高等学校美術I

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高等学校美術Iでは、高校における美術を学習します。

筆の持ち方[編集]

絵を描くとき、絵筆などの持ち方は、指先の力(ちから)具合などの加減を正確にするために、中指を人差し指に添えます。

文字を書く時に良いとされる鉛筆の握り方とは、中指の位置が違っています。

絵を描く[編集]

学問に王道がないのだとしたら、美術にも王道はないかもしれません。

昔から絵画の勉強、練習には、過去の名画を模写することが良く行われてきましたが、現代では写真もありますし、やはり基本は現実の光景、事物を見て絵を描く練習をするのが、一番自然で妥当な事ではないでしょうか。

写実画[編集]

ヨハネス・フェルメール『絵画芸術の寓意』(1666〜67年頃)
ウィーン美術史美術館蔵(オーストリア)

美術の世界も人類の文化の発展とともに、大きく規模が広がり、その表現も多様になっていきました。

ですから、様々なアプローチがあるし、許されるはずですが、基本は目に見える光景をうつしとり、再現、表現することでしょう。

その意味で写実画は原点ですし、今後どんな絵を描いていくにしても、取り組み、時間を費やす価値がある画風だと思います。

右のフェルメールの絵ですが、昔の画家も、モデルにポーズをとってもらって、それを見ながら描いていた、という様子がよくわかりますよね。

アタリ[編集]

絵を描くときに、いきなり描きたいものを本線で描かず、鉛筆の薄い線で、短時間で下書きのように描くといいですね。こういうのを、アタリ、アタリを取る、などと言います。

事物を適切に配置した場面構成は、レイアウトと呼ばれることも多いですよ。

画面構成の下描きは、円や長方形、円柱や錐など、単純な形を組み合わせて、簡単にわかりやすく描くといいと思います。下描き、アタリは消す場合も多いですが、そのまま残して、絵画の効果の一部になる場合もあります。

正中線[編集]

主に人体で、体を左右に分ける垂直の仮想の線を正中線(せいちゅうせん)と言います。人間や生物を描くときは、この正中線を意識したり、実際に線で描いてみると、自分が描いている絵についての理解や意識が深まっていくと思います。

写生、写実画は、多くの場合大胆に省略、デフォルメされている[編集]

もちろん緻密、正確に書くことを目指してもいいし、試してみてもいいと思います。

しかし省略やデフォルメ、現実、事実を超えた表現は、芸術や美術の本領でもあります。

しかし一方写実画では、透視図法は理解しておさえておくのが正確に風景を描くためには重要になります。人間は二つの目で見た二つの光景を、一つの図としてとらえることで外界を見ています。しかも目のレンズのピントがありますから、ある距離の光景がはっきりしている一方、その前後はぼけて見えているはずです。

透視図法はこの世界の空間上のある一点を、人間の片目のレンズの中央として、そこから見た光景をその点の前面にある紙、平面に写し取っています。もちろん二つの目を持つ人間は、二つの光景を見たうえで、一つの図だと考えている訳ですが、これによって、遠近を知ることもできます。近似的には、両目のレンズを結ぶ線分の中点に、視点、世界を見る目のレンズの中心があると考えていいと思います。

エジソンは…[編集]

太陽の色が赤ではなくて黄色だと言って、親や教師と喧嘩した、という逸話が残っていますよ。(ただ、事実かどうかは不明です)。また、あるアニメーションスタジオでは、水って、結局何色なの?という議論で盛り上がったことがあるそうです。普通は青ですが、黒や白、無色透明、とかいろいろな意見が出てきますよね。

実際色に関しては、そしておそらくそれ以外も、固定観念にとらわれないと、面白いいい効果が出ることも多いですよ。ポスターイラストなどでは、少ない色数で、対象物を表現する場合も多いし、それが非常に見るものを引き付ける効果を持つことがありますよね。

結局、芸術、そしてそれ以外も自由なはずなんですが、一方で、自由があるからこそ、冷静で大局的な視点、ある種の節制やルール、何らかの苦難の受け入れ、が必要になると思います。

人物デッサン画[編集]

人物デッサンの描き方の一例を示します。

作業の流れ[編集]

下記のように

アタリ → (エンピツで)全身の影の塗り → 修正 → 細部の塗り → 細部の修正

を繰り返して、1 サイクルごとに絵の質を高めることを目指していきます。

アタリは短時間。作品づくりの作業のほとんどを、(エンピツで)塗り、修正、塗りなおし などに配分すると、いいようです。

先に全身のバランスを押さえてから、あとで細部を作っていきます。

人物画のアタリ[編集]

人物デッサン画を描く場合、シャープペンシルは使わないようにしましょう。普通はグラファイト鉛筆(ごく普通の鉛筆ですね)、グラファイトスティックや水溶性鉛筆、木炭鉛筆や木炭など、美術用の画材は各種ありますし、結局鉛筆の方が濃淡をよく表現できます。実際には製図用シャープペンシルとか、高校卒業以降はシャーペンで絵を描くことも多いですね。

まず、アタリを取りますよ。

たとえば、次のような手順で、アタリを取ってみましょう。

1: アタリ用の図形として、だ円や長方形、円柱などの図形をつかった簡単なアタリを取って、画用紙に人物像が入りきるかを確認。
2: 次に、ちょっとだけ細かく書き込んでいく。(あとで修正するので、あまり濃い線では書かない)。顔の向きを、おおよそ、画用紙上で描くこと。どこを向いてるのかを矢印などでメモ的に描く。いきなり目や瞳やまつ毛などを細かく描き込まない方が良い。また、見ている先はどこかを、だ円などで囲む。たとえば、書籍を読んでる人物についての人物画なら、視線の先は書籍にありますね。視線の矢印と、見ている先の物体を、曲線などで結んでおきましょう。
3: 多くの作品ではモデル人物の視線が重要な場合が多いので、画用紙上に目を描いておくと、後のヒントになりやすい。なので、両目の、目の輪郭のおおよその形を描く。瞳のおおよその場所を描く。目や瞳を描いたついでに、まつ毛も軽く線で描いておくといいかもしれません。
4: そして、口とか鼻とか耳とかを、おおよその形で描く。
5: あまり顔にも深入りしない。胴体の描き込みに移る。この際、首をおおよその形で、うすく描いておく。首を過大に長く描くのは犯しやすいミス、難点です。なので、首はうすく描いておくのにとどめて、胴体を描きにいきます。
6: 胴体は服を着ていますから、服のシワとかが重要な表現ポイントになりますね。

色を塗り始める[編集]

ある程度、全身のアタリを取ったら、影になる部位をうすめに黒く塗りにいく。

ただし、あとから修正するので、うすく塗っていく。

また、なるべく全身の各部位にある影部をバランスよく、黒く塗っていく。

とにかく、実際に影部を黒く塗ってみて、もし違和感を感じた部分は、消しゴムで修正していきましょう。

影の大きさや位置を調整したり、場合によってはアタリで引いた線を引きなおします。

違和感を感じにくくなるまで、修正を繰り返します。

消しゴムは消費しますが、消しゴムに関しては使う使わないでいろいろな意見がありますが、許容されている場合は大いに使って問題ないと思います。

各論[編集]

黒い服、白いYシャツの影を書く場合[編集]

黒い服[編集]

黒い服、制服の鉛筆デッサン。→黒いものに影つけするのが難しい。

対策案1:  濃く黒く見える部分を、「灰色だ」と思って描く。つまり、実物よりも薄い色として描く。
対策案2:  または、先に影になる部分を描いてから、そのあと、画用紙上での服の色を決める。つまり、あたかも、モデル役を「実物大の石膏デッサン人形」(デッサン用模型は白色であるのが通常)みたいな白色の人形だと思って描く。そして影を描き終わってから、服の色などを着色していく。
白いYシャツ[編集]

白いシャツの鉛筆デッサン。→紙も白いから、どう描くか混乱する。

対策案手順

1: とりあえず、Yシャツの輪郭線を、うすくエンピツで線を描いてしまおう。
2: 次にとりあえず、Yシャツで影になってて暗くなってる部分などは、エンピツで(うすく)灰色っぽく塗る。
3: そのあと、Yシャツの表現をどうするか、考えよう。

「うすく」と書いた理由は、黒色のズボンを、やや うすめ の灰色で描く場合、それと合わせるため、Yシャツの白色の輪郭や影の色を、調節する必要があるからですね。

光源[編集]

通常、光は上にあるから、上側にあるものほど明るい。

いっぽう、暗いところで顔の下から上に向かって懐中電灯を照らしたりして、面白がる時がありますよね。あのように、暗い夜道などで、懐中電灯を顔の下から上に向かって照らしたような場合、顔の下側のほうが明るい。

光源が上にある場合の人物画を書く場合でも、「顔のアゴ下だから暗い」と考えるよりも、「アゴ下はヘコんでるので、そこに光がほとんど差し込まないので、アゴ下は暗くなりやすい」などととらえた方が、光源と対象の見え方の理解が深まると思います。


  • 光と影

たとえばリンゴの模型をもとにデッサンをする場合、光源の側に近い面は、明るくなってるし、逆に、その反対側の面は、影になってる。

人体では、次のような部位どうしが、光と影で逆関係に対応しやすい。

・ <頭の上部(髪の生える部分)> .対. <アゴの下>
・ <肩の上、うでの付け根> .対. <ワキの下>
・ <女性の乳房の上側(乳頭から上の面)> .対. <女性の乳房の下側(乳頭から下の面)>

こうなる理由は、重力方向的な上下関係の対応のほかに、球面に対してへっこんでいるという対応もしているからだろう。(乳房だけでは、乳房の上下とも球体的だが、しかし胴と組み合わせると、乳房が重力によって下方向に引っ張られるので、乳房の下側の面は、胴と乳房にハサまれてへっこんでいるし、逆に乳房の上側の面は、肩の前面から乳房にかけてのラインが平坦になりやすい。)


ワキの下の影をぬってる時、ついつい影を大きめに描いてしまいがちである。

1: 人体の輪郭を描いた上に、
2: その輪郭の描かれた絵の上に、つづけて影を描く、

このような手順で描くと、そうなりやすい。

そこで、

1: 人体の輪郭を描いた上に、(※ ここまでは前述の手順と同じ)
2: その輪郭の絵の上に、実物モデルを見て、光と影の対応場所を観察することで、 明るく照らされている人体部位 および 影になる部位 を、それぞれ探す。
3: そして影を描く際には、決して、明るくなっている部位には「影」が入り込まないように注意しながら、影を描く、

のように描くことをお勧めします。

その他、もし描画対象の人物が椅子にすわっているなら、いすの面に触れてる部分の付近は(たとえば尻および、尻から太ももの下側)、光が差し込みにくく、よって影になりやすい。

また、このように座っている場合、

・ ヒザの表側 .対. ヒザの裏側

は、明暗が対応しやすい。

服を着ている人物デッサンでは、胴体の隆起の他に、さらに衣服の隆起が加わる絵を描くことになるので、もっと複雑な絵になるので、とにかく実物を観察して、うまく工夫して描きましょう。

また、室内照明の場合、たいてい光源は決して一点ではなく、天井全体に蛍光灯などが分散的に配置されており、光源は天井全体に一面に広がっている。1つのある光源では光が差し込まずに影になる部分でも、他の別の光源による光が差し込み、影はつきづらい上複雑に、とらえにくくなります。

その他[編集]

空気遠近法などの技法について、『中学校美術/美術2・3下』に解説があります。

デザイン画、および集団作業[編集]

正面図と側面図

ウルトラマンに出てくる怪獣など、空想上の生き物の着ぐるみを、もし新しく怪獣を考えて作るときは、考えた形を絵でデザインしてスタッフに説明する必要があります。

目的は、着ぐるみなどの実物をつくることですので、正面図だけでなく、側面図など別方向から見た図も必要になります。正面図だけでは、正面からは見えない部分の形が分からないからです。

側面図のかわりに背面図を書く場合もあります。また、正面図と側面図と背面図の3つを描く場合もあります。

いっぽう、上面図は、描かない場合も多いです。映像作品の着ぐるみなどの場合、正面図と側面図があれば、そこから形が分かる場合が多いのです。

また、こういった集団作業用デザイン画では、デザインの第一段階では色は塗らない(ぬらない)のが普通です。当面の目的は、形のデザインですので、輪郭線などの線を目立ちやすくする必要があります。影も、つけないのが普通です。

このように、集団作業のデザインでは、特に空想の生き物をデザインする場合、普通のイラストとは描き方がちがいます。集団作業用のデザイン画では、少なくとも2方向(たとえば正面図と側面図)が必要になる場合が多くあります。

アニメ風に描かれたキャラクター設定画の例(色つき)
作者 Danny Choo
このデザイン画では、全身像として正面図と背面図を描いている。※「色トレス」とは,線画の線に色がついている物ですね。
※ 絵だけでは分かりづらい場合、デザインに重ならない位置に、文章で短く、たとえば「手の形は○○にする」などのコメントを追加したりして、明確に指定する場合もあります。目的は、絵だけで表現することではないのです。目的は、制作スタッフどうしで共通認識を作ることですので、もし目的のために必要ならコメントも追加します。
アニメーション作品『新世紀エヴァンゲリオン』について

1995 年以降に日本のアニメーション業界は大きく変わっており、テレビ東京の知名度の躍進、深夜アニメの放映数の増大、角川書店がマンガ・アニメ関連の出版社として躍進、などの変化が起きた(その変化の多くが、この作品『新世紀エヴァンゲリオン』のヒットの影響を受けている)。

実は 1995年当時では、このアニメはあまり視聴率が高くない。他の一般のマイナーなアニメ―ションと同じで、せいぜい視聴率 7%程度という、(当時としては)低い数字である(当時からアニメ評論の書籍で視聴率など、そう指摘されている。岡田斗司夫氏の記した『東大オタク学講座』などのオタク文化評論の書籍等で指摘された)。映画公開前の総集編で深夜としては高い視聴率を出したという結果も言われているが、しかし、『笑ゥせぇるすまん』とか『行け!稲中卓球部』などの夜中アニメ~深夜アニメだって同じくらい高い視聴率を持っていただろう。

また、エヴァンゲリオンの当初の放送局は『テレビ東京』(いまの『テレ東』)という首都圏に限定する放映だったため、地方の人はそもそも作品自体を視聴できない状況であった(テレビ東京という放送局を地方の人が知らない場合も多いだろう)。しかし、例外的に、少数の地方ネット局も当時はあった。

そのため作品の売り上げや知名度なども今ほどは高くなく、はたして報道などの価値が本当にあったか視聴率などの統計数字的にはハッキリしない状況だが、しかし当時のマスコミ(テレビ東京以外のテレビ局も含む)が 1997年の映画版の前売りチケット即日完売の出来事をキッカケにこの作品を積極的に報道するようになった。

実はマンガ業界やゲーム業界などでは作品などの即日完売は珍しいことではなく、たとえばゲーム業界では『ファイナルファンタジー』シリーズの人気作(1990~95年はFF4~FF6など)が即日完売することもよくあったが、しかし、それでもそれらのFF4~6のブームは当時はまったくテレビ報道・新聞報道されなかった。FF8が発売された1990年代後半に、マスコミは積極的にFFシリーズを報道するようになる。

つまり、マスコミの人は、いろいろと情報は知ってるいけど、事情によって報道できないことがあるという事ですね。スポンサーと競合する作品のヒットとか、報道できない。そのため、実は報道のキッカケになる作品よりも何年も前に、報道対象の業界でのブームがもう既に発生しているんです。

たとえばゲームのドラクエシリーズは、ドラクエ3の発売日の 1988年に全国各地のゲーム販売店でのドラクエ3 の即日完売が起きたことが報道されたけど、じつは前作のドラクエ2の段階で即日完売が全国各地で発生していたことが、現在では知られています。

実はアニメ業界の売り上げなどの規模は、2005年の時点でゲーム業界の約10分の1という小さい規模です(経済産業省などのネット公開している統計・文書による)。(ただし2015年ごろには、ゲーム業界の7割くらいの規模にまで、アニメ業界は成長している。)

※ 2017年の時点で経済産業省のサイトに「ゲームの国内市場規模は約1.8兆円」、「アニメの狭義国内市場規模は1,700億円。しかし広義では1.24兆円に拡大」とある。

[1]

2005年ごろの経産省の統計[2]では、2005年の時点で日本のアニメのビデオの国内販売は420億円。マンガのコミックス、コミック販売金額は約5000億円。その他の放送は3.7兆円。ゲームはパチンコを除外してもソフトとアーケードで1.2兆円。

2008年の日本のコンテンツ輸出高の98.2%はゲームソフト [3]

※ なお、日本国内のテレビ視聴率でも、2015年以降、アニメ番組よりも、NHK連続テレビ小説やNHK大河ドラマなどのNHKドラマ、他局の刑事ドラマや推理ドラマなどのほうが(アニメよりも)視聴率は一般的に高い。ビデオリサーチ社などの出す統計で調べられる。ドラマの視聴率が15%前後な一方、アニメは国民的アニメでも 5%前後である。

90年代のアニメ―ションの話に戻ると、マスコミはきっと、エヴァンゲリオンのヒットよりも前の時代に、テレビ東京の躍進などを示す統計や情報を(日本テレビやTBSなどの)他局のマスコミも手に入れてて、だけど競合他社の宣伝になってしまうから他局では報道できなかったんでしょう。そこで、ちょうどそのことをヒットしたアニメ(1995年)を題材に、遠まわしに報道をしたんですね。

実は1990年代の前半の時点で、「日本のアニメが海外でヒットしているらしい」という情報をマスコミは手に入れてて、国際文化番組の『世界まるみえ』などでも普通に日本アニメの海外ブームについてもよく取材されていました。

エヴァンゲリオンは95年のヒットのその後、地方でも他局の系列の地方放送局で放送されるようになる。当時はまだ、テレビ東京系列の地方放送局のシステムなんて、ほぼ無かったか、あったとしても組織化されてなかったんです。ただ、前述したように、例外的には、いくつかの地方局がありましたが…。日テレとかTBSとかフジとかテレ朝とかの人が、他局の作品だと分かっていて、それでもあえて地方局ではテレビ東京作品を放送したんですね。

ラジオ局だと、TBSラジオとか日本放送(フジ系列)とかが、1996~97年の映画前売りチケットの即日完売よりも前に報道しています。当時はネットが普及しておらず、ラジオも情報源として大きな役割を果たしていたんですね。

エヴァンゲリオンの原作

このアニメ―ションの原作について「エヴァの原作の少年エース版漫画」と言われることがありますが、実際の原作はアニメ―ション版です。

テレビ公開よりも前にマンガ雑誌(角川書店の少年エース)で連載が始まったことや、当時の他局のアニメではマンガ原作のアニメが多かったので、「エヴァンゲリオンの原作漫画」と言われることがありますが、原作と呼ぶのはやや不適切です。

もし「漫画が原作」と言った場合、それは普通の意味では、漫画家が出版社に持ち込んだ原稿をもとにストーリーを考えて、絵柄も考えることになってしまうか、あるいはマンガ出版社がストーリーを考えることになりますよね。

しかし、エヴァンゲリオンは違う。エヴァンゲリオンのストーリーは、主にアニメ―ションの制作会社が考えたものであるとされています。

そして、漫画版のイラストを担当した漫画家・イラストレーターが、アニメ版のキャラクターデザインのデザイナーも担当している。

95年にエヴァンゲリオンがヒットするまでは、「漫画原作ではないアニメオリジナル作品は、例外としてジブリ作品を除外すると、まずアニメオリジナル作品はあまり売れない」、「アニメ本体のビデオテープやレーザーディスク(当時はDVD普及前)などは売れず、タイアップのオモチャ(ロボットアニメならプラモデルなど)のグッズ販売などで儲ける必要がある」というのがアニメ業界での通説だったのです(岡田斗司夫氏の記した『東大オタク学講座』など当時のアニメ評論の書籍で指摘されている)。しかし、このエヴァンゲリオンのヒットがその通説をひっくり返したわけですね。

また、エヴァンゲリオンのキャラクターデザインの作者と、この作品の監督は、別の人です。エヴァのロボットデザインの人と、キャラクターデザイン(碇シンジなどのキャラクターのデザイン)の人も、別人ですね。

アニメ―ション製作では、このように、担当作業ごとに、作家が異なり、専門的なスタッフに担当させるのが、よくある製作システムです。

いっぽう、ジブリ作品(『もののけ姫』などのアニメ―ションを制作する会社の名前がスタジオ・ジブリですね)だと、ジブリ作品の監督の宮崎駿氏の作家性が大きくかかわっていくので、監督がキャラクターデザインも担当していて、アニメ―ション業界全般がそういう製作体制だと想像している人も多い。しかし、ジブリのような製作システムは、アニメ―ション業界では例外のほうですね。


正面図と側面図
※ 集団作業とは別に、彫刻を木彫り(きぼり)や石彫り(いしぼり)でつくるときも、彫られる(直方体の)木や石に、実物大で正面図と側面図を描きます。その図を参考に、彫っていきます。
CGを制作する時も、多くの場合正面図と側面図を描いて、その画像を参考に各部分を入力していきます。

余談:ペンキ塗装[編集]

ペンキ塗装や板金塗装について(「美術」からは少し外れますが、過去の経緯上掲載します)

建築物で外壁の板金にペンキ塗装をしてある家庭が多い。ペンキ塗装する本来の目的は、サビなどの腐食を防ぐ事が、おもな目的である。

建築物で外壁の板金にペンキ塗装する時は、色のついた顔料の他にも、「上塗り」(うわぬり)および「下塗り」(したぬり)として樹脂製の塗料を塗っている。

ペンキで、外壁などに色をつける目的のひとつは、サビを防ぐための効果のある上塗り剤(うわぬりざい)・下塗り剤(したぬりざい)が年月の経過による劣化で落ちかけている場合に、目視で劣化を確認しやすくするための手段でもある。

一般的なペンキ塗装では、色のついた塗料を塗る工程の前後に、まず色塗りの前の工程として、ペンキの付着を向上するため及び(および)耐腐食性をあげるための下塗り(したぬり)をしており、また、色塗りの後の工程としてペンキが風雨で落ちないようにするため及び耐腐食性を上げるための上塗り(うわぬり)をしており、この下塗りと上塗りによって、耐腐食性を上げている。

作品の安全性・合法性[編集]

作家が事前に、作品の安全性などを判断するのは、必要な事です。

たとえば、立体造形物を作る場合は、事故が起きないよう、十分な注意をしたい。 形状のとがった部分があれば、とがった部分で目を刺したりなどの事故をしないように、対策する必要があるでしょう。 万が一、とがった部分をつくらないといけない場合でも、やわらかい材質でつくるとか、先端を丸めておくとかの、対策をほどこす事が望ましいですね。

他の例としては、たとえばイスをつくるなら、そのイスは、けっして、座っただけで壊れてはいけないでしょう。人間が座ったり乗ったりするものは、普通の使い方では壊れないように、頑丈(がんじょう)に制作しておく必要があります。そのため、事前に、自分が使っても壊れない事を確認する必要がありますよね。

もし、こういう安全対策を行わなかった結果として、観客などが、その作品でケガをすると、治療費などとして、作家側は多額の損害賠償を請求されたり、または刑事罰を受ける場合があります。

作品の安全性には配慮が求められています。

美術作品、娯楽作品の鑑賞[編集]

有料、無料、作品の対価[編集]

古い作品[編集]

「プロパガンダ美術」とは[編集]

資料探し[編集]

たとえば、創作イラストとかで、日本の戦国時代の甲冑(かっちゅう)を装着した武者(むしゃ)を描きたいとします。

こういう場合、高校国語の資料集(国語便覧)や、あるいは高校の社会科の日本史の資料集などに、甲冑の写真や説明イラストが掲載されている。

空想上の生き物を描く場合や(朱雀(すざく)とか天使・悪魔など)、空想上の神々(シヴァとかヴィシュヌとかケツアルカトルとか)を描きたくて調べたい場合にも、資料集がある程度活用できます。

その他、現代に習慣の残ってない歴史上の文化や風習などをイラストで描きたい場合など、国語や日本史・世界史などの資料集を活用しよう。

ただ、たとえ教材のイラストとはいえ、著作権があるので、けっして、そのまま書き写して発表してはいけません。
詳しくは、著作権などを参考にしてください。

これとは別に、美術イラストの資料集が書店で販売されています。ただ、年少者には情報が多すぎる、あるいは不要な情報が多い、著作権の取り扱いが煩雑、値段が高い、などの理由で、高校生にはあまり薦めない考えの人が多いです。

描きたい題材によっては、なかなか資料が見つからない場合もあります。その場合、例外として特別に人命などにかかわる絵でないかぎり(たとえば生物学の解剖イラストなど)、描きたい絵を描いてしまいましょう。

資料なしで描けば、間違った構造の絵を描くことになるかもしれませんが、間違いはあとから修正できます。

後から少しずつ直したり、普段から物事について知ること、調べることを心がけていけば、少しずつ美術、絵画に対する世界観は広がってゆきます。

デフォルメ[編集]

漫画やアニメーションでは、わかりやすさを求めて、身体の特徴を強調することがあります。

たとえば、長身の人物は、より長身に描かれます。いっぽう、小さい人物は、より小さく描かれます。

たとえば、漫画やアニメーションで、登場する兄妹や姉妹が登場する場合に、たとえ成長期の終わった20歳すぎの兄妹や姉妹でも、年齢の大きいほう(兄や姉)を長身にデザインして、いっぽう弟や妹は、背を低くデザインするような手法があります。

観客は、自分が小学生のころの周囲の兄妹や姉妹のいる家庭などとの連想から、長身にデザインされたほうの人物が兄または姉だと分かり、いっぽう、背が低くデザインされたほうの人物が弟や妹だと分かる、というデザイン手法です。

このように、身体の特徴などを、作家が観客に、表現の意図をわかりやすく伝えるために、現実の人間や物体とは違うデザインを行うことをデフォルメといいます。

身長にかぎらず、体重でも同様です。漫画やアニメーションでは、太っている人物をデザインする際は、太っている事をわかりやすく視聴者などに伝えるために、顔や手を、現実の太っている人間よりも太らせてデザインします。しかし、現実の人間では、顔や手には、ほとんど脂肪がつきません。現実での、太っている人間の顔や手の脂肪の量は、太ってない人の顔や手足の脂肪の量と、ほぼ同じです。

また、美術用の、19世紀や20世紀始めごろのアメリカやヨーロッパの古い美術理論を解説した書籍のなかにも、デフォルメをしているものが多くあります。

たとえば、人間の頭身が、8頭身くらいに描かれる美術書がありますが、現実の人間の体型とは違います。現実の人間の頭身は、6.5頭身くらいだと言われています。

これら欧米の古い美術書にあるデフォルメは、目や鼻や手や足の書き方だけは写実的なので、一見すると現実の人体どおりに描いていると考えがちですが、しかし実際は、当時のアメリカやヨーロッパの美術の流行に合わせて頭身のデフォルメをしています。部分的な強調、と、言えるでしょうか。

美術史[編集]

日本の平安時代の古典文学『伊勢物語』(いせ ものがたり)をもとに、鎌倉時代につくられた『伊勢物語絵巻』(いせものがたりえまき)という絵巻物があります。

伊勢物語とは、在原業平(ありわらのなりひら)が東下り(あずまくだり)したりする文学です。(※ くわしくはwikibooks『高等学校国語総合/伊勢物語』)

※ 著作権の都合で、wikiでの画像の紹介が困難なので、代わりに外部リンク 伊勢物語絵巻 (リンク先は 東京国立博物館)

広角パースと望遠パース[編集]

パース=パースペクティブ【perspective】 遠近法。透視図法。


実際の人間の目の見え方は、広角レンズ的なパースでもなく、望遠レンズ的な望遠パースでもないのです。

なお、広角レンズは、視野角が広いだけでなく、焦点距離が短いという特徴もあります。

一般の携帯用の手持ちカメラなどで、家族旅行などで皆が気軽に使えるカメラは大抵、広角レンズです。

望遠レンズは、視野角や狭いだけでなく、焦点距離が長いという特徴もあります(視野角が狭いことで、、遠くのものを大きく撮影する)。

ゲームで スーパーマリオ1 や スト2(ストリートファイター2)などの、真横から見たゲームがありますが、ああいうのが望遠パース的な構図です。

さて、漫画やアニメーションではよく、やや遠くから眺めた構図で描きます。つまり、漫画やアニメーションでは、望遠パースの掛かった絵柄で書くことが多いです。

スーパーマリオ1は、望遠パースのすごく強い画面です。

漫画やアニメーションでも、視界内での被写体の左右の位置関係を分かりやすくしたい場合に(けっして、スーパーマリオ1ほどの強い望遠パースではないが)、さらにより望遠っぽいパースを使うこともよくあります。特にアニメーションでは、セル(レイヤー)の合成のしやすさから、望遠パースが好まれます。

なので、多くの漫画・アニメーションの愛好者は、望遠パースに見慣れています。

パースの教本などでは、三点透視法とか二点透視法とかでよく人物にパースをつけて説明していますが、あれはパースを強調するために、かなり近くから人物を眺めた構図だったりします(つまり、焦点距離が短い = かなり広角パースが強い)。

広角パースのほうが遠近による大小差が大きいためパースの仕組みが分かりやすいので、広角で説明図を描く教本のほうが多いのです。また、実際には人物にパースを強くつける機会は、あまりありませんが(人物よりも建築物にパースをつけるほうが多い)、しかし建築物は描くのが大変なので、かわりにマンガ調にデフォルメされた人物にパースを強くつけることが、イラスト教本でよくあります。

肩幅程度の横幅のポーズに人間ですら、人間にパースを30度くらい付けるイラスト教本は、よくあります。

実際の人間の胴体の厚み程度では、写真のように、パースは、ほとんどつかない。

現実の風景を観察すれば一目瞭然ですが、たとえば自宅のベランダを(一般的な民家の広さとする)、室内のベランダから50センチくらい前から斜め前方のベランダ床を見ても(真正面のベランダ床を見ても、傾斜は0になる)、いちおう斜め前方のベランダ床にパースはついているのですが、しかしパースの角度はベランダすら、せいぜい角度にして片側15度くらいです。ベランダでなくとも、お風呂の床のタイルでもいいです。床に、直線状または格子状に模様があると、パースが分かりやすいです。

なので、ベランダやお風呂の床タイルの斜め前方に見下ろした視界では、パース自体はあるものの、ほとんどパースは目立たず、他人から「実はベランダにもパースがついているよ。ほら床を見てごらん」とか指摘されてようやく気づけるほどしか、パースはついていません。またベランダ直前のその室内から、となりの家の一般の民家の窓ガラスも、パースがついているかどうかも、分かりづらい程度です。

いっぽう、立っている人間の 肩幅 や 胴の厚さは、どう考えてもベランダなどの通路よりも狭いし、窓ガラスよりも直立人間の横幅・肩幅・胴厚は狭いので、現実の人間の観察のさいに50センチ以上遠くにいる人体にパースが目立つことは、(現実の人間の視界では)ないでしょう。(ただし、相手か自分のどちらかが寝そべっていたり、あるいは相手が両手を前後に広げていたりしたら(歌舞伎のポーズみたいに)、近くにいる相手にパースがやや目立つ場合はあるかもしれません。)

私たちが書籍などで普段みる人間の顔写真は、実はやや望遠ぎみです(撮影者が一般にレンズの焦点距離を公表しないので不明だが、広角で被写体の顔を近づけて撮影すると顔がかなり歪んで(ゆがんで)撮影されて見苦しいので、普通はやや望遠だと思われる)。

美術などで資料として使う写真には、そういうゆがみは避けたいので、人物の顔写真などは望遠で撮影されていると思われます。

なので、正面顔の写真なら、手前にある鼻と、やや奥にある耳とでは、すでに望遠レンズによる奥行きの圧縮がついていて、ああいう構図の写真になっているわけです。

望遠レンズで遠くの人物を撮影した時、顔が小さく映っていても,写真のプリントアウト時に拡大してみて顔の大きさが標準レンズ撮影時に同じになるようにプリントアウトすると、写真上での顔の形はほとんど同じに見えます。

よく、テレビ業界などで、まるでバズーカ砲みたいに大きさが人間の顔みたいに大きい大型カメラがあるが、あれは何かと言うと、大型の望遠レンズです。大きいカメラほど焦点距離が長く、視野角も小さいでしょう。

望遠的なレンズで撮影するぶんには顔の形は歪まないようですね。

なので、その望遠の状態からやや前後に被写体が動いたくらいでは、望遠では奥行きによるパースによる左右位置の変化の影響は小さいので無視できます。同様に、あるいは顔を斜めにしたくらいでは、ほとんどパースの左右位置の変化の影響は表れないでしょう。

※ 一般の人間の顔写真に近いのは、望遠レンズです。望遠100mmレンズ、135mmレンズ、200mmレンズでも、ほとんど撮影された写真での顔の各部の位置は同じです。広角で撮影する場合は、70mmレンズなどで撮影すると考えられる。(広角30mmで近い人の顔を撮影しても、あまりに歪んでおり、顔写真としては使い物にならない。近似計算だが、まるで反比例のグラフのように、0(ゼロ)mm近くでは急速に写真が変化するが、しかし基準となる数値(この場合は70mm~100mmあたり)を超えると、あまり写真が変化しなくなる。)
※ もし幾何学的に正確に構図での被写体大小を計算するなら三角関数をつかった方程式で計算すればよいのだろうが、しかしそれだと計算が複雑すぎる。
なので、計算の手間をへらすために反比例として近似を考えると、割と、実物の構図と近い構図になる。
しかし、それだと絵を描くさいに作図が大変なので、さらに「近距離の場合だけ、被写体が離れると、マイナスの一次関数のように遠くほど被写体が小さくなる」、として近似している。

とにかく、あまり、通常の顔写真以上にパースの強調された写真というのは、発生しづらいのです。(遠くにあるものは、遠くにあるので縮小こそされているが、しかし拡大してみれば、形状はほとんど標準の距離の状態と(形が)変わらないのである。)

なので、被写体の顔がよほどカメラの近くにないかぎり(たとえば顔の どアップを至近距離(10~15センチくらい)で撮影してるのでもないかぎり)、けっして、よくみる顔写真以上のパースがつくことは通常、ありえないのです。

しかし一方絵の勉強として、あえて人物にパースを広角で強めにつけたイラストを練習することが必要な場合もあります。

また、漫画やアニメーションでも、あえてパースを実際にはありえないほどに強調する手法もあり、たとえば格闘マンガなどでカメラ方向(観察者のいる方向)に向かって出されたパンチをやたらと大きく描いて(この場合はパンチマンの)手のスピード感や迫力などを強調するような手法で、このような手法の呼び名はよく「嘘パース」(うそパース)と言われます。

また、アオリ、俯瞰という構図もありますね。 アオリとは、観察者が下側にいて、下側から上方向に向かって、物を見上げる構図です。

いっぽう、フカンとは、観察者が上側にいて、上側から下方向に向かって、下方を見る構図です。

例として、親子が立って、いたとしましょう。

親が、おさない我が子を見るとき、フカンの構図でしょう。

いっぽう、おさない子が、立っている親の顔を見るとき、アオリの構図でしょう。

演出的に「アオリ/フカンであり、なおかつ、広角パースを強調する」のような構図にする場合もありますね。

望遠パース推進と広角パース否定[編集]

奥行きの長い立方体を描くなという主張
※ 『キャビネット図』とは、中学校の技術科で習う製図技法のひとつ。(※リンク先はwikibooks中学技術科)

世の絵描きの中には、画角の小さい望遠パースだけを採用して、その方針の下、割と教条的に絵画技法をまとめ上げて、実用に供している人たちがいるようで、そういう人たちのルールの一つに、直線を引いて一点透視や二点透視を近似的に描く透視図法は、遠くにある物を描く場合でしか使えない[4]、というものがあるようです。

本来1点透視は画面の中央に消失点があるものですし、2点透視の二つの消失点を結ぶ線分は画面の中央点を通るようにするのが,見えている光景の真ん中を描くためには重要な条件ですが、描く絵を望遠パースに限るとこの法則はそれほど適用しなくてよくなり、割と自由に1点や2点の消失点を置けるようになります。

そしてその場合,1点2点透視を使うのは,遠くにあるものを描くときだけ使えという主張ですね。

では近くにあるものを描く場合はどうするか。

望遠パースのみを採用する場合、我々が見ている光景を小さな画角で切り取り、絵として描く場合,消失点が画面に含まれている場合と、画面の外に行ってしまって画面内に消失点がない場合がありますね。

そこで近くの立方体を描く場合は,消失点が画面内にある場合は奥行きは短く、圧縮しなければいけませんし、画面外に消失点がある場合は、立方体の奥行きは割と長く広く描かれるようになるでしょう。

そして画面外に消失点があって立方体の奥行きが長く描かれるときは、いっそキャビネット図にしてしまうという方法があります。

キャビネット図とは、中学の技術家庭科の技術分野で習った、図法の一種です。

立方体のキャビネット図


Cabinet drawing and perspective corresponding japanese B.svg

キャビネット図も、右図の例のように、遠くに消失点のある透視図を近似的に描いた物であるとも解釈する事も出来ます。

ただし、キャビネット図(上左の図)そのものの描きかただと、側面・上面の圧縮が強すぎるので、美術用にリアルな絵を書く場合には、側面・上面の長さを右図のように、やや延長(おおむね1.5倍くらいに長さを倍増)して使うほうが自然に見えます。

ただしこういう教条的な絵画技法は、あくまで画角の小さい望遠パ―スだけを採用する場合に当てはまる事です。

画角の広い広角の絵を認めたうえで、リアルな、効果的な絵を描くためには、もう少し一般的な遠近法、透視図法の理解が必要になりますし、逆に教条的、教文的絵画技法は、絵画活動や画法理解の障害になる場合もあります。

メルクマール[編集]

(※ 一般の教科書には無い用語です)

文芸の用語で「メルクマール」というのがあります。もともとはドイツ語で、単なる「目印」(めじるし)という意味です。

しかし文芸で「メルクマール」といった場合には、やや特別な意味があり、その特別な意味とは、おおむね「なにかの流行や時代の代表例となる作品や作家のこと」のような意味です。

たとえば、漫画文化で、第二次世界大戦後の終戦直後や復興期のマンガ家として手塚治虫がよくとりあげられたり、彼・手塚の代表作『鉄腕アトム』がよく紹介されますが、このような例がメルクマールです。

さて、美術史やコンテンツ産業の歴史において、メルクマールは一つの目印(めじるし)であり、起源ではありません

たとえば、明治時代以降に日本でマンガを始めたのは、けっして手塚が最初ではありません。『のらくろ』の田河水泡(たがわ すいほう)とか、手塚以前の時代の漫画家は、多くいます。

ゲーム機でも、1980年代のファミコンの発売と普及がよく紹介されるので(この例ではメルクマールはファミコンである)、ファミコンが家庭用ゲーム機の元祖だと考える人が多くいますが、しかし世界初の家庭用ゲーム機は欧米産のオデッセイですし、日本初の家庭用ゲーム機はエポック社のテレビテニスです。

美術史でも同様で、室町時代に水墨画を広めた雪舟(せっしゅう)は、べつに水墨画の日本での最初の人ではないですよね。

異分野だと、数学の古代ギリシアのユークリッド幾何学も、ユークリッドは別にあの分野の定理ぜんぶの発見者ではなく、その時代に知られていた過去の定理を文献として分かりやすく整理した、数学者です。なので、『タレスの定理』とか『ピタゴラスの定理』(日本でいう『三平方の定理』のこと)とかはよく言われても、『ユークリッドの定理』というのは幾何学では少ないわけです。(整数論で、『ユークリッドの互除法』(ごじょほう)というのはありますね)。

戦後(第二次大戦後)日本での「新自由主義」による金融規制緩和や公共機関の民営化の歴史はいつからになるでしょうか。この新自由主義は、日本で2002年ごろの小泉政権が主張していたのが『劇場型政治』ブームでお茶の間にも普及したので、新自由主義の元祖は小泉政権だと考えられることも多いようです。

ですが、金融の規制緩和はすでに1990年代の橋本政権から積極的に行われています(金融ビッグバン など)。また、国鉄の民営化などは1980年代の中曽根政権からすでに行われました(国鉄・電電公社・専売公社の民営化)。

小説や物語などの文芸では、「すべての物語の典型的パターンはもう、古代のキリスト教の聖書で、原型が存在している」とすら、言われています。(たとえば評論家の岡田斗司夫氏が、そういう言説があると彼の著作『オタク文化論』などで紹介していた。)
絵柄の起源という主張も同様です。
絵柄の起源なんて言い出したら、ラスコー壁画とかアルタミラ壁画とかのような古代の絵画がもう、万物の絵柄の起源になってしまいます。あるいは、古代エジプトか何かの壁画とかかもしれません。
遅くとも、中世や近世までに、いろんな絵柄の原型となりそうな、大部分のパターンが出尽くしています。
例外は、近代の科学技術によって発明された機械が必要な、写真や映画、
あるいはアニメーションやコンピュータグラフィックのように、近代の工業機械が必要な分野の技法だけです。(※ 絵の具や顔料・染料なども工業製品ではあるが、しかし近代以降に特有ではないので、除外する)
なので、絵画の画風などの歴史の研究では、流行がどう「変遷」(へんせん)していったか、などの研究、論評が重要になると思います。

表現の自由の議論などとも関わりのある表現規制の話をするなら、たとえば、90年代前半に「暴力シーンが教育に悪い。犯罪を増やしてる!」などと評論などで批判され始めた映像ジャンルは、漫画やアニメなども含まれますが、しかし主にはホラー映画などの、ホラー作品でした(洋画『13日の金曜日』(いわゆるジェイソン)とか『エルム街の悪夢』(いわゆるフレディ)とかです)。当時の時事評論マンガ『ゴーマニズム宣言』(小林よしのり 作)で、90年代前半の当時ホラー映画などに規制の動きがあったことが、作者小林によって批判されています。

出典など[編集]

  1. ^ 『日本の2大コンテンツ、ゲームとアニメの制作企業の実像を比較する(その1);アニメとゲームの国内市場規模では、「二次市場」の重要性が大きく異なる。ゲームの1.8兆円に対して、アニメ制作の直接市場は1,700億円。しかし、広義のアニメ市場規模は1.24兆円に拡大。|経済解析室ニュース|経済産業省』 2020年2月8日に閲覧して確認
  2. ^ 2009年経済産業省商務情報政策局 2020年2月8日に閲覧して確認
  3. ^ 平成25年3月29日 経済産業省 商務情報政策局 2020年2月8日に閲覧して確認
  4. ^ 西澤晋『リアルなキャラクターを描くためのデッサン講座』 (漫画の教科書シリーズ No.03) 、誠文堂新光社、2009年7月31日発行、146ページ