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日本史/現代/戦後

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日本史 戦後 から転送)
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第二次世界大戦後の時代。第二次世界大戦の敗北によって日本が主権を失った1945年9月2日(ポツダム宣言調印)を始まりとして、現在に至る時代。

政治

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日本国憲法による政体。

  • 国家名は「日本国」。
  • 国民主権と、基本的人権の尊重が憲法に明記される。国民主権時代
  • 男女平等の選挙権と被選挙権。
  • 天皇は象徴とされ、総理大臣が最高権力者となる。

平和憲法と日米安保条約

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原爆投下に象徴されるように、第二次世界大戦で地獄を味わった歴史から、「戦争をしない」ことが憲法に明記された。しかし、GHQ(連合国軍総司令部)の指示で警察予備隊(現在の自衛隊)が作られた。

また、2度(1952年版と1960年版)の日米安保条約によって、日本国内にはアメリカ軍基地が多数置かれた。

経済

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経済大国の道を歩んで来た時代とも言える。

  • 多国籍企業が経済の指導者。日本の企業の製品が世界中に出回る時代になった。
  • 経済指標はGNPやGDP。
  • 石油文明の時代。

文化の大衆化

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ラジオやテレビの普及により、文化が「大衆化」「同時多発」の時代になった。1990年代後半にはインターネットが登場し、世界中でリアルタイムに情報を収集・発信する時代が到来した。

細かい時代区分

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  • GHQ占領期(1945-1952)
    1945年8月14日、大日本帝国がポツダム宣言によって主権を失い解体されてから、1952年4月28日、サンフランシスコ平和条約が締結されて日本国が主権国家になるまでの時期。「戦後混乱期」と呼ばれることもある。
  • 戦後復興期・高度経済成長期(1952-1973)
    日本国の主権回復、および朝鮮戦争の特需景気をきっかけに日本経済のGDP(当時はGNPが主流)成長率が10%を超えていた時期。これによって世界第二位の経済大国となる。1973年の第1次石油危機によって高度経済成長期は終わる。
  • 安定成長期(1973-1986)
    二度の石油危機を経て日本経済は安定成長期の時代に入る。一方でアメリカとの貿易摩擦問題からジャパン・バッシングへの発展、ドルの完全変動相場制への移行と円高不況、ソ連のペレストロイカなど国際情勢の変化が日本にも大きな影響を与えた。
  • バブル経済期(1986-1991)
    土地価格や株価の上昇に伴い、バブル景気と後に呼ばれる好景気に突入し、日本経済は大きく伸びたかに見えた。この時期、諸外国からは「ジャパン・アズ・ナンバーワン」「日本を見習え」と呼ばれていた。しかし、この好景気は実体経済に裏打ちされたものではない投機の過熱によるものであり、1990年ごろからバブル景気は終焉を迎える。政治的には1989年に東欧民主化革命が起こり、冷戦が終結した。
  • 冷戦後・低成長期(1991-現在)
    東欧民主化革命によって冷戦は終結したが、国際紛争はこれまでの米ソの代理戦争から民族紛争へと変化した。1991年には湾岸戦争が起こり、年末には共産主義陣営の超大国だったソビエト連邦が崩壊した。また、冷戦後には国際社会における日本の位置づけも変化し、1湾岸戦争が起こった1991年には自衛隊が初の海外派遣を行った。1993年には、1955年以来の与党だった自民党が、初めて野党に転落した。バブル経済の終焉と国際社会の激変の中で日本国内に閉塞感が漂い始める中、1995年には阪神・淡路大震災、オウム真理教(当時)による地下鉄サリン事件といった事件が立て続けに勃発し、1997年のタイの不動産バブル崩壊によるアジア地域の金融危機による大手金融機関の破綻、2008年のアメリカ合衆国のサブプライムバブル崩壊による世界的な金融危機、2011年の東日本大震災、2020年の新型コロナウイルス感染症による世界的な経済不況と日本社会に大きな衝撃を与えた。