シュメール語/文法入門/シュメール語の文

出典: フリー教科書『ウィキブックス(Wikibooks)』

ついに私達自身の手で完全な一文を翻訳する全ての道具と準備が整いました。前のレッスンと同様、これから紹介する例文について名詞句と動詞句の分析を始めましょう。

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さあこれが最初のシュメール語の文です。マウスを文の上に乗せるとそれぞれの部分の意味が表示されます。 これは実際にあったシュメール語の文で、"エンキのニップルへの旅"と呼ばれる文書の一節です。ETCSLの1.1.4.13または1.1.4の13行目として参照できます。

Eridug.a e gu.a bi.n.du

ここではすでに単語を分解した状態になっています。もし粘土板を直接読むのであればこれも自分でやる必要があるのですが、今はこの文について何がわかるか見ていきましょう。

 訳注:リンク先を参照すると明らかな通り、ETCSLの1.1.4.13にある文は正しくはeridugki-ga e2 gu2-a bi2-in-du3です。ここで下付きの数字は、その文字が同音異字のうちのどれにあたるのかを示しているものです。例えばシュメール語の文字の中にguと発音する文字はいくつかあって、ここではその内2番と番号付けされた文字、すなわち𒄘が原文の文字にあたります。漢字と同様同じ音であっても意味ごとに文字が使い分けられているのですが、この文法入門ではその説明を省略しています。
もう一つ違いがあるのはeridugki-gaの部分です。上の例文ではkiが省略され、gaがaになっています。このkiは地名の後ろに必ずつく文字で、eridugが地名であることを教えてくれます。書くときに記されるだけで発音されないので例文では省略しているのかもしれません。その後のgaのgはEridugの末尾音を受けたものですので、文法要素としてはaとなります。

構想[編集]

この文を分析するにあたって、それぞれの句について基礎となる語を探してから、それに付属する接辞を調べることにしましょう。このやりかたで実際に博物館やETCSLなどのオンライン文献のシュメール語の文を解読することができます。これは非常に確実なアプローチで、文脈に起因する曖昧さをうまく解決してくれます。まずは基礎となる語の知識を確認しましょう。

語彙[編集]

  • Eridug = エリドゥ, 古代シュメールの都市
  • e = 家, 神殿
  • gu = 川岸
  • du = 建てる

分析[編集]

まずは区の区切りごとに見ていきましょう。上の語彙を見てみると最初の3つの句は名詞句で、最後の一つは動詞句のようです。調べてみましょう!

Eridug.a[編集]

まずはEridugという名前に気づきます。これがこの名詞句の基礎になるでしょう。他の部品はなんでしょうか? 結論からいうと、シュメール語では.aは非常に多くの違った意味で使われるため、注意が必要な語です。その一つの使い方が処格標識です。処格とは文中の行為が行われる場所を示すものです。この場合は基礎となる名詞がEridugですから、.aは処格標識とみて間違いありません。ですからEridug.aは「エリドゥに」とか「エリドゥで」といった風に読めるはずです。分析を進めれば文脈によりどちらが適当か選べるでしょう。

e[編集]

語彙リストによるとこの短い語は「家」か、あるいは文脈により「神殿」を意味するようです。しかしこの文の他の句と違い、この語には格標識が見つかりません。ではこの句の格はどのようにわかるのでしょうか?

言語学者は文章中の全ての名詞句を識別するため、明示的な標識を持っていない語に対しても分析のために「標識なし」という標識があるものとみなします。ですからここではee.Øであるとみなされます。この数字のゼロのように見えるものが「標識なし」の標識で、ゼロといいます。

さて、シュメール語でのゼロはその名詞が絶対格であることを示します。英語にも日本語にもない格ですが、ここでは目的格と同じように捉えてください。つまり、ゼロは何が起こっているのかを示しています。

gu.a[編集]

語彙リストによるとguは「川岸」を意味します。あとは.aを見つけるだけです。最初の名詞句と同様ここでは.aは処格標識で、行為の場所を示しているはずです。この句は「川岸に」と読めるでしょう。

bi.n.du[編集]

duは「建てる」という意味でしたね。この動詞句の他の部分を見ていきましょう。まずは中間にある.nです。これは、この動詞句の動作主(Agent)が三人称単数だと教えてくれるものです。シュメール語では性別を区別しませんが、ここでは.n.duを「彼は建てる」と訳しておきます。あとはbi.が残っているだけです。

シュメール語は膠着語の典型的なもので、動詞句の中で文中の全ての名詞句を参照しようとします。つまり、格を持つ全ての名詞句が動詞句にも標識を持っているはずです。ですから文中に与格と共格の名詞句があるとすると、動詞句にも与格標識と共格標識が現れるのです。

この例文にあるのは処格の名詞句だけです。bi.は処格標識で、特に「人間でない」基礎語に対して使います。ここではどちらも無生物である川岸とエリドゥ市に対して語っているため、無生物への標識である bi.が使われているというわけです。

シュメール語では動詞の目的語(被動者、Patient)も相互参照するはずです。この参照は通常は句の最後か動詞の語幹の直後に置かれるのですが、ここには見当たりません。そこで、e を参照する三人称単数の被動者標識があるものと見なして分析します。つまり、bi.n.du.Øとなります。

すべて飲み込めましたか? 順番に分析すると、この動詞句は次のようになります。

bi.n.du.Ø = 無生物-処格-参照.三人称-単数-生物-動作主.建てる.三人称-単数-無生物-被動者

ふう。いろいろありましたが、概念はわかってもらえたかと思います。動詞句中のそれぞれの接辞が文中の名詞句をそれぞれ参照しているのです。(実際には、動作主は文中に明示的に出てこないのですが、ここでは「彼」と訳すことにします)

まとめ[編集]

これで文中の4つのパーツが揃いましたから、何があるか見ていきましょう。最初の句は「エリドゥで」、次は「家を」、続いて「川岸に」、最後に「彼は建てる」ですね。

Eridug.a e gu.a bi.n.du

句ごとに分析すると:

エリドゥで, 家を, 川岸に, 彼は建てる

翻訳すると:

彼はエリドゥで川岸に家を建てる。

重要なことは、文を単語(正確には句)ごとに分解して、部分ごとの意味を分析し、それらをまとめて最終的な翻訳をするということです。

どうでしょうか? シュメール語の文をまるごと読むことができましたよ!

例題[編集]

では今度は自分自身でやってみましょう! 文と基礎語の語彙リストを用意したので、それぞれの句の意味を分析して翻訳をまとめてみてください。

Nanna.r bad mu.na.n.du

例題の語彙[編集]

  • Nanna = ナンナ, シュメールの男神
  • bad =
  • .ir = 与格参照
  • mu. = 来辞法動詞接頭辞
  • .na. = 与格参照

例題のヒント[編集]

マウスを文の上に乗せると各部品の情報が表示されます。

ちなみに来辞法(Venitive)は、動詞の方向が話者に向けて行われることを示しています。具体的なこともありますし、抽象的に使われることもあるようです。ここでは動詞が「建てる」という意味ですから、やや抽象的といえます。おそらく話者が建築物の所有者になることを示しているのでしょう。

また与格は名詞句が動作の受益者であることを意味します。ここでは女神ナンナに付着していますから、なんであれ「ナンナのために」行れていると言う意味になります。



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