教員採用試験
はじめに
[編集]この本は、日本において「学校の先生」になることを希望する人を対象とするガイドブックです。「教員採用試験」と銘打っていますが、単なる試験対策にとどまらず、より幅広い案内ができる本にしたいと考えています。
まず、はじめにこの本が対象とする「学校の先生」の定義を明確にしておきましょう。詳しくは後で触れますが、学校教育法という法律の第1条では、「学校」を次のように定義しています。
- この法律で、学校とは、幼稚園、小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、大学及び高等専門学校とする。
すなわち、日本において「学校」といえばこれらを指すことになります。ただし、このページでは「小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校」の教員になる方法を主に解説し、「幼稚園」と「大学及び高等専門学校」の教員になるための方法は省きます。前者5種類の教員になるための方法は比較的共通していますが、幼稚園や大学の教員になる方法はこれとは少し異なるためです。以降このページで単に「学校」といったときは、「小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校」を指すことにします。
前置きが長くなりました。それでは、これらの学校の教員になる方法を、順を追って解説していきます。
免許について
[編集]学校の教員になるために何はともあれ必要になるのは、免許です。教員免許という言葉はどこかで聞いたことがあるでしょう。再び法律を引いてみますと、教育職員免許法という法律の第3条には、
- 教育職員は、この法律により授与する各相当の免許状を有する者でなければならない。
と規定されており、免許がない者は教職に就くことができないというのが原則的なルールです。
では、免許はどのようにすれば取得できるのでしょうか。最も一般的なのは、大学において教職課程の単位を揃え、卒業することです。「○○教育大学」や「○○大学教育学部」というところでは大抵開講されていますが、教職課程が開講されてさえいれば必ずしも教育学部を卒業する必要はありません。また、高等学校以外の免許は短期大学でも取得可能です。教員免許が取得可能であるということは大学側としては「売り」のひとつですので、少し調べてみると取得可能な大学は数多く見つかります。あなたがもし大学入学前でしたら、まずは大学を選ぶ前に詳しく調べてみましょう。
教職課程のない大学に既に在学中である、あるいは大学を卒業してしまった、という人は、通信教育を行っている大学を通して単位を取得することで、免許を取得できることがあります。放送大学が著名ですが、他にも開講している大学はありますので、調べてみるとよいでしょう。
なお、どちらの方法にせよ、最低でも短期大学あるいは大学を卒業していることは必要な条件となります。最終学歴が高卒以下の方は、まずは大学に入学することを目指してください。
公立学校と私立学校
[編集]日本の学校は、公立学校と私立学校に大別されます。厳密には他に国立大学の附属学校もありますが、ここでは詳しく触れません。公立学校も私立学校も、教員になるために免許が必要であることは同じですが、その後の採用にいたるプロセスは異なります。このページでは主に公立学校の教員になる方法について後で詳しく述べていきますが、私立学校の教員になる方法もここで簡単に述べておきます。
私立学校の教員になる方法
[編集]私立学校の教員になる主な方法として、公募に応募する、関係者による推薦・紹介を受ける、私学教員適性検査を受験する、の3つがあります。公募については説明は不要でしょう。学校自身が一般に教員を公募することがありますので、それに応募し、試験などを受験することになります。関係者による推薦・紹介というのは、平たく言えばいわゆる「縁故採用」のことです。採用する学校と本人や大学の間にあるなんらかのコネクションを利用して推薦してもらい、採用してもらうというルートです。私立学校においては、このような形式での採用が少なくありませんので、身の回りになんらかのコネクションがないか探してみるとよいかもしれません。3番目の私学教員適性検査とは、私学の多い都市部において、その県の私学協会が実施する、県内私学共通の適性検査のことです。この検査で好成績を挙げることが直ちに採用に結びつくわけではありませんが、採用する学校が検査結果を参照した後に、受験者本人と連絡を取り、面接を行って採用者を決めるという形式です。
公立学校の教員採用試験概説
[編集]ここからは、公立学校の教員になるための採用試験について大まかに見ていきます。
まず公立学校の教員採用は、県ないしは政令指定都市ごとの採用となります。県立学校や、政令指定都市以外の市町村立学校の教員になる場合は、県の実施する採用試験を受験することになります。政令指定都市立学校の教員の採用は(例外もありますが基本的には)県とは別に行われ、採用後の異動も県採用の教員とは別になります(つまり市外に出ることはありません)。
細かいことは各県市ごとに異なりますが、基本的には7月に一次試験、8月に二次試験が行われます。この試験で合格となった受験者は基本的には翌年4月に採用されることになりますので、受験するためには既に教員免許を取得しているか、あるいは翌年3月までに大学を卒業などして取得する見込みである必要があります。日程が重ならない限り複数の県市を併願することは可能ですが、合格しても行く気のないところを受験するのは無意味ですので、あらかじめよく考えておきましょう。なお一次試験の日程は近隣の県市で同一となっており、近県同士の併願はしにくくなっています。基本的には、関東で1県・関西で1県など、各地方ごとに1県までしか受けられません。
大まかな日程
[編集]採用試験にいたるまでの大まかな日程は以下のとおりです。
まず、3月から5月にかけての春先に、その年の夏に行われる試験の募集要項が発表されます。前年度からの試験内容の変更点についても同時あるいは一足早く発表されることがあります。近年では遠方からの受験者も含めて優秀な受験者を確保するため、全国各地で説明会を実施する自治体もあります。インターネットや雑誌などの情報媒体を有効活用することが重要です。
募集要項が発表された後、5月から6月の時期が出願期間となります。願書を書面で提出させる県もあれば、インターネットで出願できる県もあります。出願の際、証明写真や、合否通知用の切手の提出が求められることがありますので、募集要項に従い、慌てないでよいように準備しましょう。また、願書には必要事項のみならず簡単な自己PR文も書かせる場合があります。内容について面接で問われても困らないよう、よく内容を練って書きましょう。新卒者の場合はこの時期に教育実習がある場合もあり、忙しい時期となりますが、公務員を目指す以上は瑕疵のない事務手続きができなければ困ります。
一次試験は上で述べたように7月の週末に行われます。7月はほぼ毎週末にどこかの県で一次試験が行われています。一次試験の結果は7月末から8月初頭にかけて発表され、合格者は8月中旬から下旬(こちらは学校が夏休みですので週末とは限りません)に行われる二次試験を受験します。詳しい試験内容については次節以降に譲ります。
二次試験合格者の発表は10月初旬前後になります。ここで合格が発表された人は、基本的には翌年4月から正規の教員として配属されることになります。基本的には、というのは、大学卒業見込みであったり免許取得見込みであったのが見込み違いにならなければ、という意味です。さらに秋以降には不合格者を対象とする臨時的任用教員や非常勤講師の募集があります。待遇は正規教員に劣りますが、教壇に立てる点では同じですので、情報には注意していたほうがよいでしょう。
出願から試験実施、そして合格にいたるまでの日程は以上のとおりです。では勉強はいつごろからすればよいのかですが、これは決まった答えはありません。しかし、教員採用試験は易しい試験ではないため、ライバルとなる受験者の少なくない人数は前年以前の不合格者です。不合格者がいつ勉強を始めるかといえば当然秋ごろですから、あまり遅くにはじめると追いつけないかもしれません。
採用試験で課される試験科目
[編集]試験科目には概ね以下のようなものがあります。試験科目の選択は県市ごとにばらつきが大きいですので、あらかじめ受験要綱などを熟読する必要があります。それぞれの試験内容や対策法については、後で詳しく述べます。
- 教養試験
- 論作文
- 教育課題についての論作文を書かせる自治体も多くあります。社会人経験者などの特別選考においては、教養試験を実施せず、論作文と面接だけで採用が決められることもあります。時間は1時間、字数は800字から1,000字程度という形式が多く見られますが、県による出題傾向の癖の違いが大きいため、よく調べておく必要があります。
- 面接
- 採用試験ですので、面接試験は当然行われます。集団面接の場合も個人面接の場合もあります。質問内容は、志望動機や本人のこれまでの経験などのほか、教育に対する考え方や、実際にこのような場面ではどのような指導をするか、といった突っ込んだ内容も聞かれます。
- 集団討議
- 与えられた教育課題について数人のグループで話し合い、それを周りから試験官が見て判断する試験です。人物重視の傾向から、近年多く用いられる試験形式です。
- 模擬授業
- あらかじめ1時間の授業の学習指導案を作成して持参し、そのうちの試験官に指示された一部を授業したり、あるいは与えられた指導場面においてどのような指導を行うか、実際にロールプレイングする形式の試験です。受験者の教育現場における実践的な能力がどの程度であるのかを手っ取り早く見ることができるため、この形式を採用している自治体もあります。
- 実技試験
- 小学校の受験者や、中学・高校の技能教科(体育・技術・家庭・美術・音楽など)および英語の受験者に対して、実技試験を課す自治体もあります。
試験科目別の対策
[編集]この節では、上であげた各試験科目別に、それぞれの対策としてどのようなことをするべきかについてまとめます。
教養試験
[編集]教養試験の対策は採用試験対策のいちばんの軸となる部分です。一次試験における足きりに使われることがほとんどですが、地方の自治体は依然高倍率の試験が続いていますので、侮れません。高等学校の人気教科も同様に高倍率ですので、やはり高得点が必要となります。またそれでなくとも、論作文や面接において根拠のある回答をするには、教職教養を勉強していることが不可欠です。以上の理由から、まずは教養試験の勉強からはじめるとよいでしょう。
中でも最もしっかり勉強すべきなのは教職教養です。大学における教職科目の授業などが役に立つこともありますが、それだけでは到底太刀打ちできませんので、試験対策としてしっかり勉強する必要があります。それぞれの内容については後で詳述しますが、教職教養はさらに教育学(教育原理)・教育法規・教育心理・教育史などと分けるのが講学上の習慣です(試験科目として分かれているわけではありません)。まずはこの中から興味のある分野を見つけ、何はともあれ勉強を始めていきましょう。
一般教養は、それほど難しいことは問われません。中学校・高等学校の教科書レベルから、せいぜいがセンター試験レベル程度です。中学・高校時代に得意だった教科については軽く復習する程度でほとんど無対策でもある程度得点できるでしょう。逆に苦手教科がある場合は、他の受験者と比べてその部分が大きく不利になることを意味しますので、この機会に克服しましょう。時事問題も頻出ですので、新聞などから情報を仕入れる癖をつけるとよいでしょう。メディアの情報をそのまま鵜呑みにするのは危険ですが、真偽を判定する以前にその情報を仕入れてすらいないのでは社会人として論外です。また、問題数が少なく軽視されがちですが、保健体育・家庭・音楽・美術などから出題する自治体もあります。優先順位は低いですが、出題傾向を調べた上で最低限のことは勉強しておくと、取りこぼしが少なくなり、高得点が必要な場合は有利になります。
専門教養は、中学・高校の場合は自身の専門分野なのですから、誇りを持って着実に勉強していれば問題はありません。一般教養よりは難しめの出題ですが、難関大学の入試のようなあからさまな難問は出題されません。ただし、もちろんその教科を専門とする受験者同士の争いですので、ケアレスミスによる取りこぼしや、試験時間の配分ミスは許されません。自治体ごとの傾向に対してうまく合わせることが重要でしょう。小学校の場合は一般教養についてとまったく同じことが言えます。全科のため出題範囲は膨大ですが、網羅的な知識が必要です。
論作文
[編集]論作文の対策は、とにかくひたすら過去問で書くことにつきます。数をこなすことで論作文の形式に慣れ、自治体ごとのフォーマットに慣れていきましょう。その際、予備校や雑誌などで添削してもらうことも有効です。
論作文の内容一般について重要なことは、この試験は来春から教壇に立つ教育者を選考するための試験なのだ、という当たり前のことを忘れないことです。むやみに妄想を述べるのではなく、根拠に基づいて述べなくてはなりません。他者が何をすべきかという教育に関する評論を述べるのではなく、自分が教員として何をするかを述べなくてはなりません。この基本スタンスだけは忘れないことが重要です。
試験である以上、他の受験者との比較になりますので、ある程度の個性は必要です。しかし、奇をてらえばよいというものでもありません。
面接
[編集]面接という形式に慣れることがまず必要です。面接における「作法」のようなものを身につけていない受験者は、たったそれだけのことにもかかわらず、人間として劣っているかのような誤解を与えることがしばしばあります。それはただ損なだけですので、練習を重ね、形式に慣れることが必要です。練習を積み重ねる中で、想定問答集を作り、その内容に磨きをかけていくことも重要です。
しかし、それだけではどうにもなりません。より重要なのは、人間を磨くことです。面接試験は受験者がどのような人間であるかを知るために実施するものであり、中身のない人間が形だけを整えても、経験のある面接官にはお見通しです。遠回りのように見えて最も近道なのは、面接で自信を持って答えることのできるような経験を積み、自らを人間として高めることです。そのためには時間がかかります。今から自らの生活を見直してみましょう。