個別の事例は、互いに矛盾するものではなく、進路選択における多様な可能性を示すものである。
美大に進学すべきかどうか
[編集]大企業などのデザイン部門では、美術大学などを卒業していないと就職が難しい場合がある。いわゆる「学歴フィルター」や「足切り」と呼ばれる選考の制限が存在し、美大卒や難関大学卒を条件とする企業も少なくない。特別な実績、たとえば都道府県レベル以上のコンテストで受賞歴があるなどのケースを除き、高卒や専門学校卒では書類選考すら通らないことが多い。特に高卒者に対しては、新卒採用の応募資格すら認めない企業も見られる。
こうした状況の背景には、大学卒業を前提とする新卒一括採用制度の存在がある。日本の大手企業では、未経験の学生を一括で採用し、入社後に社内で育成する仕組みが一般的であり、この制度のもとでは大学卒業が当然の前提とされている。そのため、学歴が不足していると、たとえ高いスキルを持っていたとしても、その力を評価してもらえる機会が得られないまま就職活動が終わってしまうこともある。
さらに、これらの学歴的条件が美術系教育において特に強く影響する点に注目すべきである。美術大学に進学するためには高額な学費が必要であり、その準備のためには高校在学中から予備校や画塾に通うことが一般的である。たとえば美術予備校の費用は年間で数十万円にのぼり、美大進学のためには多くの家庭が相応の経済的負担を強いられる。このように、美術教育の入り口に立つ時点で、すでに経済力による選別が始まっている。
その結果、デザイン業界におけるスタートラインは平等とは言い難い。経済的に恵まれた家庭の子どもがより良い教育機会を得やすく、就職活動でも有利に働く。このような構造は、個人の努力だけでは乗り越えにくい壁を形成しており、デザインの世界においても学歴と経済格差がキャリア形成に大きく影響している現実がある。
このような構図のなかで、高いスキルや感性を持ちながらも、学歴や経済的事情によって機会を奪われている人々の存在は見過ごされがちである。本来であれば、作品そのものや表現力によって評価されるべき芸術やデザインの分野において、学歴や出自が評価の前提となってしまっている現状には、多くの問題が内在しているといえるだろう。
絵の自由とストーリーの自由とを混同しないように
[編集]商業マンガにおいて、しばしば「絵」は比較的自由であると言われるが、これはあくまで視覚的な表現、つまり「絵」に関する自由であり、物語そのものについては必ずしも自由ではない。アニメと比べれば、多少は自由度が高いと言えるかもしれないが、商業的な出版流通の仕組みのなかで語られる「自由」には限界がある。
たとえば、書店やコンビニといった場所に流通する商業マンガでは、それらの市場や構造そのものを批判するような内容を描くことは、原則として困難だとされている。実際、そうした内容を扱うことに対して、マンガ家や評論家たちが「それはできない」と語る場面は少なくない。このような規制や制約は、出版という産業が特定の経済的利害や慣習と結びついていることに起因する。
同様のことはテレビドラマの世界でも見られる。たとえばスポンサー企業が電話会社や家電メーカーである場合、その企業のイメージを損なうような描写は、たとえフィクションであっても許容されにくい。推理ドラマなどで、犯人が固定電話のケーブルを凶器にして絞殺を行うといった描写は、制作側が避けるべき表現とされており、実際に放送されることはほとんどない。これは、視聴者に不快感を与えることを避ける以上に、スポンサー企業との関係維持を優先するテレビ業界の構造を反映している。
また、商業マンガの多くは、単発ではなく長期連載を前提として制作される。物語を自ら構想する場合でも、他者が用意した原作をもとに作画を担当する場合でも、年単位で継続的に制作を続ける体力と責任感が求められる。自分の気が向いた時だけ、数日間集中して描くといったスタイルでは、商業マンガを職業として成立させることは難しい。それはアニメ制作においても同様であり、商業的な制作現場では、安定的かつ計画的なスケジュールのもとで作業を続けることが求められる。
この点は、漫画家やアニメーターに限らず、イラストレーターや画家として生計を立てる場合にも当てはまる。たとえば、キャラクターのイラスト1枚あたりの相場は、背景なしで5000円から2万円程度が一般的とされている。これを土日だけに制作した場合、年間の収入は十数万円にとどまることが多く、それだけで生活を支えるのは不可能に近い。仮に地方から上京し、月額4万円程度のアパートを借りて暮らすとすれば、年間の家賃だけでも48万円以上が必要となる。このような事情から、イラストなどの創作活動を本業にするためには、日常の大半を制作に費やす生活スタイルが前提となる。 一方で、土日などの空いた時間だけで創作活動を行い、趣味の延長として作品を発表したり、わずかな収益を得ているアマチュア作家も存在する。彼らは平日にはまったく別の職業に従事しており、絵に関わる収入は副収入に過ぎない。そのような働き方が存在することは事実だが、それは「創作で生計を立てている」というより、「創作を生活の一部として楽しんでいる」スタイルと見るべきである。
美術という科目の都合上、絵の話に片寄りますが、じつは商業マンガでは物語をつくる仕事も必要であり重要です。
教科書に載るようなマンガは基本的にほぼすべてが商業マンガです。鉄腕アトムもドラゴンボールもドラエモンも、すべて商業マンガです。
べつに資本主義を賛美するような物語でなくても、そのマンガ作品を掲載する雑誌や単行本に値段をつけて本屋などを通して販売しており、少なくとも作家たちと編集スタッフの食い扶持としての商売としてマンガを描いていることに変わりないので、商業マンガです。
読者には当然のことかもしれません。「お前(wiki編集者)なんかに言われなくても分かるわい」とか「物語が重要って、常識だろ」とか読者の絵描き高校生は思うかもしれませんが、ですが、たとえアナタ個人はマンガ業界などの事情を分かっていたとしても、意外と世間の子供は分かってない可能性がありますし、大人でも分かっていない人はチラホラいます。現にネット上では、マンガ家やアニメーターの絵を、イラストレーターの絵と比較して、(マンガ家やアニメーターの絵を)「ヘタだ」とか批判している、業界の違いによる絵柄の違いすらもよく分かってない大人も多くいます。口先では「マンガでは物語が重要」とか言いながら、実際には絵柄ばかり見るような人とかチラホラいます。世間の人はべつにプロ編集者でも何でもないので、そういう見方しかできない人がいるのも仕方ありません。
で、基本的に商業マンガの多くでは物語性も必要です。そもそもマンガの特徴が、絵だけでなく文字もつかって物語を表現できる点です。このため商業マンガ家になろうとする場合、もし原作マンガを掲載するマンガ出版社への原稿持ち込みでは、読者ウケの良い物語を考えられないマンガ家志望者は掲載・連載をもらうのが難しくなるでしょう。そもそも、マンガ原稿の持ち込みの時点で、物語を考えられない人はマンガ1話ぶん(16ページや20ページ)の物語を考えられない時点で持ち込み原稿が完成しないので、持ち込みすら不可能になるかと思います(したがって、マンガ原作者としてはデビューできなくなってしまう)。
- ※ 他にこの内容のコラムを書く場所が見つからないので、ここに書きます。
ニュース系の活字の雑誌の「連載」などだと、一般的に、一つの連載でも実は2チームや3チームがあったりして交代で連載を作っていたりします。(ただし、マンガ産業はどうか知りません。)
ニュース系の雑誌だと、まるで戦国大名の織田信長の「鉄砲三段撃ち」みたいに、代わりばんこで、連載を作っていたりする場合もあります。
仮にAチーム、Bチーム、Cチームとすれば、来月号ではAチームの記事が掲載の場合は、Aチームは記事の仕上げをしていて、ほかのチームは1か月後や2か月後に掲載される記事の取材をしている最中、・・・的な感じです。
その連載にある著者さんの名前は、じつは監修者の名前にすぎず、実際は下働きで調査をしている別の人がいる、的な場合もあったりします。(マンガはどうか知りません。ニュース系の雑誌の話をしています。)
ただし、イラストレーターなどは、こういう交代が難しいでしょう(絵柄が変わってしまうので)。だとすると、かなりのハイペースで連載をしている事になります。
なお、アニメ産業などだと、「作画監督」が交代で、代わりばんこになっています。
物語ではなく漫画の絵をえがく事に専念する「アシスタント」という仕事はありますが、基本的に原作者の下働きです。アシスタントの側が部下です。漫画家の側が雇い主です。このため「下働きはイヤだ」とか「自分の作品をつくることを優先したい」みたいな発想の人はアシスタント職になれないので、よほどマンガ絵が上手くて読者の需要にマッチしてない限りは、自分で読者ウケのいい物語を作れない限り、目標の漫画家と言う職業にはつけない可能性が高まるでしょう。
「物語を考えるのが苦手」ならまだしも、そもそも「物語を考えるのがキライ」とか「資本主義に毒された読者ウケの良い物語なんか考えたくない」とか考える若者・学生・無職などは、商業マンガ家以外の進路も考えたほうが安全かもしれません。どんなにマイナーなマンガ雑誌への持ち込みでも、最低限、編集を食わせるだけの売上をねらえるような作品の物語を作れそうにない人、そもそも編集を食わせる作品を作る気のない人は、マンガ雑誌でのデビューは困難です。自費出版などしか道が残されていません。電子出版などで自費出版の価格を抑えられる可能性のあるIT社会の現代ですが、しかし自費出版であることに変わりはないです。
- 企画は部分的に試作してから出す
マンガ産業に限らず、集団制作のコンテンツを扱う業界では、企画を出す前に「簡易な試作」を行うことが重要である。特に演劇や映像、音楽など、複数人で作業する分野では、試作なしの企画は全体のスケジュールを混乱させる原因になる。
たとえば演劇では、まず脚本がなければ稽古も大道具の製作も進まない。にもかかわらず、脚本が未完成の段階で「新作を上演しよう」という企画だけが先に通ってしまえば、他の部員は準備のしようがない。こうしたトラブルを避けるには、たとえ試作に費用がかかる分野であっても、手元の文房具や限られたリソースを用いて、可能な範囲で仮の形を作っておく必要がある。
これは学校の美術のような一人作業が中心の環境では気づきにくいが、演劇部や音楽系クラブのように複数人で何かを作り上げる活動では、当然に求められる感覚である。
たとえば演劇部で「既存のシナリオばかり演じるのはつまらない。部で新作を作ろう!」と提案するなら、まずはその新作の脚本を書き上げるべきである。脚本が完成していなければ、演出も配役も練習も始められない。結果として、上演に必要なスケジュール全体が遅延する恐れがある。だからこそ、「脚本ができるまでは、例年通り既存の台本を使う」といった判断も重要になる。
企画の段階でよさそうに見えるアイデアでも、実際に試作をしてみれば致命的な欠点が浮かび上がることは多い。だからこそ、「簡易な試作を通して企画を煮詰めていく」という態度が求められる。
たとえ試作が完成して企画として提出できたとしても、それがそのまま採用されるとは限らない。むしろ、そこから何度も修正を重ねて完成形に近づけていくのが普通である。
美大入試の学力試験に向けて
[編集]なお、美大に進学するにしても、最低でも高校生1年生の期末テストを攻略できる程度の5教科の学力は必要でしょう。決して5教科が得意でなくてもいいので、少なくとも高校2年の終わりくらいまでは、学校の期末試験レベルで良いので5教科などもシッカリと真面目に勉強しておいて、そして絵の練習と両立できる範囲でいいので、せめて1年生の内容くらいは5教科を復習などで理解しておくと良いかもしれません。2年生になってからの復習でも良いので1年の内容を理解しておいてください(けっして丸暗記で切り抜けようとするのではなく)。
入試に小論文のある美大もあります。学力が低すぎると、小論文の質が下がりかねません。
美大の小論文では、べつに学力アピールするための小論文を書く必要はありませんが(そもそも小論文のない入試形態の美大もある)、まあ常識的に高校の期末試験レベルは楽しく理解して勉強しておいてください。
美大などに進学する場合でも、美大には美術教師になる教員免許のための課程もありますので、もし学力が低すぎると美術教師にはなれません。5教科の学力が低すぎると、たとえば教員採用試験に不合格になるかもしれません。
仮に入試で小論文の無い美大でも、大学4年での卒業論文の存在を忘れてはいけません。べつに高校の時点で大学レベルの卒業論文が書ける必要は無いですが、そういう能力も将来的に必要になるという事は念頭においてください。
なお、べつに勉強が得意でなくてもマジメに高校の勉強をしていれば、あとは美大の授業を普通にきちんと受けていれば、どの美大生も卒業論文を書けるレベルになるはずでしょうから、過度な心配はしなくて大丈夫です。(博士論文などとは違い、学部の卒業論文なんて、あまり大したものではありません。)
ともかく、こういう美大の事情もありますので、美大の入試の受験科目でも、美術の実技以外にも、英語(多くの私立美大の入試でほぼ英語が必須)および、国語の学力試験もあります。
大学によっては実技試験だけで入学できる入試形態をもつ美大もあるかもしれませんが、しかし大学である以上は、大学入学後に最低でも高校を卒業できる程度の学力が建前上は要求されます。
高校の1~2年生でいきなり美大の学科試験に特化するよりも、まずはふつうに5教科および副教科(保健体育や情報科目や家庭科など)を期末試験レベルで良いので勉強しましょう。
受験の細かなことは、それぞれの高校3年あたりの進路相談や塾・予備校で聞いてください。
ジャンルと用語
[編集]上記の、職業・進路に関することでもありますが、業界によって用語の意味が違います。
たとえば、同じ「デザイン」という言葉でも、業界によって意味がまったく違います。
「デッサン」、「デザイン」、「スケッチ」、「パース」、「デザイナー」等、、・・・何でもいいですが、単語の発音・表記だけは流用していますが、しかし業界によって言葉の意味が微妙に違う場合もありますので、それぞれの進路志望先での用語の意味を確認しておいてください。
具体的には、理科の「スケッチ」と美術の「スケッチ」は違います。
「デザイナー」も、美術系のデザイナーと、ソフトウェア業界の「デザイナー」とでは、意味がまったく違います。
パースも、建築のパースと、アニメのパースとは違います。
「デッサン」は、たとえば美術のデッサンとは別に、日本ではマンガやアニメについての線画を描くための人体各部の比率の知見のことを「デッサン」と言います。たとえばアメリカンコミックス作家クリストファー・ハートの著書の日本語訳版『驚くほどかんたん 人体デッサン』では、アメコミ風の人体を描くためのコツとして、目と目のあいだは目1つぶんの説明とか、正面の顔の横幅は目5つぶんだとか、説明しています[1]。
なお、このような人体各部比率の知識を「デッサン」と読んでいるのは日本語版だけであり、英語版『human anatomy made amazingly easy』ではドローイング drawing と呼んでいます。たとえば日本語版にある「頭部のデッサン」は、英語版では drawing the head です。
「美術」という言葉自体、アニメ業界では別の意味で使われます。アニメ業界では「美術」とは主に背景のことです[2]。決してアニメ業界で美術史やら抽象アートやらが要求されているわけではないので、誤解なきよう。
こういうふうに業界ごとの要求される能力が違うので、ひとくちで「画力」や「デッサン力」などと言っても、業界ごとに要求される「画力」などが違っていることも、商業などの実務ではありえます。
高校レベルでは各業界の各論には入りませんし入れないので、各自で将来の志望に向けて、意味を確認しておいてください。
実務を無視し続けると、就活でツラくなる
[編集]なお、商業ポスターでも題字くらいはイラストレーターなどが手書きで書く場合などもありうるでしょうから、高校の文字手書きポスターの経験は、決してまったくの無駄にはなりません。そのような文字をイラストレーターがデザインするジャンルのことを「レタリング」や「デザイン文字」などと言います。
同様、タッチペンなどコンピュータ機器を使わずに絵の具などで書いた経験も、決して、まったくの無駄にはなりません。
ただし、だからといって決して「授業で美術教師の言う通りに描いていればいい」などと思考停止せず、絵の仕事の実務 と 中高の美術教育の違い については「無知の知」として把握しておいてください。もし、目先の授業や、あるいは目先の美大受験などだけに目を捕らわれて、実務との違いについて無視をし続けていると、たとえば大学卒業後・専門学校卒業後などに商業デザイナーやイラストレーターなどを本業でもバイトでも目指す場合などに、就職活動などの前後の段階で、無視しつづけた実務と自分の想像(妄想)とのギャップの大きさで、精神的・肉体的に負担がキツくなってしまいます。
あるいは、もしかしたら就職活動の段階ですでに、実務を無視しつづけた結果として不採用などの不利益を味わう羽目になるでしょうか。たとえば、商業デザイナーの就職活動のための自作品の持ち込みで、もし抽象アートのような油絵を作品持ち込みで提示しても、特別な理由が無い限りは高確率で不採用になるだけだと思います。
目指す業界の実務については、実務などの仕事における現実を無視して逃げようとしても、業界の現実があなたを追いかけてくるだけです。
高校の段階はまだ普通教育ですので、実務の勉強の深入りを避けるという意味で実務勉強を後回しにするのは構いませんが(高校の美術もそれを見越してか、実務には深入りしていない)、しかし多くの絵描きは、決して最終的に仕事では実務的なことからは逃げられません。(例外があるなら、トップクラスの芸術家として成功でもしない限りは。)
自分ひとりが実務的な手法に従うかどうかに関係なく、絵の業界の同業者や競合他社や注文者なども含めて、社会と多くの他人が実務で動いているのです。
アニメ会社との提携高校
[編集]普通科高校のほかにも、「美術科」という専門学科をもつ美術高校があります。公立の美術高校が、各県にいくつかあります。
アニメ会社の比較的に近くにある美術高校の公立校が、そのアニメ会社と提携している場合があり、講師などをその美術高校に派遣して講演などしている場合があります。
それ以外の地方からアニメ業界に就職しようとする場合、アニメ会社などと提携している首都圏や地方都市(京都・大阪や名古屋など)の美術高校との、そういう地域の提携高校との競争になります。
アニメ会社と提携していない場合、そもそもアニメ会社が近隣に無い地域という不利があります。アニメ会社の新人の賃金は、月あたり5万円以下が相場であり、アパートの家賃(5万円以上)が払えないという相場です。(親からの仕送りが無いと参入できない。)
アニメ産業は地場産業(じばさんぎょう)です。
仕送りが必要なので、断じて「裸一貫(はだかいっかん)で上京して・・・」という業界ではないです。裸だとアパートの入居資金が払えないので上京できません。